モフモフ好きの令嬢がモフモフをモフモフしてただけなのに、いつの間にか王妃になってしまった話
カリナ・メドヴレア伯爵令嬢は、モフモフに目がない。
モフモフを見れば無意識に近寄りモフモフしてしまう。モフモフがモフモフである程モフモフしたくて堪らなくなり、モフモフのモフモフを無限にモフモフモフモフしてしまう。
そんなカリナには、この頃とある楽しみがあった。
カリナがよく散歩をする王宮近くの公園に、とびきりのモフモフがやってくるようになったのだ。お陰でカリナは毎日のように公園に出向くようになり、日傘を差してモフモフを探し彷徨うカリナの姿はこの公園のちょっとした名物であった。
「あ! モフモフ様。今日もモフモフさせて下さいますか?」
カリナが目当てのモフモフを見つけて駆け寄ると、陽の光に照らされた白銀のモフモフ毛並みを存分に晒した白キツネが、苦しうないとでも言いたげにモフモフの体を芝生の上に投げ出してカリナを受け入れる態勢をとった。
「感謝します、モフモフ様。では、失礼いたしますわ」
丁寧にお辞儀をしたカリナは、早速モフモフへと手を伸ばす。
一つ手を滑らせるだけで、サラサラとフワフワが詰まったモフモフが、カリナに至福の喜びを齎した。
「モフモフ様、本日も最高のモフモフ具合でございます! 存分にモフモフさせて頂きます」
「きゅう」
モフモフ様こと白キツネが見た目に反する可愛らしい声で返事をすると、カリナは両手でモフモフの毛並にそってモフモフした。眉間から額、顎の下、耳の裏、グッと背骨に沿って尻尾の先まで。キツネもカリナのモフモフが気持ち良いようで、肉球の爪先を伸ばして目を細める。
鼻先からふしゅーっと息を吐き出すその満足そうな様子に、カリナは身悶えた。モフモフモフモフを繰り返し、強弱を付けて指先と掌全体を使ってモフモフすると、キツネは伸びをしてクリンとひっくり返る。
この時にモフモフする腹の毛が、また極上なのだ。背中のサラモフとは違い、フワモフとして温かく柔らかく、何とも言えないモフモフ感。また、心地好さに腹を見せてくれた時にしか触れられないレア感と相まり、カリナはあまりの幸福に思わず涙目になる。が、モフモフを止めるわけにはいかない。折角気持ち良くなってくれているのだから、存分にモフモフしなければ。
そうしてあの手この手でキツネをモフモフし続けるカリナ。
最早この公園の日常風景とさえなったその光景。カリナは今日もこうして幸せを噛み締めていた。
神獣伝説のあるこの国には、貴族も平民も関係なく犬や猫といったモフモフをペットとして大事に飼う家が多く、カリナの家も例外ではなかった。
カリナは生まれた時から愛犬のマクスミルランベリーと愛猫のフランチェスカテリオットと共に育った。しかし、カリナにとって何よりも大切だった二匹はカリナのアカデミー卒業を待つことなく天寿を全うしてしまった。
立て続けに家族を失った当時のカリナの悲しみは凄まじく、悲痛と悲嘆に暮れた彼女を見た両親は、新しいモフモフを迎え入れようとした。しかし、もう二度とこんな悲しみを味わいたくはないと、カリナは両親の提案を断った。
以来、メドヴレア伯爵家にモフモフが迎えられることはなかった。それでいいのだとカリナは自分に言い聞かせた。マクスミルランベリーとフランチェスカテリオットとの思い出だけを胸に、一生モフモフは飼わない。そう決心した彼女は、徐々に病を患うようになる。
モフモフをモフモフしなければ、眠れない。一日に一モフモフもしなければ、体調を崩す。常にモフモフのことが頭から離れなくなり、モフモフを求めてしまう。所謂モフモフロス症候群だった。
