プロローグ
不定期で連載します~
まだ良く聞こえない耳に響く声。
ひどい耳鳴りに頭がクラクラする。
しかし、まるで救世主が現れた時の民衆のような歓声に、悪い気はしなかった。
否、しかし、その声の主が人間であったならの話だ。
そう。今、俺は大小様々なモンスターどもに見下ろされていた。
直感で自分の危機を悟った。モンスターどもに囲まれて良いことなどあるはずがない。どうせオレはコイツらに散々遊ばれた挙句、ボロ雑巾となって無残に殺される。RPGの定番だ。
悩んだ挙句、ここまでの経緯を思い出そうとしたが、現実離れしすぎた状況に頭が追いつかない。更に不可解なことにモンスター共はオレを魔王!魔王!と呼んでやがる。ダメだ、全く頭が回らん。少し落ち着いて何があったか思い出すか。
◇◆◇◆◇◆
少し時は遡る。
朝、憂鬱そうに目を覚ましながらベッドから椅子へと腰を下ろし、目前に置かれているpcの電源を入れる。気がつけばこれが習慣になっていた。
電源を入れ、することは決まっている。自分が魔王になって、いかに早く城を攻略できるか。という簡単な戦略ゲームだ。自分の性に合っているのと平日も常にプレイしているので、気がつけばこの界隈で有名なトッププレイヤーになっていた。
年齢的には高校生だが、平日にゲームをしているぐらいなので、学校には通っておらず、髪も伸びきって後ろで結んでいる。しかし、勉強がしたくないという訳ではない。むしろ頭を動かすのは好きな方だが、単に集団でわざわざ気を使ってまで勉強するということに、意味を見出せなかったのだ。
そして、家に居ても他にすることがないので今日も朝からその戦略ゲームをする予定だ。
二階にある自分の部屋から下に降りて冷水で顔を洗い、砂糖たっぷりのコーヒーを飲んでから自分の部屋に戻る。そうしてパソコンの電源を入れると、ゲーム画面に見慣れない文字列が並んでいた。
「なんだこれ、新イベントか......?」
普段と違った模様と文字列に違和感を覚えながら、どうせイベントか何かだと納得して文字をクリックする。
―――瞬間、周りの世界は変容し、新たに構築された。風が上下に吹き荒れ、空がどんどん遠くなっていき、そこで自分が上空から降下していることに気づく。しかし、気づいた時には後頭部を地面に叩きつけられ、ズキッ、と嫌な音が響いた。額から嫌な汗が滲み直感で死を覚悟したが、その仮定はすぐに覆されることとなる。
......あぁ、思い出した。朦朧とする頭を働かせ、右、左と手を動かすが、ズキズキと体が痛む。痛みがあるってことはまだ生きてるのだろうか...?多分、身体器官は正常に動いている。一連の出来事に混乱するが、“生きている”ということに少し安心した。しかしその間を引き裂く様に耳に声が響く。
「おい!早く起きぬか、童帝魔王!」
突然、まだ幼くも尖った声を耳にし薄らと目を開ける。
するとそこには、多様な姿をしたモンスターに囲まれる中ゴスロリ衣装を身に纏ったツインテール姿の幼くも美しい少女がこちらを見下ろし、威風ある姿で仁王立ちして居た。
そして〝童帝〟という名。そう、それは俺のやっていたオンラインゲームでのプレイヤーネームだ。
しかし、魔王とはどういう意味だ?
俺は体制を立て直すため起き上がろうとするが、圧力を感じて起きれない。
そこで俺はその美少女の足に踏みつけられていることに気づく。思った以上に強い力だ。力を込めてもピクリとも動かせない。しかし少女の艶かしくも柔らかな足に踏まれている。そんな背徳的状況に、この俺が興奮しない訳がなかった。
「...はぁ.......はぁ」
荒い鼻息が美少女の足にかかる。
周りのモンスターどもはあいつ興奮してねぇ?みたいな会話を繰り広げているがまぁいいだろう。
というかアイツら喋れたのか...
「ひゃあっ」
強気だった美少女は身をよじりながら甘美な声を上げる。そしてその頬を赤らめた少女の姿を見たのを最後に、俺の頭部はブチッという鈍い音とともに潰され、視界は暗転した。
幾分か経っていたのだろうか、かなりの間眠っていたような気がする...
