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第15話 消えた凶器と三人の友人/解決編

 程なく、南原・美空・椎名の三人がトイレ前の狭いスペースに並んだ。少し離れたところで、悠真が心配そうに見つめている。楠木が前に立ち、短く一礼した。


 「集まっていただき、ありがとうございます」


 「どうしました?」

 三人は不思議そうに互いの顔を見合せた。


 「真犯人が分かりました」

 楠木の一言で、空気が一瞬硬くなる。


 「真犯人? 犯人ってその高校生の子じゃないの?」

 篠宮が口をはさむ。


 「俺はやってない!」

 悠真が全力で否定する。


 「藤田くんが犯人である可能性は低いです。藤田くんの服には返り血が付いていない点がまず説明できませんし、現場に残されている痕跡は巧妙なトリックを示しています。そうした点から見て、藤田くん単独での犯行は考えにくいのです」

 楠木は冷静に説明した。


 楠木は一歩前へ出た。

 「まず、現場について。犯人は実行中、『清掃中』の看板で入口をふさいでいます。しかも、犯行はこのトイレでなければならなかった。つまり、被害者を顔見知りとして呼び出し、近づける人物に限られます。したがって、容疑はあなたたち三人に絞られます」


 三人の視線が楠木に集まる。


 (なんだか、説明するのは上手くなってきてるな)

 ねむは心の中でそう呟きながらも、顔には出さずに状況を見つめ続けた。


 「この場所でないといけない……?」

 藤田が訊く。


 「犯人はあらかじめ事前に調べて、この場所に今回の犯行に必要な道具を揃えていた。この場所の掃除用具のロッカーに、ドアストッパーが入っていました。犯人はそれを使用したのです」

 楠木が言う。


 「ドアストッパー? でも鑑識からは何も出なかったって聞いてますよ」

 凛子が首をかしげる。


 楠木はうなずいた。

 「はい。ただし、もしそれを何かで覆って振り子のように振って殴ったとしたら——」


 ねむは順に視線を移した。

 「椎名さんのトートバッグを、少しお借りしてもいいですか?」


 椎名の表情がわずかに揺れる。

 「な、なんでだよ?」


 楠木は続ける。

 「犯人はあなたです、椎名さん。

 その黒いトートバッグを裏返し、中にドアストッパーを入れて勢いをつけ、吉川さんを殴った。

 犯行後はバッグを元に戻し、普段通り持ち歩いていた。服も裏返して着ていれば、多少の返り血がついてもまた表に戻して着れば表面には出ません。

 ──バッグを貸してください。鑑識で確認すれば、すぐに分かります」


 場内が静まり返る。次の瞬間、椎名は口の端だけを笑わせた。


 「……あいつのせいだよ」


 楠木の声が低く落ちる。

「否定するなら今です。どうしますか?」


 椎名は視線を落とし、ゆっくりと息を吐いた。

 「吉川と俺は二人で新しいアプリを開発してた。だけど、あいつが書類の上で権利を全部取った——俺は抗議したが、書類上は最初からあいつの名義になっていた。耐えられずに会社を出た。一度は考え直したが、殺意は消えなかった」


 その言葉に、空気が一層冷えた。楠木が制服警官へ静かに合図する。


 カチャリ——。

 手錠の音が、小さく、確かに響いた。


 事件の夜が明け、校内はようやく落ち着きを取り戻していた。

 警察の事情聴取も終わり、騒ぎの後の静けさが戻る。


 悠真は校門の前で、ねむに深く頭を下げた。

 「……ありがとう。本当に助かった。もし君がいなかったら、俺……」


 ねむはぽかんとした顔で、手をヒラヒラと振った。

 「全然いいよー。たまたま気づいただけだし」


 「でも──」

 言いかけた悠真の言葉を、ねむの笑顔がやさしく遮った。

 「気にしないでいいよ。困ってる人は助けるのが当然でしょ。まぁ、今回も偶然解けただけだから」


 その軽い調子が、逆に胸に刺さる。

 悠真は、あらためて気づく。

 ──この子は、本当に強い。

 気づけば、もう目が離せなくなっていた。


 少し離れた駐車場で、楠木が警察官と話していた。

 ねむと凛子が近づいてくる。


 「楠木さーん、今日のお礼!」

 ねむが勢いよく言う。

 「さっきそこで見かけた服、買ってほしいなー!」

 「……は?」

 「凛ちゃんの分も一緒に!」


 凛子が「ちょっとねむ!」と焦るが、ねむはまるで聞いちゃいない。

 「だって、いつもこき使われてるし。たまにはいいでしょ?」

 楠木はため息をつきながら、こめかみを押さえる。

 「……お前なぁ、どんな理屈だよ」

 「溜まった借り、返してもらうの」

 そう言って、にっこり笑う。


 結局、渋々ついていく楠木。

 その後ろ姿を、悠真は少し離れたところから見つめていた。

 ねむが、あの刑事と並んで歩く。笑っている。

 ──胸の奥が、じわりと熱くなる。

 嫉妬だと気づいて、思わず視線をそらした。


  夕方。

 家に帰ると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。


 ねむは、楠木に買ってもらった服のショッパーを手に、ウキウキした足取りで玄関をくぐる。


 「おかえり、ねむ」

 母がエプロン姿で顔を出した。

 「夕ご飯できてるから、手を洗ってね」

 「はーい」



 食卓には、ねむの好物――煮込みハンバーグの湯気が立っていた。

 ソースの香ばしい匂いが部屋を満たし、スプーンを口に運ぶたび、胸の奥が少しほどけていく。


 ふと視線をカレンダーにやる。

 壁にかけられた赤い丸印の上に、今日の日付が光っていた。


 「……もう、父さんがいなくなってから五年だね」


 ぽつりとこぼすと、母はナイフを置き、わずかに目を細めた。


 「そうね」


 ねむはハンバーグを少し見つめ、照れ隠しのように笑う。

 「早く帰って来てくれないと、お父さんの顔、忘れちゃうよ」


 母は少しだけ微笑んで、静かに答えた。

 「大丈夫。――あの人なら、きっとどこかで生きてるわ」


 その声は不思議なくらい穏やかで、

 ねむは小さくうなずくと、再びスプーンを手に取った。

 湯気の向こうで、母の笑顔が少しだけ滲んで見えた。


 食後、スマホが震えた。

 画面には──楠木の名前。


 「……はい、もしもし」

 『悪いな、夜に。少しだけ気になることがあってな』

 ねむの表情が引き締まる。


 『今回の犯人、やっぱりあの有料でトリックを販売している“例のサイト”を利用してた。椎名の家に、変な手紙が届いたらしい。URLが書かれてた』

 「また……あのサイト」


 『そのサイトは最初に変な映像から始まる少し不気味なサイトらしい。どうやら、裏で誰かが動いてるみたいだ』


 沈黙。

 ねむはしばらく何も言わなかった。

 やがて、小さく息を吐き、低くつぶやく。


 「そのサイトのせいで友達まで巻き込まれて来ている……」

 その声には、いつもの柔らかさはなかった。


 (──いつか、絶対に見つけてやる)


 電話が切れたあとも、ねむはスマホを見つめたまま動かなかった。

 窓の外、夜の風がカーテンを揺らす。

 彼女の瞳には、珍しく静かな闘志の火がともっていた。


 次の事件の予感とともに。


面白いと思ってもらえたら、ブクマしてもらえると嬉しいです。

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