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第14話 消えた凶器と三人の友人

 昼休みの教室。

 凛子が雑誌を広げながら、ぱっと顔を上げた。


 「ねむ、今日の放課後さ、服見に行かない?」

 「服?」

 「うん。冬物のセールやってるって。新しいジャケットとか見たいなって」


 ねむは少し考えてから、のんびりと笑った。

 「いいね。じゃあ駅前のモール行こっか」

 「やった!」


 そのやり取りを、少し離れた席で見ていたのが藤田悠真だった。

 彼は雑誌を片手に、ためらいながらも立ち上がる。


 「なあ、それ……服見に行くって話?」

 凛子が顔を上げる前に、ねむが先に答えた。

 「そうだけど」

 「もしよかったらさ、俺もアドバイスできるかも。モデルの仕事してるから、トレンドとか──」


 「ありがとう」

 ねむは軽く手を振って、淡々と言った。

 「でも、アドバイスはいらないかな」


 悠真は一瞬言葉を失い、

 「……そ、そっか」と苦笑する。


 その後ろで凛子がくすっと笑った。

 「ねむってホント、そういうとこマイペースだよね」

 「だって服なんて、自分が着たいの着るだけでしょ」

 「まあ、ね」


 ふたりはまた雑誌に目を戻し、

 楽しそうにページをめくりながら、

 「これ似合いそう!」「いやそれは凛子でしょ」なんて笑い合う。


 そんな中、別の女子グループが声を上げた。

 「藤田くーん、こっちも見て〜! このコーデどう思う?」

 悠真は一瞬だけねむたちの方を見て、

 少しだけ寂しげに笑い、

 「おう、行く行く」と言ってそちらへ向かった。


 ──教室の窓から差し込む午後の光の中、

 ねむは雑誌をめくりながら、

 その背中にちらりと視線を向けた。


 (人気者も……なんか、忙しいんだなぁ)


 放課後の街は、夕陽に照らされてガラス張りの建物がきらきらと光っていた。

 ねむと凛子は改札を抜け、ショッピングセンターのエントランスをくぐる。


 「ねむ、このお店見て! 新作のジャケットだって!」

 「へぇ……かわいい。値段はかわいくないけど」

 「もう、夢がないこと言わないの」


 ふたりは笑いながら、あちこちの店を覗いていった。

 服屋、アクセサリーショップ、雑貨店──どこも春らしい色でいっぱいだ。


 少し歩いたところで、後ろから声がした。

 「──あれ? ねむ?」


 振り返ると、悠真が立っていた。

 悠真はカジュアルなジャケット姿で、いつもの教室より少し大人びて見える。

 「偶然だな。二人で買い物?」

 「そうそう。服見にきたの」凛子が答える。

  「……よかったら、一緒に回らない?」

 言い終えたあと、悠真は少しだけ視線をそらした。

 耳のあたりが、うっすら赤く見える。


 ねむは一瞬だけ考えてから、肩をすくめた。

 「まぁ、いいけど」

 「やった!」悠真は即答で笑い、3人で歩き出した。


 雑貨屋では、凛子がカチューシャを試してはしゃぎ、

 悠真は「それ似合うね」と自然に褒める。

 ねむは少し離れた棚で、動物型のマグカップを見ていた。

 (2人とも楽しそうだな……)


 やがて買い物もひと段落して、凛子が提案する。

 「ちょっと休もっか。カフェでお茶しよ」

 「さんせーい」ねむも頷く。

 「じゃ、俺トイレ行ってくる」悠真が言い残し、奥の方へと歩いていった。


 その隙に、凛子がにやりとねむに顔を寄せる。

 「ねむ、悠真くん……たぶん、ねむのこと好きだよ」

 「え?」ねむは紅茶の入ったカップを手にしたまま瞬きをした。

 「だってさっきから、ずっと見てるもん。目線が完全に“恋してます”って感じ」

 「えー……そんなことないと思うけど」


 ねむは少し困ったように笑い、手元のスマホをいじった。

 (恋とか、そういうの、よくわかんないな……)

 (服とか、美味しいものとか、謎解きとか。そういう方がずっとわかりやすい)


