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3.トラプターとの手合わせ

 ルクシーヌとトラプター・ワディフェンの手合わせは、300メートルの距離を置いて開始となった。これは辺境貴族同士の一般的なやり方である。遠隔魔法・殲滅型の辺境貴族が手合わせする場合、これくらいの距離が必要だ。近すぎては自分の魔法に自分がまきこまれかねず、実力を発揮しきれないためである。


 ルクシーヌは相手と自分の戦力について考えていた。

 

 全属性・罠設置魔法・駆逐型辺境伯トラプター・ワディフェン。辺境貴族としてのランクはC。

 罠設置魔法は事前の準備が必要な代わりに、様々な効果を発揮するという。全属性ということから、攻撃のバリエーションは相当なものになるだろう。

 「駆逐型」とは直接攻撃以外にも様々な手段を持つ者に与えられる型名だ。攻撃以外の搦め手も警戒が必要だろう。

 

 対するルクシーヌは光属性・近接特化・撃滅型令嬢だ。辺境貴族としてのランクはC。ランク自体は同格だが、彼女は近接特化だ。原則として、手足が届く範囲にしか攻撃できない。

 だから、どうしても相手に近づかなくてはならない。罠魔法を主体としているトラプターとは、相性がいいとは言えなかった。

 

 ルクシーヌもトラプターも、辺境貴族としてのランクは低い。これは、現在の判定基準のためである。  

 「魔王大蹂躙」後、魔物は数千という規模で人間の領地に襲い掛かってくるようになった。それに対応する辺境貴族は、迅速に多数の魔物を倒す能力が求められた。その結果、辺境貴族のランク分けは、10分辺りに討伐可能な魔物数によって決められるようになった。


 500体未満の討伐でランクC。

 500体以上、1000体未満の討伐でランクB。

 1000体以上の討伐でランクA。

 あまりに大雑把すぎる評価だが、辺境貴族の能力は強すぎるため、他に適切なランク分けができなかったのだ。


 ルクシーヌは単体の攻撃力なら辺境貴族の中でも上位に属する。しかし、その攻撃の届く範囲は近接までだ。いかに素早く倒そうと、敵を倒すたびに移動が必要となる。10分と言う制限では、300体程度の討伐が限界だった。

 

 トラプター・ワディフェンは、十分な時間をかけて罠魔法を設置しておけば、ランクAに引けを取らない殲滅力を発揮する。しかし彼もまた、10分と言う制限に縛られれば、ランクCに区分けされざるをえなかった。


 一般に公開されている情報では相手の実力が見えない。

 それでも、距離を詰めなければ話にならない。

 ルクシーヌは覚悟を決めると、光のオーラを高めて一気に駆けた。

 すると、正面に人影が現れた。炎に包まれたローブ姿。それがいくつもの火球を放ってきた。


「!」


 回避を試みたが、あまりに急で、しかも火球の数が多かった。横に跳びつつ、かわしきれないものは光のオーラを固めた拳ではじいた。

 

 跳んだ先で、足元が沈んだ。地面だったはずのそこは、いつの間にか泥沼と化していた。ずぶすぶと膝まで泥に沈んでいく。

 

 彼女がそれに反応する暇もなく、今度は氷のローブ姿の人影が現れ、無数の氷の矢を放ってきた。足を取られては回避はできない。両の拳ではじく。だが、氷の矢の狙いは彼女自身ではなく、その足元だった。泥沼が氷の矢で冷やし固められていく。動きを封じるつもりだ。

 

 氷の矢をさばくうちに、頭上を影がよぎった。見上げれば、いつの間に投げられたのか、無数の槍が降ってくるところだった。鉄の槍程度では、光のオーラをまとう彼女にはほとんどダメージを与えられない。しかし槍が周囲に何本も突き立てば、動きを更に縛られることになる。

 

