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第10話 日曜ランチと誘拐騒ぎ(後編)

 リビングにはまだ緊張が残っていた。

 高臣と美穂は、警察の指示で当面は自宅待機することになった。

 犯人から再び連絡が入る可能性があるため、電話は固定回線の前に用意され、警官が交代で詰めている。


 桐原が立ち上がり、皆を見回す。

 「こちらで待機をお願いします。私たちはホテルの現場を確認してきます」


 「……よろしく頼む」

 高臣が低く答えると、美穂も静かにうなずいた。

 彼女の指は、膝の上でぎゅっと組まれていた。


 ねむたちは、事件現場となったホテルへと向かった。

 都内の中心部にあるそのホテルは、白い外壁とガラス張りのエントランスが印象的で、昼の光を鈍く反射している。


 助手席の大輝が、小さく呟いた。

 「……ここだよ。叔父さんの会社が経営してるホテル」


 「叔父さんって、山城俊郎さんだよね」

 楠木が確認すると、大輝はうなずく。

 「うん。前に“困ったときはいつでも使っていい”って言われてたから……従業員にも顔見知りがいたんだ。だから今回も特に確認なしで部屋を借りられた。支払いは、親父のカードを使った」


 「顔見知りのスタッフがいたんだ?」

 ねむが尋ねると、大輝は苦笑した。

 「うん。何度か泊まったことあるから、みんな俺のこと覚えててさ。何も聞かれずに鍵を出してくれた」


 ねむは少し目を細める。

 「……なるほど。つまり、警戒もされなかったってことね」


 車がホテルのロータリーに入ると、スーツ姿のフロントマンが深々と頭を下げて出迎えた。

 「山城様、ようこそお越しくださいました」


 俊郎も車から降り、落ち着いた声で言う。

 「急なお願いで悪いね。警察の捜査が入る。監視カメラと使用履歴を確認したい。カードキーを準備してくれ」


 「かしこまりました」

 フロントマン――名札には早瀬亮介とある――が奥へと消える。


 ロビーでは、捜査員たちが慌ただしく動き始めていた。

 桐原が警備担当と話し込み、佐久間はノートパソコンで監視カメラ映像を確認している。

 制服警官たちは別の部屋や裏口の確認に向かって散っていった。


 「……すごいね。こういうの、初めて見る」

 ねむが目を輝かせながらロビーを見渡す。

 「映画のワンシーンみたい」


 楠木は小さく苦笑して答えた。

 「まあな。本当はもっと地味なもんだけど――今回は被害者が警察の偉い人だから、特別だよ」


 ほどなくして早瀬が戻り、俊郎にカードキーを手渡した。

 「こちらが該当の部屋のキーになります。監視カメラ映像は、佐久間様が確認中です」


 俊郎がうなずく。

 「ありがとう。――行こう」


 ねむたちはホテルのエレベーターに乗り込んだ。

 扉が静かに閉まる。

 壁の上部に取り付けられた監視カメラを見上げながら、ねむは心の中でつぶやいた。

 (……ここまでは、けっこう監視カメラが多いな)


 エレベーターの電子音が鳴り、扉が開く。

 廊下の照明が落ち着いた色で床を照らしていた。


 俊郎がカードキーを差し込み、ドアが開く。

 「ここが――優太が泊まっていた部屋だ」


 扉が開いた瞬間、冷たい空気が流れ出す。

 整然とした室内。ベッドのシーツには寝た形跡が残り、机の上にはメモ帳と使いかけのペンが置かれていた。


 ねむはゆっくりと部屋を見回す。

 (……普通の客室。使われた感じがあるが争った形跡はない)


 楠木は慎重に手袋をはめ、室内を一通り見渡した。

 「荷物も衣類もない……確かに、一晩だけ泊まった形跡しか残ってないな」


 ねむは足元のカーペットに視線を落とし、しばらく黙り込む。

 そして顔を上げ、静かに言った。

 「――まずは、手掛かりを探さないと」


 ねむは部屋を一通り見回し、ふと机の上のメモ帳に目を止めた。

 ページの端に、子どもの字でびっしりと落書きみたいに数字が並んでいる。


   3243445113  113342  

32113211  45544411


 そしてページをめくると


 3432423343


 と書いてあった。


 (……なんだろ、これ)

