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第二章スタートです。
次から主要キャラクター揃うと思います。
よろしくお願い致します。
「であるからにして……石浪さん。この答えはいくつになりますか?」
教師は黒板に問題文を書き途中まで解いた所で春香を指名した。
エリーゼはちらりと後ろを振り向き春香の様子を確認する。
「え、ええと……」
どうやらこの問題の答えがまだできていないようだ。
それもそのはず。
今出された問題は基礎の範疇からかけ離れ、
完全な応用の範囲に属する問題だからだ。
エリーゼは唐突に油性マジックペンを取り出し、
先が太い方で自分のノートにデカデカと文字を書いた。
「え!?」
エリーゼは先ほど書いたノートをめいいっぱい広げ、ドスンと垂直に立たせた。
勿論、後ろの席にいる春香には丸見えである。
ちなみに教卓に立つ教師にもバレバレだ。
「え、えーと。ステュ――ひっ!」
エリーゼは教師に向かって百パーセントの目力と、
悪役令嬢お得意の暗黒微笑によって黙らせる。
ステュアート家の地位はこの学園内において、
水谷家に次ぐ二位に君臨している。
従って今のエリーゼを止められる者は、
同クラスに所属する水谷だけなのだ。
しかしどうやらその本人は止める意思はないようだ。
以上から、ストッパーが機能しない今、エリーゼはやりたい放題である。
どうして答えを言わないのかしら?
もしかしてわたくしに気付いてない?
エリーゼは春香のために、分かりやすいカンニングをさせている。
しかし春香は答えない。
答えない春香に対してエリーゼは、ささやかな行動にでる。
「ふっふ~ん……」
まずはハミング。
恐らく気が付いていない春香をこのハミングで気付かせる計画だ。
次はノートを左右上下に小刻みに動かしてみる。
小刻みでは飽き足らず、
振り子のようにぶらーんぶらーんとノートを振ってみる。
しかし春香は答えない。
さすがに痺れを切らしたエリーゼは、
体ごと後ろに振り向いてノートを指さし、
口パクで『ここ! ここ!』と訴えた。
観念したのか春香はエリーゼのノートに書いてある通りの答えを言った。
「正解です……次からは答えられるようにしてください」
教師は苦し紛れに言う。しかしエリーゼにとってはどこ吹く風。
エリーゼは上機嫌に鼻を鳴らす。
あのイベントから数日が立ち、
元取り巻き達からのアクションは無かったが、
エリーゼの春香LOVEの勢いは加速し暴走の一途を辿った。
もはやキャラクター崩壊の域に達しているさまは、
学園中に瞬く間に広まった。
勘の良い生徒は先日の怪物騒動はエリーゼではないかと疑うが、
エリーゼは知らぬ存ぜぬ。
やがて怪物の話はエリーゼの異変という一大スクープによって影を潜めた。
退屈な授業は鐘の音と共に終わり、エリーゼは春香の元へと向かう。
「春香。どうして先ほどはわたくしのノートを見なかったのかしら?」
「え、ええとそれは……」
春香は助けを求めようと周りの生徒に視線を送る。
しかし、帰ってきたのは同情の目であった。
唯一のストッパーである水谷も我、関せずといった感じだ。
「いつもエリーゼに迷惑ばかりかけているので、ちゃんと自分の力で解かないとって思って……」
「え」
「で、でも勘違いしないで欲しいんです。エリーゼを嫌いになったわけじゃなくて……あ、勿論好きですよ? なんかこう……自立しなきゃいけないなって思ったんです」
春香は頬を紅に染め、そっぽを向く。
ぬぁぁぁぁあああああああああああ!!
ツンデレ? デレ期? 親離れ? 超絶百合展開?
なんでもいいけどキマシタワァァァァァアアアアアアア!!
転生してから早二年と数カ月。もしいるのなら言いたい。
わたくしを転生させてくれた神様ありがとう。
ああ、なんで春香たんはこんなに可愛いんですの?
ああ、この子を人のいない所に連れ出して、
あんなことやこんなことなどエッチな悪戯をしたいですわ!
しかしそれは不可能ですわ。
今日ほど自分が女である事を恨んだことはありませんわ!