「爆光!」


 ルクシーヌは足元にオーラを集中させ、爆発させた。攻撃にも移動にも使える彼女の技の一つだ。

 その威力はすさまじく、泥沼を跳ね飛ばし、その反動で彼女は脱出した。

 後ろに下がり、ふたたび開始地点に戻った。トラプターは一歩も動いていない。深追いせず、こちらの様子をじっと見ていた。


「すごい……」


 ルクシーヌは感嘆の息を漏らした。

 罠魔法と言えば、地面を踏むと起動する落とし穴や地雷のようなものをイメージしていた。

 トラプターの使う魔法は、それだけではなかった。突然現れた炎や氷のローブ姿の人影は、魔法を放つ砲台だった。彼は泥沼のような罠で動きを封じ、様々な砲台で攻撃を確実に当ててくるのだ。

 その威力も侮れないものがあった。ルクシーヌの光のオーラは魔法にも強い耐性を持つが、防御を固めなければ危うい手ごたえがあった。


 だが、ルクシーヌがもっとも驚かせたのは、攻撃の多彩さや威力ではなく、その巧みさだった。

 

 時間をかければ罠魔法はいくつも設置できるのだろう。しかし、近接特化の自分の動きの先を読み、息もつかせず次々と起動する技量は凄まじいものだった。大量の魔物に対し、大規模な魔法を放つのが主流の今、この技術は異質なものだった。

 

 今、起動した砲台やトラップの位置は憶えている。だが、それに囚われてはいけない。相手がどれだけの罠魔法を設置しているのかわからないのだ。さっきの記憶をもとに進めば、かえって窮地に陥りかねない。

 考えれば考えるほど相手の術中にはまる。余計な考えを捨てなくてはならない。

 余分な考えを捨てようと思ううち、どうしても消せないたったひとつの言葉に気づいた

 

「……勝ちたいです」


 彼女は恋に破れた。婚約を解消され、自分の価値がなくなったと思った。

 だからこそ、残ったこの力。戦いでは勝たねばならなかった。

 

 その言葉を口に出したら、迷いは消えた。

 彼女は再び、前に向かって駆けだした。


 壁が立ちふさがろうと砕いて抜けた。足元が流砂になろうと「爆光」で飛び越えた。地面から無数のツタがからみつこうと、「爆光」で吹き飛ばした。

 火球も氷の矢も土の弾丸も風の刃も、彼女の勢いをわずかに減じることができても、止めることはできなかった。

 

 いくら光のオーラの防御があろうと、多彩にしてとめどない攻撃を受け、無傷ではいられない。それでも前に進むことだけを考えた。

 

 そして、トラプター・ワディフェンまで、あと5メートルというところまで迫った。彼女にとっては一足飛びに詰められる距離だった。

 

「これで決める!」


 踏み出そうとした瞬間。初めて彼女の足が止まった。それどころか、膝から崩れ落ちた。

 

「!?」


 わけがわからず、それでも一か所にとどまるのは危険だとわかった。崩れ落ちる身体の勢いを横に転じて、彼女は転がってそこから逃れた。距離を置いて、ルクシーヌは自分がどんな罠にかかったか理解した。

 

「魔力吸収トラップ……!」


 ルクシーヌがいた場所に、禍々しい魔法陣が描かれていた。そこからは奪われた彼女の魔力が感じられた。

 魔力を用いて強力なオーラを生み出す彼女にとって、最悪のトラップだった。

 狼狽する彼女に対し、この勝負で初めて、トラプターが言葉を漏らした。

 

「驚きました。今、吸い取ったのは一般魔法使い程度の魔力量です。それであなたの戦力が、そこまで減じてしまうなんて……」


 彼の指摘通り、これまで強力に彼女を包んでいた光のオーラは、その輝きを弱め小さくなっていた。

 

 ルクシーヌの特質は、魔力を高効率で光のオーラに変換することだった。その変換効率はすさまじく、例えるなら「コップ一杯の水で一軒家の家事を鎮火する」ほどのものだった。彼女は極めて高出力の光のオーラをまといながら、長時間の戦闘が可能なのである。

