第5話 甘い罠は女子会のテーブルに/解決編
やがて、ホテルのラウンジの一角に四人が集められた。
テーブルを挟んで向かい合う形で座ると、どこか張りつめた空気が漂う。
楠木が立ち上がり、手帳を胸元にしまいながら口を開いた。
「みなさん、お忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます」
「それで……どうしたんですか?」
ハキハキとした声で尋ねたのは岸本彩花。腕を組み、やや挑むような目を向けている。
「また何か確認事項ですか?」
工藤美咲は眼鏡を指でクイッと上げ、冷静に問いかける。
楠木は真剣な面持ちで頷いた。
「実は──事件の謎が解けました」
「えっ……!」
四人の視線が一斉に集まる。ざわめきが走る。
「じゃあ……犯人が分かったってことですか?」
村瀬真琴が半ば食い気味に口を開いた。
「はい。その通りです」
楠木はうなずき、しかしすぐに声の調子を落とす。
「ただ、その前にいくつか整理しておきたいことがあります」
「……確認したいこと、ですか?」
佐伯理沙がおどおどとした様子で問い返す。両手を膝に置き、落ち着かない仕草を見せる。
楠木は姿勢を正し、低い声で切り出した。
「まずは事件の概要を、もう一度確認させていただきます」
四人の視線が集中する。
「高松京子さんは──女子会の最中、一通りの食べ物を口にしてからおよそ三十分後に、突然苦しみ始めて死亡した。これは間違いありませんね?」
全員が一瞬沈黙し、やがて岸本がうなずいた。
「……はい。その通りです」
楠木は続けた。
「では次に、みなさんが持ち寄った食べ物を整理させてください」
視線を順に巡らせながら、一人ずつ名を挙げる。
「岸本さんは──焼き菓子。フィナンシェ、クッキー、マドレーヌに……カヌレもありましたね」
「ええ、そうです」
岸本がはっきりと答える。
「工藤さんはケーキ。ショートケーキ、チーズケーキ、チョコケーキ、そしてモンブラン」
工藤は軽く眼鏡を押し上げてうなずく。
「村瀬さんはキャラクターイラスト入りのフルーツゼリー」
村瀬は「はい」と短く答えた。
「そして、佐伯さんはシンプルなプリン」
「……はい」
佐伯は少し俯き加減に、控えめな声で返す。
楠木は全員の顔を見渡し、ゆっくりと息を吸った。
「──これで間違いありませんね?」
四人はそれぞれ小さくうなずいた。
楠木は手帳を取り出して、妙に真剣な顔で読み上げ始めた。
「まず──どの食べ物に毒が混入していたか、ですね。今回のケースは、発症までに時間差がありました。これは毒の周りを遅らせるために、カプセルに入れられていた可能性が高い」
四人が緊張した顔で聞き入る。
「つまり……混入していたのは、“噛まない食べ物”に絞られるのです。なぜなら、もしケーキや焼き菓子のように噛んで食べるものに仕込めば、その場でカプセルが壊れて、すぐに発症してしまう。そうなれば、その食べ物に毒があったと一目で分かってしまうでしょうからね」
(……説明、ほんとに大丈夫? 手帳ばっかり見てるけど)
ねむは半眼で楠木を眺めた。
すると楠木は、急に声を張り上げる。
「つまり──ケーキと焼き菓子は除外だ!二択に絞られたわけです!」
ねむは思わず肩をびくりと震わせる。
(……なんでそこで急に声張り上げるのよ。心臓に悪いんだけど)
楠木は構わず続けた。
「プリンかゼリー。そのどちらかに、カプセルが仕込まれていたんだ。そして──犯人は確実に高松さんにそれを食べさせる必要があった」
場の空気が一段と張り詰める。
「だから、高松さんの“好きなもの”を利用したんです」
楠木は手元のメモを見て、顔を上げる。
「彼女はSNSに何度も投稿していましたね。とあるアニメの男性キャラクター──そのキャラが描かれたグッズやイラストを、ことあるごとにアップしていた」
四人の容疑者が息を呑む。
「そう。そのキャラがプリントされたゼリーを見れば……高松さんが選ぶのは必然だった」
楠木の声が部屋に響く。
「──犯人は、村瀬さん。あなただ」
