表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/25

第24話 黒羽村の金色④

 宿に戻ると、囲炉裏の火の香りがほのかに漂っていた。

 台所の方からは味噌汁の匂いがしていて、ねむはそれを嗅いだ瞬間、ぱっと顔を明るくした。


 「わぁ……いい匂い!」

 ロビーの椅子に腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら待つねむ。


 そこへ、玄関の戸が開いて楠木が入ってきた。

 「ふぅ、ようやく終わった……」

 髪をかきあげながら大きく伸びをする。


 「ご苦労さまです、刑事殿」

 ねむは敬礼ポーズをしてニッと笑った。

 「お前なぁ……その“殿”つけるのやめろ」

 楠木は苦笑しつつ、ねむの頭を軽く小突いた。


 そこへ、台所から木島とよ子が顔を出した。

 「準備できましたよー!」


 「やったー!」

 ねむは誰よりも早く立ち上がり、ダッシュで食堂へ向かう。

 その後ろで悠真と楠木が顔を見合わせ、肩をすくめてついていった。


 食卓には温かい湯気が立ちのぼっていた。

 煮物、焼き魚、味噌汁に山菜の小鉢。

 田舎の宿らしい、素朴でどこか懐かしい食事だった。


 「……あれ? 久賀さんはいないんですか?」

 悠真が首を傾げると、木島が少し困ったように笑う。

 「お昼を遅く食べたみたいで、あまりお腹が空いてないのかも。

  一応、声をかけておきましょうか?」


 「いや、やめときなさい」

 浩平が箸を持ちながら口を開く。

 「さっき僕も行ったんだが、鍵が閉まってた。寝てるのかもしれん」


 「そうなんですね……」

 ねむは少し気にしながらも、「じゃ、いただきまーす」と手を合わせた。


 「はやっ!」

 悠真が笑うが、ねむはすでに煮物を口に入れていた。

 「ん~、おいしい……」


 そのとき、玄関の方で声がした。

 「ただいまー、戻りました」

 朝比奈が戻ってきたのだ。

 「おいしそーう! 一緒に食べてもいい?」

 「どうぞどうぞ」

 席を詰めるねむたち。


 食卓には笑い声が戻り、しばらくは事件のことを忘れるような穏やかな時間が流れた。


 「木島さんも、座って食べなさいよ」

 浩平が声をかけると、木島は少し慌てたように手を振る。

 「いえいえ、私は大丈夫ですよ」

 「いいから、ね」

 押されるようにして木島も席に着き、みんなで食卓を囲んだ。


 食後、ねむは満足そうにお腹を押さえた。

 「はぁ~、お腹いっぱい」


 「よし、じゃあ温泉行こうか!」

 悠真の一言に、みんなの顔が明るくなる。


 「私たちも行こうかしら」

 朝比奈が笑い、木島も頷いた。

 「せっかくだしね」


 夜の湯屋は、昼間よりも静かだった。

 川のせせらぎと虫の声が、湯気の向こうで溶け合っている。

 ねむたちは昨日の出来事を思い出しながら、恐る恐る柵の隙間から河原を覗いた。


 「……何もいないね」

 ねむがぽつりとつぶやく。

 「当たり前だろ」

 楠木が苦笑しながら肩をすくめる。

 「昨日のアレだって、見間違いかもしれないしな」

 「いや、絶対いたよ」

 悠真は真面目な顔で言ったが、ねむは軽く笑って流した。


 それぞれ男女に分かれて湯屋へ入る。

 女子風呂の方では、すでに朝比奈が湯に浸かっていた。

 「いらっしゃい、ねむちゃん。今日はゆっくり温まろ」

 「はーい。昨日みたいなこと、もう起きませんように……」

 ねむは湯に身を沈め、ほっと息を漏らす。


 そこへ木島とよ子が入ってきた。

 「あら、ごめんなさいね、一緒に入っちゃって」

 「いいですよー。むしろ安心します」

 ねむが笑うと、朝比奈が湯の中でぱしゃっと水を跳ねさせた。

 「ねむちゃん、肌ぴっちぴち~。若いっていいわねぇ」

 「え、そんなことないですよ! 朝比奈さんも綺麗ですし!」

 「とよ子さんもねー」

 「いやいや、もうおばさんですよ」

 三人は湯の中で笑い声を立てた。


 一方、男子の方では――。

 「……女子の笑い声、聞こえるな」

 楠木がぼそっと言うと、悠真は耳まで赤くなった。

 「や、やめてください、聞いてないです!」