 

 そんな彼女にも欠点があった。辺境貴族としては魔力が少ないのである。それでも一般魔法使いの上位に相当するほどの魔力量はある。通常、彼女が魔力切れに悩まされることはない。

 だが、魔力吸収系の攻撃を持つ魔物が天敵だった。光のオーラも吸収系の攻撃だけには防御力をあまり発揮しない。わずかな時間で魔力を奪われる危険性がある。魔力を失えば、彼女の戦力は大幅に減少するのだ。


「まだ、戦えます!」


 確かに、魔力は減ってしまった。それでも、一撃は放てる。距離は詰めた。罠魔法で妨害されたとしても、一撃は決められるはずだった。

 

「いえ、ここで終わりにしましょう。これ以上は殺し合いになってしまいます」


 そう言われれば続けることはできなかった。

 そうだ、これは手合わせだ。つい熱が入ってしまったが、確かにこれ以上続けては、縁談どころではなくなってしまう。

 ようやく構えを解いたルクシーヌに、トラプター・ワディフェンは言葉を続けた。


「まずは回復しましょう。こちらの回復陣へどうぞ」


 トラプター・ワディフェンが呪文を唱えると、地面に緑色の魔法陣が浮かび上がった。回復系の魔法が発動している。

 そこで、ルクシーヌは言わねばならないことを思い出した。

 

「そうだ、ワディフェン伯。見ていてください」


 ルクシーヌが回復陣の上に立つ。砲台からの攻撃で、ボディスーツで破れた箇所から擦り傷や打ち身といった怪我が見えている。いずれも軽傷だった。

 その程度であれば、回復陣に立てばすぐに回復するはずだった。

 しかし、一向に治る様子はなかった。

 

「おかしいな、回復陣は正常に起動しているのに……」

「わたしの光属性のオーラは、回復魔法も弾いてしまうのです。並の回復魔法の類では、傷を治せないのです」


 そう説明した後で、ルクシーヌは光のオーラを解除した。すると、瞬く間に傷は回復した。


「ありがとうございます。見事な回復魔法です」

「いえいえ……しかしこれでは、戦闘中の回復は難しそうですね」

「はい。戦闘中に光のオーラを解くのは危険です。一旦下がる必要があります。これから一緒に戦う機会も増えるでしょうから、覚えていただけると嬉しいです」


 それはルクシーヌのもう一つの弱点だった。

 光のオーラは防御であると同時に、回復魔法や支援魔法も受けつけないのだった。


「わたしの力をお判りいただけたでしょうか?」

「ええ、もちろん! 罠魔法をあれだけ仕掛けた状態で、ここまで近づかれるとは思いませんでした! あなたは見事な光属性・近接特化・撃滅型令嬢です!」

「こちらこそ感服しました。多彩にして精密な罠魔法の数々。わたしの突撃がここまで阻まれたのは初めての事です。全属性・罠設置魔法・駆逐型辺境伯としてのお力、しかと見せていただきました!」


 ルクシーヌは満足していた。自分の力を発揮できた。そして、トラプター・ワディフェンの実力は彼女の期待以上だった。実力はほぼ互角。前衛と後衛で、共闘しても役割がかぶらない。これなら、「愛のない結婚」をしても、家の中で立場がなくなることはないだろう。

 

 ルクシーヌは手を差し出した。

 

「これからよろしくお願いします、ワディフェン伯!」


 トラプター・ワディフェンは、彼女の手を握り返した。


「こちらこそよろしくお願いします、ルクシーヌ嬢。……ああ、僕のことはトラプターとお呼びください。家名で呼ばれるのは、どうも堅苦しくて苦手なのです」

「はい、トラプター様!」


 輝くような笑顔で、ぐっと握手の力を込めて、ルクシーヌは元気よく言った。

 トラプターは、頬を赤くして、照れ臭そうに頬をかいた。

 

 こうして、二人の縁談は始まったのだった。

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