12
カーテンが揺れ、軽やかな風が頬を撫でる。
遠くの木々はさざめき、室内にはシャーペンの擦る音が聞こえる。
あれから会話が減り、各々が勉学に集中し始めた。
指導役であった水谷とエリーゼは仕事が減った事で自らの勉強に取り組む。
出題範囲はあらかたカバーしているものの、
春香達が目の前にいる状況で何もしないでいるというのは立場上できない。
という事で、エリーゼは持参してきた参考書を手に取り、
片っ端から問題を解いていく。
高頻度で春香たんエネルギーを補給したくなるが、
米粒ほどの理性でこれを抑える。
さすがに今の春香へちょっかいを出すほど馬鹿ではない。
せいぜい視姦するだけにとどめる。
さてと、この問題は合っているかしら。
筆を走らせたノートと参考書の答えを見比べる。
あら、ここ間違ってますわね。
答えを修正しようと筆箱に手を伸ばす。
「……あ」
筆箱に消しゴムが無い。
エリーゼは重大なミスを犯した。
消しゴムと言えば生徒の必需品。
材質はゴムだが、切ろうとしても切れない強固な関係にある。
そんなマストアイテム――消しゴムを忘れた。
まあピンチはチャンスの源ですわ。
「あー、わたくし消しゴム忘れてしまいましたわー。
これじゃあ勉強が出来ませんわー」
声を棒にしながら春香をチラチラ見る。
忘れてしまった事を逆手にとり、春香の消しゴムを借りる作戦。
心優しい春香なら即座に貸してくれるはず。
そして偶然を装いシャーペンで顔を汚し、自然な流れで消しゴムを頬ずりする。
完璧。その一言につきますわ!
オーホホホホホ!
しかし、エリーゼの計画は音を立てて崩れ去る。
「え? なんですのコレ」
すすすーっとテーブルの上を滑り、
エリーゼの手元に一つの消しゴムが到達する。
よく文房具店で見る普通の消しゴム。
「消しゴム」
「いえいえそういう事じゃなくて!」
「忘れたんだろ? 一つくらいくれてやる。予備はまだあるからな」
「いやでもその……」
「ん? 何が不満なんだ? 一つじゃ足りないのか?」
「ちょっ! もう要りませんわ! 一つで十分ですわ!」
先ほどと同じく水谷は二個三個と消しゴムを滑らせていく。
「エリーゼ、消しゴム忘れたんですか?
言ってくれればあげましたのに」
「あ、実は僕も消しゴム忘れちゃったんだよね。あとシャーペンも」
「赤城さん嘘は良くないですよ。さっき使ってたの見てましたから」
「ちぇー」
緊張感のあった空気はいつしか熔解し、しまいには春香達も加わる。
赤城の先制により、
エリーゼはハッとして水谷からもらった消しゴムを部屋の隅に投げ捨てる。
「わたくしもたった今、消しゴムをなくしましたの」
「無くしたんじゃなくて今、投げましたよね?
それに消しゴムあるじゃないですか」
テーブルを見る。
距離五センチに消しゴム。
それを手で払う。
消しゴム到着。
指で弾いて赤城にパス。
また消しゴム到着。
その繰り返し。
「ストックありすぎですわ!」
「なぜ素直に受け取らない?
こういう事もあるかと思ってお前のために用意したんだぞ?」
「そうですよエリーゼ。人の厚意はちゃんと受け取りましょう」
腹立つ顔の水谷。怒る春香。
どうして……。
「はあ。ありがたく頂戴しますわ」
わたくしは春香の消しゴムが欲しかっただけなのに。
ええい、憎きは水谷ですわ。
こうなっては奥の手を使うしかありませんわ!
なるべく使いたくはなかったのですが……やられたらやり返しますわ!
オーホホホホホ!
