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最終話 ②

 

「――剣が!」


 ガクトは剣を手に持ち、柄に施された四つの宝玉を見る。

 今まで一度も光を見せなかったサファイアが、ついに光り輝いていた。

 刃こぼれや傷が残っていた刀身も、新品同様に修復されている。宝玉の光を取り戻す度に傷が回復したに違いない。


「光ってる! やったね、ガクトくん!」

「あ、ああ!」


 明玖がガクトの片手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振る。

 まるで剣の輝きを(しゅく)するかのように、巨大ロボットに変化があった。

 その巨体の胸に埋め込まれた特大の魔導球が青く光り、光線のようなものを真下の床に照射し始めたのだ。


「なんだ? なんの光だ?」


 ガクトは剣を構え、片手で明玖を背後に庇う。


「たぶん、あの光がロボットの搭乗口だと思う。光が注いでる場所に入れば、そこからコクピットまでワープするタイプ」

「そ、そんなタイプのロボットが、明玖がいた星ではあったのか⁉」

「漫画で読んだだけ」

「漫画かよ」


 恥ずかしそうに笑う明玖につられ、ガクトも吹き出した。


「――まぁでも、そう信じるしかないよな。ロボットが俺を呼んでると思うことにするよ」


 そう言って、ガクトは明玖に背を向け歩き出す。

 青い光の中へ。


「ガクトくん。私、信じて待つから」


 という明玖の声を受けて、ガクトは片手を軽く振る。


こっちから(、、、、、)、連絡する」


(なるほど。宝玉が光る条件って、そういうこと(、、、、、、)か)


 ガクトはようやく察した。

 剣の宝玉が光るための条件。

 この剣――【竜斬剣(スレイヤー)】を鍛えた人物は、いつか現れる持ち主に何を求めたのかまではわからない。

 しかしガクトは、自分自身にこれだけは言い聞かせることができた。

 自分はいずれ、四人の女の子それぞれに対して、明確な答えを出さなければならない、と。

 青い光に全身を包まれたガクトは、視界が鮮やかな青一色に染まる中、アリーフェの召喚魔法を受けたときのように、自分の身体が宙に浮きあがるような感覚を覚えた。

 その感覚が止んだ次の瞬間、視界がブラックアウトし、次いで、自分が何か硬い材質の椅子に座っているような感触を覚えた。


 剣の柄で輝く四つの宝玉の光を頼りにポケットから携帯を取り出し、明玖に電話する。


「今、ロボットの中に入ったと思う。ちょっと暗くてよく見えてないけど……」

「よかった! ガクトくんが青い光に包まれたと思ったら、光ごと消えちゃって、一瞬ヒヤッとした……」


 明玖のほっとしたような声を聞く限りでは、自分は本当にこのコクピットまでワープしたということになる。


「脅かして済まない。さっそくだけど、目の前に剣を差し込めそうな溝があるから入れてみる!」


 闇に目が慣れ、剣を差し込む場所と思しき細長い溝を見出したガクトは、そう言って電話を切った。

 ガクトから見て横一文字に設けられた溝に、刃の先端をゆっくり差し入れる。小型ロボットのときと同じで、何かに当たるような感触はなく、そのままするすると入り続け、刃の根元までしっかりと差し込むことができた。

 すると、数秒の沈黙の後、ガクトの眼前に広がる大きなモニター画面が淡く点灯。さらにスイッチ類も続いて点灯し、ガクトは自分が巨大ロボットの操縦席に座っていることを確認した。

 よく見ると、差し込み口のすぐ横に、親切なことに矢印が刻まれているのがわかった。

 ガクトは弧を描く矢印が、剣を時計周りに回すよう指示しているのだと解釈した。


「――こうか?」


 恐る恐る、剣を時計回りに捻ると、剣が横向きからちょうど縦向きになったところでガチリという音が伝わり、それ以上動かなくなった。

 次いで、モニターに文字が表示された。



『剣の挿入を確認 システムチェック オールグリーン』

『内蔵魔導球の魔力残量 九三パーセント おはよう マスター』



 タイタン・ウェイカーからの言葉であった。


「おはよう……タイタン・ウェイカー」


 挨拶されたので、反射的に挨拶を返すガクト。



『マスター 君の名前を教えてくれ』



 今度は名を聞かれた。


「名前はガクト。志守岳人」



『シカミガクト 音声登録完了』



 ガクトの声を記憶することで、彼がマスターであると認識できるようにしたらしい。



『我々は長い年月 真の剣を持つマスターを待っていた すべては大敵(ベルリオーズ)を倒すため』



 まるで意思を持つかの如く紡がれる文字に、ガクトは危険が迫っていることを再認識する。


(剣が光った以上、急がないと奴が来る!)


「その大敵が、近いうちにこの島を襲うんだ! 力を貸して欲しい!」



『肯定する ワームホール接続を感知 大敵(ベルリオーズ)がすぐそこまで迫っている』



 前回(、、)も、その前(、、、)も、ベルリオーズは剣の宝玉が光ったタイミングで姿を現していた。恐らくは、剣から何か魔力のようなものが放たれているのだろう。ベルリオーズはそれを察知しているのだ。


「頼む! 俺に君を操縦させてくれ!」



『覚悟はできているか ガクト』



 タイタン・ウェイカーの問い。

 ガクトは、学園島で出会った仲間たちの顔を思い浮かべる。

 もう二度と。

 誰も悲しませない。


「――ああ。できてる!」


 力強く頷いた。



『了解 ボイスコマンドによるオペレーションを受理 命令を ガクト』



「と、とりあえず、周りの状況が知りたい。視覚カメラみたいなやつ、装備してるか? 外の様子を見せてくれ!」



『了解 パノラマ・アイ起動』



 ガクトの声に、タイタン・ウェイカーは動作で応える。

 まず、文字が表示されているモニターを除き、ガクトの前方、上下、左右――全方位に、外の様子が映し出された。まるで円を描くように立体感のある映像はパノラマ状。

 ガクトの意思に合わせて座席が回頭。見たい方角の映像を瞬時に確認することが可能だ。

 タイタン・ウェイカーが操作しているのか、無数に並ぶ小型のロボット群も、膝を折り曲げて屈むような姿勢から立ち上がっていた。

 ガクトが『明玖の様子を確認したい』と念じると、胸の前で両手を握り合わせ、縋るような眼差しでこちらを見上げる明玖の姿が確認できた。


「よし、いいぞ。外にいる明玖と話したいんだけど、できるか? 無理なら電話する」



『拡声機構作動 会話可能』



 という表示を見て、ガクトは明玖を呼ばわる。


「明玖、やったぞ! 起動できた! なんとかやれそうだ!」

「――よかった! それなら私も、この施設のシステムの奥まで潜り込んで、他になにかできないか調べてみる!」


 表情を明るくした明玖は、恐らく先ほどのモニタールームへ行くのだろう。元来た道を駆け戻っていった。


「タイタン、俺は地上に出たい! どこか、地上に出るためのエレベーターとかはないのか?」



『了解 避難警報作動 ドック・ベイ 上昇開始』



 そう表示された途端、大きな衝撃が足元から伝わり、次の瞬間、タイタン・ウェイカーや小型ロボットが整列する広大な空間――その床全体が、エレベーターの如く上昇した。

 間を置くことなく、頭上を覆うドーム状の天井が中心から真っ二つに裂けて左右に開き、上昇する床面の進路から退いた。

 すると頭上には、地上へ続くと見られる空洞が現れた。この空洞を数十メートル昇った先に、細長い光が生じる。島のどこかにあるゲートが開き始めたのだ。

 地上で避難警報が鳴っているらしく、ゲートが開くにつれてその音がガクトの耳にも入るようになる。

 真横にスライド移動することで完全に開いたゲートから、タイタン・ウェイカー率いるロボット軍団を積載したドック・ベイが地上へとせり上がる。

 ガクトは自分が上昇して現れた場所に驚いた。

 そこは、学園の四角い校舎に囲まれたグラウンドだったのだ。



『ガクト。城塞の各所に人間の姿が見える。ガクトの仲間か?』



 タイタン・ウェイカーの問いに、ガクトは首肯する。


「そうだ。ここでドラゴンと戦うために集められた勇士たちだよ」



『ならば、今こそこのタイタン・ウェイカーを立ち上がらせるときだ』



「――ああ。俺たちは立ち上がる!」


 ガクトは念じる。

 立ち上がれ!

