選ばれたワケ
「終わったぁ……」
安堵と共にどっと疲れが押し寄せる。緊張、恐怖……多くの感情がやっと沸き起こり、整理しきれない中―――わたしはか細い声でつぶやく。
「なんなのよ…………もう……帰してよ」
しばしの沈黙の後、荒神の剣は重苦しく口を開いた。
「申し訳ない、今のワシには元の世界に帰す力が無い」
「え……」
刀の言葉にわたしは耳を疑った。
「連れてくるだけで力を使い果たした。帰す力がいつ溜まるかはわからん」
「ちょっと待って、じゃあ………帰れないの?」
「すまぬ」
脱力感に体中の力が抜けて、絶望がわたしを支配した。
何も考えられないとはこのことだろう。
時間にすれば一・二分かもしれいが、この沈黙が何時間にも感じた。
話しかけ辛そうに荒神の剣は口を開く。
「ここにいるのもなんじゃ、この近くに村がある。
そこに行けば暖かい食事と宿がある、そこまで行こう。
途中で全て説明する」
呆然と空を見上げた。
木々の隙間から見た夜空は、白く光る幾つもの星々が僅かながら見えた。
こんな所にいても仕方がない……
刀を掴み、杖代わりに重い腰を持ち上げる。
ギャーギャー騒いで抗議の声を上げるが無視をして、
「あなた、鞘はないの?」
刀身むき出しだと怪我をしそうだ。
まあ、森の中を歩くなら小枝やつるを切るのには便利だけど。
わたしの言葉に刀は小さく唸り、一瞬で刀身に黒い鞘を纏わせた。
「さて、それじゃあ村とやらに行きますか」
半ばやけくそ気味にわたしは呟く、落ち込んでいても始まらない。
こうなったら『なるようになれ』だ。
デーモンが落とした幾つもの宝石を拾ってから、ズボンの右ポケットに入れる。
そうだ、スマホ!
ポケットにスマホが入っていたから直ぐに取り出して、画面をタップしてみる。
ホーム画面には日本の時刻が表示されている。
でも、やはりというか、当然というか電波は来ていない。
お母さんに電話を掛けてみるが、ウンともスンとも言わず、音すらもならない。
「ダメか……」
大きく溜息一つついて、スマホをポケットに戻した。
左側のポケットには財布が入っていた。
荷物はこれだけか……。バックとか買い物した物はおいてきちゃったのかな……。
さらに嘆息をついて、刀が示す方に歩き出す。
道なき道を少し歩くと山道に出た、あとは道なりに山を下るだけ。
山道とはいえ足場は悪い、救いなのはスニーカーを履いていたこと、これがヒールだったら地獄だった。
………って、そんなしょうもない事を考えていても仕方がない。
「約束よ、何で私を連れてきたの」
荒神剣に質問を始める、刀は数秒の沈黙後、語り始めた。
話しの内容はこうだ。
この世界にここ数年で大量のデーモンが突然発生していた。
元々デーモンなどという生き物が存在しなかったのだが、ある大陸に突如現れたデーモンは、人々を襲い五つの都と二つ王都を壊滅し、ついにはその大陸を占領した。
その力はますます大きくなり、次の大陸に襲い掛かろうとしている。
その大陸が今わたしがいるここである。
デーモンがちらほらと出現しているのは、すでに上陸が始まっている事を意味する。
この大陸にある王都も占領されてはたまらないと、デーモンに対抗する策は投じている。
その中の一つがこの『荒神の剣』だ。
『とある方』が生み出した、この刀を扱える人間が見つからなかった。
この世界にいないのなら、別世界から連れてくればいい、そう『とある方』が考えて荒神の剣はわたしを見つけた、ということだそうだ。
わたしからすれば、本当に迷惑な話である。
その『とある方』の素性を訪ねても「答えられない」としか返ってこなかった。
それに関しては、口封じされていると考えるのが自然か…。
強力な刀を生み出し、時空を超える方法を知りえる人物。
当然、方々から狙われる可能性がある、その情報を他人にホイホイ話をするのは問題なのは分かるが……。
こっちはその人の被害者なんですけど!
知る権利ってのが、わたしにはあるんじゃないだろうか。
心のモヤモヤは解消されるどころかますます大きくなるが、これ以上聞いても無駄な気もする。
「それで、わたしはこれからどうすればいいの?」
「まずは村で一泊してから、『とある方』の元に向ってもらいたい」
わたしをこの世界に連れてきた黒幕、その『とある方』に会えば帰れるかもしれない。
ちょうど山道を抜け、数百メートル先にこじんまりとした村が見えた。
わたしは村を見据えながら意を決し「分かった」と答えた。