 凛子はストローの袋をくるくる丸めながら、

 「でもさ、そういうのも悪くないと思うよ?」

 「何が?」

 「“好き”って思われるの」

 ねむは答えず、視線を外に向けた。

 ショーウィンドウのガラス越しに、陽が沈みかけている。


 ほんの少し、胸の奥がざわついた気がした。


 少しして、悠真が戻ってきた。

 「お待たせ。──何話してたの?」


 ねむは思わず目をそらす。

 「え、あ……別に。たいした内容じゃないよ」

 凛子は小さく笑い、ストローをいじりながら「ねむの秘密トーク」とだけ言ってごまかした。


 その瞬間だった。

 ショッピングセンターの奥から、男の悲鳴が響いた。

 人々がざわめき、ざっと視線が同じ方向へ向かう。


 「今の、男子トイレの方じゃない?」

 凛子が立ち上がる。

 ねむも反射的に席を出た。


 通路の先には、すでに人だかりができていた。

 「すみません、通して!」

 ねむは人混みをかき分けて進み、トイレの奥へ。


 ──便座に腰かけるように座った男性の姿。

 頭から血が流れ、床に滴り落ちている。

 肩がわずかに震えているようにも見えたが、呼びかけても反応がなかった。


 (……殴られたのか?)


 ねむは楠木に教わったとおりに、手首にそっと指を当ててみる。

 冷たい。

 脈は、ない。


 「……たぶん、死んでる」

 ねむは小さくつぶやき、すぐにスマホを取り出した。

 通話履歴の上位にある名前を押す。


 「楠木さん、すぐ来て。ショッピングセンターのトイレで……人が死んでる」


 通話を切る間もなく、周囲のざわめきが大きくなる。

 警備員が駆け込み、野次馬が口々に騒ぐ。


 そのとき、一人の男性客が声を上げた。

 「さっき、この人が入っていくのを見たんだ!」


 指さされた先──そこには、悠真がいた。


 「えっ……?」

 悠真は顔をこわばらせ、一歩後ずさる。

 「ち、違う、俺は……トイレ行っただけで──」


 人混みの中でざわめきが広がる。

 ねむは思わず一歩、彼の隣に立った。

 (悠真が……?)


 ほどなくして、警察車両のサイレンが近づいてきた。

 楠木刑事が現場に駆けつける。

 警備員と短く言葉を交わすと、真剣な表情のままねむたちの方へ歩み寄ってきた。


 「ねむ、大丈夫か?」

 「うん……でも、被害者はもう……」


 楠木はうなずき、すぐに状況整理を始めた。

 「最後にトイレへ入った人物を見た人がいるって?」

 「はい。この子が最後に入っていくのを見たそうです」

 警備員が横の少年を示した。


楠木はその顔を見て、わずかに目を細めた。

 「──ああ、君はこのあいだ、ねむと一緒にレストランに行った」

 言葉の端にわずかな柔らかさを残しながら、楠木は続けた。

 「少し話を聞かせてもらえるかな」


 「ぼ、僕は何も……ただトイレを使っただけで、それ以外は……」

 動揺で声が上ずる。

 その手のひらには、冷たい汗がにじんでいた。


 楠木は静かに警官へ目配せをする。

 「荷物を、少しだけ確認させてもらってもいいかな」


 「……はい、大丈夫です」


 悠真は震える手でカバンの中身を取り出した。

 財布、ノート、ペンケース──そして、その下に。


 「……あれ?」

 悠真の声がわずかに揺れる。


 悠真が手にした瞬間、周囲の空気が凍りついた。

 カバンの中から出てきたのは、血のついたハンマーだった。


 「──なんで……こんなものが……」

 悠真の声はかすれ、指先が震えていた。

 ねむは息を呑み、言葉を失う。

 ただ、冷たい空気の中で立ち尽くすことしかできなかった。


 「違う……! 本当に僕じゃない!」

 悠真は震える声で叫んだ。

 両手を握りしめ、顔は真っ青になっている。


 凛子が一歩前に出た。

 「悠真がそんなことするはずないわ!」

 その声は少し裏返っていた。

 楠木は苦い表情を浮かべ、腕を組んだまま考え込む。


 「……どうしたものか」

 彼は小さくため息をつき、ねむの方に視線を送る。


 ねむは静かにその視線を受け止めていた。

 彼女の表情には焦りも恐れもなく、むしろ興味の色があった。


 (悠真に誰かが罪を擦りつけたのか……)