失う悲しみを恐れて、モフモフを家族に迎えることはできない。けれど、生まれてからずっとモフモフをモフモフしてきたカリナは、モフモフをモフモフしたくて生活に支障をきたす始末。
仕方なくカリナは、モフモフがいそうな場所に出向いては他所のモフモフをモフモフさせてもらっていた。その過程で辿り着いたこの公園は、野生のモフモフや、散歩中のモフモフが沢山いる楽園。
足繁く通うようになったカリナがある日出会ったのが、この白キツネだった。
どこから来るのかは分からない。しかし、極上のモフモフを持ちながらも気位の高そうなこの白キツネに一目惚れしたカリナは、キツネが触れるのを許してくれるまで実に三ヶ月を費やし、貢ぎ物をしたり拝んだり頼み込んだりしてキツネを懐柔した。
結果として毎日のようにモフモフさせてもらえるようになった今、カリナには一人の顔見知りができた。
「……またここにいらっしゃったのか。本当に飽きないな」
「あら、騎士様。ご機嫌よう」
やって来たのは、腰に剣を佩いた眉目秀麗な青年だった。モフモフの後にモフモフ様のモフモフ毛のブラッシングに勤しんでいたカリナは、こんもりと積み上がったモフモフの毛を丸めながら、キツネを通じて顔見知りとなった青年へと挨拶をした。
「ご令嬢。いつも面倒を掛けてすまないな。感謝する」
「いいえ、こちらこそですわ。こんなに素敵なモフモフをモフモフさせて頂けて、本当に感謝しております」
「令嬢以外には触れさせようとしないので、こちらとしては大変助かっているのだが。毎日だと辛くはないか?」
「とんでもありません! 許されるなら一日に三回はモフモフさせて頂きたいくらいです!」
「……そうか」
この青年は、どうやらこのモフモフキツネの保護者らしいのだが、彼がキツネの主人というよりは、キツネが彼の主人というような印象が強かった。キツネに対して一歩引いたような態度を取っていたり、散歩をさせているのではなくキツネの行く場所を探して迎えに来ることが多いのだ。
どちらにしろ、彼がキツネと一緒に暮らしているらしいのは確かだ。しかし、彼は自分やキツネのことを話したがらない。なのでカリナは深くは聞かず、だからこそ彼が騎士であるかどうかも定かではない中、何となく『騎士様』と呼ぶようになっていた。
集めた毛をいつも通り青年に渡していると、モフモフ様こと白キツネは、まだ足りなさそうにカリナを見た。カリナは心得たとばかりに、モフモフ様のモフモフを再開させる。
この時間、手持ち無沙汰な青年と、手を動かすのに忙しいカリナは、ポツリポツリと会話をすることが多かった。青年は自分のことをあまり話さないので、基本的にはカリナが自らのことを話す。そのため、青年はカリナがモフモフに固執する過去の事情をよく知っていた。
だからなのか。カリナが青年から、キツネのモフモフを止められたことは一度たりともなかった。
今日も普段通り、途切れがちな会話をしていると。青年が言いづらそうにカリナへ問い掛けた。
「……メドヴレア伯爵令嬢、君は、その……。婚約者と上手くいっていないと聞いたのだが」
「まあ、騎士様の元にまでその話が?」
うんざりしたカリナは、気まずそうな青年へと笑みを向けた。
「そのご様子でしたら、彼の浮気相手のこともお聞きになったのでしょう?どうぞお気になさらないで。私自身が気にしておりませんので」
「しかし……」
戸惑う青年へ、キツネをモフモフする手は一切止めないままカリナが続ける。キツネは至福の表情できゃぅーと鳴いていた。
「いいのです。愛しているわけでもないですし、他の女を愛そうと、私を見下そうと。互いの役割さえ果たせるのであれば、結婚に異論はありませんわ。ただ、私はどうしてもあのお方と相容れない部分があり、それ故にこの結婚に対して嫌悪を抱いているのです」