ゆっくり目を開けると、だんだん瞬間の記憶が戻ってきた。
俺は文字通り踏み潰されたのだ。少女の巨大化した、鱗に覆われた足によって。
恐怖心が全身を駆け巡る。
痛みは一瞬の出来事で感じなかったが、次第に頭を柔い卵のようにぐしゃっと潰された感覚が湧いた。
「うわぁああああああああああああ!!!」
軽くパニック状態に陥って叫んだ。
俺は頭を潰されたはずだ。
それなら何故まだ俺は生きている?確かに俺は頭を潰された。
その嫌にリアルな感触は確かにあった。混乱しながら少女を見上げる。
そこには艶かしい緑の鱗に覆われた、高層ビルの5〜6階ほどはあろうかという巨体、誰もが想像したことがあろう架空の産物、ドラゴンそのものがいた。
明らかに先ほどとは乖離した空気が漂っている。
「ど、ドラゴン......!!?」
頭を踏み潰されたことよりも、信じられない光景に思考を奪われ、声を投げかけると、その巨軀から声が聞こえた。
「お、お主が悪いのではないか、急にそ、その我の弱点を攻撃するから!」
見た目は空想のドラゴンそのままだが、大気に響きわたる声は恥じらいを持った少女の声そのものだ。
「お...お前はさっきの少女なのか......?」
俺は声を荒げて問いかける。
「少女ではないっ!我にはエネスというちょーカッコいい名があるのだ!」
自分でカッコいいっていうか普通...ってそんな疑問はさておき。
「お、お前らは何者なんだ!?」
俺は戸惑いながらも声を上げた。
「我はデルトラル・エネス。そこに居る妹を除けば飛龍種最後の生き残りなのだ」
エネスと名乗る少女の声音は強く、少し悲しげだ。
「そして、お主と初めに会った姿は化人種に溶け込むための姿で、元がこの姿なのだ」
エネスは最初会った少女の姿に戻り腕組みをしてエッヘンと話す。
エネスは当たり前だ、という様に話すが当然俺はそんなこと一ミリも聞いてはいない。
俺は視線を見渡す。
期待の眼差しで俺を見てくるモンスター共の背後に広がる広大な荒野。
青々と草が生い茂り雲ひとつない晴天だ。
立て続けに理解不能なことばかりで頭が追いつかないが、うん。ここどこ(笑)...
少し冷静になってまずこの状況を理解しよう。
「えーと、まずこの状況を誰か説明してくれないか?」
「だーかーらお主は我ら魔物たちを統べる者、つまり魔王としてこの世界に召喚されたのじゃ!」
エネスはニンマリと腕組みをしながら話す。
「俺が魔王...!?」
〝魔王〟は俺のやっていたゲームでの攻略相手。つまり敵であり、ラスボス。
その魔王として俺がこの世界に召喚された...?全く理解できないがこの現実は本物だ。
そんな困惑した姿を見てエネスはニィと歯をむき出して言う。
「これからよろしく頼むぞ童帝魔王!」
童帝その名前をエネスの口から聞いて、額に汗が溜まる。
ネトゲ時代の忌まわしき童帝というプレイヤー名。
その名を美少女に呼ばれるとは思ってもいなかった。
そしてその名の後ろに付く、魔王の文字。――その言葉に違和感を抱きながらも、エネスは自分勝手に質問を続ける。
「ところで童帝とはどういう意味なのだ?」
俺はその質問に少しドキッとするが、適当に付けた名前に深い意味はない。それに、この世界でエネスがその言葉の意味を理解していないことにまず安堵した。
ここは適当な返事でこのわがまま娘を相手するか。そう思ったとき、
「――ちょっと待って!お姉様っ!!」
モンスターの群れから一人の少女が飛び出した。突如駆け寄った少女はエネスよりも背が低く、長く伸びた前髪から整った顔を覗かせ、またもやフリルの付いたゴスロリからは尾をなびかせている。
「――やっと出てきたか!我が妹よ」
「...妹?」
エネスとは、かなり雰囲気が違う妹に、俺は疑問を口にした。
「ひっ...!」
その瞬間、少女は俺の言葉に反応して、逃げるようにエネスの後ろへ隠れる。
どうやら少なくとも好かれている訳ではないらしい。
「紹介するぞ、我が妹のデルトラル・ニーナ。お主と会うのをそれはもう楽しみに――ふぐっ」
何かを言いかけたエネスは、後ろから頰を赤らめたニーナに口を塞がれジタバタしている。
「ほんとうに...ほんとうにお姉様は余計なことばっかり...魔王様に知られたら恥ずかしくて死んでしまいます.......」
頬を赤くしたニーナは何か小声でぶつぶつ言っているようだがよく聞こえない。
やはり、なぜか嫌われているようだ。
ニーナは顔を赤らめながらエネスに提案を促す。
「お、お姉様〜?まずは魔王様にこの世界のことをちゃんと説明した方が良いのではないですか??」
「忘れておった!」
何か言いかけていたエネスを、上手く操る姿を見て、おてんばな姉を持つと妹なりの苦労があるのだなと思う。エネスは思い出したように話し始めた。
「今、この世界は我ら魔人種と化人種に分かれて争っている。そこで古に伝わる書を使い、英知を極めし者、つまりお主を召喚したと言う訳なのだ」
―――魔人種... 化人種......?
