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異界古書店『お伽堂』の異常な日常  作者: ながる
3章 禍福は糾える縄の如し

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第22話 お盆

 どこからか煙の臭いがした。

 田舎とはいえ、落ち葉など燃やすのは条例で禁止されていたような気もしたのだが。火事だろうか。炭の臭いとは違うしな、と窓から外を見てみる。

 特に変わったことはなくて、首を捻りながら振り返った。


「何か」

「うわ!」


 目と鼻の先にオマエがいて思わず後退る。窓に背をぶつけて笑われた。

 その現れ方、絶対わざとだろう!

 心臓を押さえつつ、息を整えた。


「……煙臭くないか? どこかで火事かと」

「迎え火ではないですか? 玄関先で火をつけているお宅がありましたよ」

「ああ……」


 盆の入りか。週末と重なっているから気付かなかった。


「ハザマさんもしばらくお休みでしょう? お墓参りは行かないのですか?」


 ちょっとウキウキと訊かれて、半眼になる。


「土日は避けていくよ。日帰りできるとこだし。先祖は連れ帰っても食べちゃダメだからな」

「わかってます。悪霊化しそうなのと迷ってるやつだけにします」

「迷ってるのはやめたげて!?」


 『お伽堂』も外は閉めるらしい。中はいつも通りと言っていたので、明日は手伝いに行こうかと思ってる。


「店主さんは出かけないのかな。また留守番してもいいんだけど、何も言ってなかったな」

「盆は気が抜けないと言っていましたし、連休の時に出かけてますのでいいのでは。独り身ですし、仏壇もありませんからね」

「そういえば……」


 家族の気配はないな。だからああいう店を続けられるのか。


「勇者も大変ですよね」


 他人事みたいに言ってるけど、だいたいアナタが悪いのでは?

 非難を込めた視線を解っているのかいないのか、オマエはにこにこと笑っているだけだった。


 *


 レンタカーで墓地を梯子して、暗くなってから家に辿り着く。玄関を開ければ、暗闇の中、上がり框にオマエが座り込んでいた。心臓に悪いがどうにか平静を保つ。


「なんだよ。お土産待ちか?」

「そんなとこです。お疲れですか?」

「まあ、そこそこ……」


 視線が背後に固定されているので、なんだか落ち着かない。が、オマエはすぐに立ち上がってエアコンをつけに行った。

 土産と言っても観光に行ったわけではないので、コンビニで買ったビールくらいだ。夕飯もコンビニ弁当なので普段とそう変わらない。差し出された缶ビールをオマエは「いただきます」と受け取った。

 シャワーを浴びて、だらだらと動画を見てうたた寝。ハッと起きて早めに寝るかと立ち上がったところで、まだオマエがいることに気が付いた。

 ビールにありついた後はだいたい狩りに出ていくのに。


「……今日は出かけないのか? 盆も明けたからお化けも少ない、とか?」


 お祭りの時に巫女さんにもらった酒はうちで預かっているけど、飲みたいなら勝手に出すはずだし……


「お気になさらず」


 にこりと笑われるけれど、なんだか気持ち悪い。

 しかしこれ以上突っ込むのも怖い。

 結局、言われた通り気にしないようにして眠りについた。




 ――ドン。コーン、コン、カラカラ……

 物音で意識が浮上する。缶が落ちたような音だったけど、オマエだろうか。

 起きだして電気をつけてみれば、オマエがシンクに寄りかかるような格好でうっすらと笑っていた。

 足元に、すすいでシンク台に乗せてあったビールの缶が転がっている。


「……何かあった?」

「少し? もう大丈夫ですよ」


 缶を拾い上げるオマエに()()の説明を視線で求めてみたけれど、彼は軽く肩をすくめて冷蔵庫を指差した。


「そうですね……じゃあ、まずあれ作ってください。馬? 帰る時に乗るという」

「ん? 精霊馬か? 帰る時は牛だったか……」


 実家でやっているだろうと、自分で作ることはしたことがない。

 野菜は何か入っていただろうかと、とりあえず冷蔵庫を開けてみた。もちろんナスなど無い。キャベツはあったが、動物に見立てるにはあんまり向かなそう。一昨日まではトマトがあったのだが、食っちまったし……


「……馬っぽいの、さけるチーズくらいしかないんだが……」

「いいんじゃないですか。それで」


 爪楊枝で足をつけて、テーブルの上に置く。


「これでいいのか?」

「はい」

「……で、何が」

「明日にしましょう。ゆっくりお休みください」


 オマエはにこりと笑って、そのまま出ていってしまった。




 スッキリしないまま仕事に出て、みんなやる気が無いので定時に帰る。連休明けだというのに、それでどうにかなるというのも大概だ。

 家ではエアコンをつけてオマエが待っていた。


「お帰りなさい」

「ったく、ゆうべは何だったんだ?」


 汗で貼り付いたワイシャツを脱いで、洗濯機に放り込む。シャワーに入ろうかちょっと迷って、Tシャツを手に取った。待っていたのだから、話してくれるつもりなのだろう。冷蔵庫から水を出してオマエの前に座る。話が終わるまでビールはお預けだ。

 気持ちが伝わったのか、オマエはちょっと肩をすくめた。


「お祭りに行ったじゃないですか。いただいたお酒のおかげで、行きに拾った分は散ったんですけど、帰りに厄介そうなのを拾ってましてね」

「……ん?」


 何を?


「お酒、美味しかったしお腹にもそこそこ溜まったので、他のは問題が出てから摘まもうと思ってまして。その間に離れたら離れたでいいかと」

「んん?」

「実質肩凝りくらいのようだったので放ってたんですけど、お墓参りで団体さん連れて帰ってきまして……」

「……誰が?」


 すっとオマエは俺を指差した。


「幸い、ご先祖も見かねてついてきてましてね。悪さしようとするのを牽制していたようで。何代前かのお祖父さん、なかなかお強そうな人でしたよ。結構似てましたね」

「じいさん……」

「まあ、で、手を貸そうと思ったんですけど、気が立ってるからかこちらも敵認定受けちゃいまして。ご先祖は食べてしまうわけにもいかず、防戦一方にしていたら缶を落としてしまいまして」

「それで、団体さん? は?」

「そちらは朝までにどうにかしました。お祖父さんも乗り物用意したことでしぶしぶ戦闘モードを解いてくださいましたから、日が昇る前に帰っていきましたよ」

「……それは……ありが、とう?」

「いえ、べつに。もう少しゆっくり食べられたらもっとよかったんですけど……贅沢は言えません」


 心底真面目にそう言われると、なんと返したものかわからなくなる。

 ふと顔を上げて、にこりと笑うと、オマエはテーブルの上の乾いたチーズを指差した。


「それもいただけますか?」

「え。捨てるだけだし、いいけど……食べちゃダメだったんじゃないっけ」

「人間なら、でしょう?」


 上機嫌にチーズの牛を持ち上げて、ぱくりとかぶりつく。

 爪楊枝の足ごと消えて、ご先祖様があまり無茶しなくてよかったと頭の隅で考える。


 オマエにはすみやかにビールを献上して、ご先祖様には、もう一度手を合わせておきました。


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