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すごい駆け足になってしまった感があります。
宜しくお願い致します。
「皆さんごきげんよう」
掲示板の前に群がった者どもに挨拶と言う名の先制攻撃を繰り出し、
わたくしが入学していることをアピールする。
「ご、ごきげんよう」
わたくしが挨拶したのなら返すのがこの世の理ですわ。
なぜならこのわたくしがスチュアート家の令嬢ですもの。
一度睨めば相手は委縮する。
人ごみの中を一歩進めば、わたくしを避けるようにして道ができる。
まさにヒエラルキーの頂点。富と権力こそが正義。
オーホホホホホ!
……こんなはずではなかったんですの。
掲示板の前に立ち、自分のクラスを確認する。
やはりゲームの時と同じですわね。
「「エリーゼ様、ごきげんよう」」
二人の女生徒が駆け寄る。
「あらごきげんよう。前田さん、峰岸さん、同じクラスですわね」
「はい、またエリーゼ様とご一緒出来て光栄です」
この二人は中学時代からの取り巻きで、
暇さえあればわたくしに引っ付いてくる連中ですわ。
ちなみにこの二人のせいで、
わたくしまでも巻き込まれるBADENDが複数ございますわね。
ヘイトを一身に抱えるこの気持ちを二人は分かってくれるかしら?
「キャー」
背後から黄色い声が聞こえてくる。
エリーゼ達は何事かと後ろを振り向く。
その男は大きなあくびをしながらやってきた。
色白で八頭身の美男。鼻は高く、睫毛は長い。
男はその場にいるだけで異彩を放つ。
片手に持った鞄は肩にかけ、涙を携えた瞳でこちらを流し見る。
彼は国内外最大手のグループ――水谷グループの跡取り息子、水谷修である。
水谷が姿を現して早々に人だかりが出来始める。
BADENDに追いやられ、何度も何度も見た展開。
「はぁ、仕方がないですわね」
エリーゼは水谷のいる方向へと歩み寄る。
「貴方達、こんな所で寄ってたかってどういうつもりかしら? 人の迷惑も考えられないのですの?」
エリーゼは睨みを利かせると、生徒らは蜘蛛の子を散らすように離れていった。
まったく、こんなのが日常茶飯事なら水谷の名も考え物ですわね。
エリーゼは向き直り、表情を作ってから水谷と対面する。
「水谷様、お久しぶりですわ。そしてご入学おめでとうございますわ」
「ああ、そちらこそ」
このわたくしが追い払ってあげたというのになんですのその態度は?
喧嘩を売っていらっしゃるんですの?
水谷はそれだけ言うとその場を後にした。
「わぁー、初めて水谷様を生で拝見しました!」
「エリーゼ様は水谷様とご婚約されているのですよね? とても羨ましいです!」
「ええ、そうですわ」
「なんか、信頼し合ってる夫婦みたいで微笑ましいです」
オーホホホホホ! 信頼ぃ? またまたご冗談を。
バリバリにバリアを張っていらしたわ。
貴方の目は節穴ですわね。
水谷修はエリーゼと婚約関係にある。
それと同時にエリーゼをHAPPYEND(死)に導く悪魔である。
エリーゼは一刻も早くこの悪魔を退場させたいと思っているが、
水谷修がいなくなるルートは“海辺に立つ君へ”には用意されていないので不可能だ。
つまり水谷修に目をつけられないように、
機嫌を損なわせずに主人公をどうBADENDに導いていくかが重要だ。
本当に腹立たしいガキですわね。
「ご婚約といえばエリーゼ様は将来どのようにするのかお決まりですか?」
「もしかしてお子様の人数とか決まってらっしゃるのですか?」
金魚のフンである前田と峰岸が目を輝かせて聞いてくる。
「え、ええとぉ」
前田さん! 峰岸さん!
どうしてそんな酷い事仰るのかしらぁ!?
わたくしの中身は男なんですのよぉ!
わたくしそう言った趣味はないんですのぉ!
もしもわたくしがソッチに目覚めた暁には、沖縄に雪が降るでしょうねぇ!
オーホホホホホ!
「わたくし達は学業が優先ですので、まだ将来について考えた事はありませんわ」
「なるほど。やはりエリーゼ様は他の方とは格が違いますね」
心の叫びは胸の一番深い所にしまい込み、
エリーゼ式採点で百点満点の返しをした。
水谷修の登校という一大イベントが終わった今、
割り当てられたクラスへ移動した事もあってこの場に残る生徒は激減した。
エリーゼはわざと、ゆっくり校舎へと向かう。
このタイミングで残るイベントはあと一つ。
そのイベントとはこの作品の主人公となるキャラクターの登場イベントである。
わたくし、立ち絵もボイスも聞いた事が無いので想像になりますが、
主人公はひどく性格が悪いと思いますわ。
どうせ可愛い仕草とかしても
『あんたとは五週目で付き合えたから用済みよ。それよりはイマカレ~』
とか心の中で言っちゃうんですわ!
ああ憎き主人公! ムキーですわ!
花のように可憐なエリーゼをHAPPYENDという地獄の底に叩きつける悪魔。
エリーゼを断頭台に送り付ける闇の処刑人。
その本人が今、聖マリアンヌ学園に足を踏み入れた。
「はえ~、立派なとこだべさ~」
栗色の頭髪。
リスのように大きいまんまるの瞳。
お饅頭のようにまぁるいほっぺ。
そして小動物のような愛らしさ。
少女は口を開けながら、建造物を見上げる。
聞きなれない方言に、周りの生徒はその少女に注目する。
やがて少女は視線を集めている事に気が付き、口を押さえて耳を赤くする。
!?
この刹那、
エリーゼの脳内にて何億個のニューロン細胞がスパークし、
大脳新皮質や前頭葉に強力で異常な電気信号が流れた。
エリーゼ内の異常はまだ止まらない。
脳内物質であるエンドルフィンとニトログリセリンが大放出され、
ミトコンドリアや細胞壁までが異常増殖した。
彼女の名前は石浪春香。“海辺に立つ君へ”の主人公である。
な、なんですの!?
この愛らしい美少女は!?
わたくしの中の男がしゅきだぁと、叫んでおりますわ!
ああ、なぜわたくしはエリーゼに転生してしまったのでしょう!
転生するならあの水谷修が良かったですわ!
水谷修、この恨み晴らさずにおくべきか。
クスクスと、周囲から笑い声が聞こえはじめる。
「ふふ、エリーゼ様、聞きましたかさっきの」
「エリーゼ様、私もう耐えられません」
前田と峰岸は堪え切れず、ついには噴き出してしまう。
それにつられて他の生徒も笑い出す。
石浪春香はこの状況に戸惑い、頭を右往左往させ、最後にはうなだれてしまった。
しかしエリーゼは他の者とは違い口元は緩まず、眉間にシワが寄っていた。
「何が可笑しいのかわかりませんわ」
エリーゼの発言によって、冷や水を掛けられたように静まり返る。
「エ、エリーゼ様!? 私は可笑しいから笑った訳ではありません! この聖マリアンヌ学園であのような言葉遣いは少し場違いかなぁ~と」
エリーゼは侮蔑するような目で周りを見渡した後、一人で校舎へ向かった。
掲示板には予想通り、同クラス内に水谷修、石浪春香、
そしてエリーゼ三名の名前が記されていた。
もう一人の攻略対象の登場はもう少し先である。
それまでには何とかしてエリーゼの立場を有利にしなければならない。
もし登場してしまえばより物語が複雑化してしまうので、
なるべく多くアドバンテージを稼がなくてはならない。
これは大幅な計画の変更をしなくてはいけないかしら?