第3話 神様でさえ
桜の花びら舞う神社の境内は、何とも風流だ。
階段を上りきると、緋袴の若い巫女さんが掃き掃除を終わらせたところだった。ストレートの黒髪を後ろでひとつに纏めていて、それが振り返る動きに合わせて揺れる。高校生くらいかなぁ。バイトなんだろうか。
フードを被ったまま現実逃避気味にそんなことを考えて、合いそうになった視線を逸らす。逸らした先には鳥居の外側を行くオマエさんの姿があった。
こんなところに二人で来ることになったのには、もちろん理由がある。
彼が軽トラで戻ってしまってから、積み忘れのダンボールがもうひと箱見つかったのだ。つい、「届けます」と言ってしまったことを今は少し後悔している。
そう重くもなかったし。直帰していいことになってたし。同じ方向だったし……
それで、『お伽堂』のドアを開けて一歩踏み込んだら……クマが飛んできたのだ。
嘘じゃない。本当に飛んできた。
それで、頭にしがみつかれて、どうやっても取れなくて……オマエさんの提案でお祓いしてもらおうということになったのだ。
鳥居の端をくぐった拍子に頭上でカラスがカァって鳴いた。
ちょっと馬鹿にされているようで、さらに気分は落ち込む。
巫女さんはこちらをじっと見ているようだった。俺のやけに膨らんだフードを見ているのか、アイドルばりのオマエさんに見惚れているのか……
ハッとして彼女は社務所へと引っ込んでいった。後に続くようにして中に入ったけれど、受付は彼女ではないようだ。
どう説明しようかと迷う俺のフードをオマエさんはなんのためらいもなく取り払った。窓口の向こう側で男性の目が点になる。
「離れなくなっちゃったんですよね。お祓いしてもらいたいんですけど」
しがみついているテディベアの表情は見えないが、必死な気配は伝わってくる。なんなら微かに震えているのがわかるくらいだ。
本当に離れないことを禰宜さんに頭を差し出して確かめてもらう。
めっちゃ恥ずかしい。二十六年生きてきて一番恥ずかしいかもしれない。
結構な力を入れても離れないのを確認したその人は、困惑したまま「ひとまずやってみましょう……」と、祈祷のための個人情報を記入する用紙を差し出した。
*
さっきの巫女さんに案内された先で幣(祈祷するときに持つ白い紙のついた棒)を持って現れたのは受付の禰宜さんだった。と、いうことは禰宜さんではなく宮司さんなのか。小さな神社だもんな。巫女さんもバイトじゃなく娘さんなのかも。
お祓いの手伝いなのか鈴のたくさんついた道具を持ちながら、ぐしゃぐしゃになってるだろうクマの乗った頭やオマエさんをちらちら窺う巫女さんの視線に、そんなことを考える。
宮司さんも祈祷を始める前に彼女をちょっとだけ睨んでた。
アットホームだな。
俺は色々諦めて神妙にしていたのだけど、オマエさんは興味深そうに辺りを見回していた。そのうちある方向にピタリと視線を定める。そちらには壁しかないけど、小さくつばを飲み込む気配がした。なんだろう? お供えに好物の気配でも感じてる?
それから巫女さんの視線に気づいて彼女に微笑んでた。
巫女さんは緊張したのか鈴の音がちょっとだけ乱れていた。
どうにも緊張感のないオマエさんは、祈祷の途中で人の頭に手を伸ばしてクマをむんずと掴み上げた。
すると、今まで頑なに離れなかったクマがあっさりと彼の手に。
え。これ、祈祷が効いたってこと?
ちょっと呆然と彼を見ていると、オマエさんは何を思ったのかクマの耳にかぷりと嚙みついた。
唖然としている俺と同じような表情を巫女さんもしている。
それに全く頓着せずに、オマエさんは何度かもぐもぐと口を動かしてから何事もなかったかのように膝の上にクマを置いた。
クマが涙目になっているように見えるのは……気のせい、か?
ともかくも、祈祷は無事済んだ。クマも離れた。
釈然とはしないものの、不自由は無くなった。俺は宮司さんにお礼を言って頭を下げる。こんなに効くなら、お守りかお札でも買って帰ろうか。最近の微妙な不運も上向くかもしれない。
宮司さんが「よかったですね」と笑顔で下がっていくので、もう一度頭を下げる。その袖を控えめに引かれたかと思うと、巫女さんがこっそりと声を掛けてきた。
「お連れ様、何者です?」
「え?」
「ちょっと……雰囲気も妙っていうか……あ、あなたも弱ってる感じなので、ケガとか病気とか気を付けた方がいいですよ。良くないものを寄せ付けやすくなってます」
なんだろう。巫女さんの格好で真面目に言われると、そうなのかって気になってくる。
「ええと……そう、なんですか? 気を付けます……彼のことは、俺もよく知らなくて。たまたま……お伽堂で」
「……あぁ、なるほど」
巫女さんは『お伽堂』の名を聞いたとたん納得したような顔をした。
なんだなんだ。その納得を俺にも共有してほしい。
しかし巫女さんはそのまま離れて行ってしまい、俺はそれ以上声を掛けるタイミングを逃してしまった。仕方なく入口まで戻ってお守りを買ったのだけど、今度はオマエさんが巫女さんにぼそぼそと話しかけていた。巫女さんがちょっと頬など染めているのを見ると、胡散臭くてもアイドル顔は得だなと羨ましくなる。
宮司さんが訝し気に首を伸ばしたので、呼んでみることにする。
「オマエさん?」
「今行きます」
巫女さんにクマを押し付けるようにして、オマエさんはこちらにやってくる。巫女さんはクマとオマエさんと俺を微妙な表情で見ていた。
社務所を出てから聞いてみる。
「クマ、預けちゃったんですか? お祓いしてもらったのに」
「あの詩みたいなのもう少し聞かせたら、いい感じになるんじゃないかと思って、お願いしてきました。しばらくしたら取りに来ます」
「いい感じ、とは……」
オマエさんはちょっと考えて、にこりと笑う。
「奥にあったものが、とても美味しそうだったので……クマもちょっと味見したら結構美味しくなってましたし、これは、と」
美味しくって、もぐもぐしてたアレだろうか。
突っ込むべきか迷って、結局やめた。初めからどうも話が嚙み合わないのだ。わざわざ深入りしなくても。
「さすがにアレを食べたら、叱られそうですしねぇ」
名残惜しそうに振り返るオマエさんの視線が何を見ているのか……俺にはさっぱりわからなかった。




