仕組まれた使命
「なんか難しい」
ひとり部屋に戻ってベッドで横になりながら、わたしは声を漏らした。
「何がそんなに難しいのじゃ」
隣で荒神の剣が不思議そうに答える。
「何がって………全部よ。
聖樹がどーの、フィールシャワーがどーのって、この世界の仕組みを聞かされても分かったような、分からないような。
難しい話は苦手だわ……」
「ヌシの世界とはだいぶ違うようだな」
「まったく違うわ……。
頭も体もこんなに疲れたのは人生で初めてかもね」
「申し訳ない。
ワシが連れてきたばかりに、つらい体験をさせてしまって」
………。
素直に謝られると、ねちっこく攻める気も失せてしまう。
失せてしまうと………言葉が見つからないモノで、私は天井をぼ~と眺めた。
「そー言えば、昨日の半魔族、あいつは何者なの?」
「あやつの事は詳しくは分からんが、魔族の存在は分かっておる。
魔族はデーモンを扱い大陸を次々と侵略している」
「その侵略する目的は?」
「分からん。
だが、ただ単にこの世界を魔族の物にしようとしているだけではあるまい。
きっと何か目的があって行動を始めたのじゃろう。
世界中の専門家が推測しておるが、いまだ深層まではたどり着けていない」
「魔族に直接聞いてみちゃえば」
冗談半分で言うわたしに、荒神の剣は嘆息しながら、
「デーモンの恐ろしさは身をもって知っているじゃろ。
魔族の力はそれ以上、デーモンなど足元にも及ばん。
人間の力ではデーモンをやっと倒せる程度で魔族には敵うまい」
目的を聞けたとしても、その瞬間にあの世行きってわけだ。
しかし―――
「でも、荒神の剣なら魔族を相手に戦えるわけね」
「………ある程度の魔族とは戦えるじゃろうが、上位魔族となると難しいかもしれぬ。それこそワシを扱う者の力量が必要じゃ」
それって阻止できるかどうかは、わたし次第って言いたいわけ‼
勘弁してほしいのと、改めて自分の身に起きている理不尽に我慢できず、
「この際はっきり言っておくけど、
わたしの目的は帰ること、それは変わってないからね。
大陸がデーモンに支配されるとか、魔族が何考えているとか関係ない、
あなたが会わせたがっている『とある方』って人に会って、一発ぶん殴ってから帰らせてもらうからね。
分かった!?」
ズバッと告げた途端、
「それでは殴られましょうか?」
部屋の扉が開き、入ってきた人物はエリーナ院長だった。
「え?」
驚くわたしに、エリーナはニコリと優しい笑みを向けながら、
「私が、貴方を連れて来るように命じました」
「あなたが?」
こくりと頷いたエリーナは、掌をわたし掲げて、
「場所を変えましょう、ここでは話しづらい」
エリーナが掲げた掌から、青白い光が放出され、部屋が光に包まれた。
まぶしい!
一瞬ではあったが、目を開けられない程の強烈な光が止み。
目を開けると、そこには異様な空間だった。
天井も床も壁もない、まるで宇宙空間のような深い闇。
しかし上を見れば夜空のような無数の星の光、足元を見下げれば―――――巨大な地図?
………一枚の紙に書かれているような、見たこともない世界地図が足元のはるか下にあった。
世界地図には大小さまざまな大陸があるが、不思議なのは、四つの青く四角い何かが世界地図の一部を囲っている事だった。
場所は、世界地図の左に大きな四角。中央に小さな四角。
右上に大きな四角、その下にやや小さい四角。
やや小さい四角は、他の三つより青い光が薄い。
エリーナ院長はわたしに頭を下げ。
「まずは謝罪します。
何も関係がないあなたを巻き込んでしまいごめんなさい。
どうしても、あなたの力が必要だったのです」
え……あ、う~ん、そう素直に謝られてもどうすればいいのだろう。
戸惑うわたしに、エリーナは顔を上げて続ける。
「私は聖樹シスカの化身の一人、エリーナ。
聖樹の根、根底魔力の一欠けらすくられた存在です」
え? なに? 根? 根底魔力? どういうこと?
腰の荒神の剣をちらりと一瞥すると、
「そういうことじゃ、この方は聖樹シスカ様の化身エリーナ様。
つまりはこの方もわしを生み出したお方じゃ」
………頭が混乱するけど、とりあえず偉い人ってことね。
この世界の神様の一人ってことか。
エリーナは足元の地図に視線を移して、
「これは、このスフィアという星の世界地図です。
地図に青い四角が四つあるのが分かりますか?」
不思議に感じていたその四角、エリーナの言葉にわたしは頷く。
「これは結界です。
突如現れた魔族によって世界が滅ぼされるのを防ぐために、聖樹シスカが結界を張って魔族の侵入を防いでいるのです。
結界が張られていない場所は残念ながら魔族に支配させています」
なるほど、そういうことか。
世界地図の約四分の三はまだ結界に守られていることになる。
「しかし、見てください」
エリーナが掌を地図にかざすと、一部分が拡大される。
「この部分の結界の力が弱まっています」
それは青い結界が薄くなっている部分だった。
「今私たちがいるこの場所の結界の力が弱まっているのです。
そのため下級魔族やデーモンが、この地に表れ始めたのです。
このままでは結界は消え去り、上位魔族もこの地にやってきて、やがてこの地は魔族に支配されてしまうでしょう。どうにか結界の力を元に戻さないとなりません。
それにはあなたの力が必要です。
美咲お願いします力を貸してください」
そういわれても………わたしは帰りたいんだけど……
この世界の状況も把握できて大変なのはわかったけど、魔族やらデーモンやらと闘うのはやっぱり怖いし嫌だ。
はっきり言って巻き込まれたくない…………。
うつむいた顔を上げられない、『やります』とは言えない。
数秒の沈黙。
答えられないわたしに、エリーナは申し訳なさそうに、そっと耳を疑う言葉を告げる。
「あなたが元の世界に帰る方法はただ一つ。
王都ゼリアに行き、聖樹シスカの大樹に荒神の剣を突き刺す事です。
結界の魔力が蘇ります。そして魔力の強まりによって帰りのゲートが開きます」
「え!!
まって、それってつまり………」
う~~わ……信じられない!!
よほど悲壮な顔をしていたのだろう。エリーナはさらに申し訳なさそうに。
「ごめんなさい、帰える方法はそれしかないのです」
うぁ~やられたわ、協力するしか選択肢はないって事だ。
頭を抱えながら、腰から荒神の剣を鞘ごと引き抜いて、おもくそ地面に叩き付けた。
「何をする!!!」抗議の声を上げる刀ジジイを、鬼の形相でこれでもかと睨みつけて右足で、二・三回踏みつけた。
怒らせたら怖いんだぞ、ちくしょう、このやろ~。
その姿を見てエリーナは数歩後退したのであった。