 ねむは首を傾げた。


 背後から覗き込んだ楠木が言う。

 「子どものいたずら書きじゃないか? 退屈して書いてたとか」


 「うーん……なんか気になるな」

 ねむはスマホを取り出して、メモ帳を撮影した。

 カメラのシャッター音が静かな部屋に響く。


 そのとき、ドアが開いて桐原が顔を出した。

 「おい楠木! なんで女子高生を勝手に現場に入れてんだ!」

 声には苛立ちがこもっている。


 「す、すみません! ちょっと、あの……!」

 楠木が慌てて立ち上がる間に、ねむは肩をすくめて笑った。

 「はいはい、出て行きますよ」


 桐原に背中を押されるようにして、ねむは部屋を出た。

 廊下に出ると、ちょうど佐久間がタブレットを手にして歩いてくる。


 「監視カメラのチェック、終わりました」

 佐久間が報告すると、桐原は眉を上げた。

 「……ずいぶん早いな。ちゃんと見たのか?」


 「ええ、もちろん。ちょっと気になる点があったので」

 佐久間は画面を操作しながら続ける。

 「20時ごろ、ルームサービスを持って行ったスタッフがいました。名前は――谷口 真帆(たにぐち まほ)。フロント兼ルームサービス担当です」


 「谷口……」

 桐原がメモを取る。


 「そのあと21時ちょうどに、大輝くんが部屋に来ています。つまり――優太くんが誘拐されたたのは、その20時から21時の間の1時間しかありません」


 ねむは腕を組んで黙り込む。

 「たった1時間で……誘拐?」


 佐久間がうなずいた。

 「ええ。でも、客用のエレベーターにも階段にも“怪しい人物”や“大きな荷物を持った人物”は映っていませんでした。完全に不審者ゼロです」


 桐原が唸るように言った。

 「ってことは、残るは従業員エリアか……」


 「はい。従業員用エレベーターなら監視カメラがついていません。ただ、利用にはカードキーが必要なので、外部の人間が勝手に使うことはできません」


 「その時間に従業員出入り口を使った従業員は?」

 ねむが問う。


 佐久間は画面を見つめたまま答えた。

 「四名だけです。ですが、どの人物にも特に不審な行動は見られませんでした。全員、通常業務の範囲内です。一応、再確認のために皆さんに集まってもらっています」


 ねむは小さく息を吐いた。

 (……じゃあ、どうやって? 誰にも気づかれずに、監視カメラにも映らずに、子どもを連れ出すなんて)


 「じゃあ、20時ごろからの映像をもう一度確認しましょう」

 ねむが言う。


 「というか、なんでまたお前が参加してるんだよ! 楠木、外で待たせとけって言っただろうが」

 桐原が鋭く睨む。


 「ま、まあまあ。時間もありませんし、みんなで考えましょうよ。もしかしたら何かこの子が気づくかもしれませんし」

 楠木は苦笑いを浮かべながら場をなだめた。


 そんなやり取りをしている間に、四人の従業員が集まってきた。

 それぞれ緊張した表情で名札を胸に立っている。


 - |フロント係 早瀬 亮介(はやせ りょうすけ) 34歳

  物腰が柔らかく、笑顔を絶やさない青年。

  大輝のチェックイン対応を担当し、部屋のカードキーを発行・管理していた。


 - |コンシェルジュ 宮原 里穂(みやはら りほ) 28歳

  冷静沈着で接客評価も高いが、完璧主義ゆえに他人に厳しい一面を持つ。

  監視カメラにはリネンカートを押して従業員口へ向かう姿が映っていた。


 - |清掃チーフ 坂田 真治(さかた しんじ) 40歳

  現場を取り仕切る寡黙なベテラン。規律に厳しく、部下からは恐れられている。

  監視カメラには、ゴミ用のカートを押して従業員口へ向かう姿が映っていた。


 - |ハウスキーパー 村上 志乃(むらかみ しの) 42歳

  小柄で穏やか、子ども好きとして知られる女性。

  優太とも以前から顔見知りで、「しのさん」と呼ばれ懐かれていた。

  監視カメラには、別の従業員とともに退勤する姿が映っている。


 - |外窓清掃員 狩野 翔太(かりの しょうた) 30歳

  陽気で口が軽く、冗談交じりの受け答えが多い。

  事件当時、優太のいた部屋の外側の窓付近を清掃していた。


 (……この中に、もしかしたら犯人がいる)

