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転生!? 悪役令嬢エリーゼの優雅な日々  作者: 桜庭恵斗
第二章 ハラハラ!? ピンチに駆けつけたのは王子様!?
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「あんたのせいでエリーゼ様との仲が悪くなったじゃない」


石浪春香は押し倒され、地面に伏す。


「そもそもあんたが全部悪いのよ。あの日あの時あんたが変な事言わなければ私達はエリーゼ様の機嫌を損なわずに快適な学園生活が送れたというのに」

「あ、あの――」

「うるっさい! あんたの口答えなんか聞きたくないのよ!」


前田と峰岸、そして複数人の女生徒。

彼女らは日々溜め込んだ鬱憤を石浪春香にぶつける。


「しかしあんた、良くこの学園に入れたよね。この学園に入学するにはある程度の地位や経済力を持った家の子供しか認めないっていうのに……もしかして、あんた学園の関係者にその薄汚い身体でも売ったの?」


どっと笑い声が上がる。

前田は気分を良くしたのか春香に近づき顔を目と鼻の先まで近づけさせる。


「石浪さん貴方、この学園の生徒より、娼婦の方が向いてるんじゃない?」


再び笑いが起きる。

春香は目に涙を浮かべ、これまでしてきたように必死に耐える。


そろそろ頃合いかしら?

ていうかもう限界ですわ。


「貴方達、ここで何をしていらっしゃるの?」

「エ、エリーゼ様!?」


前田と峰岸、そして周りの女生徒達は、突然の来訪者に驚愕の色を見せる。




時は数分程さかのぼる。

水谷に大量の本を押し付けたエリーゼは図書館をでて、迷う事無く走り始めた。

目指すは校舎裏。

本当は一直線で向かいたいがあえて回り道となるルートを選んだ。

すると、エリーゼは急に走るのを止めて歩き出した。


「ごきげんよう」

「エリーゼ様、ごきげんよう」


すれ違う生徒に乱れ始めた呼吸を押し殺し、軽く会釈をする。


あっぶなかったですわぁ。

もし息を切らせながら学園内を走り回っている姿を誰かに見られたら、

ステュアート家の名に傷がつきますわ。

そしてそれはわたくしの評価を著しく下げる事に他なりませんの。

ここは慎重に、かつ大胆に、ですわ。

でなければあのイベントに間に合いませんもの。


走ってはごきげんよう、走ってはごきげんようの運動部並みの労働と、

人目を気にしなければならない神経質な状況にエリーゼは苛立ちを覚えていた。

金持ちが集まる学園。

ただでさえ学園の敷地面積は広く、校舎から図書館までにはかなりの距離がある。


まってなさい春香たん。

わたくしが貴方を救い出して見せるわ!


エリーゼは息を整え、高らかに声を上げた。




そして今、全てはエリーゼの想定通りとなった。


わたくしは打算的な男ですわ。

いえ、今のわたくしは女でしたわ……。

春香たんが可愛いくて可愛いくて好きになってしまったという理由ではなく、

わたくしの立場をより良くするための計画的行動ですわ。

前田達との関係に距離を置く。

わたくしの華麗なる話術と天才的な発想で、

あの憎き水谷を足止めさせる事に成功させる。

オーホホホホホ!

全てはこの状況を作り出すための布石!

このわたくしの頭脳に思わず嫉妬してしまいますわ!


