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第13話 光の海に沈む声/解決編

 楠木は三人を前に立たせ、ゆっくりと口を開いた。

 「お疲れのところ、集まっていただきありがとうございます」


 張りつめた空気の中で、三人の視線が楠木に集中する。


 「――亮太さんを殺した犯人が分かりました」


 その言葉に、三人は一斉に息を呑んだ。

 ねむは少し離れた場所から、その様子を静かに見ている。


 楠木は一拍置いて続けた。

 「まず、殺害場所ですが……喫煙所です」


 「喫煙所?」

 相沢が小さく声を上げる。


 「犯人は亮太さんに連絡を取り、エリアCの喫煙所に誘い出しました。

  そして隙を見て刺し、遺体を湖に放り込んだ」


 楠木の声は淡々としているが、その内容は重かった。


 「パレードの最中、周囲は音と光に包まれていました。

  観客は全員が湖の中央を見ていて、喫煙所には誰もいなかったはずです。

  しかもエリアCの喫煙所は奥まっていて、場所を知らない人も多い」


 そう言って楠木は、ゆっくりと視線を川瀬に向けた。

 「そうですよね、川瀬さん?」


 その名を呼ばれ、川瀬はわずかに表情を強張らせた。

 「……ちょっと待ってください。俺はただエリアCにいただけで、疑われる筋合いなんてない。

  それに――遺体が見つかったのはエリアAですよ? 湖の反対側だ。

  そっちで殺されたって考える方が現実的じゃないですか」


 楠木は無言でその言葉を受け止めた。


 「……たしかに、そう思うよね。でも、エリアAの近辺は柵が高く湖に投げ込めそうなところはそんなにない」

 楠木は川瀬の方を見つめながら、ゆっくりと歩み出た。

 「でも、エリアCで殺害して亮太さんを“エリアAで殺されたように見せる方法”は――

  湖の流れを知り尽くした人間だったら出来たことなんだ」


 楠木はテーブルの上にスマホを置き、画面を明るくした。

 「――これは、ねむからもらった水上パレードの映像です」


 再生ボタンを押すと、華やかな音楽とともに光の船が湖面を滑っていく。

 色とりどりのイルミネーション、花火の反射、観客の歓声。

 まるで夢のような光景が広がっていた。


 「皆さん、派手な演出に目を奪われると思いますが……」

 楠木の声が落ち着いて響く。

 「――注目してほしいのは、ここです。湖面」


 映像が一時停止し、画面を指で拡大する。

 波紋が一方向へと流れている。

 観客には気づけないほどの微かな動きだった。


 「パークスタッフにも確認しました。

  水上パレードの最中は、フロートの動きを安定させるために湖の水流を人工的にコントロールしていたそうです。

  船をスムーズに進ませるため、地下のポンプで一定方向の流れを作っていた。

  しかもそれは、どの公演でも同じ条件で再現されていた」


 三人の顔に、じわじわと緊張が走る。


 楠木は続けた。

 「もし、その仕組みを知っている人間がいたとしたら……

  遺体がどの方向へ流れるか、正確に予測できたはずです」


 そして、静かに川瀬へ視線を向けた。

 「――海流の研究をしているあなたなら、容易だったんじゃないですか? 川瀬さん」


 その瞬間、空気がぴたりと止まった。

 川瀬の喉が小さく鳴る。

 「……何の根拠があって、そんなことを」


 ねむが一歩前に出た。

 「根拠なら、あるよ」


 ねむは一歩前に出て、川瀬をまっすぐ見据えた。

 「――私が事件現場に行ったとき、あなたは“反対側にいた”はずなのに、どうしてあんなに早く現場にいたんですか?」


 「え?」

 川瀬の表情がわずかに動く。


 「私たちはエリアBの近くにいたんです。

  それより遠いあなたが、どうして先に到着できたんでしょうね。不思議ですよね?」


 「……それは、早めにパレードを切り上げて、みんなのところに合流しただけです」

 川瀬は焦りを押し殺すように言った。

 「そもそも、凶器なんてまだ見つかってないでしょう?」


 その瞬間、楠木が口を開いた。

 「――いいえ。凶器なら、もう分かっています」