「それは……いったいどういった?」
青年に問われたカリナは、普段は可憐な唇を震わせて憎悪を露わにした。
「あの人は、モフモフを毛嫌いしているのです!」
「……なに?」
「私はこの世にモフモフを嫌う人間などいるわけがないと思っておりましたわ! なのに、私の婚約者がそうだったのです。あの人は、モフモフのことをたかが獣と馬鹿にして、何の価値もないと吐き捨て、同じ生き物としての尊厳すら踏み躙っていらっしゃるのですわ。そんなに好きなら全部毛皮にでもすればいいじゃないか、そうすれば少しは金になると言い出した時には、刺し殺してやろうかと思いました。本当に信じられません」
怒るカリナを、青年は呆気に取られて見ていた。
「まさか……本当にそんな人間がいるのか?」
「騎士様もそう思われますでしょう!?」
食い気味のカリナの絶叫に、若干引きつつも。青年は、強く頷いた。
「神獣の恩恵を頂くこの王国の国民にそんな奴がいるとは。実に嘆かわしいことだ」
「そうなのです!その部分さえクリアしていたのなら、どんな殿方だろうと父の決めた縁談に従うつもりでしたわ。ですが、人間としての最低限の思想すら持たない愚かな人を夫にするだなんて、考えただけで吐き気が致しますわ」
プンプンと怒るカリナの声音とは裏腹に、キツネをモフモフするカリナの手はこの上なく優しく、すっかり満足したキツネは舌をちょびっとだけ出して眠っていた。ひっくり返って眠ったことで、上がった口角がまるで微笑んでいるかのようだった。その姿のあまりの愛らしさに、カリナが息を呑む。
「騎士様! ご覧になって、モフモフ様のこの可愛らしい姿! この世の何よりも愛らしいと思いませんこと!?」
「ああ。そうだな……確かに。この世の何よりも愛らしいと思う」
青年はカリナを見つめながらそう答えたのだが、モフモフキツネのヘソ天舌出し寝姿に悶絶するカリナが青年の視線に気付くことはなかった。
若き国王陛下の誕生日を祝う夜、カリナは、新調したドレスに身を包み婚約者を待っていた。
王室主催の夜会には、カリナの両親も参加する。しかし、婚約者のいるカリナは当然婚約者のエスコートで夜会会場に行く予定だった。事前に相手の伯爵家からは迎えに来ると言う旨の手紙が来ていたが、婚約者本人からは何もなく。夜会の時間が差し迫っている中、カリナは一向に来る気配のない婚約者をずっと待ち続けていた。
「これ以上待てば遅れてしまうわ」
「仕方ない。私達と一緒に行こう」
結局、いくら待っても来ない婚約者に焦れた両親と共に会場入りすることになり、両親の馬車に乗り込んだカリナ。
馬車の中では父が苛立ち、母は不安げで、カリナは呆れ返っていた。
他の女に骨抜きになっているどころか、夜会のエスコートにすら来ない。カリナは心の底から婚約者に愛想が尽きた。何一つ良いところがない男。どうせ噂相手と同伴しているのだろうと、カリナは想像して溜息を吐いた。
会場に着くと、案の定馬鹿な婚約者は浮気相手の子爵令嬢と共に公衆の面前でイチャコラとしていた。カリナの父の額に青筋が浮かんだが、カリナは気にせず会場を闊歩した。相手にするだけ無駄だと思ったのだ。
しかし、相手はそうではなかったらしい。
「カリナ・メドヴレア! お前に文句を言う権利があると思っているのか!?」
何も言わずにスルーしようとしたカリナへ、婚約者の方から難癖を付けてきたのだ。
「まったく、獣を相手にしてばかりの役立たずのくせに婚約者としての特権ばかり望むとは、何とも図々しい! この際だからハッキリ言おう! お前のような色気のない女は願い下げだ!」