 それは不謹慎というよりも、“謎”を前にしたいつものねむの反応だった。

 「悠真、状況を教えて。何があったの?」


 悠真は息を整え、途切れ途切れに話し始めた。

 「僕は……トイレの手前の小便器のところで用を足してたんだ。

  そしたら、奥の個室の扉が開いて──出てきたんだ。

  ニット帽にサングラス、マスクをしてて……顔は見えなかった。

  でも、そいつが通りすぎるとき、やけに僕の方に寄ってきて……」


 悠真は言葉を詰まらせた。

 「そのとき、たぶん……カバンに何か入れられた気がする。

  重くなったような感じがしたんだ」


 楠木が眉を上げた。

 「つまり、誰かがハンマーを君のカバンに?」

 「はい……でもそのときは確認はしなかったんです……」


 沈黙が落ちる。

 人垣の向こうで、警官たちが現場を封鎖していた。

 トイレの中でカメラのシャッター音が小さく響く。


 そのとき、人混みの中から三人の若者が駆け寄ってきた。

 二人の男性と、一人の女性。

 「吉川くん!」

 その女の子が声を上げた。

 ねむはその呼び方に軽く眉を動かした。


 三人のうちのひとりの男性が、警備線を越えようとした。

 「俺、あいつの様子を──!」

 警察官がすぐに腕を押さえ、制止する。

 「すみません、現場は立入禁止です」


 その様子を見て、楠木が前へ出た。

 「皆さん、落ち着いてください」

 穏やかな声だが、その中に確かな圧がある。

 「少しお話を伺いたい。場所を変えても構いませんか?」


 三人は顔を見合わせ、うなずいた。

 まずは楠木は全員の名前を聞いた。篠宮美空(しのみや みく)南原慎(なんばら しん)椎名航(しいな わたる)

 被害者、吉川翼(よしかわ つばさ)とは大学時代の友人で、

 今も時々集まって会っていたという。


 楠木はその場で手帳を開いた。

 「では、順にお話を聞かせてもらいます」


 少し離れた場所で、ねむが凛子と並んでその様子を見ていた。

 (あの人たち、さっきまで混乱してる感じだったけど……)

 (いまは……表情が違う。何か、知ってそう)


 楠木は部屋を用意させ、最初にひとり目を呼ぶ。


 「まずは──南原慎さん。いいですか?」


 呼ばれた男が、部屋に入ってきた。

 スーツ姿で整った印象だが、どこか落ち着かない様子だ。

 椅子に腰を下ろすと、手を組み、視線を落とした。


 「南原さん、被害者の吉川さんとはどういう関係でしたか?」

 「大学の同級生です。ゼミも一緒でした」

 「今でも交流が?」

 「ええ、たまに……。三か月に一度くらい集まって、近況を話したり」


 淡々とした声。

 けれど、ねむはその横顔を見て思った。


 (三か月に一度……卒業してからも会うなんて、だいぶ仲がいい)


 楠木は軽くうなずき、次の質問へと移る。

 「今日は、なぜここに?」

 「……美空に呼ばれたんです。前日にメッセージが来て、買い物に行きたいって」

 「じゃあ、三人は一緒にいた?」

 「いえ、まだ待ち合わせの段階でした。センターの二階のカフェで待ち合わせをしてたんです。けど、時間になっても誰も来なかった。──まぁ、いつものことだけどな」


 南原は息を整え、言葉を選ぶように続けた。

 「それで……探してたら、騒ぎが聞こえてきて。まさかと思って……」


 言い終えたあと、南原は膝の上で指を組み、動かなくなった。

 ねむはその仕草を目で追う。

 (すごく慎重に話してる感じ……)

 (本当に知らないのか、それとも──)


 楠木は静かに視線を落とし、手帳を閉じた。

 「わかりました。ありがとうございます」


 南原が席を立つとき、ねむの目がふと彼のカバンに留まる。

 しっかりと荷物が詰まっているようだった。

 (……重そうなカバン)