 巨大且つ強大な何かが動く、(いなな)きの如き駆動音が響き渡り。

 巨人の脚部から放たれるエネルギーが衝撃波となってドック・ベイから校舎へと伝わり。

 見つめる生徒たちの心をビリビリと震わせ、希望と勇気を沸き起こらせた。

 逞しく太い脚部の片方がしっかりと踏ん張り、その巨体を持ち上げていく。

 片膝をついていたもう一方の脚部も大地を踏みしめ、その上体を天へと押し上げる。

 胸元の魔導球が鮮やかな青い光を一際強く放ち始め、響き渡る駆動音は最高潮に到達する。

 巨体の胴部――その背面から二本の突起物が飛び出し、まるで戦士が二本の剣を背に差しているかのようなシルエットを形成。

 そうして、流麗なデザインを施された頭部の()が、青く輝いた。

 全高(ぜんこう)六十五メートルを誇るタイタン・ウェイカーが永年の時を経て、学園島に蘇ったのだ。

 何者をも恐れないかのような威風堂々(いふうどうどう)とした立ち姿は、生徒たちの心から恐怖を拭い去った。


「――み、みんな! 俺だ。ガクトだ! やったぞ! アリーフェと明玖が手伝ってくれたおかげで、こいつを起動できた!」


 ガクトはこちらを凝視する学園の生徒たちへ呼びかけながら、頭の中で『片腕を振り上げろ』と念じてみた。

 すると、タイタン・ウェイカーはガクトの意思にしっかり答え、右の拳を握りしめ、それを空高く振り上げてみせた。


「「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」」


 割れんばかりの大歓声が、学園島の山に響き渡った。


「なんかよくわかんないけど、凄いの見つけたな!」

「こいつが地下施設に隠してあったのか!」


 といった生徒たちの声を、タイタン・ウェイカーの収音装置が捉え、コクピットのガクトに聞かせた。

 ガクトがジュリアの顔と名前を思い浮かべながら、彼女の声が聞きたいと念じると、タイタン・ウェイカーはジュリアの音声を拾いつつ、彼女の様子を映し出した。


「ガクト! あたしの声聞こえる?」


 ジュリアがそう呼びかけている。


「聞こえるぞ!」

「――よくわったわ!」


 ジュリアはタイタン・ウェイカーの頭部を見つめ、片方の拳を突き出した。


「ガクト君、学園長と家内くんはまだ地下か?」 

「二人は無事?」


 今度は寺之城とリクが言った。


「二人とも無事だ。アリーフェは魔力増幅炉で学園魔法を使うって言ってた」

「――なら、いよいよ全力で戦う準備が整ったってことだね!」


 そこへ、四角い校舎の北側から明るい声がして、学園中に響いた。

 ガクトが北側に振り向くと、そこにガールズバンド【RED】を率いる歌姫が立っていた。

 マイクスタンドを手に、滴る汗を拭うことも忘れて爽やかな笑顔を見せる歌姫は、陽の光を受けて輝いて見えた。


「そうなるな。アップは済んだのか?」


 ガクトの問いに、


「もちろん!」


 歌姫はサムズアップで答えた。



『ガクト 私以外の小型のロボットも戦闘可能だ パイロットさえいれば 操縦席にあるハンドルとグリップで簡単に操作ができる』



 ここで、モニターにタイタン・ウェイカーの文字。



『弾薬はウェポン・ベイに格納されている』



 という文字が表示されると、ドック・ベイの床面の至る所がせり上がり、小型ロボットの弾薬が詰められた、縦横二メートルほどもある金属の(カートリッジ)が出現した。


「――俺が今乗ってるロボットはタイタン・ウェイカー。この島を管理するシステムの司令塔だ。タイタンが言うには、周りに整列してる小型のロボットたちも戦えるみたいだ! それで、今せり上がったのが小型ロボットの弾薬。操縦に志願する人はいないか?」


 ガクトがそう呼びかけると、ジュリアが口を開いた。


「女子! 出番よ! 力のある男子は重たい弾薬を運んで、弾切れの女子にリロードして!」


 すると、


「「了解‼」」

「「喜んでぇえええええ‼」」


 と、全校生徒の勇ましい声が上がった。


「ちょっと男子!」

「ロボットに乗った子のスカート覗こうとか、やましいこと考えてるんじゃないでしょうね?」

「「滅相もございません‼」」


 女子たちが釘を刺すが、男子たちは決戦を前にして、どこか嬉しそうだ。


「…………」


 ガクトは物言わず、視覚機能に念じて男子たちのヒソヒソ話を拾う。


「――いいかお前ら、わかってるな? これはまたとないチャンスだ。どうせ命懸けの戦いになるんだ。覗きの一回や百回くらい、神様だって許してくれるさ」

「どうせ、とか言うな。女子のスカートの中を覗きながら戦う俺たちに敗北は無い」

「いっそ、心置きなく散っても後悔はないぜ」


(聞かなかったことにしよう)


 ガクトが聴覚機能を元に戻そうとした矢先、


「――あたしのパワードスーツ、収音機能付きだから、あんたたちの内緒話もよぉ~く聞こえるのよ? 忘れてた?」


 屋上にパワードスーツ姿で立つジュリアが、額に血管を浮き上がらせて微笑んだ。


「忘れてたなら、今ここで全員に思い出させてあげてもいいのよ? それが嫌なら、さっさと動く!」

「「サー・イエッサー‼」」


 男子たちの野望は儚く散った。



   ■



「――さてと、寺之城。あたしと下へ行くわよ?」


 ジュリアはここでパワードスーツを解除し、制服姿で屋上に降り立った。


「どうしたんだい? パワードスーツを置いて、下に行くと?」

「そうよ? あたしもあれに乗るわ」


 ジュリアが言って指差したのは、両腕にガトリング砲が備わる小型ロボットたちだ。


「本気かい? これはまたどうして……?」

「あの子は飛べこそすれ、レールガンの連射が利かないから、大群相手だとどうしても分が悪いの。だから、今回はあたしもあっち。あんたがリロードしなさい?」

「ぇえぇっ⁉ 僕がぁ? いいのぉ?」

「なにマ〇オさんみたいな声出したあとで鼻の下伸ばしてるのよ? 背骨をへし折って頭をケツにつっこむわよ?」


 屋上から階段室(かいだんしつ)に入り、ジュリアは笑みを溢しながら言う。


「――ほんと、寺之城ってどんなときでも変わらずキモいんだから」

「誉め言葉と受け取ろう。――やっと笑ったな」

「え?」


 ジュリアは階段を降りる足を止め、寺之城を振り返る。

 寺之城は今までのにやけ顔から一変。眉宇を引き締めた真剣な表情でジュリアを見ていた。


「さっきから君、何か思いつめた顔をしていたからね。ほぐしてあげようと考えていただけさ」

「……よ、余計なお世話よ」


 急激に顔が熱くなるのを感じたジュリアは前に向き直る。


「恐いか?」


 階段を降りるジュリアの背を、寺之城の声が撫でる。


「こ、これから命がけの戦いなんだから、さすがのあたしだって恐いわよ。ちょっとだけ……」

「僕もさ。無理もない。やり直しの利かない一発勝負だ。――けどね」


 (おもむろ)な沈黙。

 ジュリアはもう一度、寺之城を振り返った。

 彼は言う。


「どんなに恐かろうと、僕は君を支えてみせる」



   ■



 ガクトの説明を受け、女子生徒たちの中でジュリアやリクを始めとする腕っぷしの強い者が小型ロボットへと乗り込み、小型ロボット一体につき、二名の男子生徒がリロード係として配員された。更に彼らを守るべく、槍などで武装した四人の男子生徒が周囲を固める。

 タイタン・ウェイカーによれば、どのロボットにもジャンプ機能がついており、自分の背丈の十倍の高さまでジャンプできるとのことだった。

 火力を分散させて対応範囲を広げようというジュリアの指示の下、パイロットたちはそのジャンプ機能で校舎の屋上に到達。屋上に沿って横並びで陣取る部隊と、校舎の外側――学園を取り囲む山の斜面まで移動して陣取る部隊とに分かれた。

 そして、小型ロボットは二機で一組となり、互いのリロードの際に援護し合う態勢である。

 全高六十五メートルを誇るタイタン・ウェイカーを、六五〇メートル上空の雲すれすれまでジャンプさせたガクトは、学園の敷地から大きく外れ、学園を取り囲む山の頂へと着地し、天空を見張る。

 ロボットのパイロットと、その弾薬補充、並びに護衛要員以外の生徒たちは全員校内に散開。廊下の窓という窓から顔を出し、屋上でライブを構える歌姫たちの応援である。


「剣の宝玉は既にすべて光ってる。だから、いつドラゴンが現れてもおかしくない状況だ。気を引き締めてくれ!」


 拡声機構で学園の方へ叫んだガクトの下に、電話が掛かってきた。

 明玖だった。


『ガクトくん! さっき上からすごい震動が伝わってきたんだけど、もしかしてドラゴンが出たの⁉』

「いや。俺が地上に出たのが学園のど真ん中でさ。みんなでロボットを起動して、戦闘配置につくためにジャンプしたんだよ。たぶんそのときの振動だよ。そっちはどうだ? アリーフェの魔法は?」

