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2.新しい縁談の始まり

「よ、ようこそ、ワディフェン領へ。僕が全属性・罠設置魔法・駆逐型辺境伯トラプター・ワディフェンです」

「光属性・近接特化・撃滅型令嬢ルクシーヌ・インファートです。お招きに与り光栄です」


 ワディフェンの屋敷の前で、二人は挨拶をかわした。

 辺境貴族は名を名乗る時、属性・攻撃手段・攻撃タイプを告げるのが作法だ。


 元々は「魔王大蹂躙」後の、混迷の時代に生まれた習慣だ。多くの疑似勇者の入り乱れる戦場で、お互いの能力が邪魔にならないよう、自らの属性や攻撃手段を簡潔に説明することが必要だった。その習慣が、今では礼儀作法として残っている。

 

 ルクシーヌは初めてトラプター・ワディフェンの姿を見た。

 二十歳くらいの青年だ。整った顔だが、伏し目がちで、どこか気弱そうに見えた。

 ゆったりしたローブに包まれた姿は、魔法使いというより学者に近かった。目にかけた丸メガネもその印象を強める。髪は整えられているが、相当のクセっ毛のようで、どことなく鳥の巣を彷彿とさせる。

 背はやや高め、170センチ後半と言ったところだ。背は高めだが、重心はしっかりしている。頼りない印象のわりに、体幹を鍛えられていると、ルクシーヌは気づいた。


 縁談の選定にあたり、まず第一に考えたのが戦闘傾向の相性だった。

 ルクシーヌは光属性・近接特化・撃滅型だ。「撃滅型」は各個撃破に秀でた者に与えられる型名だ。

 一方、トラプター・ワディフェンは全属性・罠設置魔法・駆逐型だ。「駆逐型」はサポートに秀でた辺境貴族に与えられる型名だ。

 前衛アタッカーと後方支援役。うまく役割分担できそうだった。年齢その他の条件も、父から与えられた縁談の中ではもっともよかった。

 

 ルクシーヌがじっくりとトラプターを観察していると、彼の方はこちらをどこか訝しげに見ていることに気づいた。

 

「どうかしましたか? なにかおかしなところでもありましたでしょうか?」

「近接特化の撃滅型と聞いていたので、もっとたくましい人をイメージしていました。それが、とても可憐で、お美しくて……いえ、女性をじろじろ見るなど不作法でした! すみません!」


 言ってペコリと頭を下げた。トラプター伯は素直な性格のようだった。

 そのこと自体は、ルクシーヌにとって好ましいことだった。しかし、その内容が問題だった。

 

 縁談とは言っても、彼女は自らを戦力として売り込みに来たのだ。外見を褒められることに意味はない。いやむしろ、外見の印象で評価を下げられるのは避けたいことだった。

 

「ご不安に思うのも当然です。ですので、実力をお見せしたいと思います。訓練用ゴーレムをご用意いただけないでしょうか?」

「え、ええっ……!? でも、遠路はるばるお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みになって、明日にでも……」

「心配はご無用です! 光属性・近接特化・撃滅型令嬢としての力、少々の旅ごときで色あせないこと、しかとお見せいたします!」


 半ば強引に押し切る形で、訓練をすることとなった。

 そうして連れ立ってやってきたのは、広大な広場だった。

 辺境貴族の力は強大すぎて、屋内で本格的な訓練はできない。辺境貴族なら誰でもこうした土地を持っている。

 

「訓練用のゴーレムは、あちらにご用意しました」


 トラプターが指さした先には、3体の訓練用のゴーレムがいた。呪符一枚を地面に張り付けるだけで、土から身体を構築する安価なアースゴーレムだ。大きさは3メートルほどある。手も足も太く、一般の人間ならその質量だけで圧倒されることだろう。


「それでは、始めましょうか」

「あちらに休憩室があります。着替えはあちらで……」


 トラプターの示した先、広場の隅には小さな小屋があった。

 縁談の初の顔合わせと言うことで、ルクシーヌは清楚なドレスをまとっていた。魔法使いならまだしも、近接戦闘に向いた服装とは言えないものだった。


「お気遣いありがとうございます。ですが、着替えは不要です」


 ルクシーヌはドレスについた飾り紐を引いた。すると、彼女のドレスはそこから開いていき、足元に落ちた。

 トラプターは突然の出来事に驚き、口元をおさえて見守った。

 

 落ちたドレスを、彼女についてきたメイドたちが慣れた手つきで手早くかたづけていく。

 ドレスの下から現れたのは、黒のボディースーツだった。身体のほとんどを覆っており、露出しているのは肩から上ぐらいだ。


 ボディースーツは彼女の身体にぴったりなもので、彼女の控えめで慎ましい胸や、引き締まったウエストなど、身体のラインがあらわになる。しかしそこに色気はなく、実用重視の無骨さがあった。戦士と言うよりアサシンの装束に近かった。


