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第3話 月光の下の密室/解決編

 ねむの推理を聞くと楠木は深くうなずき、歩を進める。

 「小牧さん、少しお時間をいただけますか」


 小牧史恵の前に立ち、静かに息を整える。

 「──この事件の謎が解けました」


 ねむは後ろの壁際で腕を組み、フォークでも持つみたいに気楽な顔で見守っている。


 「犯人は二人います」

 楠木の声に、史恵の眉がわずかに動いた。


 「まず一人は──上の階の住人」


 楠木は窓を指差した。

 「被害者の首を絞めた実行犯です」


 「……そんなこと」


 「もちろん、事前の準備が必要でした。そこで、もう一人の犯人──あなたの出番です」


 史恵の顔に緊張が走る。

 ねむは(その表情……やっぱり図星ってことだよね)と心の中でつぶやいた。


 楠木は淡々と続ける。

 「まず仕掛けの準備だ。事件前、上の階の住人が窓からワイヤーを垂らす。あなたはそれを受け取り、窓枠に沿わせて下に垂らしておく、軽くテープで仮止めする──引けばすぐ外れる程度に。そして再び上へ戻した」


 史恵の唇が固く結ばれる。


 「これで仕掛けは完成だ。あとは犯行時、離れた場所から電話をして、窓から顔を出すよう誘導するだけ。被害者が小さい窓から顔を出した瞬間に上の階からワイヤーを引くと自然と首にかかる」


 楠木はさらに言葉を重ねる。

 「当日の夜はスーパームーン。夫と通話しながら“今夜は月がきれいだ”と告げ、外を見させた。

 夫は電子タバコを吸いながら小窓から夜景を眺める。

 そのとき──上の階から空き缶を落として音を鳴らし、夫が思わず身を乗り出すように覗かせた。

 その瞬間、首が窓の外に出るように仕向けられていたんです」


 楠木は一歩踏み出し、声を低めた。

 「そして──顔を窓に出した瞬間、上の階の住人がワイヤーを一気に引く。仮止めが外れ、ワイヤーは上に上がり、夫の首を締め上げたのです。

 被害者の首に残った圧迫痕。法医の報告によると、痕は窓枠の方向に偏っていた。

 まるで、何か細い線と枠のあいだに首を“挟まれた”ような痕だそうです」


 楠木は鋭く告げる。

 「つまり──犯人は、あなたと上の階の住人。二人は恋人関係にあった」


 史恵の肩がびくりと震えた。


 「ば、馬鹿なこと言わないでください!」

 史恵は声を荒げる。

 「私がどうして夫を殺さなきゃいけないの!」


 楠木は淡々と応じる。

 「夫婦仲がうまくいっていなかったことは、近隣住民も証言している。口論する声を何度も聞いたそうだ。そして──あなたは上の階の住人と一緒になりたくて、この計画を思いつき実行した」


 「……っ」

 史恵は言葉を失い、唇をかみしめる。


 やがて、震える声で史恵は言葉を絞り出した。

 「……証拠なんて、ないでしょう」


 「証拠はあります」

 楠木の声は揺るがない。

 「まず──あなたの指のリングだ」


 視線が史恵の右手に注がれる。

 「上の階の住人とまったく同じもの。偶然では済まされません」


 「ただの偶然です!」


 ねむは後ろで腕を組み、半眼になる。

 (“ただの偶然”でペアリング? それ、誰が信じるのよ)


 楠木はさらに一歩踏み込み、声を低めた。

 「おそらく、この犯行のために上の階の部屋を事件直前に借りたはずだ。それも調べればすぐ分かる。家具がほとんどなかったのは、そのためだろう。そして部屋を調べれば──指紋でも毛髪でも、あなたが出入りしていた証拠が必ず出る」


 史恵は首を横に振り、必死に否定を繰り返す。

 「違う……私は関係ない……!」


 だが、その指先は小刻みに震え、リングがカチカチと音を立てていた。


 ねむは小さく肩をすくめ、心の中で呟いた。

 (もう、その反応がもう答え合わせになってる)


 楠木の声が低く響いた。

 「これ以上、否定を重ねてもあなたにとって良いことはありません。──認めてください」


 史恵は顔を伏せ、しばし沈黙していた。

 やがて、押し殺した声が漏れる。

 「……あの人が悪いのよ」


 涙がぽろぽろと落ちる。

「ギャンブルばかりして、暴力も振るって……あんな人、もう限界だったの……!

支えてくれた人と、一緒に生きたかった……!」

 最後には嗚咽混じりに叫び、膝から崩れ落ちた。


 ねむは腕を組んだまま、それを見下ろす。

 (……男女のもつれって、大変だなぁ。私は遠慮したい)


 やがて史恵は警察官に両腕を取られ、泣きながら連行されていった。


 こうして事件は解決した。

 もっとも、その謎を解いたのは──制服姿の女子高生だったのだが。


 事件が片づき、現場の空気が落ち着きを取り戻す。

 ねむは伸びをして、大きなあくびをひとつ。


 (ふぁ〜……もういいよね。後は大人たちに任せれば十分でしょ)


 そう思ってスッと帰ろうとしたところ──背後から慌ただしい足音。


 「待ってくれ!」

 楠木が追いかけてきて、ねむの前に回り込む。


 「……どうしました?」

 ねむは眉をひそめる。


 楠木は真剣な顔で頭を下げた。

 「まずは礼を言わせてくれ。君のおかげで助かった。本当にありがとう」


 「そんなにお礼を言われる程じゃないです。私はただ少しアドバイスしただけですし」

 ねむは肩をすくめる。


 「いや、君の分析力はすごい」

 楠木は言葉を継ぐ。

 「実は最近、今回みたいな頭脳的なトリックを使った犯罪が増えてきているんだ。違和感はあるが、証拠や仕掛けが分からず、未解決になっている事件も少なくない」


 ねむは半眼で見つめる。

 (え、何その唐突なシリアス。絶対嫌な予感しかしないんだけど)


 「うちの班は腕っぷしは強い。だが──頭を使う担当がいない。最近は検挙率も他の班に比べて落ちている」

 楠木はねむをまっすぐ見据えた。

 「だから……君に協力してほしい」


 「……は?」

 ねむは思わず間の抜けた声を漏らした。

 (え、何を言ってんのこの人……)


 楠木はポケットからスマホを取り出し、当然のように差し出してくる。

 「とりあえず連絡先を交換しておこう」


 「えぇ……」

 ねむはげんなりした顔で自分のスマホを取り出し、仕方なく連絡先を交換する。


 「よし、これでいつでも連絡が取れるな。また何かあったら連絡する」

 楠木は満足げにうなずく。


 (この人、ほんとに言ってんのか……)

 ねむは心の中で深いため息をついた。


 ──こうして、とんでもない縁が始まってしまった。

 それが後に、数々の奇妙な事件へと繋がっていくのだが……今はまだ誰も知らない。


面白いと思ってもらえたら、ブクマしてもらえると嬉しいです。

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