スパルタ姉ちゃんとガッツある弟
ノームの村についたわたし達は、ホルストを助けたお礼に村長さんの家に招かれた。といっても豪華な家とは程遠く木製の平屋のつくり、この村の一般住宅と造りは変わらないようにみえる。
「シスター。
ホルストを連れてきてくださり、ありがとうございます」
ざんばら白髪に厚い眉毛が特徴の背が低い村長さんは、わたしたちに感謝を告げると、奥の台所に向かって合図をおくる。
奥さんと思われる年配の女性がシチューを振舞ってくれた。
村長は隣に座るホルストの頭をポンと叩いて、
「食べながら聞いてくだされ。
今朝ホルストがいなくなったと姉のエルゼから聞かされまして、
皆で村中を探しておりました。
どこを探しても見つからず、村を出たのではないかと心配していたところ、あなた方が連れてきてくださり助かりました」
アスナがシチューを一口味わいホルストに視線を向ける。瞬時にホルストは背筋をピンと伸ばし、ばつが悪そうな顔をした。
「お金が必要で鉱山に向かっていたと聞いたけど、
光鉱石を売ったお金をどうするつもりだったの?」
アスナは立入ったことを聞いていた。
売ったお金をどう使おうが彼の勝手である、だがデーモンが鉱山にいる以上、命を懸けてもお金が必要だということだ。
神に仕えるシスターとして、一人の少年がそこまでお金を必要としている理由を知りたかったのだろう。
ホルストと村長までもがその言葉に沈黙した。
沈黙が……深い事情を臭わせる。
「私が説明します」
声の主はホルストでも村長でもなかった。玄関のドアを開けた人物。
そこには十五・六歳ほどの少女が立っていた。
栗色のショートカットで華奢な体つきの色白な少女。
「姉ちゃん!」ホルストが驚きの声を上げる。
へ~この子がエルゼさんか。
「ホルストは私の心臓病に効くお薬を買うために、危険な場所に行こうとしたんです。」
エルゼはか細い声を絞り出した。
その表情からは疲労の色が見てとれる。それは病気のせいでは無く、弟を心配してのことだろう。
彼女が感じている心苦しさを考えるとわたしも胸が苦しくなる。自分のせいで弟が危険な場所に向かおうとしていたなんて………辛いだろうな……。
「紹介が遅れました。ホルストの姉エルゼです。
この度は弟を連れてきてくださり、ありがとうございました」
彼女は深々と私達に頭を下げた。
すると、ホルストを一瞥したエルゼは突如。顔を伏せて小声でぶつぶつと何かを呟きだす。
わたしは『?』を浮かべて彼女を見つめるが、わたし以外の四人の表情がみるみる旋律の色に染まり始めた。
「いかん逃げるのじゃ‼」
わたしだけに聞こえる荒神の剣の警告。
「マジ⁉」
ルナが青筋を立てて叫んだ瞬間。
エルゼは、虚空に光り輝く右手の人差し指で何かを描き、瞬間。
叫んだ。
「火炎弾」
ちゅごごごごごぉぉぉぉぉん‼
彼女がかざした右手から無数の火炎球が放たれ、ホルストに直撃すると彼と巻き込まれた村長が盛大に吹っ飛んだ。
「やるわね、すべて的に命中させるなんて」
唸るルナ……マトってあんた……。
非難めいた視線をむけるわたしに、ルナは頭をカキながら申し訳なさそうに。
「だって~大変なのよ。目標物を反らさないで全弾命中させるの。
エルゼだっけ。魔法を使うなんてただ者じゃないわね」
ルナは好奇心旺盛な目でエルゼを見つめた。
「大丈夫⁉」
足をピクピクさせているホルストの元に、アスナは急いで駆け付けようと走り出す。
「大丈夫です」
待ったをかけたのはエルゼの一言。
「この程度のダメージなんて蚊に刺されたような物です」
んな、無茶苦茶な。
か細い声だが、ぞっとするような威圧感が滲む一言。
「そうでしょホルスト」
「ハイ‼」
名前を呼ばれ驚異の回復力で立ち上がる。体中煤だらけの黒焦げなのがかわいそうである。
「あなたは、どれだけの人に迷惑をかけたか分かっているの?」
「………ごめんなさい……」
「すごく……すごく心配していたのよ」
「………………」
その震えた声からは、計り知れない不安から解放された安堵がみてとれた。瞳に涙を浮かべた彼女は、弟をきつく抱きしめたのだった。
「ワシも心配しておくれ」
こちらも驚異的な回復力で非難を上げる村長さん。
こほんと咳払いをしてから、転がっている黒焦げの椅子を起こし、気を取り直して座る。
台所で心配そうに見ている奥さんにお茶を人数分頼んでから、
「山賊やデーモンがいる山道を無事にこの村まで辿り着き、ホルストまで連れてきてくださった。
あなた方の腕を見込みまして、ぜひともシスターにお頼みしたいことがございます。
鉱山の調査に行って下さいませんか?」
…………。
『はい?』
村長の唐突な頼みごとに、その場にいる全員がおもわず耳を疑った。
「ごぞんじの通り、この村は鉱山で栄えていた村です。
鉱山から唯一戻ってきた者は、デーモンが出たと言うだけで今も震えてまともに口も聞けぬ状況。
残りの九名は帰ってきません。
鉱山の中に入らなくても結構です。せめて鉱山周辺にデーモンがいるのか調べて頂きたい」
「それはできません」
即答したのはアスナだった。不快な表情で村長さんを見ながら、
「私たちはシスターです。傭兵でも魔道士でもない、危険な場所に調査はいけません!」
はっきりと告げる。
そりゃそうだ、もっともな答えだ。
シスターとは日々神に平和を祈る存在。いわば平和の象徴と言ってもいい――わたしはシスターではないが――その存在に向かってあんた達は腕っぷしが良さそうだから、ちょいと鉱山に行ってデーモンがいるか見て来てくれと言われても、そりゃ頼む相手を間違えている。
だいたい来る途中では、山賊もデーモンも現れなかったし……。
「村長……私もそれは無理があると思います」
エルゼが少し呆れたように言うと、残念そうに肩を落としながら、
「……ナイスアイデアだと思ったのじゃが」
「いや、やります」
力強く答えたのはルナだった。
「ちょっと‼」
意義を唱えようとしたアスナの口元に手をかざして制止して。
「様子を見に行くだけなら。
ただ危険と判断したらすぐに中止します」
手を振りはらいアスナが、
「何を考えているの、デーモンがいるかもしれないのよ‼」
「いないかもしれないじゃない、ちょっと見に行くだけなら大丈夫だって」
アスナもわたしも分かっていた。この子はただ光鉱石に目が眩んでいるだけだということが………。
わたしはハーブティーを再び口に含んでから、
「行かなきゃいけないのかぁ……」と重苦しくつぶやいた。