俺がやっていたゲームそのままじゃないか...!どうやら俺は本当にゲームの中の世界に入ってきてしまったらしい。しかし唯一、古に伝わる書というアイテムだけ分からない。ゲームの中でも無かったアイテムのはずだ。
しかしエネスの言う通りであれば、ゲーム通りにこいつら魔物達の戦略的指導者、つまり魔王としてこの世界に俺を召喚した訳だ。俺が目を覚ましたとき、魔物たちの湧き上がる歓声にも納得がいく。だがしかし、こいつらは一つ大きな勘違いしている。
「そうか。だが、俺にはなんの特別な力もない普通の人間だよ。お前らの世界で言えば化人種に分類される人間だ。だから早く元の世界に返してくれないか?」
そう。俺はなんの力もない、自分でも嫌になるくらいごく普通の人間だ。そんな面倒くさいことにかかわる道理はない。省エネが俺のモットーだ。
モンスターどもが理解できない言葉で騒めいているがそんなことは知ったことじゃない。
エネスは相変わらず自信満々に腕を組み、
「ふ...ふっはっは!な、なかなか面白いことを言うではないか」
と答えるが、その声はぎこちなく、明らかに狼狽えた姿で目を泳がせている。
「そんな...魔王様が人間種なんて、そんなはずありませんっ!確かに古の書にも我ら魔物種が危機に瀕したとき、この書を使い魔王を召喚せよと書かれています!」
ニーナは必死に訴えかける。よほど期待していたのだろう。顔を塞ぎ込んでしまっている。
エネスは少し考えこんで、
「ええいっ、考えておっても仕方ない!変化すれば分かることじゃろう」
自分勝手に納得した。
エネスが理解できない言葉で呪文を唱えると、文字列が俺の体に円を描き始める。
「おい勝手なことすんじゃ...ねぇ......」
突如現れた幾何学模様は徐々に体を多い、身動きが取れなくなっていく。完全に体を覆われると完全に身動きが取れなくなった。
数秒間の後、徐々に視界が開けると、なぜか腹を抱えて笑っているエネスの顔が目に入る。
「お主、その姿は...包帯人間ではないか」
エネスはクツクツと笑いながら話す。ニーナは「はぁあああ」と一息ついている様子だ。
「魔王が魔物最弱の包帯人間とはな!これは傑作じゃ」
エネスは笑いつかれて涙目になっている。
「関係ありませんっ!やっぱり伝承通りほんとうの魔王様なんですね!」
ニーナは「よかったぁ」と再び安堵のため息をした。その目には涙が溜まっている。
だが包帯人間とは一体なんのことだ...?
自分でも何が起こったのか分からないが、体に違和感を感じる。全体的に体が軽いのだ。俺は自分の手を見て衝撃を受ける。両手が包帯でぐるぐる巻にされているのだ。よく見ると、足にも包帯が巻かれていた。
「なんだ...!?この姿は!??」
―――これ俺の体全体に巻かれているのか?
さらに不思議なことに包帯をいくらほどいても手が見えない。終わりのない布が永遠に巻かれているようだ。とにかく解いても解いても永遠と布が続いている。
「無駄じゃぞ。お主はすでに魔人種じゃ。その布は包帯人間の特性。いくら解いても終わりはない」
エネスは戸惑う俺に、笑い疲れた顔で話す。
どうやら俺は本当に人間ならざるものになってしまったらしい...
「やっぱり本物の魔王様なんですね!」
ニーナは眼を輝かせて俺の腕に身を寄せた。しかし、すぐさま我に返って、エネスの後ろの隠れ、赤面しながらもじもじしている。どうやら感情が面に出やすいタイプのようだ。
しかし、そんなニーナの表情を見て、今まで期待というものをされたことがなかった俺にとって、むず痒い感覚だったが悪い気はしない。そして、
ーーーー少し協力してやっても良いか。
そんな気持ちが沸いた。しかし、同時に
ーーーー俺はいつ元の世界に帰れるんだ?