「わたくしは貴方達が、ここで、何を、しているのかを聞いているのですわ」

「そ、それは……」


口ごもる峰岸。


「まあ、聞かなくともこの場を見ればある程度の事は把握できますわ。石浪さんを寄ってたかっていじめていたのでしょう」

「いえ、ちが――」

「おだまりなさい!」


前田の反論を一言で薙ぎ払う。

気分は裁判官。もちろん答えはギルティ。

エリーゼはなおも続ける。


「あなた方は自らの家の行く先を決める大切な存在ですわ。その貴方達がこのような愚かな行動を取る行為を恥じなさい!」


本来、エリーゼの役目は水谷が取るはずであった。

しかし、エリーゼの策略によって水谷はこの場にはいない。

これは一種の賭けであった。

エリーゼの脳内に様々な不安がよぎる。

説明不可能な超常的な力によって水谷が出現し、

シナリオ通りの展開になるかもしれない。

または徐々に会話が成り立たなくなり、

水谷がいなくてもあたかもいるような会話になって、

エリーゼが悪役令嬢として物語が進行する可能性がある。

そうなってしまえば今までの苦労が水の泡となあり、

エリーゼの死を回避する難易度が格段に跳ね上がる

。だからといって何もしないというのは我慢ならない。

エリーゼは最悪な展開にならないように心で祈るのであった。


「前田さん、峰岸さん。貴方達には心底失望しましたわ。今までお疲れ様でしたわ。これからはわたくしに迷惑をかけないようにお願い致しますわ」


事実上の解雇通告。

前田達はこの言葉の意味が分からない程馬鹿ではなく、

信じられないといった表情でこちらを見つめる。


「はあ、まだ何かありますの? 無いのならこの場を立ち去りなさい!」

「いえ、ありません。石浪、絶対に許されない」


前田は顔を歪ませながら言い残し、周りの女生徒と共に去った。

エリーゼは賭けに勝った。

この世界には超常的な力は存在せず、

エリーゼの行動によって未来が変えられる、

ということ証明された。

残るは石浪春香とエリーゼただ二人だけである。

エリーゼはこの瞬間を今か今かと待ちわびていた。


「石浪さん、お怪我はございませんか?」

「い、いえ。大丈夫です」


春香の膝に擦りむいた跡があり、少量の血を流していた。

春香は虚勢を張るがエリーゼには何もかもがお見通しだった。

エリーゼの頭の中には、本来水谷が取るはずであった行動は把握済みだ。

エリーゼは制服のポケットから白いハンカチを取り出し、春香の膝に巻いた。


「そ、そんな!? エリーゼ様、大した怪我じゃありません! それに綺麗なハンカチがもったいないです!」

「いいのよ石浪さん。ハンカチは汚れてこそ意味があるのですわ。それにもしも細菌が入り込んでしまったら大変ですわ」


エリーゼは優しくも愛溢れる表情で春香に微笑んだ。


「エリーゼ様ぁ……」


春香は堪えていた涙を決壊させた。

見かねたエリーゼはそっと春香を抱きしめる。


彼女はこの学園に来て以来ずっと孤独だった。

他とは比べものにならない程低い身分、無意識に発してしまう方言。

それらは彼女を見下し、中傷の存在にするには十分過ぎる程の材料であった

。彼女を助ける味方などは存在せず、ずっと独りで戦っていた。

そんな中、エリーゼという人物が彼女に味方をした。

今、春香の瞳にはエリーゼが女神のように映るだろう。

凍え切った春香の心は、エリーゼの手によって熔解していくのであった。

――と、エリーゼは心の中で考え、ほくそ笑んでいた。


「あら、貴方の愛らしいお顔が台無しですわ」


ポケットから携帯用のティッシュを取り出し、

ぐしょぐしょになってしまった春香の鼻の下を綺麗に拭きとる。


「ぐすん。エリーゼ様ありがとうございます。なまら嬉しいです」


エリーゼは方言にドキリとしながら残りのティッシュを渡し、春香は鼻をかむ。

春香の琥珀色に輝く髪をそっと撫でる。


「わたくしは貴方の味方です。貴方を陥れる者がいるのならこのエリーゼ・マリア・イレーヌ・ステュアートがお守り致しますわ。だから安心なさい、春香――」


ここでエリーゼはミスに気づく。

エリーゼは石浪春香を“石浪さん”と呼んでいた。

しかしエリーゼは心の中で石浪春香を“春香たん”と呼んでいた。

幸いなことに“たん”付けで呼ぶのは防いだが、

下の名前を呼ぶという致命的なミスを犯してしまった。

他者から見たエリーゼの性格上、他人との距離は必ず開け、

上の名前で呼ぶというのが一般的な考えであった。

つまり、エリーゼは柄にもない事をしてしまったのである。

春香がこれに気が付くのは、リンゴが木から落ちることを知るよりも容易だった。


「エリーゼ様? 私を春香って……」

「ええ、わたくしは春香と呼びましたわ。これはわたくしが貴方を認めたということですわ。なので春香、貴方もわたくしの事をエリーゼと呼んでいいですわ」


エリーゼは最大限の言い訳を考え、春香にエリーゼ呼びを強要させる。

エリーゼは打算的な人間である。

下心ではなく、巧妙な計画と計算によってエリーゼ呼びを強要しているのである。

自らの行動によって未来を変えられる事を知った今、

春香との関係を良くするのは妥当である。

この世界は主人公である石浪春香を中心に回っており、行動を起こすにも、

状況を把握するにも彼女のそばにいた方が有利である。


「ありがとうございます。エ、エリーゼ」


再度春香を抱きしめる。

この小さな身体に今までの苦痛が詰まっていたと思うと胸が痛い。

この子が離れないように、

どこかへ消えてしまわないようにしっかりと抱きしめる。

