第33話 恋の味
気づけばコンビニも商店街も赤やピンクのハートで飾り付けられ、チョコレートの種類が増えている。豆や鬼の面もその中に紛れてしまって、どことなく肩身が狭そうだ。
冷蔵庫が空になったので補充のために買い出しに来たけれど、圧が強くてうっかりひとつ買いそうになる。疲れた時の糖分は至高だよな。
「誰に渡すんです?」
「買うなら自分で食べるけど!?」
いつものように、なんとなくついてきたオマエが茶々を入れるので、うっかりまともに返してしまった。
「自分用なんて、寂しいですねぇ」
「うるさいな。好きなものを好きなだけ食べれるんだからいいだろ。欲しいなら買ってやるけど?」
「いえべつに」
涼しい顔して可愛くない奴め。
「こっちのは酒が入ってるぞ」
「!! それは食べてみたいです」
「洋酒と日本酒とあるけど」
「日本酒ので」
欲望に素直なところは可愛げがあると言えなくもないか。
店を出たところで、少し前にJK巫女に会ったことを思い出した。バレンタインのポップを振り返って〝お洒落な恋バナ〟を思い出そうとしてみるけど、やっぱりうまく思い浮かばない。
「どうかしましたか?」
「……いや。前にほら、神社の巫女さんにバッタリ会ってさ。暗かったから同じ方向だし一緒に帰ったんだけど、その時の話題で恋バナでもないかって聞かれたんだよな。でも、話せるようなことがなくて」
オマエは首を傾げた。
「ハザマさんは童貞というわけでもないでしょう?」
「いきなり飛んだな?! それは〝恋バナ〟じゃなくて〝猥談〟だろ」
「そうですが。でも、そこまでいった経験はあるのですから、話せることが無いということはないのではと」
「話しても面白い感じではないというか……結局振られてるしなぁ。オマエはモテそうだから、そういう話も困らないのかもしれないけど」
オマエはもう一度首を傾げた。
「そんな執着をしたことがないので、経験は語れませんね」
「執着……執着かぁ。そう言われると、俺もそんなに執着したことないかも」
「あぁ……わかる気がします」
「うるさいよ!?」
納得顔で深く頷くオマエはこちらのツッコミにもお構いなしで、唇の端を引き上げた。
「「別れましょう」と言われても引き止めもしない。振られるわけですよ」
「経験もないやつに……じゃあ、オマエなら恋をどう語るんだよ」
「そうですね……恋とは。しっかりした甘みの中に酸味が潜んでいて、時にはじけるような刺激がある時も。常食すると胃もたれを起こしそうなので、たまにつまむくらいがいいですね」
「……何の話だったかわからなくなるね?」
わざとなのか、本気なのか、くすくすと笑っていたオマエは、前の方に視線を向けると笑うのをやめて目を細めた。
「……でもあなたのそういうところに、ああいうモノは惹かれるんでしょうねぇ」
「え? 何? ああいう……?」
オマエの視線の先を見ても、俺には何も見えない。
「神社のお嬢さんと帰った時も、この道を通りませんでしたか?」
「ああ、そういえば」
一緒に帰った話をしていたから、無意識にその時と同じ道を選んだかもしれない。
「多少は、呼ばれたのもあると思いますよ」
オマエの指が眼球を撫でるような動きで、目の前を横切っていく。
次に開けた視界の先には、白い半袖のワンピースを着た女性が立っていた。時々、向こう側の景色が透けて見える。
『次の角に――』そう言った莉音ちゃんの声が思い出された。
思わず足を止めれば、女性はゆっくりとこちらを向いた。肩より少し長い髪。おとなしそうな顔。けれど表情はなく、ただじっと見つめてくる。
「ちょ……ど、どうしろと?」
「この間も言いましたよ。大したものじゃないです。無視すればいいんですよ」
「見えたら気になるだろう!?」
こんなにガン見されたら!
オマエはにやつきながら先に行ってしまう。
残されるのも嫌なので、逡巡したあと思い切って足を踏み出した。距離は五メートルほど。すぐに通り過ぎるさ。
少し離れた場所を通過しようとしたのに、女性はすぅっと近づいてきて俺の腕を掴んだ。
「……ひっ……」
暗い瞳が食い入るようにこちらを見ているのがわかる。
無理無理無理。勘弁して!
「優しくされたいようですよ? 付き合いますか?」
「無理でしょ!?」
背筋がぞわっとして空気が少し変わったのが解る。女性の表情は変わらないのに、悲しみと怒りが伝わってくる。
「いや、あの、亡くなってる方は、さすがに! 生きてる時に、会えたらよかったですね?」
虚を突かれたような間があって、俺はその隙にオマエに駆け寄った。
「なるほど。モテるわけですね」
「死者にモテても!」
絡みつくような視線が無くなって、そっと振り返ってみれば、もう女性はいなかった。いなくなったのか、見えなくなっただけかはわからない。
少しでも離れようと早足で大きな通りの方へと向かった。
「悪霊化するようなら食べてしまおうと思ったんですけど、どうやら思いを募らせることになりましたかねぇ。時々この道を通ってもう少し育ててくれません?」
「嫌な予感しかしないんだけど!?」
しばらくこの道は使わないぞ。絶対にだ!




