第10話 イースター
初日のドタバタを教訓に、何度か店番をこなして慣れてきた。
いまだに人間の客にはお目にかかっていないが。
夕方くらいにたまに来るとは聞いていて、学校や会社が終わった後に訪れる人が多いのは自分含めて納得がいく。
朝は掃除から始まるので、怪しい雰囲気を少しでも緩和しようと丁寧に雑巾がけをしていく。水気は良くないのできつめに絞って、床に積まれた本の間もできるだけ拭いていた。正直、自分の家よりも手をかけている気がしないでもない。
しかし、有り余る時間を使うのに、掃除と整頓ほど有効なものはないのだ。
床に山積みにされている本のタワーも、棚があれば片付けていきたいのだが……
「ん?」
そんな本の山の谷間に卵がひとつ落ちていた。
埃は被っていない。
どうしてこんなところに。
ひとまずカウンターに置いて、マニュアルを確かめる。卵に関する記述はなかったけれど、落とし物や不審物は店主が確認してから処理されることになっていた。
不思議そうに近づいて、卵をつついてみているテディを止める。
「変なものが生まれるかもしれないからな」
カウンター下から小さな籐のカゴを取り出して、そこへ卵を入れておく。
外から通学途中の子供の歓声が聞こえて、ふと思い出した。
そういえば、数日前にカラフルな卵を持った子供たちがいたな。
イースターがこの時期だったような気も……隠した卵を探す遊びをするんじゃなかったか。
日本にはあまり馴染みがないと思っていたが、春先にウサギや卵の装飾を見掛けるようになった気もするし、どこかの子供がいたずらで隠していった可能性も?
つらつらと考えながら掃除の続きをしようと振り向いたところで、オマエがふらりとやってきた。
「バイトの日でしたか。どうです? 慣れましたか? 問題は起こってませんか?」
期待する口調に今日はちょっと胸を張る。と言っても、まだ開店前なのだが。
「問題ないぞ。落とし物は拾ったけど、ちゃんとマニュアル通りに……」
俺とオマエの視線が同時にカウンター上の卵に向く。
するとオマエはあからさまに目を輝かせて卵に手を伸ばそうとした。舌なめずりまでしたのを見て、これはまずいと経験から警鐘が鳴る。
「それは、店主さんに報告がまだ……!」
慌てて卵をひっつかんだのと、オマエの手が俺の手に触れたのはほぼ同時だった。手の中でふるると卵が震えて、ぼふん! と軽い衝撃が起こる。
思わず尻もちをつけば、膝の間に大きな卵が出現していた。
なんだなんだ?! 俺は産んでないぞ!?
オマエが締まらない顔でなおも手を伸ばすので、俺は目の前の卵を腕と膝で抱え込んだ。
「勝手に食っちゃ駄目なんだろ!?」
ようやく動きを止めたオマエは不服そうな顔で卵を指差した。
「あなたが抱えてるの、普通の卵だと思ってます?」
「え……?」
ちょっと大きいが、どうということのない……
さすさすと撫でた指がひび割れに当たる。どこかにぶつけて割れただろうかと覗き込むようにして見てみれば、大きな瞳と目が合った。
「……わあ!?」
思わず手を離してのけ反った隙に、オマエが卵を持ち上げる。
「モンスターエッグですよ。卵に擬態して動物などを近づけさせ、襲って大きくなります。何に進化するかはランダムなので、お祭りなどで子供たちに人気ですね。外れを引くと捨てられがちですが」
オマエに抱えられた卵はうっすら汗などかいて、殻の隙間から見える目がきょときょとしてる。
「進化前の幼生の間は栄養価も高くて味が濃いんです。卵ですから」
にこにこと説明を続けながら愛おしそうに殻を撫でられて、心なしか卵は青褪めた。
「幼生ということは、一人で勝手にこの店を使うことはないですから、誰かが落としていったか、置いていったのでしょう。処分しても怒られる対象ではな――」
ごつん、と鈍い音がした。
「店のもんを勝手に食うなと言っとるだろ」
オマエの背後から顔を出した店主が、サッと卵を取り上げる。
頭をさすりながら、オマエは渋い顔をした。
「処分の手間が省けていいじゃないですか」
「誰かが取りに戻ってくるかもしれないだろ。冷蔵庫に入れて二~三日は保存しておかにゃあ」
「誰も来ませんよぅ。新鮮なうちが美味しいのに……」
「なんのためのマニュアルだと思っとる。間さんを見習え」
「もうちょっと遅かったら襲われてたかもしれませんよ?」
ぶちぶちと文句を言うオマエを無視して、店主は卵を抱えたまま、また奥へと引っ込んでいった。
「せめてしょうゆ漬けにしません~?」
醤油の味は知ってるのか。
未練たらしく指を咥えるオマエを見ながら、酒のアテにゆで卵のにんにく醤油漬けでも作ろうかなと少しだけ考えて、掃除の続きへと戻るのであった。