『学園長は魔法を発動中で、多分、もうすぐ島全体が防御魔法で覆われると思う。魔法障壁ってやつ』


 と、明玖が言ったまさにその瞬間、ガクトが見上げる虚空の一点に、七色に光る靄のようなものが生じ、それが全方位に広がり始め、次第にドーム状となって、学園全体を包み込んだ。

 さらに、学園から少し離れた山肌に陣取る生徒たちにも、小型のドームが一人一人に割り当てられ、彼らの周囲を覆った。


「おい、見ろ!」

「きっと、学園長の魔法障壁だ! いよいよ始まるんだな……」


 ガクトが耳を澄ますと、生徒たちの声が収音装置から聞こえた。


「たった今、学園が魔法障壁で覆われたよ。魔力増幅炉で増幅されてるとはいえ、凄いよな、アリーフェの魔法」


 オーロラのように幻想的な光を放つ半透明の魔法障壁に見惚れつつ、ガクトはそう伝えた。


『私もそう思う。……私も、もっと頑張るね! さっき、システムの中に気になる情報を見つけたから、今それを詳しく解析してるところなの。この島の西側(、、)に、何かあるみたい。古代文字だから翻訳に時間が要るけど、間に合わせる』

「わかった。俺も地上で頑張るよ!」


 決してこれを最後にはするまいと心に誓って、ガクトは通話を切る。


『皆さん。学園長のアリーフェです。私は今、学園島の地下基地から、校内魔法放送でお話しています。私はここでサポートに徹し、魔法で皆さんの傷を癒し、皆さんの運を底上げします』


 と、学園の至る所に設置されたスピーカーから、アリーフェの声が響き渡った。


『もし緊急の連絡があれば、心の中に私のことを強くイメージして話してください。テレパシーであなたたちと初めて会話したときと、要領は同じです』

「ついに始まるんだな。俺たちの命運を懸けた決戦が」


 ガクトは拡声機構を切り、アリーフェに念じかける。


(――そうです、ガクトさん。あなたに出会えたことで、島の皆さんの運命が変わりました。改めて、お礼を言います)

「俺からも礼を言わせてくれ、アリーフェ。君が俺を呼んでくれたおかげで、俺は変わることができたんだ」

(喜ばしいです。あなたがそう言ってくださったおかげで、私は少し、救われたような気がします)

「なら、今度はみんなを救おう。一緒に勝つんだ」

(――はい!)


 彼らが見上げるは、空。

 どう足掻いても手の届かない、空。

 だが今なら、届きそうな気がする。


(いつでも来い。今度は負けないからな!)


 ガクトは拳を強く握りしめた。



   ■



(一体、なにが起きているのだ? あの巨人はなんだ?)


 一つの宇宙を監視・管理するために存在する巨大な【ブロック】。

 その光り輝く内部に広がる、果てしなく広大な空間で、ベルリオーズは驚愕に唸った。

 彼の、喉の奥を鳴らすような低い音が、凄まじい重圧となって空間を侵犯する。

 白に黄色(おうしょく)が混ざったような色合いの光の中、浮かぶようにして佇むベルリオーズの周囲には、無数の魔導球が漂っており、彼はその内の一つ、――【ミープティングレイス】を映し出す魔導球を魔法で引き寄せ、水色の瞳で覗いている。


(まさかあの小さな塵の如き島に、このオレ様に楯突(たてつ)く存在がまだ残っていたとは……)


 脅威なのは巨人だけではない。その足元に群がる、人の形をした小型の兵器も戦闘用と見える。さらには、完全体として復活した【剣】を持つ勇者もいる。どうやらその勇者が【剣】を使って巨人を動かしているらしい。

 島の住人たちの士気は最高潮だ。

 故に、ベルリオーズはすぐに動けずにいた。


(傍観などせず、島の地上を焼き払い、地下を抉り出しておくべきだったか……)


 残忍な心を持つベルリオーズは、自分よりも弱い生き物を【下等生物】と称して見下し、そのあまりにも貧弱な生命維持活動を見ては貶し、己に酔いしれていた。

 後の祭りではあるが、しかしベルリオーズは恐るるに足らずと考え直す。


(あの巨人といい、群れる小さい者共といい、所詮は下等生物が(こしら)えたもの。全力を出したオレ様が率いるドラゴン軍団の一斉攻撃に敵うわけがない)


 ベルリオーズは鎌首をもたげ、鋭い牙が並ぶ口腔を開き、凄まじい咆哮を放つ。

 すると、咆哮に応えるかの如く、彼の周囲にいくつもの黒い穴――ワームホールが出現。宇宙に存在するあらゆる惑星で監視の任務についていた小型のドラゴンたちが、続々とそのワームホールを通って集結を始めた。

 ベルリオーズのような強力な存在のみが操ることのできる魔法――ワームホールは、惑星と惑星を行き来したり、別の宇宙の惑星などとも行き来が可能な転移魔法。

 ただその穴に身体を入れるだけで転移が発動し、遠く離れた目的地にあっと言う間に到達することができるのだ。

 そうして瞬く間に集結したドラゴン群団の数は、優に十万を超えた。


(身の程を知らない愚か者どもに、オレ様の真の力(、、、)を見せつけてくれる!)