 ねむは一歩だけ前に出た。

 「南原さん、カバンの中身……見せてもらってもいいですか?」


 唐突な申し出に、南原の眉がわずかに動く。

 楠木が横で短くうなずいた。

 「協力してもらえると助かる」


 「……ええ、大丈夫だよ」

 南原はファスナーを開け、テーブルの上に中身を出していく。

 薄いノートパソコン、A5ノート、ペンケース、名刺入れ、充電器、折りたたみ傘。

 どれも仕事用の持ち物に見えた。


  ねむはひとつひとつ、視線だけでなぞる。

 (変なものは……ない)


 名刺入れから半分はみ出した紙片が目に入る。

 ショッピングセンターの駐車サービス券──刻まれた時刻は、騒ぎが起きるだいぶ前。

 (待ち合わせ“前”から、もう来ていたんだ)


 「お仕事帰りですか?」

 ねむが何気ない調子でたずねる。


 「あぁ、そうだよ」

 南原は名刺入れを指で軽く叩き、苦笑した。

 「今は不動産会社にいるんだ。今日はお客様と物件を一緒に見に行って、そのまま打ち合わせ。直行直帰で、ここに寄る予定だった」


 「お忙しそうですね」

 楠木が穏やかに言う。


 「まあね。不動産は、座ってばかりもいられない仕事だから」


 「ずっと、不動産の仕事をされてるんですか?」

 楠木が静かにたずねた。


 南原は小さく肩をすくめ、苦笑する。

 「いや、昔は翼と一緒にプログラミングのベンチャーをやっててさ。あの頃は楽しかったな。ほかの二人も同じ会社で働いてたんだ」


 「なんで辞められたんですか?」

 ねむが首をかしげる。


 「ちょっと喧嘩してしまってね。お互い言いたいことを言いすぎた。関係ないことまで火種になって……」

 南原は小さく息をつく。

 「やっぱり、友達と一緒に働くのは難しいなって思ったよ」


 「協力に感謝します。南原さん、いったん外でお待ちください」

 楠木がそう告げると、南原は軽く頭を下げて部屋を出ていった。


 楠木が名前を呼ぶと、扉の向こうから黒いコートにグレーのニットを着た女性が入ってくる。

 篠宮美空(しのみや みく)

 髪をまとめたポニーテールが揺れ、どこか場の空気をやわらげるような雰囲気をまとっていた。


 「では、少しお話を聞かせてください」

 楠木が穏やかに促す。

 「事件が起きた時間、どこで何をしていましたか?」


 「えっと……少し早く着いちゃったので、ショッピングセンターを見て回ってました」

 美空は手を組みながら、軽い調子で答える。

 「服を見てて、つい夢中になっちゃって。試着とかしてたら、時間があっという間に過ぎてて」

 口元に笑みを浮かべて言うその様子は、どこか“普通の買い物帰りの女の子”にしか見えなかった。


 すぐそばで聞いていた凛子が、ねむに小声でつぶやく。

 「女子あるあるだね」

 「そうだね」ねむも小さく返す。


 その小声が聞こえたのか、楠木がちらりとこちらを見た。

 ねむは小さく肩をすくめて黙り込む。


 「それで、騒ぎに気づいたのは?」

 楠木がメモを取りながら尋ねる。


 「人が集まってて、何かあったのかなって思って。

  近づいたら、吉川くんが運ばれていくのが見えたんです」

 美空は声を震わせ、眉を寄せた。

 「最初は信じられなくて……でも、服装を見たらすぐに分かりました」


 「服装を見たら?」

 ねむは思わず聞いた。


 「同じ場所で働いているから彼の服装みたら分かるのよ」

 美空は言った。


 (なるほど、篠宮さんはまだ吉川さんと一緒に働いているんだな)


 ねむは篠宮の手元に置かれたバッグへと視線を向けた。

 淡いピンク色のハンドバッグ。

 金具の部分にはブランドの小さなロゴが光っている。


 (……ハイブランド。けっこういい値段しそう)