楠木の声が、静かに場を切り裂いた。
「なっ……!」
ざわつく空気。岸本も工藤も、佐伯も息を呑む。
楠木は手帳に視線を落とし、ひと呼吸おいてから静かに口を開いた。
「それに──ゼリーの容器を調べ直した結果、一度開封された痕跡が確認された。封を切り、毒を仕込んでから閉じ直していたんだ。そして毒の入手経路も追えば必ず判明する。君の行動と、結びつくはずだ」
その瞬間、村瀬の肩ががくりと落ちた。
次の言葉を絞り出すように、彼女は声を震わせた。
「……違う……違うの……あいつが悪いのよ」
大粒の涙が頬を伝い落ちる。
「高松京子……あの女が……! あいつが私のキャリアを台無しにしたの!」
他の三人が凍りつく中、村瀬は嗚咽混じりに言葉を吐き出した。
「会社で必死に準備した企画を……京子は横取りしたの。上に気に入られるように立ち回って……成果だけ持っていった。失敗すれば全部私のせい。私は異動させられて、あの女は出世した……!」
両手で顔を覆い、泣き崩れる村瀬。
「……努力も未来も、全部奪われたのよ。だから……」
言葉の先は涙にかき消された。
ねむは腕を組みながら、それを黙って見下ろす。
(……つまり逆恨みってやつか。ほんと、社会人の世界も怖いなぁ)
ラウンジの空気は、重苦しい沈黙に支配されていた。
やがて、警察官たちが村瀬を立たせ、静かに連行していく。
すすり泣く声と足音が遠ざかり、残された面々の間にひときわ深いため息が落ちた。
場の空気がようやく落ち着きを取り戻したそのとき、凛子が横からねむに身を乗り出した。
「ねむ、ホントにすごいじゃない! 私、正直びっくりしたよ」
ねむは肩をすくめる。
「……まあ、たまたま気づいただけだし」
凛子はすぐに楠木の方を見やった。
「それに比べて……」
ジッと突き刺さる視線に、楠木は思わず苦笑いする。
「わ、分かった分かった。今度ご飯、奢るから!」
「ふーん……じゃあ、あそこの超高級フレンチ”シエル・ルージュ”で」
ねむがさらりと告げると、楠木の顔が一瞬で引きつった。
「ちょっ……」
「だってこれでまた手柄になって、昇進できるかもしれないんでしょ? なら、そのくらい出せるよね」
ねむはにやりと笑う。
楠木は頭をかきながら、苦笑いでうなずくしかなかった。
「……分かったよ」
事件が終わった帰り道。
夕暮れの街を並んで歩きながら、凛子はぽつりと言った。
「ねむ、ほんとにすごいね。こんな才能があるなんて知らなかったよ」
ねむはポケットに手を入れたまま、小さく肩をすくめる。
「……でも、ほんとに知りたいことは、まだ分かってないんだ」
「え?」
「うちのお父さん、今も行方不明なんだ。海外に出張してたときに消えたらしくて……なんでかは、誰にも分からないみたい」
その一言に、凛子は足を止めた。
「……え、ちょっと待って。初耳なんだけど!?」
ねむは眠たそうな顔で、軽くあくびをかみ殺す。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてないってば!」
夕暮れの通りに、凛子の声が響く。
「その重大情報を、なぜいままで黙ってたのか説明して?」
腰に手を当てて詰め寄る凛子に、ねむは頬をかきながら苦笑した。
「ごめーん。別に隠してたわけじゃなくて……聞かれなかったから、つい」
「“つい”で済ませないでよ!」
そう言いつつも、凛子の口元には小さな笑みが浮かんでいた。
ねむは視線を空に向け、淡く朱に染まる雲を見上げる。
「でも、行方不明ってだけだから。きっとどこかで生きてると思う。――まあ、お父さんタフだから」
凛子はため息をつきながら、ふっと笑った。
「そんな状況なのに、あんたは元気だね。……やっぱり、すごいよ」
夕暮れの風がふたりの間をすり抜けていく。
「じゃ、また明日。明日もテスト勉強するから。――探偵さん?」
「う、うん……(寝ないようにがんばる)」
並んで歩き出す足音が、街のざわめきの中に溶けていった。
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