スキルの芽生え
異変に気がついたのはすぐだった。
グロリッサとの訓練の最中、打ち込んでみろと促されて剣を振るった。
その瞬間に、何かを感じた。
それは、例えるなら、確信。
何かが起こったという直感。
イメージでいうなら、ダイスが転がる音。
その感覚が告げる。
《この一撃は失敗する》
初めは何が起きているのかよく分からなかった。
だが、二回、三回と剣を打ち込んでいく中で、意識が研ぎ澄まされていくのを感じた。
《失敗》
《失敗》
《失敗》
同じ失敗でも、理由が分かる。
相手の技巧の高さ故に受け流された一撃、自分の未熟さ故に逃した一撃、それが理解できる。
こんな感覚は生まれて初めてだった。
《失敗》
剣を振るう度に、意識が磨かれる。
ピースを嵌めていくように、自分の中にある何かが完成していく。
それは恐ろしくもあり、同時に欠けていた何かが満たされていくようでもあった。
そして、ついに完成した感覚があった。
自分の中に未知の力があるのを感じた。
剣を通じて流れ込んできた、得体の知れない何か。
不思議と受け入れる事に抵抗はなかった。
大剣と構えるグロリッサ。
その体に筋肉が詰まっていることを感じる。
生命力と経験が彼女を構成しているのを、理解する。
────ああ、これがスキルか────
理屈は不明だが、スキルは覚えたその瞬間から効果を理解するらしい。
私が感じるこの確信も、恐らくはスキルだろう。
万能感はなく、無敵だと陶酔する余裕も生み出さない。
ただ、気を引き締める警戒心があった。
グロリッサは全力を出しても圧倒できる相手ではないという本能から来る予感。
殺し合いではない事も、スキルを通じて理解する。
グロリッサが剣を振るう。
縦に振るう一撃。
脳天に当たれば、間違いなく死ぬ攻撃。
《成功》
世界がスローモーションのように遅くなった。
ゆっくりと剣を振るうグロリッサは、涼しい顔で強烈な一撃を繰り出している。
盾の面で大剣の腹を殴りつけるようにぶつけ、握りしめた短剣を横に振るう。
剣は浅く防具を掠めるだけに終わった。
反撃と呼ぶのも烏滸がましい。
それでも、成功したという確信がスキルを通じて感じた。
「う〜ん、このスキル、使い勝手が悪いなあ」
訓練を通じて学んだことがある。
私に芽生えたこのスキルは、言葉にするのはかなり難しい。
状況を劇的に変えるものではないし、何かを操作できるような代物ではない。
あくまで参考に留めておいて、別のスキルを覚えない限りは戦闘を避けるべきだ。
特に格上の相手ではまず勝てない。
グロリッサの一撃を受け流せたのも、運が深く絡んでいる。
「ユアサ様、スキルを使ったのですか?」
受付嬢カローラの問いかけに、思考に耽っていた私はハッと我に帰り、血の気が失せる。
訓練でスキルを使うのは非常識だったのだろうか。
少なくとも、先に承諾を得てから使うべきだった。
「ご、ごめんなさい。先に許可を取るべきでした」
頭を下げる私にグロリッサはあっけからんとした声で告げた。
「厳密なルールに則る決闘ならば御法度ものだが、訓練の場である限りは問題ない。スキルの効果は使わない限り覚えないものだからな。それに、素人の剣で死ぬような柔な体ではオークは務まらん」
鋭い歯を覗かせながらグロリッサはニヤリと笑う。
「それよりも、先ほどの一撃は悪くなかった。鍛錬を続ければ、魔物も殺せるようになる」
「あ、ありがとうございます……」
思わず『たまたま運が良かっただけ』と反論しかけた喉を締めて、感謝の言葉を搾り出す。
学生時代、過度に謙遜して自虐した事でトラブルになったトラウマが脳裏を過ぎった。
その時に浴びせられた暴言が蘇る。
『八方美人』『ごますり』『ぶりっ子』
クラス中から向けられた冷たい視線と無言の圧力。
「ユアサ様?」
カローラに呼びかけられて、私はぼーっとしていた事に気がつく。
人との会話の途中で集中力を切らしてしまっていた。
慌てて謝罪する私にカローラは苦笑いを浮かべ、スキルの効果について質問してきた。
「スキルを使った感じはどうでしたか?」
「それが、なんとなく事前に聞いていたスキルとなんだか使い勝手が違う気がしまして……」
スキルの効果と感覚を言葉にして伝えてみる。
カローラとグロリッサは揃って釈然としない様子だった。
「ふむ、そんなスキルは聞いたことがないな。攻撃でも探索でも、ましてや生産系でもないとは」
「私も存じ上げません。冒険者ギルドの資料にあるかもしれませんが、調べるのに少し時間がかかります」
私より経験の長い二人がそう言うなら、かなり珍しいスキルなのだろう。
珍しさの割には強さをまったく感じないのが難点だが。
「ユアサ様、今日は休むべきだと思います。色々あって疲れたでしょう。最低限の施設しかありませんが、冒険者ギルドの上階は冒険者用のビジネスホテルも兼ねています。ダンジョンは明日にするのはどうでしょうか」
「たしかに、久々に体を動かした疲れが……」
指摘されると、体が途端に重くなる。
きっと緊張で強張っていたから自覚するのが遅くなったのだろう。
「疲労した体でダンジョンに行くのは悪手だ。ましてやまだ仲間すら見つけていないのだろう?」
「グロリッサさんの言うとおりですね。えっと、たしかパーティー募集があったような……」
朧げな記憶を辿って、冒険者ギルドのホールにあった掲示板の内容を思い出す。
依頼の掲示の他、仲間を募集する張り紙があったような気がする。
「ええ。パーティーの都合がつかなかった中堅が、臨時の稼ぎを得るためにメンバーを募集している事があります。いくつか候補を見繕って、明日にご紹介しましょうか?」
「そこまでお願いしても大丈夫なんですか、カローラさん」
「これも仕事の内なのでお構いなく」
ニッコリと微笑むカローラ。
なんだか利用している気がして申し訳ないが、他に頼れるアテもないのは事実。
恥を忍んでお願いする事にした。
「では、お願いします」
何から何まで頼りっきりで申し訳ないな、と罪悪感を覚えたが、疲れた体では何かをする気力もなかった。
カローラの言葉に甘え、その日は切り上げて休む事にした。