   ■



 ガクトたちが固唾を呑んで振り仰ぐ空に、巨大な黒雲が突如として発生。無数の黒い穴が出現した。

 過去(、、)、島の上空に現れた穴は一つだけだったが、今回は違う。ざっと数えただけでも二十は下らない。


「――対空戦闘用意‼」


 防衛隊長のジュリアが呼ばわる。

 一〇〇体を超える小型ロボット軍団が一斉に両腕のガトリングを持ち上げ、上空の穴に照準を合わせた。


「ぶち上げていくよーっ‼」

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお‼」」


 バンドメンバーが奏でる豪快な演奏に乗せて、歌姫が熱烈な歌声を響かせ始めた。

 校舎の各階のベランダや窓という窓から生徒たちが顔を出し、腕を振り上げ、エールを送り始める。

 歌姫の歌唱魔法が戦闘員たちの心に満ち渡り、勇気を与えてくれる。

 上空の穴から、小型ドラゴンたちがついに姿を現した。その数は数え切れないほどの大群だ。


「――攻撃開始ッ‼」


 ジュリアの合図で、小型ロボット軍団の一斉射撃が始まった。

 凄まじい掃射音が空に響き渡り、銃弾から放たれる幾千もの曳光が線状に連なって、上空の敵へと伸びる。

 銃弾を喰らったドラゴンは次々と墜落。銃弾の雨に死骸の雨だ。

 銃撃を免れたドラゴンたちが校舎の屋上や山肌に陣取る小型ロボットに襲い掛かるが、寸でのところで魔法障壁が阻み、そこを小型ロボットのガトリングが撃ち抜く。


「ぉおおおおおお‼」


 頭上から襲い来たドラゴンを、ガクトはタイタン・ウェイカーの拳で立て続けに殴り飛ばす。

 タイタン・ウェイカーの太く頑丈な拳を受けたドラゴンは一撃で全身の骨を粉砕され、地に落ちていく。


「――クソめがね! リロード!」


 早くもガトリングの弾を撃ち尽くしたジュリアが叫び、


「おうとも!」


 叫び返しつつ、寺之城がもう一人の男子生徒と力を合わせ、小型ロボットの背面にある弾倉ユニットを交換する。この間、およそ十秒。

 リロードに要するインターバルは、僚機(りょうき)のリロードタイミングを考えて発砲しなければ致命的な隙になり得る。


「こっちもお願い!」


 ジュリアのリロードが済んだ途端、リクの弾が切れた。


「私のリロードに勝てる?」


 リクは操縦席から身を乗り出し、腰から二丁のリボルバーを引き抜いて全弾を発砲。数体のドラゴンを仕留め、すぐさま一秒ほどでリロードを完了させる。

 リクの華麗な銃捌きに一瞬見惚れる男子たちだが、上空から時折聞こえてくるドラゴンの咆哮で我に返り、リロードを終えた。


「リク! 撃破数、勝負しない?」

「乗った!」


 不敵に笑い合う少女二人の周囲には、すでに無数のドラゴンの死骸が落下している。

 ドラゴンたちはここで、地上から放たれる線状の光が己の命を脅かすものだと知り、一直線に向かうのを避け始めた。

 自分たちが下等生物だと見下していた人類の反撃の力を、身を以って思い知ったのだ。


「奴ら、飛ぶ軌道を変え始めたぞ! 空で円を描いて、こちらのリロードの隙を狙っている!」


 待機中にドラゴンの動きを観察していた寺之城が叫ぶ。

 上空を不規則に飛び回って極力無駄な突撃をせず、弾切れとなったロボット目掛けて集団で襲い掛かる戦術に、ジュリア率いる防衛隊は苦戦を強いられる。

 魔法障壁が食い止めていなければ、とっくに犠牲者が出ていただろう。

 一方のガクトは、時折向かってくる小型ドラゴンを殴り落としつつ、穴への警戒を続ける。

 ベルリオーズが現れたら、真っ先に立ち向かうつもりでいた。しかし、未だ現れない。


「――おかしい。今までなら、あいつが一番に現れたのに、どうして今回は小物(こもの)だけなんだ⁉」


 ガクトは予想外の展開に焦りを漏らした。



大敵(ベルリオーズ)は こちらの戦力に恐れを抱いているのかもしれない 油断はするな』



 と、タイタン・ウェイカーの文字が表示される。

 そう。油断はできない。ベルリオーズが現れたときに戦う余力を残しておく必要がある。


「ジュリア! みんな! 聞こえるか⁉」


 拡声機構をフルパワーで使い、ガクトは校舎の屋上へ呼びかける。


「なに⁉ (なまり)をばら撒いてる最中よ!」


 リクと背中合わせで派手に撃ちまくるジュリアの様子が、ガクトの眼前に映し出された。


「弾薬を使うペースを調整してくれ! まだ敵のボスが出てきてない!」

「そんなこと言っても、こいつらがしつこくて!」


 目を離す余裕もないリクが言う。

 島を取り巻く黒雲に生じた無数の穴からは、今も絶えずドラゴンが現れ、群れを成して空を飛び交っている。


「連中はイカレた命知らずだな! こちらの弾が尽きようと尽きまいと、隙あらば向かってくる! あと何匹いるかわからんが、長期戦になるとまずいぞ!」

「わたし達はドラゴンが全滅するまで歌い続ける! だから、不安に負けるなーッ‼」


 警鐘を鳴らす寺之城を意識してか、間奏中の歌姫が言った。

 歌姫が顔を、山頂に立つガクトの方へ向け、片手の人差し指を構えてウインクを披露。

 心臓がドキリと跳ね上がったガクトは、ロボットの操縦から一瞬意識が逸れ、タイタン・ウェイカーが足を滑らせて山頂から落ちそうになるが、片手で岩に掴まり事無きを得る。


(歌姫、ウインクは反則だ)


 心の中で言って、ガクトは空へと飛び上がった。

 そして、中空でドラゴンを次々に撃破し、一旦校舎の中央――ドック・ベイへと戻る。


「――ドラゴンども! これ以上向かってくるなら俺が相手になるぞ! 一匹残らずぶっ飛ばしてやる!」


 まさに今、リロード中の小型ロボットへ襲い掛かろうとしていたドラゴンの群れが、タイタン・ウェイカーの急接近に驚いて散り散りに逃げていく。

 こうして自分が中央に陣取ることで、少しでもドラゴンを遠ざけられるかと考えたガクトだったが、そのとき(、、、、)はついに訪れた。

 黒雲に雷鳴が轟き、得体の知れない重圧が上空から(せま)ってきた。まるで心身を押し潰そうとするかのような圧迫感が、生徒たちを容赦なく包み込む。

 ガクトはこの、圧倒的で凄まじい気配を鮮明に覚えていたが、今感じているのは、もっと強い(、、、、、)


(なんだ⁉ この異様な感じ……前よりも大きくて、重い……っ⁉)


 ガクトの直感が警告する。

 敵の力が、増していると。

 タイタン・ウェイカーが見上げる先に、一際巨大な穴が出現。そこから、ガクトが感じた通りの存在が姿を現わした。

 たくましい胴部と蛇のように長い首。頭部から鹿のように大きく伸びる二本の角。口部から覗く鋭い牙。

 このブロック宇宙を支配するドラゴン――ベルリオーズだ。それも、前回(、、)より身体が大きい。五倍ではきかないレベルで、その肉体が大きくなっているのだ。


「――ねぇ。あいつ、前より大きくなってない?」


 ガクトと同じことを思ったか、空を見上げるリクが誰に聞くでもなしにつぶやいた。


『死に損ないめ。たった数十年で寿命を迎える貴様らが、醜く足掻くのは滑稽(こっけい)なものだ』


 と、ベルリオーズはテレパシーを飛ばしてきた。

 アリーフェと同格か、それ以上の魔力を持つ使い手だ。


「その死に損ないに、痛い目を見せられてるお前らの方が滑稽だ!」


 ガクトは言い返した。

 ここで気圧されてはダメだ。

 拳を握りしめ、叫ぶ。


「これまでやられた分を、ここで返してやるぞ! ベルリオーズ!」


 ガクトの言葉を受けたベルリオーズの咆哮が轟き、彼の口部がニヤリと歪む。


『面白い! やれるものならやってみろ!』

「――行くぞォ‼」


 その巨翼を限界まで広げ、悪魔の如く立ちはだかるベルリオーズ目掛けて、ガクトの駆るタイタン・ウェイカーがジャンプした。

 脚部と背面部に備わるブースターが噴射され、全高六十五メートルの巨体が数百メートル上空のベルリオーズに迫る。


「喰らえ!」


 ガクトの気合一発。右の拳が真正面からベルリオーズの顔を捉えたかに見えた。

 だが、ベルリオーズは口腔から巨大な黒炎の玉を放ち、タイタン・ウェイカーの拳を押し返した。

 それだけに止まらず、巨翼を力強く羽ばたかせ、小型ドラゴンとは桁違いの体格と速力で以って体当たりを見舞い、それを胴部に(もろ)に受けたタイタン・ウェイカーはバランスを崩し、真っ逆さまに墜落。


「避けろぉおおお!」


 山肌に陣取って戦っていた小型ロボットたちが、頭上から落下してくるタイタン・ウェイカーを認め、一斉に飛び退く。

 ガクトの全身に衝撃。タイタン・ウェイカーが背中から火山の淵の山肌に激突したのだ。



『防御シールド残量 八十五パーセント』



 と、警告が表示される。

 まだすぐにはやられないが、今と同レベルの攻撃を喰らい続ければ長くはない。


「――く、くそ!」


 歯を食い縛り、立ち上がるよう念じるガクト。

 タイタン・ウェイカーは背面部のブースターで一気に飛び起き、両の拳をボクサーよろしく構えて上空を睨む。


『今の一撃で終わられては、まともに相手をしたオレ様の恥となっていたところだ』


 優雅に羽ばたきながら、ベルリオーズが細めた目で見降ろしてくる。


「うぉおおおおおおおおおお‼」


 ガクトは近場の巨大な岩をタイタン・ウェイカーの剛腕で持ち上げ、ベルリオーズへ投擲。


『岩如き、オレ様の肉体の強さには敵わんぞ!』


 ベルリオーズはそれを真正面から迎え撃ち、その頭部で打ち砕いた。

 そのベルリオーズの懐へ、タイタン・ウェイカーはジャンプで潜り込み、今度こそ拳を叩き込む。

 ――だが。


『その程度か?』


 ほんの僅かに怯んだベルリオーズだが、すぐさま身体を回転させ、太い尻尾を横合いから叩きつけた。

 タイタン・ウェイカーはそれを片腕でガードするが、凄まじい膂力でそのまま押し飛ばされ、追撃叶わず着地を余儀なくされる。

 小型ロボットの何体かがベルリオーズの巨体目掛け銃撃を浴びせるが、彼の鋼のような体表には傷一つつかない。

 ベルリオーズの攻撃は理不尽なほどにこちらへ響き、しかしこちらの攻撃は通じない。

 その事実はつまり、魔法障壁が破られた途端、ベルリオーズには傷一つ負わせられないまま全滅することを意味する。

 唯一敵う可能性があるとするなら、タイタン・ウェイカーしかない。


「タイタン! 何か対抗できる武器は無いのか⁉」


 ガクトが知識を求めるが、次の瞬間、タイタン・ウェイカーは再び脅威に曝されてしまう。

 ベルリオーズがその口から吐き出した大火炎が、頭上から降り注いだのだ。


「――くそ!」


 咄嗟に腕を頭上に構え、炎から頭部を庇うガクト。



『ガクト 奴が接近中だ』



 その文字を見たガクトが対応しようとした瞬間、側面から強烈な衝撃が加えられ、コクピット内が激震(げきしん)

 炎を吐き掛けつつ降下していたベルリオーズはその巨体を捩り、暴風を伴いながら繰り出した尻尾でタイタン・ウェイカーの脇腹を打ったのだ。


(――吐き掛けられた炎は、尻尾の打撃の陽動か!)


