第34話 節分
今年はどうしようかな。
炒った大豆を撒くのが本来のやり方なんだろうけど、掃除も大変だし……
個包装になった豆菓子でお茶を濁すか……
スーパーでそれらしいものを横目で見ながら、結局決められずにビールだけ買って帰ると、アパートの前でオマエとすれ違いそうになった。
「お帰りなさい。残業で遅くなるのかと」
「多少残ってたのはそうだけど、スーパー寄ってたもんだから」
手元のビニール袋を覗き込んで、オマエは潔く(意地汚く?)身を翻した。
「買ったのはビールだけですか?」
「そうなんだが……オマエは豆まきしたことあるか?」
「豆まき、ですか? やったことはないですね」
「ぶつけられたことは……」
「ないですよ」
笑いを含んだ答えに、考えを見透かされた気がして誤魔化すように鍵を開ける。
「魔滅に繋がるなどと言われていますけど、所詮食べ物ですからね。投げつけられても食べてしまいますよ」
「……だよな」
こいつはそんなもので追い出される方じゃなくて、外にいて追い出される鬼を待ち受ける方だ。
「鬼って……美味いの?」
着替えてビールを開けたら、そんな疑問が口をついた。
追い出された鬼も食うんだろうなと思ったが故だが、オマエはしばし考えるように天井を見上げた。
「まあ、鬼と言いましても……概念ですからねぇ。鬼の形はしていますけど、鬼とはまた少し違うというか……豆のイメージもあるからか、少し香ばしいですよ。飽きるので、あまりたくさん食べたいものでもないですね」
「え。そうなんだ」
イベント的なものは美味しいものばかりなんじゃないかとちょっと思ってた。
「酒のつまみにするには淡白ですし……呼び込みされる福の方がやっぱり味は上ですね」
「福食べちゃうの!?」
「少しくらいバレませんて」
そうかもしれないけど、うちの分かもしれないと思うと複雑だな!?
「うちに来たのは食べないでね……?」
「え?」
「え!?」
さわやかな笑顔に不安が増す。まったく、どこまで本気なんだ!?
「それはともかく、北海道では落花生だったり、最近では豆だけじゃなくてチョコレートなんかを撒く家もあるとか」
「ああ、玉チョコ見かけたな。バレンタインも近いし……菓子会社の戦略なのか」
「つまり、気の持ちようということですね」
「だからって、うちに来た福は食べないで」
ちっ、と舌打ちが聞こえた気がするのは、気のせいだと思っておこう。
*
結局、近所のスーパーで玉チョコを購入した。丸くて豆っぽいし、後からちまちま食べられるし。
「んじゃ、やりますか!」
「チョコにしたんですか」
やや呆れた声にも負けずに、玄関や窓を開け放つ。
「ほら、気の持ちようだろ? 思いきりやろうぜ」
「鬼も内、でいいですか?」
「淡白とか言ってなかったか? 呼び込むなよ」
「福はダメだと言われましたし……」
やる気のなさそうなオマエの手に包装されたままのチョコをひと掴み乗せて風呂場へと向かう。
「家の奥から順に追い出していくんだからな。最後に玄関だ」
「やるとなったら細かいんですよねぇ……」
「ほらほら。鬼はー外!」
オマエの手のひらから一つ零れ落ちるようにチョコが転がる。
「せめてもう少しやる気出そう? 鬼の役やらせるぞ」
「……いいですね。追い出せるものなら、追い出してみてください」
そう言うと、オマエはにやりと笑って、自ら紙でできた鬼の面を被った。こめかみの辺りで斜めにして視界はきっちり確保するという用意周到さだ。
「全力でどうぞ」
「お、おう?」
急にそう言われても、さすがに躊躇いが勝った。軽く投げつけた一粒のチョコをオマエはひょいと避ける。風呂の入り口から部屋の中へと戻って行くので、追いかけるようにして今度は数粒まとめて投げた。
それも、軽やかに避けられる。
「全力でと言ってるでしょう?」
身長は俺より少し低いくせに、余裕綽々で悪い笑みを浮かべられると、上から見下ろされてる気分になる。
袋に手を突っ込んで、一掴み取り出した玉チョコを振りかぶる。これだけあればと投げつけた数々は、オマエが優雅に振り上げた手に次々と集まって、消えた。
ぺろりと赤い舌が唇を舐める。
それを見て、マジで手加減なんていらないんだと自分の中でスイッチが入った。
無駄に数を投げるんじゃなくて、スピードも乗せないと。
夏に参加していた草野球を思い出す。
「鬼は……そ、と!」
全力で投げつけてから、少しだけ「大人げないな」と頭を掠めたけれど、オマエは今度はチョコを避けた。投げるコースを調整して玄関の方へ追い立てようとするのだが、これが上手くいかない。
オマエはただ避けるだけじゃなく、バク転したり壁キックで方向転換したり、狭い部屋の中を立体的に動くのだ。
チョコの残量も少なくなってきて、肩で息をしながら考えた。
まずは玄関の見える位置まで誘導して、そこで多めにばらまく。案の定、最初に見せたように、オマエはその手にチョコを集めていった。
集まりきる前に、俺は一粒包装を剥く。
オマエが気付いて、少しだけ不思議そうな顔をした。
その頭上を飛び越えるように剥いたチョコを放ってやる。チョコが、玄関の外に出るように。
気づいたオマエは、素早く身を翻した。出ていく一粒を追いかけて……上手いこと口でキャッチする。それからハッとして、玄関から出てしまった自分の足元を見下ろした。
悔しがるかと思ったのだが、なんだか少し寂しそうだった。
「食い意地の負けだな」
ニッと笑って鬼の面をとってやる。それから手を引いた。
「ほら、福は内」
残ったチョコを家の中に放って、玄関を閉める。
「片付けも手伝えよ?」
「……仕方ないですねぇ」
オマエが頭上でくるりと指を回すと、家じゅうにばらまかれたチョコレートがひとりでに袋に戻ってきた。
便利過ぎるだろ。
そんなこんなで、意外と楽しんでしまった節分だったのだが、次の日全身筋肉痛でロボットのような動きしかできなかったのは……早めに忘れたい。
……オマエの呪いだったら嫌だな。




