キャンディダッシュ
ちょっとした病気で入院した時、隣の病室のおじさんから不思議な飴玉をもらいました。
なんでも、一粒舐めれば、好きな夢が見られるそう。
「君はどんな夢を見たい?」
おじさんが問います。
「僕はね……」
窓の外を見ます。
「お馬さんになりたいな。お馬さんになって、青空の下を駆け抜けるんだ」
僕は心臓が強くないから、あまりかけっこはできません。
「それはいい。夢の中なら、いくらでも走っていいからね」
「ありがとう、おじさん!」
その日の夜、僕は飴玉を一つ口にして、それから眠りにつきました。
すると、なんてことでしょう。
僕の体は、栗毛の輝く立派なサラブレッドに変身していたのです。
「わぁ、スゴイ!」
大草原の中、恐る恐る走り出すと、今までに体験したことがないほど速いスピードで駆け抜けました。
たてがみをなぞる風がとても心地よくて、どれだけでも走っていられそうです。
思う存分走り続けましたが、徐々に疲れてくると、ふと思うことがありました。
「一人だと、ちょっと寂しいな」
どこまでも続く草原の中で、馬が一頭。走る以外、何もできません。
人を乗せてみたり、競争してみたり。それもないのです。
次の日、僕はおじさんに相談してみました。
「友達を呼べないかだって? それなら簡単さ! 友達にも飴を食べてもらうと、同じ夢に呼べるよ!」
それを聞いた僕は、お見舞いに来てくれた学校の友達にもおすそ分けをしてみることにしました。
「この飴を舐めれば、同じ夢を見れるってこと?」
「本当に?」
二人の親友、よっくんとたっちゃんは半信半疑。
「いいからいいから!」
飴玉を渡して帰らせ、その日の夜。
僕も半信半疑で夢の中へもぐりこみました。今度も、馬になりたいと祈りながら。
夢の中には、もう二人が待っていました。
「よっくん、たっちゃん、お待たせ!」
「わわっ!」
「立派なお馬さんだ!」
僕の姿をみて、二人はびっくり仰天。
「スゴイでしょ! あの飴玉舐めるときに願い事をすると、それが夢の中で叶うんだよ!」
「ええ、早く教えてよ!」
「俺も変身したかった!」
悔しそうな二人を背中に乗せ、草原を駆け抜けて見せました。
大サービスです。
「おお早い早い!」
「すごーい!」
僕が駆け抜けると、二人はとっても喜んでくれました。
「今度はみんなで競争したいね」
そう約束して、その日はお別れしました。
次の日。
うわさを聞き付けたクラスメイトが、いっぱい集まってきました。
「わわっ、これはびっくり!」
「みんなで競争したら、きっと楽しいよ!」
誰かがそう言いました。僕も、それはきっと楽しそうだなと思いました。
すると、
「がはは! その飴玉、俺様にもよこしやがれ!」
ずかずかと現れたのは、クラスの大将です。
体も声を大きくて、逆らえる人は誰もいません。
「そんなのずるいよ……」
「ずるいのはお前のほうだ! 俺様だって、夢を叶える資格はあるはずだ!」
そう言って、かごの中に入った飴玉を、全部平らげてしまったのです。
「ごちそうさま。今日はいい夢が見れそうだぜ!」
エラそうな態度で、立ち去っていきました。
「なんだいなんだい! ずるいのはあいつのほうじゃないか!」
よっくんはプンスカ頬を膨らませていますが、飴がないことには仕方がありません。
「あ!」
たっちゃんが声を上げました。
どうしたの? と聞いてみると、かごの中を指さします。
そこには、一つだけ飴玉が残っていたのです。
「誰か食べていいよ?」
そういうと、
「僕らはいいよ」
と、みんな遠慮をしました。
とはいっても、今舐めたら大将と夢の中で二人っきり。あれだけ舐めちゃったら、何が起きているのかわかりません。
今日は舐めずに、眠ることにしました。
次の日、顔を真っ青にして病室へ飛び込んできた人がいました。大将のお母さんです。
なんでも、悪夢にうなされて、ちっとも目が覚めないのだそうです。
かわいそうだと思いましたが、それと同時に自業自得だとも思いました。
でも、大将のお母さんは必至です。
「昨日、不思議な飴玉をいっぱい食べたって言ってたの! その飴玉があれば、助けに行けるんでしょう?」
大将のお母さんは、今にも夢の中へ飛び込みたい気持ちで一杯なようでした。
あげてしまったほうがいいんじゃないか。そんな風に思いました。
「やっぱり、僕が行きます」
僕は残った飴玉を口にしました。
やっぱり、僕がみんなに教えちゃった以上、僕が頑張らなきゃいけません。
夢の中に飛び込むと、そこには巨大な鬼に追いかけられる大将の姿がありました。
「助けてくれええええ!」
「何があったの?」
尋ねてみると、
「最強になりたいって願っただけなんだよ! そしたら、最強の鬼が出てきたんだ!」
なるほど。
最強の鬼を倒せば、自分が最強になれるということなのでしょう。
飴玉を食べすぎて、その鬼も巨大化して現れたということなのかもしれません。
「俺様を助けろよ!」
追い詰められているくせに、相変わらずエラそうです。
僕は今、馬の姿になっています。全力で走れば、きっと逃げ切れるでしょう。
「助けてもいいけど、一個約束してくれる?」
「するする! なんでもするから!」
こんなに弱弱しい大将をみるのは初めてです。
「じゃあ、もうみんなに意地悪しないって約束して!」
「わかったよ! もう意地悪しないから!」
「よし! それじゃあ、僕に乗って!」
大将を背中に乗せると、
「しっかりつかまっててよ! それ!」
僕は草原を駆け出しました。
追いかけてきていた巨大鬼は、みるみる小さくなっていきます。
僕はこのまま、夢の出口まで全力で駆け抜けました。
夢から覚めると、世界は大きく変わっていました。
大将のお母さんは泣いて喜び、大将の意地悪も収まったそうです。
みんなと競争ができなかったのは残念ですが、みんなが喜んでくれたなら、それでもいいかなと、空になったかごを見て思いました。