姉弟揃って異世界?転生しました。
自分の前世を思い出した切欠は、正にこの目の前の女性だ。名を『シャルロット・フェムト・アトリア』という。確か、前世で言う公爵の位の令嬢だ。
巻いた金髪と、緑色の瞳。
此処は学園なので身に付けるモノは落ち着いていたが、それでも豪華な装飾具だ。
私は――僕は、平民出身の女子。この令嬢と同じ新入生。
彼女が現れたのは、身分や格の違い等の忠告だろうと察していた。
そう、彼女のある動作――癖――を見て、僕は思い出したのだ。
彼女の癖は腕を組むときに、胸を張るのではなく、お腹を抱え込むようにすること。腰回りに肉が無いため、寒がりだった彼女は、自分の腕を回すことで暖めていた。肘の曲がり具合もフィットすると言っていたのだ。
「お姉ちゃん?」
彼女が何かを発言する前に、僕は呟いた。
当然、令嬢は怪訝な顔をし、失態した僕を叱りつけようとしたが、瞬間、目を見開き、停止する。
僕もまた、ある癖をした時であった。
僕の悪い癖は、話をしている最中であっても、動くものがあれば視界に入れようと、目で追うことだ。ゲーマーであり、対戦型格闘ゲームを好んだ僕は、多くの対戦や、動画を見て、キャラクターの動きを観察したものだ。
「…伸弥?」
僕の発言と癖で、僕の前世名を言い当てた令嬢。間違いない。
この令嬢は、僕の前世の『姉』だ。
「―――っ!! 伸弥、お、女の子に!?」
「突っ込む所そこ? お姉ちゃんだって金髪で巻いてるとか、前世と真逆じゃないの」
「そうそう、胸も大きく……って」
流石に周りの視線に気付いた令嬢が、慌てて僕の手を掴み、歩きだす。この学園の中庭――を通り過ぎ、ドーム屋根が付いた建物に入っていく。
中は暗かったが、天井に満天の星が貼り付いていた。ああ、この建物は天象儀だったのか。
見覚えがある天象儀とは違い、座席は無く、私語を咎める者は居ない。映画のような演目上映形式ではなく、夜空をただ見上げるだけの装置のようであった。
他の生徒と同じく、僕らは立ったまま会話を続けた。
「お姉ちゃん、好きだったもんね、星」
「今も好きだよ。そうじゃなくて、お互い顔が見えない方が話しやすいし、他人も私たちの姿が見えないから一石二鳥だと思ったの」
僕に気がつく直前まで、姉は間違いなく完璧な令嬢であった。そして、僕は――当然姉も――この姿と世界観に見覚えがある。
「……異世界転生を姉弟でやるとか無い…しかも好敵手同士…」
「ここって、お姉ちゃんがプレイして欲しいって言ってたあのゲームの世界だよね。セイなんちゃらのパクりって言われてた…」
「乙女ゲーム…『プロエリウム・プラネタリウム~星影~』ね」
貴族と平民が集う学園が舞台。貴族は生まれながらに天の星に加護されているとされ、平民は稀。勿論、後天的に加護される場合もある。
その星の名のもと、己の知力と筋力を競いあう。知力を入れなければ、パクりと言われても仕方ないゲームであったが、天文が主題の作品など世に余るほどあるし、乙女ゲームであったために初めは注目されなかった。が、ある二点を切欠に知名度が上がり、結果、某古参者にパクりゲーという評価を貼られ、更に有名になってしまったという、曰く付きゲーム。
一点目は『知力』の部分。実は、この舞台の天文知識は地球の天文と寸分違わず合致している。主人公であるプレイヤーは、その知識を要求されるのだ。しかも、その内容は、現存する各『検定』の試験対策になるとも話題になった。救済処置としては、プレイ開始時に難易度を設定できること、設定次第では選択問題にできるということだ。
二点目は『格闘』。そう、このゲーム、格闘ゲーム並みの戦闘システムがある。はめ技やコンボ、キャンセルは勿論、CPUの性能も良く、多くの格闘ゲーマーが、『格闘』要素だけを抜き、別ゲームにして販売してくれと唸った。僕もその一人だ。因みに『格闘』に救済処置は――ない、と思う。課金で主人公の経験値を底上げすれば、金こそパワーのごとく圧勝できるらしいが…。
また、『格闘』自体をスキップすることもできた。当然だが、経験値も得られず、特定スチルも見られない。ただし、『格闘』は必須では無いらしく、特定のキャラの好感度を上げる機能しかないらしい。素人格闘ゲーマーが勝てないとされているキャラは、正にその類いで、イベントに必須なキャラや魔物は、充分勝利可能だ。
姉は『知能』部分は問題なく、『格闘』に関してはからきし駄目であったため、僕に白羽の矢が立ったわけだ。
天の星――見えている多くは恒星である。恒星はいわゆる太陽系外の太陽だ。そう、ただの火の玉。それに愛着などわきようがなく、人間が勝手に名付けて研究して盛り上がっていたモノを、僕は冷めた目で見ていた気がする。姉は違ったが。
