第29話 大掃除
会社や商店街の、青年部の忘年会に呼ばれて遅くなる日が多くなった。
家に帰り着く頃にはオマエは狩りに出ているようで、しばらく顔を合わせていない。酒に酔った視界の中にそれらしい後ろ姿を見ることもあるのだけれど、はっきりそうだとも言い切れなかった。この時期は田舎でも人出が多くて(その割に、出ているメンバーはあまり変わらないような気もするのだけど)、それはつまり、オマエの食べるものもいつもより増えているのかもしれない。
まあ、俺が心配するようなことでもないので「見てないな」くらいのものだった。
口を開けば愚痴ばかりの同僚をなだめすかしながら会社の大掃除をして仕事を納める。異動前なら定時で上がるのは無理だっただろうな。
「間さん、掃除も手馴れてますね。家でも毎日やってるんすか?」
「毎日ではないけど……やらないか?」
「拭き掃除まではしないっすね。ホコリ取るやつでササッと」
「ああ……まあ、うん。似たようなもんだ」
誤魔化せば、少々怪しげな目で見られたものの、追及されるほどではなかった。時間があるというのもあるけれど、『お伽堂』ではつい掃除に力を入れてしまうんだよな。自分の家は本当にそうでもないんだが。
今日も同僚含め何人かは飲みに行くようだが、俺は久々に家でのんびりすることにした。『お伽堂』は大晦日と元旦だけ閉めるというので、あとはできるだけ手伝いに行こうと思っている。今日くらいのんびりしたっていいだろう。
*
家に帰るとオマエがいた。
除菌消臭剤を片手にちょっと意外そうな顔で振り向いたので、なんとなく身構える。いや、俺んちだよな?
「今日は早かったんですね」
「仕事納めだし……掃除?」
手元を指差して聞けば、オマエは「ああ」と言いながらカーテンにシュッとひと吹き吹きかけた。
「掃除というよりは、予防ですかね」
「予防?」
家で焼き肉の予定はないが。
首を傾げる俺に、オマエはふふと笑う。
「盛り塩するほどではないと思いますけど、世の喧騒に触発されて暮れの挨拶に来るモノもいるので」
「なんか怖いこと言ってる!?」
「『お伽堂』にいる間は手も出せないでしょうからいいのですけど、自宅だと油断も大きいでしょうし、最近は掃除もサボり気味かと思いまして」
確かにそうだけど!
「目の届かぬところで餌だけ盗られるのも腹立たしいので」
「だから、餌扱いやめて!?」
どこまで本気なのか、オマエはニコニコするだけだ。まったく。
のんびりするつもりだったけど、気になって風呂に入った後で念入りに掃除をしてしまった。
*
そんなこんなで、三十日に今年最後のアルバイトに行く。
店は開いているけれど、異世界の客もほとんど利用しないはずと言われ、バケツと雑巾を渡された。
「間さんはいつも丁寧に掃除してくれとるから、今年はそう大変じゃぁなさそうだ。棚の上を確認しながらササッと頼むよ」
オマエは天井の煤払いをしていて、店主さんは自宅の方をやるからと引っ込んだ。テディも小さな箒を持って隙間から埃をかき出している。
「明日と明後日は『お伽堂』も完全に閉めるんだよな?」
「そうですね。ほぼ無休ですけど、そこは人間らしいというか、人間らしさを失わないためなのかもですね。厄介ですよ」
のほほんとした返事の割には、敵意のありそうな言葉がくっついている。
店主も高齢なんだろうし、彼がいなくなったらオマエはまた好き勝手を始めるのだろうか。
ちょっと頭によぎったことが顔に出たのか、オマエはふふと笑った。
「まだ死にませんよ。勇者はしぶといんです」
「え。いや。何も……っていうか、オマエも見た目通りの年齢なのか?」
「どうでしょうねぇ」
自分の寿命の方が長いから、余裕だったりするのか?
「若造には違いねぇよ。まだまだしつけが必要ってぇこった!」
奥から飛んできた声にオマエは肩をすくめる。
叱られる前にと、俺も黙々と手を動かした。
スッキリとした店内に満足していれば、店主からお誘いがかかった。
「実家に帰らねぇんなら、明日年越しソバ食わしてやるが、どうだい?」
「いいですね! じゃあ、つまみと酒を少し持ってきますね」
快諾して次の日、どうせ暇だしとお昼過ぎに『お伽堂』に踏み込んだのだが、今まで感じたことがないような爽やかさを感じた。
昨日、確かに掃除はしたけれど、なんだか空気までキラキラしそうなほど。
なんぞ?
「あとでお酒も飲めるなんて、毎日こうだといいんですけどね!」
オマエがつやつやした顔で迎えてくれる。
「……何かあったの?」
「今日は食べ放題なんですよ。年に一度の!」
「おう。早いな。もうちっと取り込むから、そっちに下がってな」
店主も棚の影から顔を出し、俺はテディに背中を押される。
……食べ放題って、焼肉とかじゃないよね?
カウンター奥の扉に辿り着いたところで、ごうっと風が吹いた。
思わず振り向けば、ダースベイダーのポスターが貼ってあった場所から、もくもくと黒い煙のようなものが湧いている。店主が無造作に近寄って煙に手を伸ばしたかと思うと、それをむんずと掴んで引っ張った。
煙は引っこ抜かれたように壁から離れて、勢いのままオマエの方に放られる。
一瞬、煙が大きな鎌の形になった気もしたのだけど、オマエは舌なめずりひとつして、振り上げられた煙へ手をかざした。
とたん、煙は形を崩して細く捻り上げられた。太い麺を啜るように、オマエの口の中へ消えていく。
店主は渋い顔をしていたけれど、ちらりとこちらを見ると軽く手を振った。奥へ行ってろということらしい。
うん。これは確かに邪魔にしかならないな。
俺は大人しく従うことにした。