 ガクトは歯を食い縛り、衝撃に耐える。

 真横へ吹っ飛んだタイタン・ウェイカーは山肌に激突。背中からずるずると滑り落ちるが、再度ブースターを噴射。起き上がりざまにベルリオーズ目掛け拳を繰り出す。

 しかし、巨翼の羽ばたきがベルリオーズの巨体を容易く宙へと飛び上がらせ、タイタン・ウェイカーの攻撃を寄せ付けない。


「タイタン! 何か武器は無いか? 空と地上では、地上が不利だ!」



『同意する だが 武器は現在使用不能だ 地下基地の最下部にある掘削機構を動かし 地底に流れるマグマを掘り起こす必要がある』



「マグマ⁉ 穴を掘ってマグマを取り出すのか?」


 想定外の文字が表示され、思わず聞き返すガクト。



『肯定する 私はマグマの膨大な熱エネルギーを吸収し パワーアップが可能』



「なら、今すぐそれをやってくれ!」



『ダメだ マグマは火山の火口から噴き出す 学園が呑みこまれてしまうぞ』



 ガクトは言葉に詰まる。よりパワーアップするために、学園のみんなを危険に晒しては本末転倒だ。

 それ故に、タイタン・ウェイカーは武器のことを言わなかったのだろう。


(どうする⁉ どうすれば⁉)


 思考を巡らせるガクトだが、


『どうした? オレ様の力に恐れをなしたか?』


 ベルリオーズが山肌に沿って急降下。タイタン・ウェイカーの背中に巨体をぶつけてきた。

 ガクトは操縦席にベルトで固定されているにも拘わらず、あまりの衝撃で身体が前へ飛び出しそうになる。

 ガクトは嫌な予感を抱き、パノラマ映像で足元を見る。


(――しまった!)


 そこにはタイタン・ウェイカーの腹部が見えるが、そこにベルリオーズの尻尾が巻き付いていた。


『地上が不利だと? なら、空を飛ばしてやろう』


 そう言って、ベルリオーズはタイタン・ウェイカーを軽々と持ち上げて飛び上がり、瞬く間に高度を上げていく。

 地上が一気に遠ざかり、ガクトの視界を無数の黒雲が過ぎ去り、覆い、また過ぎ去った。

 そうして、青空が広がる雲の上に飛び出す。

 その絶景を見て、しかしガクトは己の死を悟る。


『さぁ、どうする? 小僧!』


 次の瞬間、ベルリオーズは上昇姿勢から反転。急降下を開始した。

 黒雲の海に潜り、その先――地上へと。


「タイタン! ブースターをフルパワーで噴射だ! こいつから離れろ!」


 ガクトが叫び、タイタン・ウェイカーの脚部と背面すべてのブースターが最大出力で噴射されるが、ベルリオーズの強靭な尻尾はビクともせず、ガクトが駆るロボットを放そうとしない。


『飛んでみろ!』


 ベルリオーズが咆哮し、掴まえていた獲物を地上目掛け放った。

 尻尾から放たれ、タイタン・ウェイカーは一瞬にして音速へと加速。一直線に落下していく。


「く、くそぉおおおおおおおおおお!」



『歯を食い縛れガクト 姿勢制御が間に合わない』



 という表示すら見る余裕もなく、ガクトは心を渦巻く悔しさと恐怖に目を閉じる。

 そして、タイタン・ウェイカーは学園から大きく外れた西の岩山へ墜落した。



   ■



「――キリが無いわ!」

「寺之城! リロードお願い!」


 学園の屋上で、ジュリアとリクは戦い続ける。


「…………」


 寺之城ともう一人の男子生徒は西の方角を見つめたまま動かない。


「ちょっと⁉ そこの二人!」

「――今、西の岩山エリアに、ガクト君のロボットが、墜落した……」

「はぁ⁉ うそでしょ⁉」

「か、角度が……‼」


 ジュリアとリクは背中合わせで南北方面を向いているため、西側が見えない状態だ。


「嘘なんかじゃない。確かに見たんだ……」


 寺之城らしくない、覇気のない声。


「っ……‼」


 ジュリアは歯を食い縛り、尚も撃ち続ける。


「――リロードしろ! ショック受けてる場合じゃないよ‼」


 リクが身を乗り出し、リボルバーを発砲。

 リクの喝で我に返った寺之城たちがリロードをする中、アリーフェの声がスピーカーから放たれる。


『皆さん! 空に強力な魔力を感じます! ベルリオーズが何かするつもりです! 気をつけてください!』


 アリーフェの声が響いたまさにそのとき、奇妙なことが起きていた。

 小型ドラゴンの群れが、一斉に穴へと戻り始めたのだ。

 学園の生徒たちは、西の空に紫色の光を見た。

 それは、ベルリオーズがその魔力を込めて生み出した球体の輝きだった。

 ベルリオーズは魔力の球体を、西の岩山へと撃ち込む。――タイタン・ウェイカーへと。

 次の瞬間、西の空が眩い光を放ち、すべての色が、音が、真っ白に消し飛んだ。

 西の岩山を粉々に吹き飛ばし、崩壊させる大爆発の衝撃波が、学園を取り囲む岩山の頂きを(えぐ)り取り、容赦なく校舎を襲う。


「「うわぁああああああああああああああ‼」」


 生徒たちは吹き付ける大爆風で横薙ぎになり、窓という窓が爆ぜ割れ、屋上にいた者は落下防止柵まで吹き飛んで叩きつけられた。

 その衝撃は、踏ん張る小型ロボットでさえも滑らせ、あるいは転倒させるほどであった。

 神の怒りの如き暴力が過ぎ去り、西の空に爆発によって沸き起こった雲が広がる。


『皆さん! 大丈夫ですか⁉』


 アリーフェの声。


「――う、うう」


 仰向けに転倒した小型ロボットの操縦席で、リクが呻く。


「みんな、無事?」


 と、同じく転倒していたロボットを、ジュリアがガトリングのアームを支えにして立ち上がらせる。


「なんとか無事だ。落ちなかったのが奇跡だ……」


 男子生徒と肩を貸し合い、立ち上がる寺之城。


『良かった。でも、油断はできません。今の攻撃で、私の学園魔法が掻き消されてしまいました。再発動には少し時間が掛かります』

「今襲われたら、ヤバイってことね……」


 アリーフェの警告に、危機感を募らせるリク。

 そこへ、上空に無数に展開する穴から、再びドラゴンたちが現れ始めた。


「みんな! アリーフェの声、聞こえたね? ここからが正念場! 根性見せるときだよ!」


 と、歌姫が声を張り上げた。

 すると、学園中から歓声が上がる。

 歌姫の歌唱魔法のおかげか、まだ士気は落ちていない。


「――我は目で狙い定める。目で狙わぬ者、友の顔を忘却せり」


 不意に、ジュリアが呟いた。


「ジュリア? ――どこでその呪文を?」

「たぶん、あんたが言ってるのを聞いて、覚えてたんだと思う」


 リクの問いに、ジュリアは微笑む。


「我は気で撃つ。気で撃たぬ者、友の顔を忘却せり」


 今度はリクが言い、小型ロボットを立ち上がらせる。


「「我は心で向き合う。心で向き合わぬ者、友の顔を忘却せり」」


 今度はリクとジュリア、二人で言い放つ。


「「我は友を想う者。友を想い戦う者なり!」」


 そして二人は背中を預け合い、迫りくるドラゴンの群れ目掛け、両腕のガトリングを構えた。



   ■



 アリーフェの学園魔法の加護も届かない、荒れ果てた岩山を背中で粉砕し、仰向けになる形で巨大なクレーターを穿ったタイタン・ウェイカーは、原型こそ留めていたものの、ベルリオーズが追撃で放った魔力球の直撃を受け、防御シールドを完全に喪失。

 痛烈な衝撃で意識を失っていたガクトは、鳴り響くアラートで目覚めた。



『防御シールド破損 機体損傷率 二十八パーセント』



 その表示は、ガクトが窮地に追い込まれたことを意味していた。

 全身を鈍痛が支配している。臓器がシェイクされたかのように疼く。

 まだ命を保っているのが不思議なくらいだ。

 視界一杯に広がる外部映像は、無慈悲に空を覆う黒雲を映すばかり。


(立ち上がらなくては!

 皆のために戦わなくては!)