こっちの台詞だわ、と思いつつ、カリナはグッと堪えた。馬鹿な婚約者の馬鹿騒ぎのせいで、すっかり注目の的になっていた。騒ぎが大きくなっている中で自分まで感情に任せ叫べば、騒動を悪化させてしまう。
「左様でございますか。分かりましたので、このような場で喚かないで下さいませ。もう学生でもないのですよ? みっともない」
扇子で口元を隠し、小声で言うと。カリナの婚約者は激昂した。
「な、なんだその態度はっ! 生意気だ! もう我慢ならん! お前とは婚約を破棄して俺はサーラと結婚する!」
婚約者の腕に纏わり付いていた子爵令嬢が、勝ち誇ったようにカリナを見下す。相手にする気もないカリナは、この男と婚約を破棄できるならもう何だって良かった。隣を見れば、カリナの父が目を血走らせながらもカリナに向かって頷いていた。
このような人目のある場所で一方的にカリナを侮辱し、婚約破棄を突き付けるのは嫌がらせ以外の何物でもない。噂は広がり、もしかしたら、この先カリナには真面な縁談が来ないかもしれない。
しかし、これで漸く最低な婚約者から解放されると安堵さえしたカリナは、婚約者だった男へ向けてハッキリと宣言した。
「では私達の婚約はなかったということで。どうぞお元気で」
そのまま背を向けてこの場を去ろうとしたところで。カリナの後方から、声が掛けられた。
「だったら私がカリナ嬢へ求婚させて頂こう」
騒がしい夜会の場であってもよく通るその声に、カリナが振り返ると。そこに居たのは、見覚えのある青年だった。
「騎士様……?」
これまでカリナが公園で会ってきたあの青年が、豪奢な衣装を纏って立っていた。思わず呟いたカリナを優しく見つめる彼は、この会場の誰よりも高貴なオーラを放っている。
「誰だお前は! こんな女に求婚など、気でも触れているのか!?」
そして何故か喚き出した、カリナとは他人になったはずの元婚約者。どこまでも愚かな元婚約者に頭を抱えながら、カリナは青年が身につけている衣装や、護衛のように周りを取り囲む近衛騎士達に目を留めた。
そして彼の髪や瞳の色から全てを察したカリナは、膝を折って淑女の礼を青年へと向けた。
「王国の太陽、国王陛下へご挨拶申し上げます」
「こ、国王陛下!?」
ひえ、っと尻餅をついた元婚約者のことは無視をして、青年こと国王アグスティンはカリナの元へと歩み寄った。
「カリナ嬢。そのうち打ち明けようと思っていたのだが、このような形になりすまない」
前王の急逝に伴い、若くして新たな国王となったばかりの彼は、まだ妃を娶っていなかった。故に、この夜会は国王の妃、つまり王妃選びを兼ねた夜会でもあった。その中で国王が自ら歩み寄り、求婚すると言ったのはカリナだけ。
会場中の視線を浴びながら、カリナは困惑していた。
「驚かせてしまい悪かった。だが、私は本気だ。どうか私の求婚を受け入れてくれないだろうか」
「えっと……あの、どうして私なのです?」
驚きつつもカリナが問うと、国王の後方が何やら騒がしくなる。二人が目をやると、人々の間を縫うように優雅な足取りで、例のモフモフ白キツネがこちらへやって来た。カリナの前に腰を下ろしたキツネを見て、国王は改めて口を開く。
「君が毎日モフモフしているこのモフモフは、実はこの国の神獣なのだ」
国王の言葉に、周囲は驚きと感動の声を上げて神獣であるというキツネを拝んだ。
「じゃあ、まさか私は知らずに毎日神獣様をモフモフしていたのですか!?」
「そうだ。そして、それだけではない。これを受け取ってくれ」
国王の合図により運ばれて来たのは、重そうな銀の山だった。これだけあれば、一夜にして巨万の富を得られる。国王であっても、ぽんと差し出すにしてはあまりにも多い量だった。
「へ、陛下……? これは」