消しゴムを筆箱にしまったあと、エリーゼは立ち上がる。
「水谷様、お手洗いお借りしますわね」
「ああ、場所は召使いに聞いてくれ」
「もとからそのつもりですわ」
部屋から廊下に出る。
辺りを見渡すと掃除中のメイドと目が合う。
「あ、エリーゼ様ですね! お話しはかねがね聞いております!」
「か、かねがね? まあいいですわ。
忘れ物をしたという事で修様のお部屋に行きたいのですが」
「ああ、修様のお部屋ですね。あちらでございます」
「感謝いたします」
メイドに示された方へ歩を進める。
かねがね? あの水谷がわたくしの事を言いふらしてる?
いえ、あのクソガキの性格から察するにそんなことは無いはず。
どうせ婚約とかそこらへんですわ。
しかしまあなんと広いこと。
この広さならテーマパークの迷路とか言われても信じるレベル。
思わず地団駄を踏んでしまいそうですわ。
そんなこんなで目的地へ着く。
ドアノブに手を掛けゆっくりと引く。
整理整頓された本棚。
生活感の無いシンプルな内装。
男の部屋にしては綺麗すぎる。
あ、メイドが掃除しているのか。
まあそんなことどうでもいいですわ。
早く目的のブツを手に入れなければ。
本棚に近寄り、大雑把に本を引き抜いていく。
「哲学書に専門書、古めかしい本や英語で書かれた本。
良くこんなの読んでいられますわね。
前世のわたくしだったら漫画しかありませんわ」
ブツブツ言いながら漁る。
しかし目当ての者は見つからない。
はあ、とため息をつきかけた時だった。
「エリーゼ、なにしているんですか?」
「な、なんでここに!?」
わざとらしく驚いてみた。
ドアの前に立つのはスーパープリティガールこと春香たん。
「水谷さんの部屋で何をしているんですか?」
「ふ、見つかってしまいましたわね。ですが好都合ですわ。
わたくし、あるものを探してましたの」
「あるもの?」
「ええ。それは思春期の殿方なら一度は手に取る魔性の本。
一度読み始めてしまったらなかなかやめられない禁書」
「そ、それって!?」
「そう……エロ本ですわ!」
「え、エロ本? 黒魔術書じゃなくて?」
「え、ええエロ本ですわ」
お、おかしい。予想していた反応と全然違いますわ。
春香はそういう知識が少ないはずなので、
顔を赤くしてキャーとか言う反応を期待してたのに。
まさか既にそういった経験がある!?
相手は誰!?
赤城? 水谷? それともモブキャラの誰か?
いえいえいえ、
黒魔術とか言ってたから羞恥心よりも好奇心が勝ったせいですわ。
きっとそう。絶対そう。落ち着けわたくし。
春香はわたくしの物。春香はわたくしの物。
よし。
「じゃあなんでエロ本なんか探してるんですか?」
「ふふ、では春香、
貴方はあの水谷様が持っているエロ本がどんなのか気になりませんの?」
「そ、それは……」
彼女は喉をごくりと鳴らし、
みるみるうちに頬を紅潮させていく。
これこれこれですわ!
待ってましたわこの反応!
やはり春香たんは白! 純白の天使ですわ!
わたくしがユニコーンなら即行背中に乗せますわ!
まあ立派な角は生えておりませんが。
「さあ早く春香も一緒に探しなさい」
「え、ええ~」
彼女の腕を引っ張りエロ本捜索に加担させる。
くくく、計画通りですわね。
春香がなかなか戻らないわたくしに、
痺れを切らして付いて来るのは計算済み。
後はエロ本を見つけて、
男はこんなものだと言って水谷に対して幻滅させる。
オーホホホホホ!
これで春香はわたくしの物ですわぁ!
