第32話 七草がゆ
仕事が始まれば、あっという間に普段の生活に戻っていく。
餅も飽きてきたなと、仕事帰りに商店街に寄ったら「七草」の文字を見かけた。そう言えばそろそろ七草がゆを食べる頃か?
七草セットみたいのもあるようだが、そんなに大量に食べるわけでもないし……
うーん、と悩みながら通り過ぎようとして、目の端に引っかかった「茶漬け」に視線を戻す。インスタントのお茶漬けのようだ。七草の。
これなら! と、手を伸ばしたら、別の手も横から伸びてきた。
「あ。すみません」
「あ、いえ! ……って。間さん」
ん?
よく見れば、JK巫女の莉音ちゃんだった。今日はセーターにショートパンツという若者らしい格好にダウンを羽織ってて、一瞬わからなかった。
「こんな時間に珍しいね? ひとり?」
遅いというほどではないが、晩御飯の時間ではないだろうか。
「それが、聞いてくださいよ! 今のご時世胃薬もあるんだし、無理に七草食べなくてもって言ったら、母さん拗ねちゃって。じゃあ、明日の朝はもう作らない! って。自分だってたいして好きじゃないくせに~。父さんがそれは困るから何かないかって泣きつくもんだから、仕方なく色々調べてこれなら妥協できそうかなって」
コンビニでは見つけられず、商店街まで出て来たらしい。
「……おいしいの?」
「思ったよりは美味しいって友達が言ってました」
「じゃあやっぱり俺も買おうかな」
「間さんも意外とそういうの気にするんですか?」
きょとんと不思議そうな顔をする莉音ちゃんに苦笑する。
「いいや。全然気にしなかったよ。こっちに来るまでは」
オマエがそういうのに詳しいのと、お祓いが意外と効くというのを目の当たりにしてしまったから、なんとなく気になるようになったのだ。
「ああ。やっぱり。そんな感じします」
お互い商品を手にしてそのままレジへ向かう。
窓の向こうはもう真っ暗で、迷ったけれど、出口に向かう莉音ちゃんに声を掛けておく。
「もう暗いし、一緒に行かないか。どうせ同じ方向だし」
「え。別に大丈夫ですけど。あ! 間さんが怖かったりします? たまにいますもんね」
「え?」
「え?」
何がいるって?
「ええと……見えない系は確かに莉音ちゃんの方が強そうだけど……実体のある方は、俺みたいなのでも牽制になるから」
「いつも通るとこなんですけどね。確かに同じ方向ですし、せっかく気を使ってくれたのでじゃあ」
歩き始めると、彼女が「大丈夫」といった意味がわかった。商店街のあちこちから声がかかるのだ。町に一つしかない神社の看板娘は当然誰もが知っている。
「そっちは誰だい?」なんて聞かれると、誤解を招きかねないなと冷汗が出そうになった。
「春に越してきた人ですよ。うちにもちょくちょく来てくれてて。学際の時は荷物運んでくれたり。ご近所なんです」
「美人は得だねぇ!」
他意は! 他意はないんです!
何度喉まで出かけたか……
「……なんか、ごめん。離れてた方がよかったかも?」
「大丈夫ですよ。間さん、無害そうだし」
「無害……」
「商店街抜けちゃえば、人通りも減りますし、そうしたらお喋りできた方がいいですし。マジ迷惑なら断ってますって」
女子高生に慰められてる。若干情けない。
つきそうになったため息を飲み込んで、ふと辺りに目をやれば、莉音ちゃんが一本裏の通りに向かうところだった。
「あれ。そっちの方が近いの? こっちの方が明るくて道も大きいから安全な気がするけど」
「うーん。明るいのはそうなんですけど、そっちには嫌な感じのがいることあるんで」
「そうなの?」
「こっちにもたまに立ってるのはいるんですけど、立ってるだけって感じだから」
「……そうなの!?」
辺りをきょろきょろしだした俺に、莉音ちゃんは可笑しそうに含み笑いを漏らした。
「間さんは見えないのかー。でも、寄せやすいんでしょうね」
「オマエにもよく言われる……莉音ちゃんは見えるの?」
「はっきりとは……影みたいなっていうか、輪郭だけっていうか。人に見えるオーラみたいなのと同じ感じで、身体の部分がない感じですね」
「へぇ。見え方にも色々あるのかな」
「そうですね。父は割とはっきり見えるらしいです……って。次の角になんかいそう。こういう話は興味持たれるのでやめやめ! 楽しいこと話しましょう! 間さんの恋愛話とか!」
「次の角」にどきりとして、「恋バナ」に思考が停止した。コイバナ?
「そういうのは、若者の方がいっぱいあるんじゃ?」
「オトナの恋バナは聞く機会が少ないんですよー! 間さんは都会の人だし、なんかお洒落な話ないんですか?」
「オシャレ?」
転勤の話をしたとたん連絡がつかなくなった人はいるが。
お洒落どころか、どんよりしそうなことを思い出して遠い目になる。
「……もう、忘れちゃったなぁ……」
「うわ。聞いちゃダメな話題だった!? あ、まずっ。な、何か明るい話題は」
また女子高生に気を使わせてるなと苦笑して、お洒落そうなものを考えてみる。
「そうだな。美味しいご飯の店や、カフェなんかはいっぱい調べたかな。旅行に行くならおすすめは教えてあげられるよ。俺は大衆居酒屋とか、地味な定食屋が好きだったけど」
「おお! その時はお世話になりますね。定食屋もきっと美味しいんだろうな。うちはあんまり外食しないから、定食屋とかも新鮮!」
そんな他愛もない話をしながら、大きな通りへと出た。そこを渡って少し行けば神社への階段がある。
「ここでいいですよ。ありがとうございました」
「うん。気をつけて」
元気に手を振って横断歩道を渡っていく姿を見送った。
若干不穏な雰囲気もあったけど、何事もなくてよかったと振り返れば、目の前にオマエがいた。
「うわ!」
「また変なのにつけられてますよ」
「え? は?」
背後の暗がりに流し目を送るオマエの目線を追ってみるけど、俺には何も見えない。
「彼女も何も言ってなかったぞ」
「大したものではありませんから。男性に冷たくされた女性のようでしたね。言って気にする方が悪化させると思ったのでしょう」
そんなとこまで気を使わせていたのかと、ちょっと落ち込みそうになる。
「ひと睨みしたら去っていったので大丈夫ですよ。気になるならちょうど人日の節句ですので、七草でも食べて健康に気を使えばよろしいのでは。筋肉寺の住職のようにパワフルな人間にはそうそう寄らないものですから」
「そうだな」
あそこまでとはいかなくとも。
買い物袋に視線をやって、ふと気付く。
「食わなかったんだな」
「もう少し肥えていただかないと食いでがありませんので。睨んだくらいで去るなんて、もう少し執着してほしいですね」
「……オマエくん?」
*
次の朝、生きのいい餌が出したインスタントの七草茶漬けを食べたオマエは、「草の味がします」と普通の感想を述べた。




