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「な、な、な……きゃぁぁぁぁああああああああああああ!」
とっさに胸と股を手で覆う。
なぜこの場に水谷がっ!?
まさかエロ本探しのせいでわたくしの事をエロ関連OKな女だと思われた?
それでわたくしに発情して襲いに来た?
いやいやいやいや、初体験がこいつとか無理無理ですわ。
助けて春香ぁ! こんなやつに穢されたくない!
落ち着け、落ち着けわたくし。
きっと湯気が濃いせいで光の屈折率や反射がどうたらこうたらで、
春香が水谷に見えてしまっているんですわ。
姿形は水谷そのものですが、中身は春香ですわ。きっとそう。
「お前、何がしたいんだ?」
採取した音声サンプルから過去のデータと照合。
声紋解析完了。全て正常に作動。
判定結果――水谷。
うん、やっぱりですわ。
「い、良い湯加減ですわね。おほほ~」
エリーゼはカニのようにぎこちなく動き、彼と距離を開けて湯に浸かる。
もし襲ってきたらタマを蹴ればいい。
タマさえ蹴ればいい。
よし、今のわたくしは冷静ですわ。
腰を落としたものの、裸の男女二人という状況は変わらない。
さて、どうしたものか。
品行方正で眉目秀麗、
こんなにも神に愛されるわたくしが襲われる確率はゼロではない。
いや、エロOK認定されているならほぼ百。
出来るなら早く逃げたい。
彼は捕食者でわたくしは非捕食者。
今この場を離れるという事は、彼に背を見せるという事だ。
つまり襲われる。
後ろからなので、抵抗しようとしたって防ぎようがない。
ということで、エリーゼの行動はただ一つ。
水谷があがるのを待つ。
男の三大欲求である性欲にはある弱点が存在する。
それは温度だ。
性欲は熱すぎたり寒すぎたりすると無くなってしまうのだ。
なので、水谷がのぼせるという事は性欲が消えるという事に等しい。
ソースは前世の経験とネットから。
自信を持って言える。間違いない。
ぽつんと、滴が落ちる。
身の危険を感じながらも、エリーゼは居心地の悪さから口を開いた。
「ここは女湯のはずですが?
もしかして、水谷様はわたくしの身体が目当てなんですの?」
あえて挑発してみる。
ここで乗るならタマを蹴る。
乗らないなら現状維持。
「はっきり言ってそんなことはない。それにここは男湯だ」
「……え」
「更衣室に赤城の服があったが、
お前がいるということはそういうことなんだろうな」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って欲しいんですの。
理解が追いつきませんわ。ここは女湯じゃないんですの?
わたくしはちゃんとメイドに案内されましたのよ?」
「どうせ赤城とグルだったんだろう。
あの人達は婚約者とか適当な事を言えば動きそうだからな」
「どうしてこんな事を?」
「それはお前が一番わかってるだろ?」
わたくしが?
確か赤城と最後に話したのは夕食前ですわ。
ちょっと前の記憶を探してみる。
『まあ事情は分かったよ。こっちでもなんとかしてみる』
あーこれですわ。
多分彼は水谷とわたくしの関係を気にし、このような行動に出たのですわ。
形はどうあれ、なんとかしようとした結果なのだろう。
赤城は馬鹿だけど実は良いやつかもしれない。
「もちろんですわ」
「俺もあいつがそんなやつだと思わなかったな」
ん? そんなやつ?
「まさかこうしてまでも石浪と二人になりたいとはな」
前言撤回ですわ。
赤城死すべし。
春香の元へ駆け出したい衝動に突き動かされるが、理性でそれを抑える。
赤城が春香目的だとしても動くべきではない。
それに水谷が嘘をついている可能性だってありますわ。
「お前は行かないのか?」
「わたくしは春香を信じていますわ。それに出ていくのは貴方では?」
「お前が先に入っていてもここは男湯だ。出るのはお前の方だ」
やはり体目当ての線はありますわね。
水谷が入ってきて数分、だんだんと口数が減ってくる。
未だ手を出す気配は感じられない。
チャンスをうかがっているのかしら?
