惨劇の序幕
「…………」
中庭に面した静謐で無駄に荘厳な教会の廊下を腰まである長い青い髪を揺らしながら無言で歩く。
『ミリス教』の教会兵たちに阻まれ少し手間取っているうちに逃げられてしまった。だが、この教会は何日もかけて異界に変えてある。俺の許可がなければ外に逃げ出す事は不可能だ。
「貴様!」
「……不意打ちなのに言葉を紡ぐ意味はないだろ」
脇の道から突撃してきた教会兵の剣をバックステップで避けると続く連戟を魔力の宿った銀色の右手袋で防ぎ往なす。
この手袋の名前は『アガートラム』。俺特製のアーティファクト……魔力と呼ばれるこの世界に存在する無尽蔵で有限なエネルギーを扱う魔法を付与して作られた道具だ。
「【水切一閃】」
「がっ……!?」
剣戟を防ぎながら言葉を紡ぎ終えた瞬間左手に現れた水の刃が教会兵を両断する。両断された兵士は驚きのあまり目を見開きながら地面に倒れ、その肉塊の横を感慨もなく平然と通る。
人間は火・水・風・土の四種類の属性のどれか、若しくは複数所持する。この属性は魔力の色のようなもので魔力と同じ属性の魔法を使えば威力は上がり、相克の関係にある属性の魔法を使えば威力は下がる。
そして、ごく稀に特殊な魔力『ユニーク』を保有する者もいる。これは四属性以外の普通ではない魔法を使える魔力であり、その多くは保有者のみにしか扱えないものばかりである。また、身体的な特徴として体の何処かに仄かに輝く紋様がある。
これはミリス教は異種族と共に差別の対象にしており一昔前では過酷で苛烈な、目を背けたくなるような差別が行われていた。
(かくいう俺も、その差別を目にした事は多い)
路地裏で、街道で、屋敷内で、宮廷内で。異種族と共に『ユニーク』持ちの人たちは差別を受けてきた。俺はそれを目を背けたくても背けれず、何度も助けていた。
「【水玉模様】」
「ガッ!?」
背後の柱に潜んでいた教会兵を魔力で作り細かくした水で後ろを見ずに柱ごと撃ち抜く。撃ち抜くと教会兵が地面に倒れた時に出した声が聞こえる。
今、教会兵をみれば身体中穴だらけだっただろうな。生きているかもしれないから止めを刺しておくか。
「【血牙針山】」
「ゴボベィ!?」
倒れた教会兵に近づき魔法を発動。体から流れた血が数多の針となり教会兵を串刺しにする。
水属性は他の魔法と違い治癒の魔法が使える。そのため、高濃度の魔力が籠った素材である血液に対して親和性がある。無論、それを行うためには魔力の操作が極めて達者でなければならないけど。
「……ここだな【崩城凱旋】」
廊下を進んだ先にある世界最硬の金属であるアダマンタイトの大きな扉の前に立ち右手が触れた瞬間扉に亀裂が走ったかと思うと扉は砂のように崩れ落ちる。
この扉にはありとあらゆる魔法に対して対抗できるよう既存の防御魔法全て国内最高峰の魔法師に付与させたアーティファクトだ。だが、それでは甘い。俺の『アガートラム』は触れた魔法を破壊する。正確には、付与された魔法の魔力を消しているだけだが。そのため、アーティファクトにしか使えない。何時もは少し硬度のある手袋でしかない。
そして付与がなくなったアダマンタイト。これはどう抗っても金属。鉱石を加工して作られた物でしかない。それなら触れた物質の水分を蒸発させる【崩城凱旋】が良い。まあ、魔力をごっそりと奪われてしまったけど。この魔法、対象の物質によって使用する魔力が変化するんだよな。
「な……な、な、な……」
「やっほー、やっと見つけたぞクソ司教」
扉の奥にある部屋は祈りの間。ミリス教の神『ミリス』とその従属神たちの彫像並ぶ荘厳な部屋である。だが、その部屋は今では高価な壺や絵画がところ狭しと並んでおり、見る影もない。
