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第20話 氷の鎖が解けるとき/解決編

 再び、三人の店主が集められた。

 ビルの一階。

 飲食店の匂いがまだ残る中、警官たちが静かに見守っている。


 楠木が一歩前に出た。

 「集まっていただき、ありがとうございます」

 手帳を閉じ、真剣な目で三人を見渡す。


 「――今回の犯人が分かりました」


 その言葉に、場の空気が一気に張りつめた。

 三人の視線が一斉に楠木に向く。


 「犯人は、巧妙なトリックを使い、このビルのオーナー・谷口 英夫(やぐち ひでお)さんを殺害しました」

 楠木は言葉を区切りながら続けた。


 「まず、犯人は谷口さんを撲殺したあと、屋上に遺体を運びました。

  そしてある“仕掛け”を使い、時間差で遺体が落下するようにセットしたのです」


 「時間差で……? そんなことできるのか?」

 廣瀬が目を見開く。


 「できたんですよ。――自動的に、です」

 楠木はわざと一拍置いて言った。


 「な、なぜそんなことを……?」

 高田が眉をひそめる。


 「アリバイを作るためです」

 楠木の視線が、ゆっくりと一人に向かう。

 「そうですよね――島田さん」


 その瞬間、島田の表情がわずかに硬直した。

 「な、なんだって……俺が?」


 楠木は指を差したまま続ける。

 「あなたは“買い出し”に出ていた。

  つまり、外出していた時間をアリバイに使うため、あらかじめ細工をしていたんです」


 「……何を言ってるんだ、そんなことはしてなき」

 島田の声が震えた。


 楠木の隣で、ねむは腕を組みながら小さく笑った。

 (……最近、楠木さんの“推理の演じ方”も板についてきたな)


 楠木は一拍置いて、静かに続けた。


 「まず、あなたは谷口さんを殴って殺したあと、遺体を店の冷凍庫に隠した。

  あなたの店の冷凍庫――随分立派でしたね。

  肉を保管するための業務用冷凍庫。あそこで一時的に冷やすことで、死亡推定時刻を“ずらした”んです」


 島田の喉がごくりと鳴った。


 「その後、屋上に遺体を運び、鎖とズボンのベルトループを“氷”でつないだ特製のズボンを履かせた。

  殺害直後、死後硬直が始まる前に衣服を取り替えたんです。

  氷が溶けきるまでは鎖に固定されたまま。

  しかし時間が経てば氷は溶け、鎖が外れ、遺体は自動的に落下する――」


 楠木は言葉を区切り、視線を鋭くした。

 「買い出しに出かける直前、あなたは冷凍庫から遺体を運び出し、氷のトリックを仕掛けてから屋上に残して出かけた。つまり、あなたは外出中に“事故死”が起こるよう仕掛けたんですよ」


 「馬鹿な……そんなトリック、誰が信じる」

 島田の声が震える。


 「証拠がないだろう? 全部、憶測じゃないか」


 楠木は一歩踏み出した。

 「証拠なら、あります」


 その瞬間、島田の表情が強張る。


 「あなたの店――肉にこだわる店なのに、“肉叩き棒”が見当たらなかった。

  普通、調理器具の一つとして使うはずでしょう?