「君が毎日集めてくれた、神獣の毛だ。聖力の塊である神獣の毛は、抜け落ちて暫く経つと銀に変わる。流出を防ぐために持ち帰っていたが、これは君のものだ」
あまりのことに固まるカリナの横から、お馬鹿な男が声を上げる。
「ちょっと待ってくれ! それをその女が貰うのか? カリナ! やっぱり婚約破棄は考え直そう!」
金の匂いがした途端、浮気相手を放り投げてカリナの元へ来た元婚約者に、カリナは殺意すら覚えた。しかし、カリナが口を開く前に、国王がカリナの前に出る。
「そなた、私が今カリナ嬢へ求婚したのを分かっていて、割り込んで来たのか?」
カリナに向けるとのは違う、冷たく鋭い視線を国王から向けられて、馬鹿な男はひぃっと醜い悲鳴を上げた。
「王室主催の夜会の場で婚約破棄を宣言し令嬢に恥をかかせておいて、今度は国王である私の求婚に割り込むとは。ここは貴様のような痴れ者がいていい場所ではない。連れて行け」
近衛騎士に拘束されて泣き喚く元婚約者をカリナが白けた目で見送っていると、顔面を蒼白にした元婚約者の両親を見つけた。国王の面前でここまでの醜態を晒したのだ。元婚約者も、その家門ももう社交界でやっていけないだろう。国王陛下に対する態度を考えれば、あの男は死罪も充分考えられる。長年横柄な婚約者とその一族に苦しめられてきたカリナは、胸が空くような気分だった。
「して、カリナ嬢。話を戻すが、神獣が君をとても気に入っていてな。普段は私ですら触れるのを嫌がる神獣が、君の前だとこの体たらくだ。神獣の寵愛を受ける君こそ、王妃に相応しい」
国王の言葉通り、モフモフ白キツネはモフモフを要求するかのようにカリナへと擦り寄った。
「きゃう、きゅぅん」
「モフモフ様……」
「建国当時から我が国にいる神獣に寿命はない。むしろ、我々が天寿を全うしても子々孫々に渡り王家を守護してくれる。私の妃となり王宮に住まえば、見送る悲しみを憂うことなく、思う存分にモフモフの神獣を毎日、それも一生モフモフ三昧できるが、どうする?」
「なります!」
即答だった。カリナは、無意識に叫んでいた。こんな好条件が、他にあるだろうか。一生モフモフ三昧。泣く程に嬉しい響きである。
「そうか、では折角だからこの場で挙式も済ませてしまおう!」
「……はい?」
聞き間違いかと思い、カリナが絶句すると。国王アグスティンは、側近達に合図を送りながらカリナの手を取った。
「婚約期間など面倒だ。君もすぐにでもモフモフ暮らしをしたいだろう?ここには王国の主要貴族も司祭も揃っているし、絶好の機会だ」
「ほ、本気ですか?」
「ああ。実はもう準備は済んでいる。あとは君が頷いてくれるだけだ」
「きゅう?」
戸惑うカリナは、神獣と目が合う。キラキラの目が期待するかのようにカリナを見上げ、尖った鼻先がフンフンと鼻唄を歌うかのように弾んでいる。可愛い。可愛いが過ぎる。今すぐモフモフしたい。カリナの思考は完全にモフモフに支配され、そのあまりの可愛さにカリナは頷いてしまった。
「モフモフ様のモフモフをモフモフ三昧……すぐに結婚致します!」
「そうか! ではこちらへ」
アグスティンに手を引かれ、カリナは神獣と共に進んだ。夜会の会場にはいつの間にかヴァージンロードが整い、その先には最高司祭が待ち構えていた。
何かがおかしいと思いながらも、カリナの頭の中は『今日からモフモフ三昧』でいっぱいだった。モフモフ様を従えて、困惑の中祝福を送る貴族達に見守られ、絶句している両親に手を振って、カリナはこの日、正式に王妃となった。