 「青春だなぁ」

 「刑事のくせにいやらしいですよ!」

 二人の笑いが湯気に混じって消えていく。


 風が少し冷たくなり、川の流れが夜気を運ぶ。

 誰も何も言わなかったが――

 昨日見た“あの光景”を、誰もが思い出していた。


 けれど、今夜は何も起こらなかった。

 湯屋を出るころには月が雲に隠れ、村全体がしんと静まり返っていた。


 宿に戻ると、囲炉裏の火がまだ赤く揺れていたその前に立っていた浩平の顔が、どこか青ざめている。


 「どうしたんですか?」

 悠真が声をかけると、浩平は振り返った。

 「……いや、ちょっとおかしいんだ。久賀くんの部屋に何度か呼びに行ってるんだが、返事がなくてね」


 「鍵、まだ閉まってるんですか?」

 ねむが眉をひそめる。


 「そうなんだ。ノックしても、声をかけても反応がない」

 浩平の言葉に、場の空気がぴんと張りつめた。


 「俺が確認します」

 楠木が静かに言って立ち上がる。

 刑事の顔になっていた。


 二階の廊下は、夜気のせいかひんやりとしていた。

 木の床がきしみ、誰も口を開かないまま久賀の部屋の前に立つ。


 楠木がノックをする。

 「久賀さん。警察です。開けてもらえますか?」


 ……沈黙。


 もう一度、強めにノックする。

 「久賀さん! 聞こえてますか!」


 しかし、中からは何の音もしなかった。

 楠木はドアノブを回そうとするが、固く閉ざされている。


 「鍵が……」

 小さく呟くと、楠木は振り向いて言った。

 「ドア、破るぞ」


 ねむと悠真が息をのむ。

 浩平がうなずき、楠木は一歩下がると勢いよく肩で扉にぶつかった。


 ――バンッ!


 古い木の扉が軋みながら外れ、鈍い音を立てて開いた。

 中は真っ暗だった。


 楠木がポケットから懐中電灯を取り出し、光を走らせる。


 その光が壁を舐め、机を照らし、そして――天井へ。


 「……っ」

 ねむが息を詰めた。


 梁から垂れた縄。

 その先に、ゆらりと吊り下がる人影。


 ――久賀だった。


 首に縄を巻きつけたまま、動かない。

 顔は青白く、光を受けて静かに揺れていた。


 誰も声を出せなかった。

 朝比奈が口元を押さえ、木島が小さく悲鳴を漏らす。


 楠木はすぐに駆け寄り、脈を確認しようとしたが、すでに冷たい。

 「……駄目だ。完全に死後硬直が始まってる」


 ねむは立ち尽くしたまま、冷たい空気の中で何度も瞬きをした。

 (……嘘でしょ)


 昨日の夜に見た“からすむしゃ”の影が、ふと頭をよぎる。

 ――まさか、あれは。


 誰も言葉を発せず、ただ懐中電灯の光だけが、

 久賀の足元を淡く照らし続けていた。


 ねむの頭の中に、昨日の歌がよぎった。


 ――てらのかねさえ もうひびかず

  らんのしずくが いとをひく

  のきばにゆれる しろきもの

  あさはみれず ゆれている


 (“ゆれている”……)

 背筋に冷たいものが走る。

 今まさに、その歌の通りの光景が目の前にあった。


 「誰も触るな」

 楠木の声が低く響く。

 刑事の顔に戻ったその声は、部屋の空気を一瞬で凍らせた。


 楠木は壁際まで歩き、手探りでスイッチを探す。

 ――カチリ。


 天井の電灯がぱっと灯った。

 温かなオレンジの光が部屋を照らす。

 けれど、その光に浮かび上がったものは、温かさとは真逆の光景だった。


 十字型のシーリングライト。

 その金具の中心から、ロープが食い込むように結びつけられ、

 そこに――久賀が吊られていた。


 ねむは思わず息を呑む。

 首には深い痕。

 足元には倒れた椅子と、散らばった紙屑。


 そして床の隅に――黒い羽が一枚、落ちていた。

 光を受けて、濡れたように鈍く光る。


 「……また、羽……」

 ねむの声がかすれる。


 ねむはロープの結び目に目をやる。

 「シーリングの一部が削れてる。摩擦の跡かな」

 天井には、細くすれた金属痕。


 窓の鍵は内側から閉まっていた。

 開けると、冷たい夜気が流れ込む。

 外は宿の裏庭。

 物置と枯れ草が風に揺れ、どこにも人影はなかった。

 窓の冊子にも細くすれた金属痕。

 (ここにも同じような痕が……?)


