即席のパーティー
約束の時間、指定された席に向かうと先客がいた。
「貴様は昨日の……」
聞き覚えのある声に思わず固まる。
そこにいたのは、昨日、私の不注意でぶつかった金髪のハイエルフだった。
長く尖った耳が神経質そうにひくついた。
「あ、どうも……。募集を見て応募しました。駆け出し冒険者の湯浅と申します」
さっと昨日の出来事を流し、自己紹介を強引に済ませる。
睨むハイエルフの鋭い目から視線を逸らし、無理やり気味ではあったが彼の名前を聞き出す事にした。
「あなたが募集をかけていたエルドラさんで間違い無いですか?」
カローラから、エルドラというハイエルフについて話は聞いていた。
なんでも、異世界マナテリアに存在する国で、役人のような事をしていたらしいが、仕事を辞めて日本に来たらしい。
インフラの質が高い日本は、異世界でも観光地や永住先として人気が高いのだとか。
魔法の腕は確かで、いくつかの魔法に関する特許を持っているらしい。
凄腕の魔法使いの技術を見るだけでも価値はあると、カローラは熱く語っていた。
魔法はネットで見た事があるが、使うには何やら小難しい理論や下準備が必要になるという長い説明に挫けて早々に視聴を諦めた記憶がある。
「ああ。貴様、魔法は使うか?」
「いいえ。まだ使った事もないです」
エルドラの質問に答えたら、会話が途切れてしまった。
分厚い本を開いて読書を始めた彼を妨害する気力もなく、その隣に腰掛けて周囲をキョロキョロと眺める。
他にも、あと二人ほどパーティーに加わる予定だと聞いていたが、誰だろうか。
こちらに向かってくる一組の男女を見つけ、軽く会釈をする。
私の振る舞いを見ていたエルドラも、金色の鋭い瞳を彼らに向けた。
「ども〜こにゃちわ〜、銀級のサニーで〜す!」
朗らかな笑みと底抜けに明るい声の金髪美女が、見事なプロポーションを誇る体を隠す事なく、いやむしろ見せつけるようなビキニアーマーを着用していた。
まさしく、それは視界の暴力。
それと、脇毛の処理をしていないという価値観の違いに驚愕を隠せない。
金髪の美女、サニーの周囲を飛び回るのは、冒険者にとって必須とも言える配信魔道具『配信フェアリー』だ。
頭部に録画機能、背中に無線の羽を生やした珍妙な生き物であり、最高の画角を求めて常に研鑽を絶やさないという。
ちなみに、配信フェアリーに実体はないので触れない。
冒険者には階級という制度がある。
経歴や実力、人柄なども含めたギルドからの評価で、そのまま認知度や有名にも繋がる。
最も高いのが神鉄級で、黄金、緋緋色金、魔鉄、白金、銀、金、鉄、屑と並んでいく。
異世界マナテリアにおける武器や防具に使用される鉱石の希少性に基づいて階級が与えられる。
また、身につける装備品もそれ相応の価格になるらしい。
「初めまして。叡智神を信仰する白金級の神官のブレイズと申します」
中性的な顔立ちをしていたが、青年の声を発する美人が淡々と自己紹介をする。
三つ編みの緑髪には、色とりどりの花が咲き乱れていた。
白の法衣に銀の錫杖、司祭冠を被っている姿はどこか神聖さがある気がする。
どうやら、このパーティーで最も背が低いのは私で間違いないらしい。
一番背が高いのはエルドラ、次にサニー、そしてブレイズの順なのだろう。
それまで沈黙を守っていたエルドラが口を開いた。
「貴様ら、種族と性別を宣言しろ」
その場にいる全員の視線が私に向かう。
注目されるプレッシャーに汗を流しながら、私は答えた。
「人間です……女の、人間です……階級は屑級で、駆け出しの湯浅奏と申しますです、はい……」
サニーは目を丸くし、エルドラは口を固く結ぶ。
ブレイズは特に興味なさそうだった。
「あら、あなた女の子なのね。男性用の装備を身につけていたから、てっきり地球で流行りの『男の娘』だと思ってたわ〜。あたしはアポロスっていう種族の女。拳闘士なの、よろしくねカナデ!」