頃合いを見て、エリーゼは顔を上げる。


「もう落ち着いたかしら? 春香」

「は、はい。エ、エリーゼ。ありがとうございます」


春香は敬称なしの会話に馴れていない様子だが、

それもじきに気にならなくだろう。

本当に落ち着いたらしく、春香は立ち上がり、エリーゼに深々と頭を下げる。


「ありがとうございます」

「ええ、いいのよ。通りがかった所に貴方達がいて、あんなことになっていたのですもの」


エリーゼは春香に笑顔を見せる。

全ては自分のために。やがてくる死を回避するため。

エリーゼは春香を利用することにした。

しかし春香はそのことに気づかない。


「春香、貴方はもう帰りの車を呼んでいるのかしら?」

「いえ……」

「ならちょうどいいですわ! 実はわたくし、車を呼んでいるのですがここでやるべき事を思い出しまして……代わりに貴方が乗ってはいかがかしら?」

「そ、そんな!? 恐れ多い事出来ません!」

「いいですわ。もうあちらには話を通してあります。それに彼女らがまた来ないとも限りませんし、そちらの方が安全でしょう」

「で、でも……」

「いいんですの! さあ、早くお行きなさい」


エリーゼがそう言うと春香はペコリと頭を下げ、「ごきげんよう」と車へ向かった。



校舎裏にはエリーゼただ一人。


「ほっほっほっほっほ……オォーホッホッホッホッホ! 遂に、遂に……やぁありましたわぁぁぁぁああああ!」


エリーゼは己の喜びを身体全体使って、半狂乱に表現する。

彼女を見る者がいたのなら狂人として認識するだろう。


やりましたわ!

わたくし、エリーゼ・マリア・イレーヌ・ステュアートは水谷修を制し、

あの春香たんを手中に収めましたの!

今後はBADEND関係なく、

春香たんにすり寄ってわたくしのルートでHAPPYEND(幸)を迎えればいいのですわぁ!

エリーゼと春香たんは互いの愛を確かめ、幸福な家庭を築いていく。

オーホホホホホ!

なんて素晴らしい人生なのかしら?

前世では女運に恵まれず、寂しい独り身人生を歩んでおりましたが、

今のわたくしは違いますわ。

異世界転生ありがとう!

異世界転生最高ですわ!


しかし、ここでエリーゼは気付く。


「ハッ、わたくしは一体何をしていたの?」


エリーゼは意識を取り戻し、今一番すべきことを思い出した。

その一番すべきこととは――。


「はぁ~。クンカクンカクンカクンカ」


ああ、身体の中に春香たんが入っていきますわぁ~。


そう、すべきこととは春香の残り香を己の体内へ吸収することであった。


ああ、いい匂いですわぁ。

春香たんの汗。

春香たんが使ってる洗剤。スーハァー。

春香たんが使ってるシャンプー。スーハァー。

このシャンプーいい匂いですわねぇ。スーハァー。

椿? ダヴ? パンテーン? アジエンス?

早急に同じシャンプーを手配させなくてはいけませんわ!


気分は探知犬。春香の匂いを逃さず堪能するため、四足歩行で嗅ぎまわる。

もしこの場を見られたら、発狂どころの騒ぎではないだろう。

しかしそのまさかであった。


「お前……何をやっているんだ?」


超速変形!

エリーゼは四足歩行形態から二足歩行形態にシフトした。


「あ、あら水谷様。コンタクトを落としてしまって……」


真っ赤な嘘である。エリーゼは裸眼である。

対する水谷は、エリーゼの奇行にドン引きした様子。


「い、いつからそこに……?」

「お前が数人の生徒を追い払ったところからだ」

「って、それ最初からじゃないですのぉぉぉぉおおおおおお!」


校舎裏に響く絶叫。冷え冷えの水谷。耳まで真っ赤のエリーゼ。


見られていた!?

このわたくしの行動を!?

わたくしの猿芝居から春香たんへの愛を育む様子まで!?


「で、ではわたくしがすすめた本はどうされましたの!?」

「ああ、あの本か。読んでない。全部読んだことあるからな」


エリーゼはがっくりうなだれる。

既に読んでいた、エリーゼにとって完全な盲点であった。


まさかそんなことが……!?

わたくしは天才という設定を甘く見ておりましたのね。

あの時、多量の本を読ませるのではなく、

読んだことがない本を読ませることが正解だなんて……

そんなのわかるはずがありませんわ。

完敗ですわ。


エリーゼ・マリア・イレーヌ・ステュアート。初めての敗北であった。


「しかし、本のセンスは良かったぞ」


彼はそう言い残し、この場を立ち去ろうとした――

が、何かを思い出し歩みを止めた。


「あ、そうだ。司書がお前に怒ってたぞ? ちゃんと本は片付けろって」

「なんで片づけてないんですのぉぉぉぉおおおおおお!」


彼は片手を上げながら、本当に立ち去った。


あのクソガキ覚えてなさい!

目にものを見せてあげますわ!

……ですが、彼は本当に何をしに来たのでしょうか?


エリーゼは水谷の役割を奪うために妨害をした。

しかし彼は難なくくぐり抜け、エリーゼを観察していた。

エリーゼの記憶通りなら、水谷はこんなことはしない。

水谷は曲がったことが大嫌いで、すぐに行動を移すタイプのはずである。


まあいいですわ。

本当の本当に邪魔者がいなくなったので続きをしましょうか。


エリーゼは水谷に関する記憶を抹消し、

モード反転・裏コード『ザ・ビースト』で風と戯れた。


後日、校舎裏にて奇声を発する怪物が現れたと学園中に広まった。

当の本人は冷や汗をかきながら知らん振りで通したらしい。


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