 「逃げた形跡もない……完全な密室か」

 楠木が呟く。


 「じゃあ……やっぱり、自殺?」

 悠真の声が震える。


 「それはないだろう」

 楠木は即座に言い切った。

 「少なくとも、こんな手の込んだ“自殺”をする理由が分からん」


 彼はスマホを取り出し、県警へ連絡を入れる。

 「まだ近くに県警の警察が残ってた。すぐ来る」


 ねむは、ゆらゆらと揺れるロープの先を見つめた。

 電灯の光が、影を長く床に落としている。

 (……二回目の殺人)


 胸の奥で、歌の続きを誰かが囁いた気がした。


 ――のきばにゆれる しろきもの

  あさはみれず ゆれている。


 県警の車が到着したのは、それから三十分ほど経ってからだった。

 宿の前にライトが並び、制服の警察官たちが次々と降りてくる。

 現場はすぐに規制線が張られ、宿全体が緊張に包まれた。


 部屋の中では、鑑識が慎重に写真を撮り、検視官が遺体に近づいていた。

 ねむは部屋の隅で腕を組み、静かにその様子を見つめる。


 「ねむ、どうだ? 何か分かりそうか?」

 背後から楠木の声。


 「うーん……」

 ねむは振り返ると、無言で足を上げ――。


 ――ゲシッ。


 楠木のすねに軽いキックが入った。


 「いってぇ!」

 「いつもそれじゃん。まずは自分で考えてよ」

 「俺に何を求めてんだお前は……!」


 言い合う二人のテンポは、妙に息が合っている。

 ねむは軽く笑い、楠木も苦笑しながら頭をかく。


 ――そんな様子を、悠真は少し離れた場所から見ていた。


 そのとき、検視官が小さく手を上げた。

 「初見ですが――死亡推定時刻、およそ一時間前です」


 「一時間前?」

 楠木が眉をひそめる。

 「ってことは……俺たちが晩飯食ってた頃か?」


 「ちょうどその頃から、温泉に行ってる間だな」

 と言う浩平。


 部屋に一瞬、沈黙が落ちた。


 楠木が腕を組む。

 「つまり全員、アリバイがあるな」


 ねむが小さく頷く。

 夕食は全員そろっていた。久賀以外は。


 「やはり決まりだな」

 楠木がやたらと真剣な顔で言う。

 「今回は外部犯だ。同じ“黒い羽”というメッセージを残している……愉快犯の線が濃い」


 ねむが思わず顔をしかめた。

 「愉快犯……ねぇ」


 楠木は大きく頷く。

 「みんな気をつけてくれ。犯人はかなり凶暴だ。次に誰を狙うか分からん!」

 わざとらしいほど力の入った声。


 ねむは頬を指でかきながら考え込んだ。

 (本当に外部犯? だとしたら……あんな手の込んだことをする理由、どこにある?)


 隣で、悠真がふっと笑った。


 「……なんで笑ってるの?」

 ねむがじと目で見上げると、悠真は肩をすくめた。

 「いや、楠木さんさ。推理するとき、毎回オーバーリアクションだからさ。

  なんか……ショーみたいなんだよね。演じてるっていうか」


 ねむの目がぱっと開く。

 (ショー……?)


 頭の中で、何かが音を立てて繋がった気がした。

 「そうか……ショー……! ありがとう悠真!」


 「え、俺なんか言ったっけ?」

 「一つ、解けたよ!」

 ねむは軽く指を鳴らした。


 楠木と悠真がきょとんとする中、

 ねむの瞳だけが、すでに別の場所を見つめていた。


 「次は……第二の事件、か」

 ねむは顎に手を当てながら、ゆっくりと天井を見上げた。


 部屋の中央には、木製の十字フレームに黒いランプシェードが五つ吊り下がった、モダンなシーリングライト。

 その十字の一角――木の部分に、細い擦れ跡が残っている。


 「ねぇ楠木さん、この跡」

 ねむは指で示した。

 「ロープがこすれた跡。たぶん……ここに掛けられてた」


 椅子に登って近づくと、木のフレームの横に、さらに細い線が見えた。

 「その横の傷……テグスくらいの細さだね」


 ねむは視線を移し、窓際を見た。

 冊子の金属部分にも、同じような擦れ跡が走っていた。


 「……同じ種類の跡だ」

 「つまり、窓のほうまでテグスが通ってた……?」

 「うん。そのまま外まで出して、何かを操作してたのかもしれない」


 楠木が眉をひそめる。

 「なんのために?」


 「外で調整できるように、だと思う」

 ねむは静かに言った。

 (だとしたら――犯人は、あの人しかいない)


 「楠木さん」

 ねむが振り返る。

 「鑑識って、睡眠薬とかも調べられる?」


 「もちろん。血液と胃の内容物はもう採取してる。

  結果が出るまでには少し時間がかかるけどな」


 「お願いしてもいい?」

 ねむは小さくうなずいた。


 ――一時間後。


 楠木が足早に戻ってくる。

 「結果出たぞ。やっぱり、睡眠薬が使われてたみたいだ」


 ねむは大きく指を鳴らした。

 「やっぱり。これで確定だね」


 「確定?」

 「うん」

 ねむは唇の端をわずかに上げる。

 「楠木さん――“鴉武者”の正体、わかった」


 「ホントか!?」

 「しーっ、声大きい」

 ねむは楠木の耳元に顔を寄せ、小さくささやいた。


 ――その言葉に、楠木の目が大きく見開かれた。


面白いと思ってもらえたら、ブクマしてもらえると嬉しいです。

トリックの感想とか、「ここが気になった」って一言でも大歓迎です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