 ねむは静かに全員の顔を見渡した。


 佐久間がタブレットを操作すると、画面に監視カメラの映像が映し出された。

 ホテルのロビー、廊下、エレベーター前――時刻が右上に小さく表示されている。


 「……へぇ、そんなのまで見れるんだ」

 ねむが感心したように目を丸くする。

 「便利だね、これ」


 佐久間は少し得意げに口元を緩めた。

 「ホテル側のセキュリティサーバーにアクセス許可をもらったんです。これで全カメラの映像を一気に確認できます」


 桐原が腕を組み、画面を覗き込む。

 「ふむ……で、何か映ってたのか?」


 佐久間は映像を早送りし、再生を止めた。

 「これが事件当日の20時10分。ここを見てください」


 タブレットの画面には、ロビーから大きなカートを押して従業員口へ向かう女性の姿が映っている。

 制服姿のコンシェルジュだ。


 「……リネンカートか?」と桐原。


 「そうです。大きめの布製カートです」


 そのとき、フロントの早瀬が声をかけてきた。

 「今の人は、コンシェルジュの宮原里穂ですね。あの日も夜勤で入ってました」


 「なるほど」

 佐久間が映像を一時停止させ、ズームする。

 「この時間帯、彼女がカートを押してロビーを通過しました。ただ――十分後くらいに戻ってきます」


 宮原が一歩前に出て、落ち着いた声で言った。

 「私はただ、洗濯室にシーツを持って行っただけです。その間、誰とも会ってません。すぐに戻ったので、何かする時間なんてありませんよ」


 ねむは顎に指を当て、じっと画面を見つめた。

 (……堂々としてる。でも――どこか、なにか隠してるようにも見える)


 佐久間が再びタブレットを操作し、映像を少し早送りした。

 「次は――清掃チーフの坂田さんですね」


 画面には、無表情でゴミ用の大型カートを押す坂田の姿が映し出される。

 通路をゆっくり進み、エレベーターの前で止まる。

 時刻は20時20分。


 「……このあと、戻ってくるまで十五分。少し長いですね」

 楠木が呟く。


 「ゴミ置き場までは時間がかかるんですか?」とねむ。


 その言葉に、坂田が眉をひそめて口を開いた。

 「そりゃ時間かかるに決まってるだろ。仕分けもあるし、処理場は裏の棟なんだ。往復だけで十分はかかる」


 少し語気が強く、桐原がちらりと視線を向ける。

 坂田は腕を組み、どこか苛立ちを隠さない。


 「……まぁ、理屈の上では不自然じゃありませんね」

 佐久間が淡々と言い、次の映像を再生する。


 「次は――ハウスキーパーの村上志乃さんと、もうひとりの従業員です」


 時刻は20時45分

 二人並んで歩く姿。村上はいつものように清掃服を着て、穏やかな足取りで歩いている。

 その隣には、同じ制服に帽子をかぶった小柄な人物がいた。

 顔は、はっきりとは見えない。


 「今の、誰?」

 ねむが尋ねる。

 その瞬間、室内の視線が一斉に村上志乃へと向けられた。


 村上は、穏やかな笑みを作る。

 「ええっと……その子は、同僚の梨花ちゃんよ。今日は無断欠勤してるけど」


 「――ああ、あいつか」

 清掃チーフの坂田が腕を組みながらぼやく。

 「しょっちゅう休むやつだ。最近の若いのは何考えてるか分からん。今日も連絡つかねぇままだ」


 「なるほど。じゃあ、ただ帰っただけってことか」

 桐原が短く言う。


 その説明を聞きながら、ねむは眉をひそめ、タブレットの映像に映る帽子の人物をじっと見つめていた。

 (……何か、おかしい気もする――)