サニーは大きな手で私の手首を掴むと、上下にぶんぶんと振った。
とにかく彼女は力が強く、声と背丈がでかい。
早くも筋を痛めたような気がする。
「僕の種族はユグドラス。無性である僕にとって性別というのはさほど意味を持ちません。余計な気遣いは無用です」
ほえ、異世界マナテリアには種族によって性別があったりなかったりするとは聞いていたけど、本当にそうなんだ。
「最後に俺か。俺はエルドラ・フォン……いや、エルドラでいい。階級は金級、男のハイエルフだ」
エルドラの身につけるローブの釦には、確かに金細工が使われていた。
側に置く魔導書も金の留め具が照明の光を反射している。
他のメンバーも、階級に相応しい素材を武器や防具に使っていた。
どうやら、この中で経歴が浅いのも私で間違いないらしい。
とにかくサニーと私は女で、ブレイズは無性。エルドラは男性。
男女比はどちらかといえば女に傾いている。
これならそこまで気合いする必要もなさそうだ。
ほっと胸を撫で下ろす私を他所に、三人はテーブルを囲うとすぐさま会議を始めた。
「前衛がそこの女二人組で間違いないか?」
前衛。
付け焼き刃の知識ではあるが、パーティーにおいて真っ先に魔物に斬り込む危険な立ち位置である事ぐらいは把握している。
エルドラの問いかけにサニーは臆する事なく答えた。
「ええ、アポロスのあたしなら日に一度だけではあるけれど陽光神の加護をこの地に権限させる事ができるわ。それに、生命力には自信があるの。呪術的な毒でもなければ死なないわ」
銀の籠手を嵌めたサニーは白い歯を覗かせる。
余分な肉など一切なく、皮膚を隆起させる筋肉の凹凸が動きに合わせて躍動した。
絶対的な自信からくる宣言と、エルドラの疑う眼差しを跳ね除けるかのように胸を張る姿は圧巻だった。
「それで、そこの人間は?」
「え、あ、私? あ、はい、その……人間は平均的なステータスなので、魔法にも物理にも、そこそこの耐性があります……?」
エルドラの眼差しが鋭さを増す。
我ながら、どうして疑問形で説明してしまったのだろうかと後悔するしかなかった。
サニーのように断言すれば、少しは信頼されたかもしれないのに。
「何故この俺に聞くんだ。貴様の事を俺が知るわけがないだろう」
「あ、は、はい……その通りです……」
「目を逸らすな。何かやましい事でも隠しているのか?」
余計に目を合わせられなくなった私は、俯いた姿勢から動けない。
不確定な情報に、未経験の新人。
連れ歩くには不安要素が多い。
エルドラが追求するのも無理はない。
パーティーでは、連帯行動や協調が求められるからだ。
少なくとも、掲示板の元冒険者はそう語っていた。
「まあまあ、未経験の新人にキツく当たっても良い事ないでしょ? いざとなればあたしがカバーするし、怪我をしても神官のブレイズが治療すればなんとかなるっしょ」
サニーがあっけからんとした笑い声をあげながら、場を仲裁した。
続けて、「あたしの見せ場が増えると助かるしぃ?」と身も蓋もない発言を配信フェアリーに向けて語る。
「後進を育てる事も、また叡智神の信徒である僕の務めでもあります。周囲が経験者だからといって気後れする必要はありませんよ、カナデ」
「ひゃい……」
ブレイズに肩をポンと叩かれる。
自然な名前呼びにボディーランゲージ、これが異世界のコミュニケーションというやつか。
サニーとブレイズのフォローを聞いたエルドラは冷めた目でため息を吐いた。
「まあ、いい。使えなければ、次の探索に連れて行かなければいいだけだ」
私の耳元にサニーがぼそっと呟いた。
「魔術師は完璧主義者で気難しい連中が多いの。初めから失敗しない冒険者なんていないわ。あたしが近くにいるから、無理だけはしないでね」
小さく頷くと、サニーは安心したように微笑んだ。
初めてのパーティーではあるが、雰囲気は想像していたよりも悪くはなさそうだ。