異世界での心配事
心配事はたくさんあるが、いま一番心配なのは宿がとれるかどうかだ。
考えてもみてほしい、いきなり知らない世界に来たわけで、言葉が通じるのだろうか?
たとえば、海外に連れていかれ宿をとれと言われても、わたしには自信がない……。
それに正確な時間は分からないが、どう考えても真夜中である。
多くの建物からは明かりが消えているし、道には人けがなく寂しい状況、この時間から泊めてくれる宿があるかどうか、中には飛び込みでは泊めてくれない宿だってあるだろう。
荒神の剣が建物の外壁についている看板をみながら、お店を説明してくれているが、不安すぎて適当に相槌をうっているだけで頭に入ってこない。
「止まれい、ここだと言っとるじゃろうが‼」
はっきりと聞こえた刀の叫びに、わたしは足を止めて「へ?」と間抜けな声を溢す。
「へ? じゃない、ここが宿だと言っているじゃろ」
二階建ての木造建築、大きい建物ではないが村の規模からいってこれくらいが妥当だろう。明かりはちらほらとついている。
ドアを押して中に入ると、フロントに鈍い明かりが灯されている。
「すみませーん」
声を張ってフロント奥、ドアの向こうにいるだろう人に呼び掛ける。
一分ほど待って、ドアの奥から足音が聞こえてきた。
現れたのは、かっぷくの良いおばちゃんが気だるそうに出てきた。
フロントに立つと、明らかに不審人物を見るように、上から下まで注意深く観察される。
おばちゃんがその目でみるのは仕方がない、
この村では見慣れないだろうブルーのワンピース、腕や足に無数の切り傷と汚れ、おまけに刀を持っているときては、怪しむのは当然である。
ここは異世界の田舎、若い女性がこんな格好で歩く姿も見ないだろうし…。
ひとしきり怪しんでからおばちゃんは唐突に、
「なに?」
うおっ、日本語だ。この世界でも日本語しゃべってる!
会話できるじゃん‼
冷たい一言だが、わかる言語で感動してしまう。
会話する相手が刀ではなく人間なのが重要な感動ポイントだ。
「え、あ、あの一泊したいのですが」
おばちゃんはこちらを一瞥して、
「あんた、お金持ってるの?」
――――――――――――――― ‼
お金! そりゃそうだ‼ 大事なことを忘れていた。わたしはこの世界の通貨をもっていない! 宿屋に泊るどころかご飯すら食べられない。
一か八かポケットから財布を取り出して、千円札を見せてみるが「何この紙」と一蹴………。
荒神の剣に小声で「お金持ってない?」と聞いてみるが、そんな物は知らないとの返事。
知らないって……村に行くのを勧めたのはあんたでしょ‼
心の中で非難しつつ、ポケットに何かないか探していると、石のような物が当たった。
手に取り確認してみると、デーモンを倒した時に落ちた宝石が入っていた。その中の小さい一つを恐る恐る見せる。
「これじゃダメですか?」
おばちゃんは宝石をバッと素早く取り上げ、淡い光を発するランプに照らしながら「……これは……」驚きの声をあげる。目を丸くしてわたしに視線を向け、
「何泊したいの?」
興奮状態のおばちゃんに呆気にとられながら、
「一泊です…」
宝石を即座にポケットにしまい、三つの部屋のカギをわたしの前に出す。
「空いている部屋のカギよ、すきな部屋を使いなさい」
「…え~と…それじゃあ、角部屋を…」
カギを見ながらボソリとつぶやくわたしに、おばちゃんは一つのカギを差し出した。
受け取っておばちゃんが指さす階段の方をみた。
「つかれた~」
少し埃くさいベッドに崩れ落ちるように突っ伏すと、体中の疲れがどっと押し寄せてきた。
足が痛い、体が重い、汗臭い、整理しきれていない感情がうずまき、
考えだしたら頭が破裂しそうだが、今のわたしは何よりも眠気が勝っていた。
……………
………
あれ……
体を揺さぶられている?
誰に?
首をブンブン振り回されている感覚………
「ほぇ?」
「早く起きんかあぁぁぁぁ」
わたしは寝惚け眼で目を開くと、視界がグルングルン回転していた‼
目が回る。いったい自分はどんな状況なのか分からない―――
瞬間。
バタン!
ベッドからズレ落ち、顔を床に強打した。
「いたぁ~~」
意識が戻ると顔の痛みだけではなく、体中の痛みを感じる。右手が痛いのは刀の意志で勝手に振り回されたから、首が痛いのは刀と右手が動くことによって体全体が動き、首が振り回されたから、
顔を抑えながら右手に握った荒神の剣を見ると刀身が抜かれていた。
「ちょっと…何よ、何であんた暴れてるのよ」
ジト目のわたしに荒神の剣は忠告する。
「気を抜くな」
刀の意志によって正面に切っ先が向けられる。
その先には、ドアの前に立っている人物。
窓から射す朝焼けの光がその者を照らすと、彼は冷笑の笑みで私達を見下ろしていた。
逆立った白銀の髪が印象的な、ドアの前に立つ男。
年の頃は二十代前半、身長は180くらいあるだろう。
身に纏った黒いアーマーが朝日に反射して眩しい。
「み~つけた」
男は鬼ごっこの鬼のような、子供じみた笑を浮かべる。
その笑みが気持ち悪い、この男わたしが生理的に受け付けないタイプだ。
「気を付けるのだぞ、こやつは魔族。敵じゃ!」
床から腰を上げて男と対峙する。