  それがないということは……谷口さんを撲殺する際に使ったからです」


 楠木は声を落とし、低く言い放つ。

 「そして、床や冷凍庫の中には微量の血痕反応が残っている。

  鑑識が今、確認している最中ですよ」


 島田の肩が小刻みに揺れた。

 「……ふざけるなよ」

 そう呟いたあと、彼は顔を覆った。


 「――あいつが悪いんだ」

 力の抜けた声が落ちる。

 「俺がどんな思いでこの場所を守ってきたか、あいつは知らねぇ。

  儲かってるのを知った途端、家賃を倍にしろって言いやがったんだ。

  払えなきゃ出てけって……ふざけんなよ。

  十年だぞ、この場所で。十年……!」


 沈黙が落ちた。

 店主たちの顔が曇る。

 凛子がそっと息をのむ。


 楠木はゆっくりと手錠を取り出した。

 「……話は署で聞かせてもらおう」


 島田は抵抗しなかった。

 ただ、力の抜けた目で、床の一点を見つめていた。


 その横で、ねむは小さくため息をつき、ぽつりと呟く。

 「トリックより、心の方がずっと冷たかったみたいですね」


 楠木は苦笑し、

 「うまいこと言うな、探偵さん」

 とだけ返した。


 「じゃ、俺は連行してくる」

 楠木が手錠を持ったまま、軽くねむに手を振る。


 ねむはじろりと睨んだ。

 「……お腹空いた」


 その一言に、楠木の顔が引きつる。

 「ま、また今度絶対奢るから!」

 そう言い残して、まるで逃げるように現場をあとにした。


 「……逃げたな」

 ねむは小さくため息をつく。


 「さすがだね、ねむ」

 凛子が笑って肩を軽く叩く。


 「うーん……お腹空いてパワー出ない」

 ねむは上の空でつぶやいた。


 奈乃がそれを聞いて、少し笑う。

 「……何か食べに行く?」


 その瞬間、ねむの表情がぱっと明るくなる。

 「行く! ファミレス行きたい!」


 「じゃあ、俺が奢るよ」

 すかさず悠真が割って入る。


 「お、強引だねぇ」

 凛子が笑いながら手を挙げた。

 「いいじゃん、みんなで行こう!」


 四人は連れ立って、駅前のファミレスへ向かった。


 ──テーブルには湯気の立つ料理。

 ねむは迷わず「ハンバーグ定食・大盛り」を頼んでいた。


 「いただきまーす!」

 そう言って、元気よく箸を動かす。


 ぱくぱくと食べるねむを見て、凛子が笑う。

 「事件のあととは思えないね」


 「食べなきゃ頭は回らないから」

 ねむは口いっぱいにほおばったまま言う。


 そしてふと、思い出したように顔を上げた。

 「そうだ。奈乃のおかげで解けたよ。ありがとう」


 「いや、俺はちょっと気付いたことを言っただけだよ」

 奈乃は照れたように笑う。


 「それと……あの件もよろしくね」

 ねむが意味ありげに言うと、奈乃は小さくうなずいた。


 その会話を見ていた悠真は、少し複雑な表情を浮かべる。

 (いいな……ふたりの間にだけ、なんか秘密があるみたいで)


 そんな悠真の視線を知らず、凛子と奈乃はドリンクバーへ向かっていった。


 静かになったテーブル。

 悠真は意を決して口を開く。

 「……ねむさ」


 「ん?」


 「お前、奈乃のこと……好きなのか?」


 ねむはポカンとした顔をして、スプーンを止めた。

 そして、少し笑って言った。

 「奈乃? あの子、好きな人いるよ」


 「え?」

 「彼の好きなアニメのキャラに似てるんだって。

  高身長で、スポーツ万能で――」


 悠真は一瞬止まり、顔を上げた。

 店の奥で、奈乃が凛子と楽しそうに話している。

 凛子が笑うたび、奈乃がちょっと照れたように顔を赤らめている。


 「……あっ」

 悠真は思わず声を漏らした。


 「ほらね」

 ねむが口角を上げる。

 「悠真も鈍感だなー」


 悠真は苦笑して、心の中で呟いた。

 (……お前もな)


 ねむは知らない。

 その視線の先に、誰がいるのかを。


  ──夜。


 ねむは家に帰り、玄関をくぐると、ふぅと大きく息を吐いた。


 「今日は……疲れたなぁ」


 夕飯を軽く済ませ、シャワーを浴び、

 自室のベッドに寝転がる。

 ふかふかのクッションを抱きしめながら、天井をぼんやり見上げた。


 事件も終わって、静かな夜が戻ってきた――はずだった。


 そのとき、スマホが小さく震えた。

 画面には「八重樫 奈乃」の名前。


 『謎が解けたよ』


 ねむはぱちりと目を開け、上体を起こした。

 「え、何の?」


 すぐにメッセージが連続して届く。


 『例のサイト。画像をダウンロードして、ステガノグラフィ検出ツールを使ってみた』

 『OutGuessってやつ。画像の中に、隠しメッセージが埋め込まれてたんだ』


 「……アウトゲス? なにそれ」

 ねむは首をかしげる。専門用語ばかりで、さっぱり意味が分からない。


 『結果だけ教えて』と返すと、間もなく返信が来た。


 『最後に、これが出てきた』


 添付されたスクリーンショット。

 そこには、淡いグレーの文字が並んでいた。


 > IVLIVS says "Ywi wxiks sr glerrip 3 xs viziep xli qiwweki."


 ねむは眉をひそめ、スマホの画面をじっと見つめる。

 「……何これ、呪文?」


 英語とも暗号ともつかないその文字列が、

 夜の静けさの中でやけに重く感じられた。


 『これはどういう意味?』

 ねむがメッセージを送る。


 少しの間を置いて、奈乃から返信が届いた。


 『これを解くのは、君の仕事だよ』


 画面に浮かぶその一文を、ねむはしばらく見つめていた。

 静かな部屋の中で、心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。

 窓の外では、夜風がカーテンをかすかに揺らしていた。

面白いと思ってもらえたら、ブクマしてもらえると嬉しいです。

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