そうはさせませんわ。
「そういえば、水谷様は絵を描くのがお好きなのですか?」
「夏休みに描いたアレか。暇つぶしに描いただけだ」
「暇つぶしにしては何か寂しさというか、
気持ちのようなものを感じましたが?」
「……あの絵にそんなものはこめていない。」
水谷は嘘をついた。
作中にてあの絵はそれほど重要ではない。
しかし、モデルとなった海辺の風景は彼にとっては思い入れのある場所だ。
幼い頃、彼には病弱の母がいた。
病院から外出許可が出るとその都度、あの海辺に連れて行かれる。
年に数度の貴重な時間。
だが、甘えたい盛りであった彼に母の死が訪れる。
以上から水谷にとってあの海辺は特別な意味を持ち、
彼を攻略するにおいて重要な伏線となる。
まあ、春香以外どうでもいいので関係ないのですが。
「前から気になっていたんだが、お前は本当にあのエリーゼなのか?」
「な、ナンノコトデスノ?」
ぐらっと頭が揺れた気がした。
心臓の音もうるさくなってくる。
「ステュアート家の令嬢と言えば傲慢で我儘な人間だと聞いていた。
しかし蓋を開けてみればどうだ?
不本意ながらお前といたが、まったくその素振りを見せない。
まるで別人みたいにな」
「それは……」
確かに過去のわたくしと行動が一貫してないかもしれない。
それは春香と自分の為。しょうがないのだ。
しかし、彼はエリーゼの秘密に迫っている。
いっそのこと打ち明けてしまうか?
打ち明けて春香と結ばれないように嘆願するか?
いや、こんなこと誰も信じる訳がない。
言ったところで意地になって春香と付き合うかもしれない。
エリーゼの心は揺れ動く。
恐らく、彼の疑問は確信に近い物だろう。
話せば一定の理解は得られるかもしれない。
最悪ここまでがエリーゼの計算と受け止められるかもしれない。
一か八か。
エリーゼは賭けに出る。
「わ、わたくし、実は――」
「お、おい!」
瞬間、一気に意識が遠のく。
手足のコントロールを失い、身体が横に倒れる感覚を覚える。
腕を伸ばして駆け寄る水谷。
しまった。
これでは襲われてしまいますわ。
身体も自由に動かせない。
ごめんなさい春香。
初めては貴方にと、心に誓っていたのに……。
エリーゼは瞳を閉じた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ、エリーゼ!」
目が覚めると春香がいた。
何故だかエリーゼはベッドの上にいた。
「あら、春香」
「大丈夫ですか?
水谷さんがのぼせたエリーゼをここまで運んで来てくれたんです」
「水谷が……? ハッ!?」
股を触り最終防衛ラインを確認する。
痛みと状態、共に異常なし。
どうやら最悪の事態は避けられたようだ。
では、わたくしを襲う気などなかった?
「どうかしました?」
「い、いえなんでもありませんわ。
それよりもわたくしが入浴中に赤城と何かありませんでしたの?」
「赤城さんと?
あの時はちょっとだけ二人と勉強してましたけど……?」
はい、有罪。赤城は許せませんわ。
不思議そうに首を傾ける春香。
「とりあえず皆さんに目覚めたと報告してきますね!」
そういうと春香は出ていってしまった。
すれ違いに赤城が入ってくる。
「エリーゼちゃんおはよう。調子はどうだい?」
「貴方のお陰で最悪ですわ」
「あれれ~、褒められると思ったんだけどな~」
「邪魔者を追いやって貴方は春香と過ごす。
これが褒められるとでも思いまして?」
「あちゃーばれちゃってるね。
でも本当はエリーゼちゃんも喜んでるんじゃない?」
「喜ぶ? わたくしが?」
「うん、証拠に顔が赤い」
「なッ!?」
両頬に手を当てると、ほのかに熱を帯びていた。
もしかしたら赤くなっているのかもしれない。
わたくしが水谷に惚れる?
そんな馬鹿な話ありませんわ!
わたくしは身体が女でも心は男ですわ!
「こ、これはさっきまでのぼせていたせいですわ!」
「本当かなぁ?
入ってきたときはそんなに赤くなかったと思うけどなぁ」
赤城は目を細めてニヤニヤ笑う。
この状況では何も言い返せない。
ぐっ……覚えてなさいよ赤城!
いつかほえ面かかせてやりますわ!
そして一夜明け、エリーゼは春香のベッドにいた。
なぜいたのかは言うまでもない。
こうして水谷家での勉強会は終幕となる。