 ルクシーヌは高い防御力を持つ光属性のオーラを纏って戦う。下手な防具をつけるより、動きやすさを重視した装備だった。


 手にした飾り紐で、肩まで伸びた髪を後ろにひとまとめにすると、それだけで彼女の戦闘準備は整った。

 武器はない。彼女の光のオーラに耐えられる武器はほとんど存在しないため、基本的に素手で戦う。


 辺境貴族は領民のために戦う貴族であり、常在戦場の心構えが当たり前だ。いつでも戦闘に臨む覚悟を、彼女もまた有していた。


「これで、問題ありません」


 ルクシーヌの得意気な言葉に、トラプターはハッと我に返った。

 

「と、年頃のご令嬢が、人前でドレスを脱ぐのは……か、感心しません!」


 そう言って、顔をそむけた。その頬は赤く染まっていた。

 ルクシーヌはその言葉に、ちょっと考えた。言われてみれば、この早着替えを披露するのは、家族や実家の使用人を除けば、初めてだったような気がする。


「お見苦しいものをお見せしました。今後は気をつけます」

「……み、見苦しくはなかったです……」


 トラプターはなにやらぼそぼそつぶやいているようだが、よく聞こえなかった。

 ちょっと失敗してしまった。その失敗は、やはり力を見せることで挽回すべきだろう。

 ルクシーヌは考えを切り替えた。


「では、始めます」


 ルクシーヌは光属性のオーラを纏うと、3体のゴーレムへ向かい、一気に駆けた。

 

 3体のうち、左のゴーレムに向け、左の拳を放った。光のオーラをまとった彼女の拳は、それだけで絶大な破壊力を発揮する。ただの一撃で、ゴーレムは胴体の大半を失って崩れ落ちた。

 そしてその右、中央のゴーレムに踏み込み、下から突き上げるように右の拳を放つ。ゴーレムの上半身が吹き飛び崩れ落ちた。

 崩れるゴーレムを飛び越え、残る一体に飛び蹴りを決める。蹴りの威力はすさまじく、ゴーレムの頭と胴体が消し飛び、残った四肢が地面を転がり、砕けた。

 3体のゴーレムは、それぞれ攻撃を試みていたが、何をする間もなく粉砕された。


 なかなかいい調子だった。

 ルクシーヌはトラプターのもとに駆け戻ると、ニッコリ笑って問いかけた。

 

「ワディフェン伯、どうでしたか!?」

「は、はい。素晴らしかったです。可憐でした」

「……恐縮です」


 可憐、という言葉が引っ掛かった。

 ルクシーヌは「強い」とか「凄い」とか、そういう言葉が欲しかった。

 やはり訓練用ゴーレムを破壊した程度では、自分の力をわかってもらえなかったのではないか。そんな風に考えた。

 

「そうだ! ワディフェン伯、わたしと手合わせしてもらえませんか?」

「て、手合わせですか……!?」


 辺境貴族同士の戦闘は禁じられている。彼らは人類世界を守る防壁だ。それが内輪もめで戦力を減らすことなどあってはならないことだった。そうは言っても、訓練の試合まで禁じられてはいない。

 それでも、手合わせの機会は少なかった。

 

 「魔王大蹂躙」の後、魔物は質より量で攻めてくるようになった。そこで要求されるのは、いかに多数の敵を倒せるかだ。個人間の戦闘の技量は、あまり重視されないようになってきていた。


「訓練用ゴーレムでは、わたしも実力を発揮しきれませんでした。ぜひとも、ワディフェン伯には、わたしの力を知っていただきたいのです」

「え、でも……そんな……」

「わたしも、ワディフェン伯がどのくらい強いのか、見てみたいのです!」


 そう言って、じっと見つめた。ルクシーヌの方が背が低いので、自然と上目遣いとなる。

 トラプター・ワディフェンはしばらく目をさまよわせていたが、やがてじっと見つめるルクシーヌの視線に負けたようだった。

 

「いいでしょう。僕の力をお見せします」

「ありがとうございます! あ、でも、ワディフェン伯は罠魔法の使い手ですよね? 仕掛けが整うまで、どこかでお待ちしていた方がいいでしょうか?」


 その言葉に、トラプター・ワディフェンは薄く笑った。

 

「必要ありません。ここは我が屋敷の訓練場です。ここには無数の罠魔法が、既にしかけてあります」


 無意識のうちにルクシーヌは身構えた。

 一瞬で雰囲気が変わった。彼女の戦士としての感覚が、ここが敵地となったことを感じ取ったのだった。


2023/5/29、2023/6/5、2024/7/2 誤字を修正しました。ご指摘ありがとうございました!

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