 「可愛いバッグですね」

 ねむが何気なく声をかける。


 篠宮は少し得意げに笑った。

 「でしょ? 高かったけど、奮発して買ったんだ。自分へのご褒美ってやつ」


 そのとき、楠木が声をかけた。

 「中を少し拝見してもいいですか?」


 「はい、どうぞ」

 篠宮はためらう様子もなくバッグを開け、中身をテーブルに出していった。


 化粧ポーチ、ハンカチ、財布、スマホ、ミントタブレット。

 どれも女性の持ち物として自然で、怪しいものは見当たらなかった。


 「ありがとうございます。もう大丈夫です」

 楠木は手帳を閉じ、軽く会釈をした。

 「お話、助かりました」


 篠宮が席を立ち、バッグを肩にかける。

 扉が閉まる音がして、部屋に静寂が戻る。


 楠木は深く息をつき、次のページに目を落とした。

 「では──椎名航しいな わたるさん。お願いします」


 扉の向こうから、落ち着いた足取りの男性が入ってきた。

 ベージュのジャケットにグレーのスウェットを着ていた。


 楠木は手帳を開いたまま、椎名を見た。

 「事件の時間、どこで何をしていましたか?」


 「集合時間に遅れそうで……急いでいました」

 椎名は落ち着いた声で答える。

 「センターに入ったのは、たぶん時間の直前です」


 「椎名さんも、お仕事終わりでしたか?」

 「はい。ちょっと残業で長引いてしまって」


 ねむが首をかしげる。

 「今は、どんなお仕事を?」


 「プログラミングの会社だよ」

 椎名は短く微笑んだ。


 「じゃあ、吉川さんと同じ会社なんですか?」

 「いや、今は違うよ」

 返答は即答。けれど、その一言のあとに、ほんのわずかな“間”が落ちた。

 (少し影……何か、言わなかったことがある)


 ねむの視線が、椎名の足元から手元へと滑る。

 小ぶりで柔らかそうなシンプルな黒のレザー・トートバッグ。

 (軽い。ほとんど入ってない──)


 「中、見ても大丈夫ですか?」

 「いいよ」


 椎名はトートの口を開き、テーブルに中身を出した。

 財布、スマホの携帯充電器、ハンドクリーム。

 たしかに荷物は少ない。


 (鈍器みたいなものは、やっぱり入ってないか)


 楠木は手帳を閉じ、ねむに視線を向けた。

 「……どうだ、ねむ。何か見えたか?」


 (まずは自分で考えてよ、楠木さん)

 ねむは内心で肩をすくめつつ、静かに首を振った。

 「まだ分からない。でも──悠真がやったとは思えない。

 悠真がやってないって証明するには凶器を探さないと。現場に何かヒントがあるかもしれない。もう一度、現場を見たい」


 「よし、行こう」

 二人は現場の男子トイレへ向かった。


 トイレはシンプルな造りだった。

 入口から手洗い場、小便器列、突き当たりに個室。

 換気扇の低い唸りだけが、一定のリズムで流れている。


 奥の個室トイレには人型のテープが貼られて鑑識が調べている。


 ねむは手洗い場の縁、排水口、紙タオルボックスの下縁、壁際の水はねを目で追い、

 最後に清掃ロッカーの扉を見た。

 「掃除用具、見てもいい?」


 ロッカーの中には、モップやデッキブラシ、洗剤、それに「清掃中」の看板。

 どれもよくある備品――のはずだった。

 けれど、床の隅でふと視線が止まる。

 ロッカーの影、灰色の石のドアストッパーが半分だけ覗いていた。


 ねむはしゃがみこみ、そっと指をかざした。

 (これなら……硬いし、重さもある。形状も安定してるけど──)


 「楠木さん、これ」

 楠木が頷き、近くの警官に声をかける。

 「このドアストッパー、確認済みだよな」


 警官は記録をめくりながら答えた。

 「はい。最初に疑って鑑識が採取しましたが、ルミノールもその他も陰性です。血液反応なし。拭き取り痕も検出されませんでした」


 ねむは小さく息を吐く。

 (怪しいけど……これは違うのかな)


 ねむは顎に手を当て、しばし黙った。

 (掃除中の看板で入口を塞ぐ──その間に撲殺。凶器は不明。

  すぐに三人は集合、隠す時間はない。

  ドアストッパーは“凶器っぽい”けど鑑識での検査結果反応はゼロ……)


 ねむは何か思いつく。


 (なら、何かで覆って凶器にしてしまえば──)


 ねむは小さく指を鳴らした。

 「──謎が、解けたよ」


 「ホントか、ねむ!?」

 楠木が目を見開く。


 ねむはうなずき、少しだけ真顔になる。

 「うん。みんなを集めてください」

面白いと思ってもらえたら、ブクマしてもらえると嬉しいです。

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