春香たん、残念ながらわたくしは貴方を愛でることしか出来ませんの。
もし願いが叶うなら春香たんをお持ち帰りして、
フリフリのメイド服姿が見たいですわ。
神様、わたくしの願いを叶えて欲しいんですの。
「あ、そういえば次は移動教室でしたね! お荷物お持ちしますよ!」
春香はエリーゼの荷物を持とうとする。
だがこれをエリーゼが止める。
「え?」
春香は不思議そうにエリーゼを見上げる。
「春香、貴方にはわたくしの荷物を持たせませんわ。わたくしは貴方との関係をそういうものにしたくありませんもの」
「エリーゼ……」
春香はエリーゼを見つめ、照れたようにはにかむ。
ああ、本当に可愛いですわ。
守りたい、この笑顔、ですわ。
この幸せを誰かにおすそ分け――いえ、見せびらかしたいですわ。
見せびらかすのに最適な方、いませんの?
エリーゼは周りを見渡すと、見せびらかすのに最適な人間を見つけた。
「あら、水谷様。貴方もこれから移動するのかしら?」
「ウッ、あ、ああ」
「そうなんですのね。あ、そういえば水谷様はいつもお昼を一人で過ごされてますわよね? 良かったらわたくし達とご一緒しませんか?」
エリーゼは嫌がる水谷へ一方的にまくしたてる。
水谷は品定めするような目でエリーゼと春香を交互に見た後、
「考えておく」と言い残して去った。
なんですのあのクソボッチコミュ障は!?
わたくしのせっかくの誘いを生返事で返すなんて!
ムキー!! 許せませんわ!
「あのぅ、私がお昼をご一緒してもよろしいのでしょうか?」
「当然ですわ。わたくしが貴方を独りにすると思いまして?」
かくして二人は次の授業に備えて教室に向かった。
水谷修、待っていなさい。
わたくしに恥と敗北を味あわせた罪。決して軽くはないわ。
貴方に地獄をみせてあげますわ。
水谷修、待っていなさい。
授業の始まりを告げるチャイムが学園内に響いた。
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「はい、春香。あ~ん」
「あの、えと……あー」
ぱくっ。
エリーゼの持つスプーン越しに春香の口内の感触が伝わる。
アヘアヘアっへぇぇぇぇぇぇぇぇ。
エリーゼの脳内に、中毒性のある危険な快楽の波が襲う。
その波は必然的に、自然にスプーンを動かし、
もう一口、もう一口とせがんだ。
「エリーゼ! 私は自分でも食べれます!」
「そんな! 殺生ですわ!」
春香はほっぺを膨らませ、普通に自分で食べ始めた。
エリーゼはあからさまに落ち込む。
「はあ」
しかし、これも計画の内であった。
エリーゼは悪役令嬢であり、天才である。
そんな彼女は春香にあ~んしたスプーンを、
他人に悟られる事無く自らの口に運びこみ、間接キスに成功する。
エリーゼは自画自賛する。
自分は正真正銘の天才であると。
スプーンを加えたまま、エリーゼは水谷を盗み見る。
どうですの水谷修。
これがわたくしの実力ですわ。
そうでしょう羨ましいでしょう。
ええ、羨ましいでしょうねぇ!!
貴方にこのプリティーキュートな春香たんを渡しませんわ!
オーホホホホホ!
対して水谷の反応はというと。
「ナッ!?」
思わずエリーゼは声をだしてしまう。
ガン見していた。
水谷は一直線に冷ややかな目でエリーゼをガン見していた。
まるで信じられない、とでもいうように。
見破られましたの!?
この完璧なる策略を!?
し、しかし同性間の間接キスはノーカンのはずですわ。
ぐぬぬ、様子から察するに、やはり見破られていますわね。
恐るべし水谷修。
やはり一筋縄ではいきませんわね……。
両者目が合い、目の前の料理を気まずそうに口へ運ぶ。
この状況に気づかなかったのはただ一人、春香だけであった。
「そ、そういえば、水谷様はお休みの日は何をされているんですの?」
「勉強」
「そ、そうなんですの」
会話が続かない。
これでは春香との仲を見せびらかすことはおろか、
自らの失態を見せびらかしただけとなる。
エリーゼは先ほどの失態流そうと、
何か会話に繋がるような物を探すが見つからず、
ただ悪戯に時間が過ぎていった。
焦るエリーゼとは対照にぱくぱくと料理を頬張る春香。
ああ、わたくし。
春香たんがいれば何でもいいですわ。
ああ、春香たん。
貴方はどうしてそんなにも愛おしいのかしら?
エリーゼは味のしない料理と共に、今ある幸福を噛みしめていた。
このまま幸せな日々が続けばいいのに、と心の中で願う。
しかしエリーゼは次に起こる、
とてもとても大事なイベントをすっかり忘れていた。