その日の夜。散々神獣のモフモフをモフモフしてご満悦なカリナは、いつの間にか就寝準備が整えられていることに気付いた。これからのモフモフ生活のことを考えている間にメイド達に体を洗われ、何だか軽くてヒラヒラしたネグリジェを着せられ、どういうわけか薄い化粧まで施されている。
そろそろ帰らないと……と思ったところで、カリナは自分が今日結婚したことを思い出した。ということは、これからは王宮が自分の家となる。今更そのことに気付いたカリナは、どうせなら神獣のモフモフ様と一緒に寝たいなぁと考えた。
と、そこへタイミングよく国王のアグスティンがカリナの部屋へやって来る。こんな時間に何の用かと思ったが、カリナは姿勢を整えてアグスティンへお願いした。
「陛下、モフモフ様と一緒に寝ることはできませんか?」
「なに? ……ああ、君が望むならそれもいいが、今日だけはダメだ」
「何故です?」
「何故って、今日は初夜だろう」
カリナは、アグスティンの言葉の意味が分からず首を傾げた。
「初夜? ……初夜とは?」
「私達は今日、結婚したじゃないか」
何を今更という顔で言われ、カリナは考えた。結婚と初夜。当然だがその繋がりはよく分かる。しかし、自分達には当て嵌まらない気がした。
初夜とは、愛する男女が結ばれて結婚式を挙げた夜に愛を交わすことではなかったか。
「でも、私は神獣様に選ばれただけで、陛下は私を愛していないでしょう?」
カリナの疑問を聞いたアグスティンは、成程そうかと手を叩いた。
「そういえば、こういうことには慣れていなくてな。成程、こういうのはきちんと言葉にすべきなのか。興味深い。なんと言えばいいのか……正直に白状すると、私は君に惚れている」
「……はい?」
アグスティンの言葉がよく理解できず固まるカリナへ、アグスティンは熱心に伝えた。
「初めて君を見た瞬間から目を奪われた。神獣に接する姿を見て更に惹かれ、話をするうちに君を愛する心を自覚した。近頃では君に撫でてもらえる神獣に嫉妬の情を抱く程だった」
「え? あの……?」
「神獣が君を気に入っているから君が王妃に相応しいというのは間違いではない。しかし、私はそれがなくとも君を王妃にしたかった。私の妻にし、私の側に置き、こうしてこの手に抱き寄せたいと、ずっと思っていた」
実際にアグスティンの腕に抱かれたカリナは、まだ状況がよく分かっておらず目を見開く。
「え? え?」
「君の婚約者についても、どうやって排除しようか色々と画策していたのだが、あの男が馬鹿なお陰で手間が省けた。本音を言うと、私のこの手で直接捻り潰してやりたかった気もするが。まあ……後々やればいいか」
「あの、仰っている意味がよく……」
「つまり私は、神獣や他の男に激しく嫉妬するほど君を深く愛していて、すぐにでも妻にしたくて我慢ができず今日の場を秘密裏に準備していた。更に、今この瞬間……君と迎える初夜が待ち遠し過ぎたのでもう抑えがききそうにない、ということだ。理解できたか?」
「えっと……はい?」
「そうか。なら、遠慮なく」
モフモフに気を取られ過ぎていたカリナはその夜、色々と後悔した。それはもう、きちんと考えずモフモフに流されたことを猛省した。しかし、今更後悔したところで遅過ぎる。
何より、アグスティンは優しかった。厳密に言うと優しいだけではなかったのだが……とにかく、カリナが絆される程度には、アグスティンは誠意を尽くした。
なのでカリナは観念して、正真正銘この国の王妃となったのだった。
王妃カリナは、モフモフに目がない。
しかし、モフモフに夢中になり過ぎると夫が嫉妬するので、モフモフをモフモフするのと同じだけ夫をモフモフするのであった。
モフモフ好きの令嬢がモフモフをモフモフしてただけなのに、いつの間にか王妃になってしまった話 完
読んで頂きありがとうございました!