「……ぐっ! うぐ――」


 こんなところで寝てはいられない。


(ダメだ……。

 痛い……苦しい……)


 ガクトは歯を食い縛り、軋む身体に力を込めるが、思うように動かせない。

 そこへ訪れる、圧倒的支配者の影。



「ガクトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」



 そこへ、ガクトの名を叫ぶ歌姫の声が響いてきた。

 その力強い破格の声量に、ベルリオーズは鎌首をもたげる。


「負けるなぁああああああああああああああああああああああッ‼」


 歌姫を始め、学園の生徒たちは、タイタン・ウェイカーが空から墜落するのを見たはずだ。

 そして、ドラゴンと戦う切り札が姿を消したことに絶望を抱いただろう。


「戦ええええええええええええええええええええええええええ‼」


 それでも歌姫は、声を出し続けている。


「――ガクト! 返事して!」

「――ガクト! 返事しなさい!」


 通信機から、リクとジュリアの声。


「ガクト君!」

「「ガクトォオオオオオオ‼」」


 寺之城や学園の生徒たちの声も、通信機を通して伝わる。


(――ガクトさん。私にはあなたが見えています。あなたなら大丈夫)


 アリーフェの声が脳内に響く。

 歌姫と交わした言葉が蘇る。



〝座右の銘は?〟



『身の程を知らぬ愚か者の末路……それが、今のお前の姿だ』

 壮年の男が低く唸るような声で、支配者は言う。

『諦めろ、小僧。すべてを諦めるのだ。お前のように無能で、哀れで、何の取柄も価値もない下等生物に、希望など欠片も用意されてはいない』

 風を切る巨翼の、絶望で包み込むような音が、コクピット内を満たす。

 ゆっくりと、しかし確実に、ガクトを大いなる死が包囲しようとしている。


「――めない」


 ガクトは辛うじて動く喉を震わせる。


『辛いだろう? 苦難に抗うのは。いっそすべてを捨て、潔く剣をオレ様に渡せ。そうすれば、オレ様はお前に安らかな死をくれてやる。これはこの宇宙の支配者たるオレ様の、情けだ。わかるか?』

「――諦めない!」


 ガクトは叫んだ。


「弱い者にだって、希望はある! 諦めさえしなければ、道を切り開くことだってできる!」


 もう一度全身に力を込め、タイタン・ウェイカーに起き上がるよう念じる。

 強烈な痛みが全身を駆け巡る。拳を握りしめ、歯を食い縛る。


「――う、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


 タイタン・ウェイカーはガクトの意思に応え、その身を起こす。

 半ばめり込んでいた巨体が、岩を砕き、散らし、大地から脱出する。


『弱り切ってもなお抗うとは面白い。お前の悪足掻きを見せてみろ』


 ベルリオーズの嘲笑が響いたそのとき、ガクトが持つマーフォークの感知能力が、あることに勘付いた。

 それは、今自分が埋まっていた大地――その地下。

 ガクトは明玖が言っていたことを思い出す。


『この島の西側(、、)に、何かあるみたい』


 ガクトは目を閉じ、意識を足元に集中する。

 まず、赤い色がイメージとして浮かび上がった。次いで、全身が発熱するかのような感覚が沸き起こる。膨大な【赤】が足元からせり上がるかのような気配。

 足元――地面の中に、何かがある。


『――ガクトくん! みんなが叫んでるけど、大丈夫⁉ なにがあったの?』


 通信機から明玖の声がした。


「俺は大丈夫! それより、西側に何があるのか、わかったか?」

『そのことで連絡しようと思ってたの! タイタン・ウェイカーの真価はマグマの熱エネルギーを取り込むことで発揮されるっていうデータを見つけたよ!』

「それなら、俺もタイタンから聞いた」


 ガクトは頷いた。

 明玖は続ける。


『――西の岩山の地下に、マグマ溜まりがあるの! 学園がある死火山は、古代人の機械でマグマの流出を制御されてるけど、西にあるマグマ溜まりは違う。天然のものだから、どうにかして穴を()ければ、そこからマグマを噴出させられるかもしれない!』



『私のデータベースには無い情報だ』



 と、タイタン・ウェイカーの文字。


「西の地下にあるマグマ溜まりを、タイタンは知らないと言ってる。これはつまり、古代人たちがシステムで管理していない場所にあるからだな!」

『だと思う! だからガクトくん、なんとかして穴を開けて!』


 ガクトは自分がいる場所を再認識する。

 ベルリオーズの魔法による攻撃で、連なっていた岩山はそのほとんどが消し飛び、穿たれた巨大なクレーターはかなり深い。

 ガクトはそのクレーターの最も深い場所――中心に立っている。


「――情報ありがとう明玖!」


 ガクトはタイタン・ウェイカーに念じ、その拳を大きく振り被り、己の足元目掛け振り下ろした。

 地面が砕け、タイタン・ウェイカーの剛腕がめり込む。

 めり込んだ腕を引き抜き、今度はもう一方の拳を叩き込む。


『どうした? 穴を掘って隠れるつもりか?』


 ベルリオーズが嗤いながら、再び魔法球を出現させた。紫色の光が、タイタン・ウェイカーの背中を照らす。

 今のタイタン・ウェイカーにシールドは無い。

 アリーフェの学園魔法も、歌姫の歌唱魔法も届かない。

 今度同じ攻撃を喰らえば、頑強なタイタン・ウェイカーといえど耐えられないだろう。

 それでもガクトは、構わず拳を打ち下ろし続ける。

 ガクトの、マーフォークの直感が告げるのだ。穴を穿てと。


「――来い!」


 ガクトは両の拳を握り合わせて頭上高く振り被る。

 そして、ベルリオーズが魔法球を放つと同時に、渾身の力で以って振り下ろした。

 タイタン・ウェイカーを、魔法球がもたらした壮絶な爆発が包み込む。

 世界が白く染められ、有無を言わさぬ大爆風が再び大地を削った。

 ベルリオーズの容赦ない攻撃は、そのまま周囲へと伝播し、学園を今度こそ粉砕してしまうかに思われた。

 だが。


『――なんだ? 何が起きたというのだ⁉』


 ベルリオーズが驚愕の声を上げた。

 タイタン・ウェイカーを包み込み、西側一帯を吹き飛ばした爆発。それが、更に広範囲へ拡散することはなく、収縮(、、)し始めたのだ。

 学園まで至るはずだった衝撃波はそこまで広がることなく消失し、爆炎は爆心地へと規模を縮小していく。

 眩い光を放つ超高熱の爆炎が、まるで何かに吸い寄せられるかの如く、クレーターの中心へと集まっていき、赤く輝く巨人が現れた。

 青色を基調としていたボディーが一変。情熱を思わせる真っ赤な色を成したタイタン・ウェイカーであった。

 その足元からはマグマが飛沫を散らしながら吹き出しており、タイタン・ウェイカーは下へと(かざ)した両手のひらに開いた穴で、そのマグマを吸い取っている。

 タイタン・ウェイカーがマグマという名の熱エネルギーを吸収するたび、胸の中心にある魔導球の青い輝きが増していく。

 ベルリオーズが放った攻撃魔法の爆発も、タイタン・ウェイカーが手のひらの穴で吸い込んだのだ。


「――お前の爆発、もらったぞ」


 無傷の機体の中で、ガクトが言った。

 膨大な熱エネルギーを得たことによって、防御シールドがより強力になって復活。爆発からタイタン・ウェイカーを守っていた。


『……オレ様の魔法が効かないだと⁉』


 ガクトはタイタン・ウェイカーに念じて地を蹴る。そして、狼狽えた様子を見せるベルリオーズの顔目掛け、右腕を繰り出した。

 タイタン・ウェイカーのあまりの早さに対応できないベルリオーズは、繰り出された打撃を諸に受け、『グォオオオオオオオオオオ‼』という叫びを上げ、クレーターの外まで吹き飛んだ。