 佐久間が次の映像を呼び出す。

 「最後は……外窓清掃員の狩野さんですね」


 画面には、外から出入口へ入ってくる一人の男が映っていた。

 清掃用のハーネスを外しながら、無造作にヘルメットを抱えて歩いている。

 その顔には汗が浮かび、作業を終えたばかりという様子だ。


 「これは20時50分。屋外作業を終えて建物内へ戻るところです」

 佐久間が補足する。


 「俺だな」

 狩野はポケットに手を突っ込みながら、軽い口調で言った。

 「窓掃除が終わったから、中に入って来ただけっすよ。あの時間、外は風も強くてさ。ぶら下がってるの、結構キツかったんすよ」


 「ふむ……」

 桐原が腕を組んでうなずく。

 「窓の外側での作業記録も確認済みだ。時間の整合性は取れてるな」


 ねむは画面の中で、ロープを外して地上に降り立つ狩野の姿を見つめた。

 ヘルメットを脱いだ瞬間、風に煽られたロープがゆらりと揺れる。

 その揺れを見ながら、ねむの脳裏に小さな疑念が浮かぶ。


 (……もし、窓の外から“部屋の中”に手を伸ばせるとしたら?)


 優太がいたのは三階――中層階とはいえ、外からの侵入は常識的に考えれば不可能。

 だが、窓清掃用のゴンドラを使えば、一時的に部屋の前で停止することはできる。


 (――理論上は、あり得る。窓を少しでも開けられたなら、子どもひとりを外へ出すことも……)

 (そして、連れ去ったあと何食わぬ顔で戻ってきた――そんなことも考えられるな)


 「――これで、この時間帯に従業員エリアを通った人物は全員です」

 佐久間がタブレットを閉じながら言った。

 室内の空気が、わずかに張りつめる。


 「今のところ、怪しいのは……リネンカートとゴミカート、だな」

 桐原が腕を組み、低くつぶやく。


 その瞬間、二人の従業員が同時に声を上げた。


 「は? なんでですか!」

 宮原がきつめの口調で反論する。

 「私はちゃんと業務中でした! カートにはシーツとタオルしか入ってません!」


 「こっちだって同じだ!」

 坂田も声を荒げる。

 「ゴミの仕分けは倉庫の奥でやるんだ。戻るのに十五分かかったって普通だろ! それで疑われちゃ、納得できねぇよ!」


 桐原は眉間に皺を寄せ、冷静な声で言い返す。

 「誰も“犯人だ”とは言ってない。ただ、動きの中に怪しさがある奴を洗い出してるだけだ」


 それでも二人の表情は納得していない。

 空気が一気に重くなる中、ねむは静かに息を吐いた。


 そのすぐ隣で、楠木が小声で話しかけてくる。

 「……ねむ、何か分かったのか?」


 ねむは腕を組み、少しだけ顎に指を当てた。

 「うん。怪しい点はいくつかある。でも、まだ一つに絞れるほどではないから――」


 楠木が息をのむ。

 ねむの目が、ゆっくりと全員をなぞった。


 「――順番に整理していきたい」


 その声には、年齢に似つかわしくない冷静さと確信が滲んでいた。


 ねむは少し考えるように腕を組み、隣の楠木に顔を向けた。

 「ねぇ、そういえば――優太くん、ルームサービスで何を頼んでたの?」


 楠木は一瞬まばたきし、思い出すように視線を上に向けた。

 「えっと……机の上にあったオレンジジュースだと思うよ。グラスもそのままだったし」


 「オレンジジュース、ね」

 ねむは小さくつぶやき、顎に指を当てる。

 「その中に、変なものは入ってなかった?」


 「変なもの?」

 楠木が首を傾げる。

 「関係あるのか、それ?」


 ねむは真剣な表情で頷いた。

 「もしかしたら、そこにも今回の誘拐のヒントが隠れてるかもしれない。……一応、成分検査してほしいな」


 楠木は少し驚いたようにねむを見たが、やがて頷いた。

 「……わかった。鑑識に頼んでみる」


 「よろしく」

 ねむは軽く笑い、タブレットに映るホテルの廊下を再び見つめた。

 (――飲み物、部屋、そして四人の容疑者全部がどこかで繋がってる)