しかし、本を二人で抜き出し始めて数分。
棚の中は空になっていた。
「……ない?」
「もう戻りませんか?」
「いえ、まだですわ」
諦めずに取り出していった本をバサバサ開いていく。
もしかしたら本を改造して丸々一冊エロ本が入っているかもしれない。
もしかしたらバレないように表紙を差し替えているのかもしれない。
男の性欲というのはいかなる労力を苦ともしない。
実際、前世のエリーゼは引き出しを二重構造に改造し、
そこにエロ本を隠していた。
しかし前世のエリーゼは凡人。
恐らく天才の水谷はこの限りではない。
一片の違和感も逃さない。
それほど相手は強大なのだ。
しかし見つからない。
棚の裏、本の中、床、壁、天井。
全て探したがどこにもない。
「く、ここまでですの……!?」
「ほらやっぱりありませんよ」
どうやら水谷はわたくしでは敵わない。
所詮わたくしは悪役令嬢。
メインキャラクターには勝てない定めなんですわ……。
床に手を付き、打ちひしがれるエリーゼ。
しかし視界の隅にあるものを捉える。
「パソ……コン……!?」
水を得た魚のように駆け寄り、
机の上に置かれたパソコンの電源をつける。
「ど、どうしたんですか?」
「ふ、ふふふ……オーホホホホホ!
起動したのにパスワードを要求されない!
わたくしの勝ちですわぁ!」
デスクトップ画面に移行したのを確認し、
ロケットダッシュでファイルを漁る。
設定で隠しフォルダを表示状態にさせる。
ソフト名のようなフォルダはスルー。
狙うは意味深なフォルダ名。
「オーホホホホホ!
なぜわたくしは気づかなかったのかしら!
木を隠すなら森の中。本を隠すなら本の中。
そしてエロ画像を隠すならパソコンの中! オーホホホホホ!」
「え、エリーゼちょっと怖いです……」
少々春香に引かれている気がするが、エリーゼは止まらない。
なんせ、エロ画像を見つけてしまえば勝ちなのだから。
だが水谷も一筋縄ではいかない。
鬼のようにエリーゼはクリックしまくるが、やはり見つからない。
ファイル形式でフォルダ内を検索するのが楽かしら?
いえ、画像データにはいくつもの形式が存在する。
彼の事だからかなりマイナーな形式にしているかもしれない。
はたまた裏をかいて有名な形式にしているのかもしれない。
とりあえずこの案は却下。
「あら? あらあらあら?」
マウスカーソルがあるファイルで止まる。
“現代社会に影響する企業、及びそれに関する対抗案”
これは匂いますわねぇ。
わざわざ長文で分かりやすく。
オーホホホホホ!
これで水谷も終わりですわ!
「春香、ご覧なさい! これが、これが男という生き物ですわ!」
カチカチっとファイルを開く。
思えば長かった。
転生して二年ほどになるが苦難の連続だった。
しかし今、一つの終焉を迎える。
さあ、わたくし達に全てを晒しなさい!
「――あれ?」
そこにあったのはおびただしい数の画像データではなく、
テキストデータが並んでいた。
どれも日付や大まかな内容の名前が付けられていた。
もしかして外れ?
いえいえ、これ以外怪しいのは無かったはず。
じゃあ何? 水谷には性欲がない?
……逆にそれは怖いですわね。
まあありえるとしたら相手は間違いなく赤城。
それなら好都合。
一応わたくしと赤城は協力関係にあるので裏から手引きするのは可能。
邪魔な二人をくっつけてわたくしと春香は結ばれる。
はい、HAPPYEND。めでたしめでたし。
まあそんな夢物語があるはずもなく、
“海辺に立つ君へ”にもそんなホモルートがあるはずもなく。
どうせ見落としている所があるのですわ。
エリーゼは再び捜索を開始する
――が、何かおぞましい者の気配を感じて後ろを振り向いた。
そこに立つは国内外最大手グループ、水谷グループの跡取り息子、水谷修。
その人であった。
「お前、何やっているんだ」
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ご指摘してもらえると助かります。
これからもどうかよろしくお願いいたします。m(__)m




