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異界古書店『お伽堂』の異常な日常  作者: ながる
3章 禍福は糾える縄の如し

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第16話 こいのぼり

 予定通り連休前半は実家に顔を出しに行った。

 急に田舎に異動になったことを心配されていたようで、同僚に聞いた和菓子屋の大福を土産に渡したら、母は少しだけ涙ぐんでいた。

 「元気そうでよかった」って、どんな心配してたんだ……

 数日のことだけど、完全に家事からも解放されて羽を伸ばす。

 変なものも見ないし、動くクマもいない。気づけば部屋に居る青年ももちろんいなくて、実家なのに『よそのうち』みたいだった。

 ……いやまてよ。これが普通だよな?


 完全に我に返る前に、田舎町に戻る。

 町を出る時はあまり気が付かなかったけれど、こいのぼりが泳いでいる家の数が多い気がする。

 土地があるから一軒家が多くて、庭にポールを設置するスペースが確保できるからなのか。

 うちの実家も、駄菓子屋で買えるような小さなものを家の中で飾るくらいしかしていないので、そこかしこで大きな鯉が泳いでいる景色は奇妙にも見えた。


 帰りは実家近くの酒屋で地酒を買ったので、『お伽堂』へ持っていく。

 「気ぃ使ってもらって悪ぃな」と、店主はそれでも嬉しそうに受け取ってくれた。


「留守番は五日と六日でいいんですよね?」

「ああ。頼む。暗くなる前に上がってもらって構わない。妖精がはしゃぎすぎて手に負えなくなったりしたら、アレに任せて放置しといてくれ。戸締りだけしっかりしといてもらえれば大丈夫だから」

「わかりました」


 ところで、と俺は外を指差す。


「ここでもこいのぼり上げてるんですね。あれって店主さんのですか? それとも店の?」

「ああ。あれは以前に持ち込まれたものだ。立派なもんだし、ただしまい込んでるのももったいねぇと思ってな」


 持ち込まれたということは、何かいわくがあるのかとも思ったけれど、店主が判断して飾っているなら大丈夫なんだろうな。


「六日には片付けちゃった方がいいですか?」

「ああ……暇なら頼めるか。そのままにしておいてくれれば戻ってから片付けるし、収納場所はアレが知ってる。強風だったりすると片すのも一苦労だからな。後で手伝ってもらった方が助かるかもしれん」

「わかりました。できそうならやっときます」


 なるほどと頷いて請け負う。『お伽堂』の仕事は特殊な対応のものが多いから、判らなかったり迷ったりした時は『対応しない』が鉄則となる。ここでは俺でもどうにか出来たかもしれない、ということがほとんどないので気楽だったり。

 顧客対応は気を使うことばかりだからなぁ。都会とは距離感が違うので戸惑うことも多いし……どっちがいいとも言えないのは確かだけど。


 *


 五日の朝、よそ行きの服に身を包んだ店主を見送る。俺じゃなくてオマエにこんこんと気軽に食うなと言い聞かせて、心配そうに振り返りつつ旅立って行った。

 言われた方は「はい、はい」と一見殊勝に答えていたけれど、響いているのか疑問だ。


「……好き勝手できるとか……思ってる?」

「いやですねぇ。思ってませんよ。以前も彼が三日ほど店を空けなければならなかった時に留守番しましたし。ああ、ほら、あなたが初めて店に来た時ですよ」

「え。あの時、店主さんいなかったんだ」

「上手く対応してたでしょう?」


 まあそうか。確かにあの時は妙な奴とは思わなかった。次に会ったときにはわからなかったくらいには……ちょっと前に、木の下にいるオマエに誰も注意を払わないのを不思議に思っていたけれど、知らない人なんてそんなものだろうか。

 まじまじと見つめてしまったらしく、オマエはくすくすと笑った。


「ハザマさんは幽霊の類はあまり見ないのでしょう? この体は実体があるけれど、属しているのはそういう方なので、一般の方には認知されにくいんです。関わる必要があるときは可視化を高めてますから」

「可視化? 今も?」

「あなたとは縁が繋がったのでそういうことをしなくても」


 ……縁? そんなことも言ってたね。


「ご心配しなくとも、関わりをやめる時には()()()しまいますので」

「い゙っ……!?」

「『縁』を、です」


 面白そうににやりと笑ってから、オマエはこいのぼりを見上げた。


「あの魚も家によっていろんな味がしますよ。あれは食べるなと言われていないので、この時期は嬉しいです」

「……あぁ……中国の伝説で「黄河の竜門を登った鯉は竜になる」っていうのがあるんだ。子供たちの立身出世や健康を願って上げるから……食べられるのか?」


 得意げ、というわけでもなかったのだけど、蘊蓄を披露した俺にオマエは唇を舐めながら頷いた。


「竜になるくらいのは、美味しいんですよねぇ」

「ん?」


 ……どこで食ったの?


 *


 次の日、風も穏やかだったのでオマエとこいのぼりを片付けた。

 特に口に入れる様子はなかったから、もう食べてしまっていたのかもしれない。

 このこいのぼりはどんな味が――いや、追及するのはやめておこう。


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