という疑問が浮かび、俺はエネスに質問する。
「......分かった多少の協力はしよう。で、何を手伝ったらもとの世界に返してくれるんだ?」
エネスが答える。
「お主が協力するのは当たり前なのだ!草原の向こうに城が見えるじゃろ...?まずはあの城を潰すのじゃ!」
なるほど。ゲーム通り城を攻略すれば、元の世界に返してもらえるって訳か。
見渡す限り草原と思っていたが、目を凝らすと、遠くにうっすら城壁らしきものが見える。
―――あそこに攻め込むのか?しかし、なんのために?
「なぜ、あの城なんだ?」
俺は疑問を口にした。
するとエネスの表情は豹変し、目つきがするどくなる
「あやつらがわしらの同胞を殺し、蹂躙し、弄んだ敵だからじゃ」
仲間を殺された、つまり復讐のための戦争。という訳か。
因縁は深そうだ。敵ということはつまり化人種の城という事だろう。
しかし、城は15mほどある城壁に囲まれ、かなり堅牢そうだ。普通の人間ならばよじ登るのも不可能な高さだろう。
元の世界でやっていたゲームを参考に考える。
この城をどう攻めるか...?そう考えていたとき、
突然エネスの自信満々の声が聞こえた。
「まずはワシが見本を見せてやるから見ておれ!」
相変わらず腕を組んで堂々とした態度だ。
魔物達から一際大きな巨躯のミノタウロスも自信満々にポーズをつけて俺にアピールしてる。
しかしふと疑問が湧いた。
―――あの城を落とす策が何かあるのか?
うすらとしか見えないが、城は堅牢な城壁に囲まれ、攻め込むスキを与えない構造になっている。
かなり綿密な策を講じない限りは、攻め落とすのは極めて難しいだろう。そう考えている最中、
「我が軍よ!突撃じゃ!!」
エネスは自信たっぷりの顔で命令を出すと魔物共は雄叫びを上げ、城めがて一直線に突撃した。ものすごいうなり声をあげて魔物共は突撃する。
―――その数秒後、先頭のミノタウロスが何かを踏んでカチッと音がした。
その瞬間、踏んだ足元から三本の光の十字架が天高く立ち上がり、モンスター共は消滅し、消える瞬間ミノタウロスの「ウモォ~」という声だけが残響した。
俺はしばらく呆気に取られていたが...
エネスは拳を強く握りしめて、
「くそうっ!またダメだったか...」
強く草原を叩いて、草を握りしめた。
「化人種どもめ...許せん...!次こそは必ず仕留めてやるぅう...」
エネスは小さな手を力強く握って悔しそうな顔をしている。
―――ええぇ...まさかのノープランだと......?
呆然と立ち尽くしていた俺は、一つの疑いが生じた。
こいつら、もしかしたらアホなのか...?
通常ではあり得ない戦法、なんの考えもなしの正面突破。
導き出した答えはアホなんじゃないか。という疑問だ。
そうなると、その先祖とやらが心配心から指導者を召喚させる巻物を残した理由も分かる。
そう考えていると脇下から小さく可愛らしい声が聞こえた。
「お姉さまはいつも考えなしに、城に攻め込むんです...」
ニーナは俺の裾を掴み見上げて言う。
「魔王さま私達をお助け下さい」
少女の切実な願い。ニーナは今にも泣きそうな表情だ。妹として責任を感じていたのだろう。
しかし現実世界では話すこともなかっただろう、美少女に懇願されて悪い気はしない。
「...分かった。俺があの城を攻略するために協力してやる」
「本当ですか!魔王さまっ!」
ニーナは目をキラキラ輝かせて喜ぶ。
「ふんっエネスひとりでも全く問題ないが、お主が手伝うのは当たり前じゃ!」
エネスは相変わらずの態度だ。
「あと、俺の名前はユージだ。これから魔王ではなく、ユージと呼んでくれ」
「ユージ様ですか?童帝様ではないのですか?」
「あ、あぁ違う。誓ってもその名前では絶対に呼ぶな」
この世界でその言葉の意味は分からないらしいが、若気の至りで付けた黒歴史では呼ばれたくはない。
ニーナはほくそ笑んで、
「わかりました。二人だけの約束...ですね」
とまた小さく頷く。
「でも...良かったです......。魔王様がまだ誰の物でもなくて」
その声もまた聞こえなかったが、ニーナが頬を紅くし嬉しそうにしているのは伝わった。
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