姉は、僕の友達にまで『勿体ない』と言われる様な女性であった。身内の贔屓目を抜いても、美人の部類だったと思う。しかし、漫画・アニメの世界にのめり込み、ヲタクへ。腐ってもしまった。……いや、男女の恋愛も、百合も好きだったし、初めからホモの作品は好きでは無かったようなので、生粋の『腐』とは言えないのかもしれない。
そんな姉は『星』が好きであった。よく勘違いされると言っていたが、姉は先の『セイなんちゃら』が原因で星が好きなわけではない。
昔、小学校の理科の授業が天文に関することだった時、さっぱりだった姉を見兼ねた父が、仕事帰りに関わらず、共に夜空を見上げ、星座早見盤の使い方も教えてくれた。
星座や星の名前を聞き、姉は夜空が好きになった。否、正確には父が自分のためにそこまでしてくれたのが、嬉しかったのが原因だろうと僕は思っている。なぜ、そこまで察せるかと言うと、僕もその星見に同行したからだ。
おおぐま座の北斗七星、そのミザール。それはアルコルとの二重星――僕たちの時代でも見かけか連星か不明であった――であり、視力が良いと見ることができる。「見えた!」と笑って喜んだ姉が忘れられない。
「お姉ちゃん、ずっと前世の記憶があったの?」
「無い。伸弥に『お姉ちゃん』って言われて、伸弥の癖を見た途端、ぶわっと思い出した…だから、正直、喋り辛いんだよね…」
「ああ、シャルロットの口調、典型的なお嬢様口調だったっけ…」
「そー言う伸弥はどうなの? TSFの気分は」
「…僕もさっき、伸弥だって自覚したから戸惑ってるよ…」
そう、自覚した途端、色々と辛い。付いていたモノが無い。無かったモノが付いている。スカートは太腿の間がすーすーする。表現が悪いが跨が落ち着かない。尻だけの頃とは違い、割れている感覚が強い。気持ちが悪い。
「伸弥――あ、今の名前は?」
姉は『伸弥』と呼び続けることが良くないと思ったのだろう。突然、今世の名前を訪ねてきた。
あのゲームの主人公は、名前が固定ではなかった。だから、攻略対象キャラはフルボイスではなかったらしい。モブに対しては当然未実装。つまるところ、乙女ゲームとしての評判も悪かった。
「シンシア」
「…じゃあ、伸弥って呼んでも大丈夫だね」
「いや、駄目だろ」
姉のボケに思わず突っ込んでしまう。
しかし、困った。
自覚してしまった今、僕はどうやってこの世界を生きていけば良いのか。全く検討もつかない。この学園を卒業したら、良い就職先でも見つかるのだろうか。そもそもしっかりと卒業できるのか。
腕を組み、悩む。
いや、待て、そもそもこの世界、乙女ゲームなのだ。そして、自分は主人公。
「……お姉ちゃん、僕の見た目、本当に主人公?」
「何を今更。だからシャルロットが声をかけようとしたんじゃない」
姉の役は、先から言っている通り『シャルロット・フェムト・アトリア』。
平民である主人公に格闘の成績で負け、根に持って好敵手宣言するのだ。
しかし、名前を知らずに声をかけようとしたのかと、姉に訪ねたところ、所謂『取り巻き』に教えてもらったとのことであった。
恐らく開発者は、シャルロットを『悪役令嬢』にしたかったのだろうが、某ゲーム雑誌では「なりきれていない」と酷評されていた記憶がある。確か、劣化版お蝶○人。
しかし、そうか。僕はやっぱり主人公なのか。
「…これ、僕は攻略対象キャラの誰かと恋愛しないといけないってこと…?」
「…この場合って、BL?」
「そう言う話じゃないの…ゲームの通りにしないといけないのかってこと」
「ん? 大丈夫じゃない? 皆、平等に好感度を上げたら友達で終わると思うけど」
そう言えば姉は、好きな女性声優がヒロインの声をやっているという理由で、男性向け恋愛ゲームにも手を出した人だった。横目で見たことがあるが、ヒロイン全員に紳士対応を選択するため、誰とも結ばれなかった。本当、向いていない。
「取り敢えず、伸弥、私の実家に来る? 一人ぐらいなら、側仕えとして雇えるよ」
「いや、ゲームのシナリオ変えて良いの? ってか、お姉ちゃんは寮じゃないんだ」
「一応、貴族だからね。あ、さっきも思ったんだけど、シナリオうんぬんは、大丈夫じゃない? ほら、あの青狸型ロボットの」
「猫ね」
話の途中で、某有名な漫画の話が突如出る。
「千夜一夜物語が舞台の、アレと同じじゃないかと思うんだよね。私の疑問を伸弥が解説してくれた」
「…ああ」
姉の疑問とは、某漫画のストーリーの根本であった。絵本に入り込む道具で、ヒロインが千夜一夜物語に閉じ込められてしまう。主人公たちは、千夜一夜物語に出てくる登場人物が、史上に実在していたことをつきとめ、そこでなぜかタイムマシンで過去に行き、ヒロインを助け出すのだ。姉はなぜ、絵本に閉じ込められたヒロインが、過去に存在するのかが、理解できなかった。