『熱エネルギー充填率・九十九パーセント 行けるぞ ガクト』



「ああ。一緒にやっつけよう!」


 全身を襲い続ける痛みに耐え、ガクトは機体を飛び上がらせる。

 格段に増した跳躍力を見せたタイタン・ウェイカーは、クレーターの淵を軽々と飛び越え、ベルリオーズを追撃。

 三度目の魔法球を生み出していたベルリオーズの頭部を、上方から殴りつけた。

 ベルリオーズは頭を地面にめり込ませ、生み出されていた魔法球が消滅。


「喰らえ!」


 ベルリオーズの頭の角を掴んで持ち上げ、その巨体を仰け反らせたガクトは、下顎から首にかけて連続で拳を打ち込む。

 パワーも大幅に上昇し、打撃力が増したタイタン・ウェイカーの攻撃は、ベルリオーズの強靭な身体の内側までダメージを響かせた。

 グォオッ! と、ベルリオーズは口腔からドス黒い血を吐き出す。

 ガクトは更に、ベルリオーズの首を両腕で掴み、機体全体を捻るような動きで、敵の巨体を放り投げた。

 地面に叩きつけられたベルリオーズの尻尾を間髪入れずに掴み、凄まじい膂力で持ち上げ、百八十度の弧を描く形で、反対側の地面に叩きつける。


『小癪な真似を!』


 ベルリオーズが動く。タイタン・ウェイカーが尻尾を掴んでいる状況を利用して、巨翼を勢いよく羽ばたかせて急上昇。


「――一旦退避!」


 ガクトは手を放すよう念じ、タイタン・ウェイカーは指示通り尻尾から手を放して中空に身を躍らせ、姿勢を制御して島の中央――山の火口の淵に着地。


「心配かけてすまない! 俺は大丈夫。ロボットも赤色に変わって、パワーアップしたぞ!」


 学園の生徒たちは、山の淵に突如として現れた赤い巨人に驚愕したが、ガクトの声を聞いて大歓声を上げる。


「誰かと思ったぞ!」

「何が起きたのか知らないけど、無事だったのね!」


 寺之城とジュリアの声。


「反撃開始だね!」

「赤い方が好き!」


 リクと歌姫も無事のようだ。


『ガクトくん! マグマ、掘り出せた?』

「ああ! 改めて礼を言わせてくれ、明玖。君の協力のおかげだ!」


 明玖の問いに答えるガクトの脳内へ、アリーフェのテレパシーが届く。


(ガクトさん。あなたなら、必ずベルリオーズを倒せると信じています。私は全魔力を出し切ってでも、あなたを守ると誓いましょう)


「――アリーフェ?」


 ガクトはアリーフェの言葉に、何か感情の憂いのようなものを感じ取った。


(……本当に、感謝しています。ガクトさん)


 学園全体の士気が上がる中、ガクトはアリーフェだけが、別の感情を抱いているように思えてならなかった。

 だが、それを聞いていられる猶予はない。


(ガクトさん! 上空に、これまでにない規模の魔力を感じます! ベルリオーズが、また何かするつもりです!)


 というアリーフェの声で、ガクトは上空に意識を向けざるを得ない。

 ベルリオーズは黒雲の中へと姿を消し、小型ドラゴンたちは穴へと撤退を始めていた。

 生徒たちはドラゴンが恐れをなして逃げ出したものと見て勝ち(どき)を上げるが、黒雲自体はまだ晴れていない。

 黒雲は、光を嫌うドラゴンたちを活気づかせるためにベルリオーズが魔法で生み出したもの。それが消えないことに、勝利ムードの生徒たちは気付いていないのだ。


「――みんな! まだ終わってない!」


 ガクトはタイタン・ウェイカーで学園の中心――ドック・ベイへと飛び込んで警戒を促す。

 ここで、学園直上(ちょくじょう)の黒雲に雷鳴が(ほとばし)り、ぽっかりと穴が開いた。

 穴の先には青空が見え、ガクトはタイタン・ウェイカーの望遠機能で、その遥か上空から巨地上を見下ろすベルリオーズの姿を捉えた。


『遊びは終わりだ、小僧。オレ様の最大の力――宇宙魔法(うちゅうまほう)で、決着をつけてやる!』


 ベルリオーズのテレパシーが届くと同時に、遥か上空に白い光が生じた。

 ベルリオーズがすべての力を宇宙魔法に注いでいるからか、黒雲が次第に薄れて消え、青空が広がる。しかし、それに比例して白い光が大きくなっていく。

 得体の知れない白い光に、生徒たちはざわめき立つ。


「アリーフェ! 宇宙魔法ってなんだ⁉」


 ガクトの問いに、アリーフェは慄いた様子で答える。


(――宇宙魔法は、この世界の支配者たるベルリオーズだけが使う、その気になれば星を破壊できるほどの威力を持った魔法です! かつて栄えた古代文明も、宇宙魔法によって氷が溶かされ、海面が上昇したことで呑みこまれて滅んだんです!)

「そんなヤバイ魔法を、また使うつもりなのか!」


 焦燥に駆られるガクトの眼前――モニターに、タイタン・ウェイカーの文字が表示される。



『ではこちらも 惑星魔法で対抗しよう』



「わ、惑星魔法?」



『肯定する 私が持つ最も強力な魔法で 熱エネルギーが充填されているときに発動できる』



 宇宙に惑星と、規模の大きさに戸惑うガクトの問いに、タイタン・ウェイカーが答えた。


「よ、よくわからないけど、それを使うしかないんだよな⁉」



『それが私の最大パワーだ』



「わ、わかった! とにかくやろう! 俺はどうしたらいい⁉」


 ガクトはタイタン・ウェイカーの指示に従い、両腕を上空へ向けて伸ばし、両方の手首同士を密着させるよう念じた。

 機体は念じた通りに動き、その剛腕を空へと伸ばし、手首の内側同士を密着させる。


『皆さん! ガクトさんをサポートしてください!』

「――おっけい! 最後の持ち歌いくよ!」


 アリーフェの魔法放送が響き渡り、固唾を呑んで見守っていた歌姫たちが演奏を再開。


「非戦闘員は屋内に退避してくれ! 空にある白い光は、敵の強力な魔法だ!」

「総員、上空の白い光へ向けて攻撃開始! ガクトを援護!」


 ガクトは隠れるよう呼ばわるが、生徒たちは誰一人として動かず、その場に踏みとどまって声援を送り始める。

 ジュリアたちの一斉射撃が開始され、無数の弾丸が白い光へ特攻。



『ボイスコマンド 超超超超絶惑星級究極完全無欠大爆裂掌波 を唱えろ』



「え⁉」


 ガクトは突如表示された凄まじい文字列に、驚愕の声を漏らす。


『貴様らの願いも、希望も、努力もすべて、諸共に散れぇえええええええええええ‼』


 ベルリオーズが眩い閃光を放つ。それは、島全体を包み込むほどに太い、灼熱の白い熱線(ビーム)

 何者をも生かすことなく、すべてを破壊し消し去るべく、無慈悲な光線が迫る。


「――ちょ、超超超超絶惑星級究極完全無欠大爆裂掌波ッ‼」


 ガクトは大きく息を吸い込み、一気に捲し立てた。

 ボイスコマンドを受けたタイタン・ウェイカーの、空目掛けて構えられた手のひらの穴から、赤く輝く光が生じ、次の瞬間、とてつもない太さの光線となって発射された。

 白い光線と赤い光線が上空で激突。衝撃波が波紋の如く惑星の空を伝播。

 目を開けるのがやっとな閃光の下、破格の重圧がタイタン・ウェイカーに押しかかり、ずっしりと構えられた脚部がドック・ベイにめり込む。



『シールド破損』



 タイタン・ウェイカーの警告。


(押されてる!)


 ガクトは赤い光線をもっと強く発射するよう念じる。

 赤い光線がほんの僅かに光量と太さを増すが、しかし白い光線を押し返せない。


「――う、うわぁあああああああああッ‼」


 身体の痛みが頂点に達し、ガクトは念じ続けることが困難になる。

 だがそこで、ダメージが蓄積したガクトの身体を、歌姫の歌唱魔法が癒し始めた。

 少しずつ痛みが引いていき、ガクトはより集中して念じることができるようになった。



『脚部関節圧壊 姿勢保持力低下』



「負けるな! ガクト君!」

「ぶちかませ! ガクト!」


 寺之城とリクの声。



『腕部 負荷限界突破』



「全力でぶっ放しなさい!」

『ガクトくん! 頑張って!』


 ジュリアと明玖の声。


(あなたは勝ちます!)


