聖樹と悪夢の雨
ゆっくりと目を覚ませば、倒れた時そのままに山道が視界に入ってくる―――はずだった。しかし わたしの視界に入ってきたのは木製の天井、しかもふかふかの布団の中。
そうか夢だったのか。
ぼんやりと天井を見ていると突然。
「気がつかれましたか」
声をかけられ、そちらに視線を移すと、
黒い修道服を身に纏った、赤髪が特徴的な女性が立っていた。
年齢は同じくらいだろう彼女の左目の下には、泣きぼくろがあり、それが何処となく色っぽさを感じる。
彼女は花を生けた花瓶を棚の上に置きながらニコリとほほ笑んだ。
わたしはゆっくりとベッドから身を起こして、
「ここは?」
「ここは丘の上にある修道院です。
倒れているあなたを見つけてここにお連れしました」
……ってことは、夢ではないのか……
「ありがとうございます。おかげで、だいぶ疲れが取れました」
ベッドから立ち上がり伸びをすると、女性はわたしを不思議そうに見ながら、
「一つ聞いていいですか?」
「…どうぞ」
「何故あそこで気を失っていたのですか?」
「それは―――」
頬を書きながら虚空を見つつ考える。はたして何て答えればいいのだろう。
まさか魔族に襲われて必死に逃げてきました。などとは言いづらい、う~む……考え込むわたしに女性は慌てて、
「言いづらいならいいですよ、無理をしないでください。
そうだ、良かったらこの服を使ってください。
その姿はあまりにも薄着ですし、破けてしまっているので」
机の上に修道着をおき、お辞儀して部屋から出て行った。
たしかにわたしの姿は、この世界ではあまりに異質かもしれない、ありがたく修道着を着せてもらおう。
服を脱ぎ、着ていたワンピースとポケットの中にあるスマホとお財布を、頂いた布袋の中に入れる。
修道着を着て刀をベルトに通してから部屋を出ると、そこには大聖堂が広がっていた。
十数名の老若女性シスターがお祈りをしている。
わたしの知っている教会と違うのは、祈りを捧げるその先が十字架や像ではなく、聖堂の高さギリギリまで伸びた一本の大樹に向けられていることだ。
先ほどの赤髪の女性がわたしの隣まで来て説明してくれる。
「聖樹シスカの枝葉です。一本の大木に見えますが、あの部分はただの枝で、幹は地面に埋まっているといわれています。
枝が地上に伸びている場所には、こうやって教会が建てられ祀られています。私達は一日に三回お祈りをしています。」
「へぇ~、聖樹……」
ぼんやりと聖樹を見つめる。
祀っているということは神様なのだろう。
それは分かるが、木に祈るというのがいまいちピンと来ない。
難しい顔をするわたしに、荒神の剣が語りだす。
「聖樹シスカは、この世界の源じゃ」
「みなもと?」
「そう、もともとこの世界は緑など存在しない砂漠の惑星といわれていた。
そんな世界に聖樹が突如生まれ。魔力を開放し、緑を、水を、生物を生み出した。
今でも、聖樹の魔力からありとあらゆる物が生み出されている」
う~む、つまりはこの世界は聖樹無では成り立たないのか……。
「もう大丈夫なのですか?」
正面から聞こえた声、目を向けると五十代後半くらいのシスターが、こちらに向かって歩いてくる。
白い修道着を身に纏ったシスターはとても優しい微笑みで、
「初めまして、クアナ修道院へようこそ、私が院長エリーナです」
握手を求めてくるエリーナ院長に、わたしは手を差し出して、
「助けていただいてありがとうございます。須藤美咲です」
「須藤さんね、疲れが取れるまでゆっくりして下さい。
それに今は雨季だから、あまり外に出ない方がいいわよ」
「はい」
手を振ってエリーナ院長は聖樹の方にゆっくりと歩いて行った。
見送ってから隣に立つ赤髪のシスターが、
「私はルナといいます。よろしくお願いします」
わたしは頷いてルナとも握手しながら、
「いま雨季だったのね」
わたしの言葉に、ルナは驚きと同時に戸惑ったような表情を浮かべて、
「もちろんです、この時期に外に出るなんて自殺行為ですよ。
だから須藤さんを見つけた時は驚きました。
生身で木にもたれ掛っていたので、あのままだったらきっと死んでいましたよ」
?
雨季の話をしているのに、何で『生身』だとか『死ぬ』とかの話になるのだろうか?
たしかに体は冷えるだろうが……
理解できないわたしをルナは察知したのか、わたしの手を取り窓の前まで連れていく。
―――――と。
私は目を見開いた。
ガラス窓の向こうには、いちめんに光の雨が降り注いでいた。
水ではなく光?
「本当に知らないんですか?
フィールシャワーを…………」
「フィールシャワー?」
一見。綺麗にも見える光の雨、だが一滴一滴が地面を叩いて抉る。
逃げ遅れた一羽の鳥が雨に撃たれたことで死に絶え、骨も残らずに塵と化す、異様な光景にわたしは息を呑んだ。
不思議だ…。
光の雨は動物を瞬時に塵と化すが、植物や昆虫などには無害に見える。
草木は光にあたっているが水のように弾き、
窓の冊子を歩く蟻の群れは平然と動き回っている。
「この光に人が触ると、さっきの鳥のようにあっという間に死んでしまいます」
人や動物に有害なのはなぜなのだろう?
ぼ~っと窓の外を眺めるわたしにルナは続けて、
「フィールシャワーは聖樹シスカが生み出した魔力といわれています。
聖樹が世界に魔力を送り、この星の大地や全ての生命がその魔力を受けています。
我々人間もその魔力を使い、日常生活で火を起こしたり、照明を焚いたり、時として魔法として治療に使用しりしています。
でも聖樹が生み出す魔力を全部使いきれているわけではない。
使いきれなかった漏れた魔力が、上空に集まり光の雨となって大地に降り注ぐことにより、また聖樹に返っていくといわれています」
つまり、この世界は魔力の循環によって成り立っている……
「この世界じゃ、聖樹が正真正銘の『神』……」
わたしはポツリと呟きながら悪寒を感じた。
それは自分の想像に対して、たとえば聖樹が魔力を生み出さなくなったら、この世界が終わるのではないのか。
もっともそれはただの想像であり、本当かどうかは分からない……………。
はっ‼
いかん、いかん。
考えすぎてる。
わたしはこの世界の人間ではないから、はっきし言って知ったことではないのだ。
聖樹だろうがフィールシャワーだろうが関係がない。
やるべき事は一つ。荒神の剣を造った人物に会い、もとの世界に帰るのみ。