僕が説明したことは、次のとおりだ。①千夜一夜物語は史実が含まれている。②ヒロインは千夜一夜物語に閉じ込められた。③ヒロインは史実になった。だから、過去に行けば史実のヒロインに出会えるわけだ。この話の問題は、絵本に閉じ込められたヒロインと史実のヒロインは同一とは、限らないということだ。
姉が言いたいことは、この世界はゲームの世界ではなく、ゲームの元になった世界で、史実だということなのだろう。この史実に何か変化が起きても、変わるのはゲームの方なのだ。
しかし、その推理はおかしい。ならば、あのゲームはどこかにある現実だったということになる。たとえ異世界であったとしても、僕たちが住んでいた世界の天文――天文に関わる歴史や神話も含まれる――が合致するはずがない。
そのことを話すと、姉が続けた。
「実は、この世界の夜空、全然違うんだよね」
「え」
「ところどころ似た並びや、似た星はあるのだけれど、私たちが知っている星の並びは無い。名称とかも違う上に統一されてないし」
つまり、この世界の住人――正確には学園の生徒は、存在しない天文を学んでいることになる。
「それって変じゃん」
「そ、ゲームではそう言うの一切無かったけど。学園の門や生徒手帳などには、ある一文が書かれてるの。『ここで学ぶことは消えるが、思い出は残る』と」
学ぶこと。つまり知識が消える。なんと無駄なことだろうか。就職には役に立たないことが良くわかった。そもそも、天文知識が役立つ職業など限られてはいるが。
「多分、学園がエルフたちによって建立されたのも原因だと思うんだけどね」
初耳だ。だが、僕が知っているゲームの情報は、パクりと天文と格ゲーのネット話題、ゲーム雑誌の評価、そして姉と一緒に遊んだほんの一部。世界観など知らないし、興味も無かったのだから仕方ない。でも、確かにエルフは勿論、獣耳が生えた人間とかも見かけるので、この学園は人間以外の種族も多いのだろう。
「一応、魔法もあるんだけど、名称が違うし。他にもところどころ違って…前世の記憶を思い出したから、余計混乱してる」
姉はこめかみの辺りを片手で押さえ、辛そうに答える。頭痛の症状を訴えていた。
僕は、このゲームに詳しくないし、この世界の理を全く知らない、知る必要も無い平民の、しかも女だ。無知故に拒否反応も無いのだろうと理解する。するが、心への拒否反応はすごい。痛みはないが気持ちが悪い。責めて、ズボンを履かせて欲しい。
「はあ…ズボン履きたい」
僕の嘆きに、姉は即座に反応する。
「だったら尚更、私の側仕え兼護衛という建前で、パンツを履く? 多分、反対する人なんて居ないと思うよ。実際にそういう人たち要るし」
「そうなんだ」
「お嬢様の側仕えを男がするのは、公序良俗の問題から禁止されてるし、女性を護衛役にする場合は、スカートの中に武器を持ち込ませないために、パンツが必須なの。学園は武器の持ち込み禁止だし」
「ああ、セイなんちゃらのパクりと言われる由縁その1」
「いや、武器を持ち込んじゃいけないだけで、貸出しはされてるからね…格闘で使うキャラ居たでしょ」
しかし、話を聞けば聞くほど、シャルロットの側仕えになるのは利点しかない。
僕はズボンが履けるし、ゲームとこの世界に詳しい姉の側に常に居られ、情報交換もできる。
貴族と平民が一緒に居ても、他人からは主人と従者なので違和感はない。
しかも、僕たちはもともと姉弟であった。女性の下着姿くらいなら見慣れているし、それが姉だと言うなら、変な気分にはなり得ない。
そもそも今は僕も女だ。また、女性の身体に対する疑問点や不明点は、姉に聞き易い。
後は姉の家族と、他の従業員との関係くらいだが、社会経験がある僕としては、ひとつの会社に勤めると考えれば、何も問題はない。
「えっと、じゃあ…お願いしていい? 側仕え」
「オッケー! 終業後に使者を送るね。一緒に帰ろう」
薄暗い中、姉が大袈裟に動作する。その様子から、本当に姉なのだと実感した。残念な。
「あ、そう言えば、お姉ちゃん、誰かと婚約してたりするの? 王子とか…」
悪役令嬢と言えば、王子との婚約からの破棄と断罪が定番だと、何かで読んだ記憶があった。折角、今世も姉と暮らせるのだ。共に平和に過ごしたい。
「婚約? ナイナイ。外国の王子が一人、留学生として学園に通ってるけどね。攻略対象の」
「関わりたくないから、是非教えて欲しい」
僕の真剣な声を聞いて、思わず姉は吹き出した。
ええっとーと場つなぎ表現を出しながら、王子の特徴も交えて説明してくれる。
「銀髪碧眼で、年齢は私より二つ上。いつも白い服を身に付けていて、側仕えも居るから直ぐに分かるんじゃないかな。戦闘は剣。魔法属性は炎。名前は、『ベレヌス・クー・ベテルギウス』」
ベベと覚えておこう。
END