 ねむが一歩下がり、楠木が前に出る。

 「あなたの持っていた“水筒”ですよ、川瀬さん」


 「は?」

 川瀬が目を見開く。


 楠木は淡々と続けた。

 「中には、凍らせた“氷の刃”を仕込んでいた。

  つまり、氷を尖らせて作った即席の凶器だ。

  刺したあと、そのまま湖に投げ捨てれば――氷は溶け、証拠は跡形もなく消える。

  そして君は、犯行後に水筒の表面をハンカチで拭っていた。

  あれは、冷たい何かを入れていたせいで水滴がついていたからだ。

  こんな寒い日に、わざわざ温かい飲み物じゃなく冷たい飲み物を入れていたのは――不自然すぎるだろう」


 川瀬の唇が震えた。

 「……そんなの、全部憶測だろ。証拠があるのか?」


 楠木は、無言でスマホを取り出した。

 「あるさ」


 画面には、解析結果のデータが映っていた。


「あなたが壊して湖に捨てた亮太さんのスマホ――

実は、クラウドに自動バックアップが残っていました。

そこに、“Cエリアの喫煙所で会おう”というメッセージが記録されていたんです。

それだけじゃありません。監視カメラの映像を確認したところ、

パレード開始の少し前、エリアCの喫煙所付近をあなたと亮太さんが並んで歩く姿が映っていました。」


 川瀬の顔から血の気が引く。


 楠木の声が静かに続く。

 「おそらくその付近を調べれば、あなたの指紋や靴跡が出てくるはずです」


 重苦しい沈黙のあと、川瀬は小さく項垂れた。

 「……そうだよ。俺がやった」


 ねむはその言葉を聞いても、表情を変えなかった。


 「亮太は……俺が相沢のことを好きだって知ってたんだ。

  なのに、わざと奪って。飽きたらすぐに違う女に乗り換えして……笑ってたんだよ。

  それが、許せなかった」


 湖面の風が、凍てつくように吹き抜けた。

 ねむはゆっくりと目を閉じ、冬の空を仰いだ。


 「……海の流れを操るくらい頭がよくても、自分の心までは操れなかったんだね」


 その声は冷たくも、どこか哀しみを含んでいた。


 事件の処理がひと段落したあとも、ねむの頭の中では、波の音がいつまでも鳴り続けていた。

 ――海流を利用したトリック。氷の凶器。

 そして、クラウドに残された決定的な証拠。


 全てが解けたはずなのに、ねむの胸の奥には、ひとつの疑問が残っていた。


 (……どうして、あんな複雑な仕掛けを思いつけたんだろう)


 パトカーの前で、川瀬が手錠をかけられて立っていた。

 その表情には後悔も反省もなく、ただ静かな諦めの色だけがあった。


 ねむは一歩近づいて、問いかけた。

 「ねえ、ひとつだけ聞いていい?」


 川瀬は無言のまま頷く。


 「どうやって……このトリック、思いついたの?」


 少しの沈黙のあと、川瀬は淡々と答えた。

 「――あるサイトに相談したんだよ」


 「サイト?」

 ねむが眉をひそめる。


 川瀬はそれ以上何も言わず、警官に腕を取られて車へ乗り込んでいった。

 その背中を、ねむは無言で見送った。


 (あるサイト……?)

 言葉の断片だけが、冬の空気の中に溶けていく。


 やっぱり――最近、こういう“面白い事件”が増えている。

 偶然じゃない。なにかが、どこかで繋がっている気がする。


 そんな考えが、ねむの頭の片隅をかすめた。


 ――帰り道。

 楠木の車の中には、暖房のぬくもりが静かに流れていた。

 後部座席のねむは、隣の凛子にもたれかかるように眠っている。


 「むにゃむにゃ……ラーメン……」

 寝言まじりの声に、楠木は思わず苦笑した。

 「まったく……夢の中でも食ってるのか」


 少し間を置いて、ぼそりとつぶやく。

 「でも……今回も助かった。今度、なんか奢ってやるか」


 ルームミラーの向こうで、

 ねむと凛子は穏やかな寝顔を並べている。

 楠木は小さく息を吐き、前を向いた。


 海沿いの道には、夕暮れの光が長く伸びていた。

 その先に――また、新しい謎が待っている気がした。

面白いと思ってもらえたら、ブクマしてもらえると嬉しいです。

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