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「と、とんでもない失態ですわ」
エリーゼは一人、教室で頭を抱えていた。
窓の外では運動部が精を出し、
廊下には吹奏楽部の懸命な音色が響く。
無論エリーゼは部活動など興味が無く、
死亡フラグを回避する上でもデメリットでしかないので所属していない。
いつも春香と共に登下校をしていたが、
今日だけは用事があると言い先に帰らした。
現在、エリーゼには春香に対する深い情が芽生えている。
そのためエリーゼは自らの死亡フラグを折りつつ、
春香が死んでしまったり、不幸になるといったBADENDを回避する必要がある。
まず春香が水谷や赤城と結ばれるHAPPYENDは、
エリーゼの死や悲惨な結末に繋がる原因となるため絶対に避けなければならない。
次に春香の死に繋がるBADENDである。
春香の死にはエリーゼが必ず関わっている。
刃物を使った刺殺。
ロープを使った絞殺。
鈍器を利用した殴殺。
死因は様々だが、エリーゼが万が一にも殺意を抱かずに行動すれば解決する。
これは春香を助けた時に、
エリーゼの行動がシナリオに干渉できることが証明されているので可能なはずだ。
最後は春香が不幸になるBADEND。
これは水谷や赤城とも結ばれず、エリーゼに殺されないエンディング。
両親が経営している会社が経済の流れに乗れず、財政状況が傾いたせいで倒産、
そして多くの負債を抱えた石浪家は借金取りに追われる日々を送る。
他には両親の突然の事故死や病死、
社員が突然会社の資本金を持ち逃げするといった物まである。
その中でもエリーゼはあるBADENDを目指していた。
そのBADENDとは通称“独り身女社長エンド”と呼ばれている。
“独り身女社長エンド”とは水谷や赤城とも結ばれず、
エリーゼに殺されず、両親も死なないBADENDである。
一見、誰も死なないので幸せかと思えるが、
その名の通り結婚できずに仕事一直線のバリバリキャリアウーマンと化してしまうのである。
学園時代のほんわかとした雰囲気は消え、
人を物として認識してしまう冷徹な性格。
勿論そんな主人公と結婚するようなキャラクターは現れず、
プレイヤーに深い悲しみを残して幕を閉じる。
エリーゼはこのエンディングを目指していた。
春香は結婚という人生のゴールテープを切れないが、
エリーゼの悲惨な回避できるということを加味した上での判断であった。
それに春香が独り身女社長となっても、
親友ポジションに居れる可能性という旨味もあった。
これで本格的な方針が決まった。
しかしまだ問題はある。
それは先日発生した決闘イベントである。
後日行われるそのイベントとはHAPPYENDに行くためには必須のイベントであり、
エリーゼにとっては出来るだけ回避したいものである。
もし水谷が勝利し赤城が敗北すれば春香と水谷の仲は一層深まり、
ライバル心を燃やした赤城は熱烈なアプローチで春香を取り合う。
こうしてBADENDは遠ざかり、HAPPYENDへ近づいていく。
反対に赤城が勝利をすれば水谷とは緩やかに関係を深め、
赤城はライバル心を燃やすことなくBADENDにも繋がり易い。
勿論水谷が勝利するには“今日はピンク色のシャーペンを使う”“猫のヘアピンを使う”など細かい選択肢を的確に選ばなければならない。
だれが勝利するかは、赤城が告白した場所によって確認できる。
場所は廊下と記念樹前。
最悪なことに、赤城は記念樹で春香を告白したため水谷の勝利が確定している。
そして一番残念なことはこのイベントについてエリーゼが忘れていた事である。
もし忘れていなければ細かな選択肢にも対応し、
春香に信用されている状況で誘導も可能であった。
わたくしって、目先の物にしか目がいかないのね……。
エリーゼは己の無力さに打ちひしがれていると、一人の人物が目の前に現われた。
「君が僕を呼び出すなんて意外だね。エリーゼちゃん」
赤城蓮介。
一連の騒動を起こした張本人である。
エリーゼは“ちゃん”付けに苛立ちながらも発言する。
「単刀直入にお聞きしますわ。赤城さん、わたくしと手を組みませんの?」
赤城は一瞬驚く、しかし納得したような表情を浮かべる。
「へ~、確かエリーゼちゃんは水谷君の婚約者だったよね? それで春香ちゃんと水谷君がくっつくのが嫌だから僕とくっついて貰おうって魂胆だね」
赤城はひとしきり頷いた後、続けて言う。
「しかし、じゃあなんであんなに僕と春香ちゃんを遠ざけようとしたんだい?」
「ただの心変わりですわ」
虚言である。
エリーゼは春香と赤城をくっつけようなどとは毛頭考えておらず、
赤城には勝たせるが春香とは近づけさせずに独り占めしてしまおうという腹積もりであった。
目指すは“独り身女社長エンド”である。
そのためにはどんな悪行にもいとわない。
なぜなら彼女は悪役令嬢であり、計算高い男であるからだ。
「それで、手を組むとは言ったけどエリーゼちゃんは何をしてくれるんだい?」
「情報提供ですわ」
「ほほーう。何の情報かな?」
「水谷修の弱点ですわ」
「弱点……ね。すっごい気になっちゃうなぁ~」
「うふふ、気になりますかしら? その弱点とは……」
エリーゼは記憶を頼りに水谷の弱点を事細かに伝えた。
当日行われるのは三ゲーム二本先取。
一ゲーム目は様子見も兼ねて水谷は手を抜くが、
二本目からは本気を出すということ。
水谷は何でもできる天才ではあるが赤城ほどスタミナはない事。
そして三ゲーム目には左側のゾーンが手薄になるので、
左側の球を全力で打てとアドバイスした。
二人はお互いに不敵な笑みを浮かべる。
「はは、エリーゼちゃんがそこまで悪い女の子だとは思わなかったよ」
「手を組んだ時点でお互い様ですわ」
「それもそうだね」
「お主も悪よのう、ですわ」
「いえいえ、お代官様ほどではありません」
「オーホホホホホ!」
「ハッハッハッハッハ!」
「オォーッホッホッホッホッホ!」
「ハァーッハッハッハッハッハ!」
かくして勝利への算段が整った。
後は当日を迎えるだけである。
オーホホホホホ!
わたくしは完璧ですわ!
あとは赤城が勝って春香を守ることだけに集中すればいいのですわ!
思わずわたくしの頭脳と行動力に嫉妬してしまいそうですわ!
オーホホホホホ!
……ですが物事が上手く行き過ぎて不安になってしまいますわ。
何か勘違いをしてる事はありませんの?
赤城に教えた弱点に不備が?
今までは慢心ゆえの失敗ばかり。
今回もわたくしは失敗してしまうのかしら?
いいえ、そんな事ありませんわ!
今度こそ成功させてみせますわ!
このステュアート家の名にかけて!
オーホホホホホ!
エリーゼは気付かない。犯してしまったミスに。
しかしミスに気づいたのは、当日の試合中であった。