第24話 寂しがりのテディリターンズ(後)
店主が行ってしまったので、カウンターへ入って座る。腕のクマを目で追っていたオマエは顎に手を当てて小さく首を傾げた。
「手伝うほどのものではないような」
伸ばされた手から逃げるように、クマは背中を伝って反対の腕にしがみつく。小刻みに震えているところをみると、やっぱりオマエは怖いようだ。
「話を聞ければ、みたいなこと店主さん言ってたけど、わからないか?」
「めんどうですね」
あまりやる気が見られない。
「テディは……」
視線を向けてみたものの、テディも喋るわけじゃないから大きな期待があったわけじゃない。ぬいぐるみ同士感じるものがないかと思ったくらいだ。
ちょっと渋い顔をしたものの、頼られている雰囲気を感じたのか、テディは腕のクマに近づいて行った。
しばし身振りのような、体操のような動きが続く。
腕のクマは頷いたり片手を振ったり、小さな動きを返していた。
「意思疎通できてるのか?」
「さあ」
やがて二体の動きは止まって、テディがこちらを見上げた。
めっちゃ見られているのはわかるが、それしかわからない。
「うーん。何かわかったのかどうかもわからん」
テディは一度うなだれて、それから渋々というようにオマエに向き合った。
なにやらバンザイしている。
「……高いところ……月?」
「わかるのか? なんだって?」
「細かいところはわかりませんが、どこかに連れて行って欲しいみたいですね」
「どこか」
「イメージでは……非常階段、のような。建物の外側についてる感じの。空を見上げられる……」
外階段のある高い建物……この町では限られるな。
駅前のビルと学校くらいだろうか。
「行けば満足するんだな?」
それで離れてくれるなら、行っておくか。
「そこまでは判りませんけど。でも、そういえば満月ですね。中秋の名月とかいうやつ。その力を借りたいのかも?」
「え。そうだっけ。なんか悪いことか?」
思わず腕のクマを見下ろしたけど、震えてるのか首を振ったのかわからない程度の動きしかない。
「今この店でその程度しか動けないのですから、大したことはできませんよ。つまり、放っておいても明日には離れるのでは」
「なるほど? まあ、でも月見するのも悪くないから、今離れてくれるなら夜に行ってみてもいいかな」
「お人好しですねぇ」
「月見団子とワンカップ買ってやるから。悪さしそうなら食ってくれるんだろ」
「じゃあ、付き合います」
酒と聞いたとたんオマエはにこりと笑って、腕のクマはちょっと顔を上げてから、もそもそと手の方に下りてきた。
やれやれ。
*
夜。
オマエには先払いして、月がそこそこ昇ってきた頃に家を出た。
商店街を通って駅前に出たのだが、ビルの外階段はがっちりと施錠されていて入り込める感じではなかった。
仕方ないとクマを見つけた高校へと向かう。初めにそこで見つけたのだから、そっちの方が正解のような気もしてきた。
門扉は閉まっていたけれど、防犯カメラのようなものは見当たらない。
学生時代を思い出して、ちょっとドキドキしながら乗り越えた。
暗闇に佇む大きな建物はどうして不気味に見えるのか。しかし今は幽霊よりもおまわりさんの方が怖いかもしれない。見つかりませんように!
建物横に回って、四階まで上る。そこまで高いわけではないが、田舎は光源が少ないので月も星も綺麗に見えた。
リボンをつけたクマは俺の肩に乗って、空を見上げている。
それをテディがオマエの手の中で面白くなさそうに見ている。
夜とはいえ、ぬいぐるみを二つも侍らすのは抵抗があったので、オマエに預けたのだが。テディも行くと言い張ったのでこういうことになっている。
「さあ、これでいいのか? 沈むまでは付き合わないぞ」
肩の上から柵の上にクマを降ろしてやれば、クマはよいしょと立ち上がって月へと両手を伸ばした。
何か起こるのか起こらないのか興味もあって見守る。
特に何か起こる気配もなく、飽きたのか、オマエが「行きましょう」と階段を下りかけた。
そこで、シャン、と鈴の音がした。
気のせいかとも思ったが、月にうっすらとかかっていた雲が、徐々に濃く大きくなっていく。ああ、いや。近づいてきてるのか?
やがて極彩色の雲となって目の前まで降りてきた。
クマがぺこりとお辞儀をしたあと、その雲へと飛び移っていく。
しばし俺を見ていたクマは、そっと片手を差し出した。
別れの握手かと、ぼんやりしながら俺も手を伸ばす。
「だから、つけ込まれるって言うんです」
伸ばした手をオマエに掴まれて、テディが頭にタックルしてきた。
ハッとして我に返れば、赤いリボンを巻いたクマが手すりから落ちていくところだった。
極彩色の雲もなく、月の光が町を照らしてる。
「え? あれ?」
「幻覚ですよ。何を見せられました?」
「えーと、綺麗な雲?」
「なるほど。かぐや姫にでもなぞらえましたかね。優しくされたので、連れて行きたくなったのでしょう」
頭に張り付いたテディもポカポカと綿の詰まった手で叩いてくる。
「別れの握手かと……」
「誤認させるのも手の内ですよ」
「……ハイ。アリガトウゴザイマス。……食ったのか?」
「いえ? 別の世界から迎えが来る、という妄執だったようなので、満足したのでは」
階段を下りて、落ちたクマを回収する。
もう普通のぬいぐるみだった。
オマエも「抜けてます」と言ったので大丈夫だろう。リサイクルショップにでも持って行けば、と言われたのだが、女子高生たちに『お伽堂』で預かると言ってしまっているのを思い出して、結局カウンターの上に座るクマが増えたのだった。