 アリーフェの祈り。


「ガクトォオオオオオオオオオオオオオ‼」


 歌姫の叫び。

 それらすべてが、ガクトの糧となる。彼の身体に力が漲る。


「――ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」


 ガクトは渾身の力で叫ぶ。

 超超超超絶惑星級究極完全無欠大爆裂掌波が、さらに太くなる。少しずつ、白い光線を押し上げ始める。


『――馬鹿な⁉』


 ベルリオーズが溢す。

 全校生徒が一丸となって、叫ぶ。



「行っけぇええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ‼」



 地上から放たれた赤い光線が、上空から迫る白い光線を完全に押し切り、悪しき支配者を呑み込んだ。


『この、オレ様が! 貴様らごときにッ‼』


 グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼

 惑星を揺るがす咆哮を残し、ベルリオーズは消滅した。



   ■



 全エネルギーを使い果たし、機能を停止したタイタン・ウェイカーから地上に降り立ったガクトは、学園の生徒たちから英雄として迎えられた。


「済まないんだけど、今すぐ地下基地に行かせてくれないか? アリーフェと明玖が心配なんだ。今、地下には二人しかいない。まだ危険なモンスターがいるかもしれないから、迎えに行きたいんだ」


 というガクトの言で、休む間もなく急遽救出隊が編成された。

 ガクトが携帯で明玖と連絡を取り、彼女がシステムを操作して学園の中央にせり上がっていたドック・ベイを昇降できるようにしたおかげで、救出隊はわざわざ洞窟から基地を目指す必要なく、最短ルートで地下基地へ行くことができた。

 そうして、ガクト、ジュリア、リク、寺之城、歌姫の五人が数名の戦闘員を伴い、救出隊として明玖の下を訪れたとき、明玖の口からその事実を告げられた。


 アリーフェが死んだ。


「――さっきまで、元気で、二人で、喜んでたのに……」


 涙に濡れた明玖が両手の上に、ぐったりと横たわるアリーフェを乗せて言う。


「疲れたから眠るって言って、それっきり……」

「――うそだろ? アリーフェ、……目を開けてくれよ」


 ガクトは足の力が抜け失せ、その場に膝を落とす。

 元の世界へ帰る手段がなくなったということよりも、純粋にアリーフェの死が悲しかった。

 他の仲間たちも、勝利の喜びが完全に冷え込み、神妙な面持ちで口を(つぐ)んでいる。

 ガクトは戦闘時、アリーフェのテレパシーに、何らかの嫌な予感を抱いたことを思い出した。

 彼女はあのとき既に、自分の死を悟っていたのかもしれない。


「――魔力を、使い切っちゃったんだと思う……」


 魔法が存在する世界出身のリクが言った。


「あたしたちを守るために、こんな増幅炉まで使って、頑張ってくれてたんだものね……」


 と、ジュリア。


「学園長の魔法が無ければ、ガクト君のロボットが覚醒する前に、僕たちは全滅していただろう……」


 眼鏡を外し、袖で目元を拭う寺之城。



(あのぉ、皆さん?)



 そのとき、全員の脳内に、アリーフェの声が聞こえてきた。


「――え⁉ この声、アリーフェ⁉」


 歌姫が両手を耳に当てる。


(そうです。ご心配お掛けしてすみません。私は肉体こそ失いましたが、こうして【残留思念】となって、今もこの世界に留まっています)

「ど、どういうことなんだ? 君は、死んでしまったのか?」


 ガクトの問いに、アリーフェが答える。

 彼女曰く、妖精族の中で特に魔力の強い者は、死と同時に体内に溜められていた魔力に自分の意思を宿して身体から放出し、それを自分の意思でまとめることで、いわゆる【幽霊】のような状態で世界に留まることができるらしい。


「それじゃあ、あたしたちは今、アリーフェの幽霊と会話してるの?」

(あくまで例え話ですよ、ジュリアさん。そんなに青い顔にならないでください)

「――うう、よ、良かった……」


 明玖がアリーフェの小さな体を両手で持ち上げ、胸に抱き寄せる。


(明玖さん。あなたに触れることができないのは残念ですが、私はいつでも、あなたや、皆さんの傍にいます。用があればお気軽に話しかけてください)

「でもそれは、この世界に留まっていればの話だろ?」


 ガクトの問いに、「いいえ」と答えるアリーフェ。


(皆さんがそれぞれの世界に帰ったとしても、私との会話はできます。あなた方は全員、私のテレパシーを感じることができますから)

「ということは、帰還魔法も使えるの?」


 ジュリアが聞いた。


(もちろんです。ベルリオーズを倒したら、皆さんを元の世界に戻す約束ですから)

「――そっか……」


 ジュリアは小さく頷いて、ちらりとガクトを見た。


「もうこれで、みんなとお別れなのね……?」

「ええと、こう思ってるの、わたしだけかもしれないんだけどさ……」


 そこでおずおずと、歌姫が口を開く。


「――もうちょっと、ここに居たいかなーなんて……」

「あたしも同じ考えよ、歌姫。だってあたしには、帰る場所ないし……」


 ジュリアはそう言って視線を落とす。

 彼女のように、むしろ元の世界に戻りたくない境遇にある生徒が他にもいるだろう。


「アリーフェ。確認したいんだけど、帰還魔法って、いつでも使えるものなのか? 例えば、一回限りしか使えないとか、いつまでに使わなくちゃいけないとか、制約はあったりする?」

(帰還魔法は召喚魔法と同じで、消費する魔力こそ大きいですが、時間を空けて魔力を補充すれば、何度でも使えます)

「なんと! なら、みんなにアンケートしてみるというのはどうかね? それで、今すぐには帰りたくない人には、自由に残ってもらうのもありかと思うのだが……?」


 寺之城の提案に、アリーフェは「そうですね」と同意を示す。


(今の私は残留思念なので、生きていたときよりも魔力そのものに近い存在です。なので補充も容易ですし、無理して今すぐ帰る必要も特にないと思います。この世界でどれだけ長い期間を過ごしても、皆さんが元いた世界の時間経過はほとんどありませんし……)

「――だったら俺も……」


 と、ガクトは考える。

 リク、ジュリア、歌姫、明玖。

 彼女たちには、ガクトが【答え】を返すのを待ってもらっている状況なのだ。


「それじゃ、早いとこ引き揚げて、みんなにどうしたいか聞いてみるってことでおっけい?」


 歌姫がまとめて、その場にいた全員が頷いた。



   ■



 学園に戻った一同が、タイタン・ウェイカーが仁王立つドック・ベイにて行った意見集約の結果、意外にも【まだここに居たい】という意見が百パーセントを占めた。

 いつでも帰れて、且つ、元の世界では時間経過もないのであれば、もうしばらくこの【ミープティングレイス】で遊んでいたいという考えが多いようだった。


「そうだ! 戦勝祝いも兼ねて学園祭やらない? 準備だって前からしてきたわけだし」


 生徒たちの総意を知った歌姫の提案は歓迎され、これからは学園祭に止まらず、やりたくてもできなかったことをやっていこうという話でまとまった。


(それでは、……大変ではありますが、その、お片付け、しましょうか?)


 アリーフェのテレパシーが全校生徒に共有され、各々、戦い疲れた身体をほぐしながら、【戦場】の後始末に掛かる。

 散乱した空薬莢、瓦礫、ガラス片、ドラゴンの死骸など、すべてを綺麗に片づけるにはそれなりの日数が掛かるだろう。


「――ねぇ、ガクト」


 まずは手近なドック・ベイで作業を始めた直後、リクがガクトを呼んだ。


「どうした?」

「あのさ、前、岩山で話したことなんだけど……」


 ここで来たか! とガクトは一瞬狼狽える。

 まだとても、返事ができる心境ではないのだ。

 しかし。


「――ねぇ、ガクト」


 リクに何と言ったものか悩むガクトの背後から、今度はジュリアが話しかけてきた。


「え?」

「あのさ、その、――あたしを運んでくれたときのこと、覚えてる?」


【サーッ】と血の気が引くような感覚に見舞われるガクト。

 それだけに止まらず、


「お話中ごめんね、ガクトくん。ちょっといい?」


 右横から歌姫が。


「――ガクトくん。ちょっと話があるんだけど……?」


 左横から明玖がやってきた。

 四方を女子に包囲され、ガクトの頭はパニック寸前に陥る。

 女子たちはお互いに視線を交錯させ、謎の沈黙が流れる。

 ガクトはマーフォークの感知能力で、無数の青い火花を連想した。乙女たちが一つの獲物を巡って火花を散らし合うイメージが、脳内を埋め尽くす。


「……ガクト君。君というやつは、学園でファンクラブが密かに発足するほどに人気のある女子たちを何人も手元に侍らせるとは……許すまじ」

「「許すまじ……」」


 更に寺之城と大勢の男子生徒までもが、目元に影を落として、ゆらりゆらりと集まり始めた。


(アリーフェ。なんだかおかしな空気になってるんだが、どうしたらいいと思う?)


 ガクトは咄嗟に、心の中でアリーフェに助けを求める。


(南南西に、僅かですが隙があります。ここは一旦この場を離れて、気持ちの整理をつけてから向き合うのが良いと思います)


 ガクトは素早く振り返り、群がる生徒たちの間を縫うようにして南南西へと走る。


「あ! 逃げた!」

「「待てぇえええええええ!」」

(なにこれ⁉ なんで俺走ってるの⁉)


 数十人の生徒に追われながら、ガクトは何とも言いようのない気分になる。

 世界を救ったと思ったら、みんなに追い掛け回されるなんて、誰が予想できただろうか?

 学園の校舎へと逃げ込み、尚も走りながら、ガクトは思う。


(俺の異世界物語は、まだ続きそうだ)



   FIN


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