 ねむの目が、わずかに光を帯びた。


 「……あとは、あのメモ帳にあった数字の落書き。」

 ねむは思案するように視線を落とした。

 「もしかしたら、あれが何かを意味してるのかもしれない」


 「数字の羅列?」

 楠木が首を傾げる。

 「いや、あれはただの落書きだろ。退屈だったから書いて時間潰してたんじゃないのか?」


 ねむは小さく首を振った。

 「だとしても、わざわざ“意味のない数字”を並べるかな……? ――そうだ、大輝くんなら何か知ってるかもしれない」


 楠木はすぐにスマホを取り出し、電話をかけた。

 数回のコールののち、受話口から少年の声が聞こえる。

 『……はい。楠木さん?』


 「今、少し聞きたいことがあるんだ」

 楠木はねむの方を見て、マイクを近づける。

 「ねむがさ、部屋に残されてた数字のメモについて何か分からないかって」


 ねむが声をかける。

 「大輝くん、悠太くんって、普段から数字とかメモすることあった?」


 電話の向こうで少し間があった。

 そして、大輝が思い出したように言う。

 『……そういえば最近、ボーイスカウトから帰ってきてから、なんか面白いことを教わったってはしゃいでた。ノートに数字を書いて、“これ、秘密の言葉なんだ”って……』


 ねむの目が細く光る。

 「……ボーイスカウト、ね。ありがとう、大輝くん」


 『それ、関係あるの?』

 「うん。大あり」

 ねむは短く答えて通話を切った。


 そのままスマホで「ボーイスカウト 数字 暗号」と検索をかける。

 いくつかの記事をスクロールしていくうちに、ある図が目に留まった。

 (たぶん……これだ)

 ねむは画面を指で拡大する。


 「ふむ……1〜5の数字で文字を表す、か」

 ねむは先ほど撮ったメモの写真を開き、画面をじっと見つめながら、指先で数字をひとつずつなぞった。


 2334441531――

 「……ホ・テ・ル、だね」


 3433242413231133――

 「お・に・い・ちゃ・ん」


 34251111431133――

 「お・か・あ・さ・ん」


 54454411――

 「ゆ・う・た。……自分の名前」


 そして最後の一行、

 4323243334431133132324。


 ねむは数を慎重に追いながら、ゆっくりと文字を置き換えていく。

 そして、口の端がゆっくりと持ち上がった。


 ねむの目がわずかに光る。

 スマホの画面に反射するその笑みは、確信に満ちていた。

 (――なるほど。だとすると)


 しばらくして、廊下の奥から足音が響いた。

 鑑識担当の刑事がファイルを手に戻ってくる。


 「報告です。ジュースの残留成分を調べましたが――異常はありませんでした。睡眠薬や鎮静剤、その他の化学成分も検出ゼロです」


 「……なんにも出てこなかったのか」

 楠木は肩を落とす。

 「じゃあ、特にヒントは出なかったか」


 その横で、ねむは目を細めて何かを考えていた。

 そして次の瞬間、ぱちん、と指を鳴らした。


 「――謎、解けた」


 その静かな一言に、楠木がぎょっとして振り向く。

 「……は? 今なんて?」


 ねむはイタズラっぽく笑い、楠木に顔を近づけた。

 「ちょっと耳、貸して」


 楠木が半信半疑で身を寄せると、ねむは小声で何かを囁いた。

 数秒の沈黙のあと、楠木の目が大きく見開かれる。


 「……なるほどな。そういうことだったのか」

 小さくうなずいた楠木の顔に、わずかに緊張が走った。


 楠木は真剣な表情で桐原に向き直り、静かに言った。

 「――全員を、もう一度ここに集めてもらえますか?」

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