そして、その中の奥の壇。神『ミリス』の象徴である台座に司教のみが着れる服を着ている男が座り込んでいる。
ゲロー・ナザリア。肥え太った太鼓腹と脂ぎった顔とモーツァルトのかつらのような金髪が特徴のミリス教の司教でクズ以下の汚物。
温厚で優しく、孤孤児院を複数運営し福祉活動に力を入れており能力も優秀で法皇の覚えも良い。明日、枢機卿の位を法皇より授かる事になっている。
だが、これは表の話。裏では吐き気を催す程の悪事を働いている。
ゲローはペドフィリアで司教になる以前から幼女に対して性的な暴行をしていた。孤児院を運営しているのも自分好みの子供を陵辱しやすい環境だからである。また、その事実を知った者や探る者を権力を使い捕まえては凄惨な拷問を行い理不尽な冤罪で処刑している。そのくせ、金が欲しいためか過度な重税と盗賊や海賊と結託し違法な奴隷貿易を運営し、莫大な資産を得たのと同時に平民たちに重税を与え、多くの人が違法な奴隷として売られていた。
まさに外道の中の外道。クズ以下の汚物。……真実を知っている者たちからすればその評価しか受けれない。俺も、様々な暗殺に手を染めているから分かる。その評価は正しい、裏の世界でもここまでのクズは数える程しかいない、と。
「か、金ならいくらでもやる!地位もやる!女だって好きなだけやる!だ、だから、命だけは……!命だけはたすけてくれ……!」
「……下らないな、クソ司祭。俺のフレンチ姿を見ても何も感じないか」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」
涙を流し尿を洩らしながら命乞いをする司教を軽蔑しながらアーティファクトの外套を取る。取った瞬間、司教の顔は更に醜く歪み俺は顔を歪めて嗤う。
俺の姿を見ればどんな存在なのか、それもはっきりと分かるだろ、クソ司教。
「え、ええ、エルフ!?何故、エルフがここにいる!」
「そんなの、どうだって良いだろ」
俺の尖った耳を見て更に泣きわめく司教を侮蔑しガラスに写る自分の姿を見る。
エルフとは人間……ヒューマンとは違う異種族であり尖った耳と眉目秀麗な美男美女が特徴の種族である。また、魔力の量が高く魔法に強い魔法種族としても知られている。だが、その絶対数は少なく他の種族のように国を作る事もなく小さな集落を各地に作っている。
俺も例に漏れず眉目秀麗の美男子……ではなく女性とも男性ともとれるかなり中性的な顔立ちをしている。
「ひっ!そ、その体の紋様はまさか……!」
「ああ、そうだ。俺は『ユニーク』だよ……気絶するな」
「ごほっ!?ごほっ、ごほっ……」
俺の胸と背中から頬まで伸び蔦のような虹色の紋様に司教は更に恐怖気絶しかけるが魔力を直接操り生み出した水を顔面に与えて意識を戻させる。
外套は姿欺きのアーティファクト。着用者の姿を変えるものだ。それを着けていれば俺はエルフである事も『ユニーク』である事も欺ける。まさに、外套様々だよ。
「お前は思い出す必要はない。お前は己の醜い欲望のために幾つもの村を焼いたのだからな」
「た、助け、助けてく、助け」
「だから―――お前に俺の正体を言うつもりも、言う価値もない」
泣きわめき命乞いをする司祭の腹に蹴りを入れ転がす。
こいつは表には一切でないで何もかも部下任せ、そのため体術は勿論魔法も最低限のものしか覚えてない愚者だ。
「焼死、毒殺、溺死、凍死、毒殺、ショック死、誘拐、首吊り、磔刑……」
醜く地面を這いながら俺から逃げようとする司教を歩いて追いながら殺し方を口ずさむ。
これが俺のやり方。自分が何をしようかを決める重要な事柄。そして、これこそが
「さあ―――お前はどんな殺され方が好みだ?」
転生者にして復讐者、リューク・レイブンの復讐なのだ。