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「わぁ~。なまらおっきい家だべさぁ」
「確かに、庭の広さもうちとは比べ物にならないね……」
「春香、方言が出てますわよ」
彼女はハッと口元を抑えて耳を赤らめる。
あへへ可愛いですわぁ。
ここは都内某所。
一度門をくぐれば多くの緑に囲まれ、
そのどれもは芸術性が高い。
肖像のように精巧に切り取られた木々。
虹のように色鮮やかに植えられた花壇。
まさしく庭園。
歩を進めると否応なしに豪邸が目に入る。
色褪せてはいないものの、
建物の形状から年期の長さを感じさせられる。
「皆様、お待ちしておりました」
両開きのドアの前に初老の男性が一人。
高級感溢れるスーツを身にまとい、恭しく胸に手を当てて一礼する。
恐らくこの家の執事だろう。
「あの、私たち水谷さんと同じ学園で……」」
「ええ、お話しは伺っております」
執事はにこやかな顔でドアに背を向けたまま、ドアを二回ノックする。
「わあ」
するとドアから重厚な音を響かせて左右に開く。
隙間から覗かせるのは、一直線に伸びたレッドカーペット。
そして黒と白を基調とし、足首まで届くスカート。
いかにもメイドといった風貌。
彼女らはカーペットを挟んで二列に並び、
次々と四十五度に頭を下げていく。
「それでは、お進み下さい」
執事を筆頭にエリーゼ達はあとに続く。
煌びやかなシャンデリアに腰の高さまである大きな壺。
無駄に開放感のある階段を昇り終えると、
さらにエリーゼ達を驚かした。
一番奥の窓が米粒ほど小さく見えてしまうだだっ広い廊下に、
ドミノのように並べられた無数のドア。
極め付けは等間隔に設置された花瓶やらスタンドライトやらのインテリア。
「水谷さんってやっぱりお金持ちだったんですね……。
もしかして赤城さんもこういうお家に住んでるんですか?」
「いやいや僕の所そんな金持ちじゃないし住めないって」
「わ、わたくしの家だってこのぐらいですわ!
春香、今度招待いたしますわ!」
「いえ大丈夫です」
「そんなぁ」
「ふっふっふ。水谷家の財力はこんなものではございません。
ここは他と比べて落ち着いております。
いくつかある別荘にいけばかなり驚かれることでしょうな」
執事はちらりと振り向き、含みのある表情でエリーゼを覗き見る。
く、この執事。わたくしからマウントを取ろうというのかしら。
「おーほほほ。わたくしの家にも別荘ぐらいはありますわ。
その中でも所有しているプライベートビーチで過ごす日々は格別ですわ!
春香、今度招待いたしますわ!」
「いえ大丈夫です。それにシーズン過ぎてますし」
「そんなぁ」
必死に攻めるが空しくも失敗に終わる。
「こちらでございます」
執事は扉の前で止まり、ノックをしてからドアノブを引いた。
眼前、眩い光が射す。
先ほどとは違い、落ち着きのある椅子やテーブル、ソファ。
ゆらゆらとなびく白いカーテンの奥には、
太陽によって燦々と色めき立つ庭園。
客人が訪れたというのに彼は頬をつき、優雅に読書していた。
「よくきたな」
「ええ、出来たら交通費を請求したいですわ」
「いいだろう。持つ者は持たざる者に施しを与える義務があるからな」
水谷は一蹴したあと、満足そうに鼻で笑った。
ぐぎぎぎぎ、ぐやじぃですわぁあ!
貴重な休日だというのに何が悲しくてこの大自然に足を運ばなければいけないんですの?
もう夏は過ぎたというのにビービーブンブンうるさくて鬱陶しい虫ばかり。
どうせ水谷は小さい頃に昆虫大虐殺や、
川を泳ぐ魚に石を当てるサイコパスな遊びをしているに決まっていますわ!
はぁ、どうして水谷の家なんかにわたくしはいるのかしら……。
エリーゼは頭を抑えながら記憶を辿る。
時は数日ほど遡る。
『そうだ! 水谷の家に行こうよ!』
事の発端は赤城のその発言から始まった。
かねてから問題視されていた中間テスト。
水谷とエリーゼは予習や復習を抜かりなくしていたが、
春香と赤城はレベルの高い授業についていけずに四苦八苦していた。
その結果、当の本人達は赤点範囲内へと追いやられていた。
事態を重く見たエリーゼは可及的速やかに勉強会を開くが、
『なんか、飽きてくるよね』の一言でマンネリ化した。
ほぼ強制的に参加させた水谷でさえお手上げの始末。
エリーゼは更なる一手を考えようとするが、
この状況を赤城が打破する。
『やっぱりさ、人間って馴れちゃうとだめなんだよ。
だから水谷の家に行こう』
『飛躍しすぎだろ。どうしてそうなる』
『そうですわ! 教室や図書館で十分ですわ!』
『いやだめだね。
入学から今まで学年一位の成績を残しているのは誰だい?
そう、水谷さ。物事にはすべて理由がある。
水谷が一位をとり続けるのも然。
だから水谷の家に行けば僕らも頭が良くなると思うんだ』
赤城が謎のアイコンタクトを取ってくる。
片目を閉じる度に他の表情筋まで動かしている。
下手くそな上にバレバレである。
『なるほどですね……迷惑でなければちょっとお邪魔したいかもです』
『ええ春香ぁ!?』
『よし、決まりだね』
『ちょっと待て、俺は許可してないぞ』
こうして水谷家への訪問は決定した。
赤城とエリーゼは協力関係にある。
発案者は彼なのでなにか策があるのだろう。
いや、本人はあまり信用はしていないが。
これが現時点までの成り行きである。
「いやそう言われてもわかんないよ。うめえ棒に例えてよ」
「無理だ。ちゃんと集中しろ」
赤城は度々茶化すが、
水谷の的確な助言のお陰で問題を解き進めていく。
一方、エリーゼ・春香ペア。
「うーん」
「ここはこうなって……こうですわ」
春香の背後から手を伸ばし、ペンを握る手を重ねる。
わたくしは世紀の大怪盗。
勉強を教えるために手を重ねて春香に触れるのはフェイク。
本当の狙いは春香の真後ろ。
やつはとんでもない物を盗んでいきましたわ。
それは貴方の頭の匂いですの。
ああ、フレグランス!
「あ、わかりました!」
解を得たことで春香は無邪気な笑顔を見せるが、
対照的にエリーゼは邪気な笑顔を浮かべる。
「あ、エリーゼちょっと近いです!」
「ちっ」
身の危険を感じた春香は距離を取る。
しかしすでに手遅れ。
春香の匂いは脳にインプットされ、
即座に呼び起せる状態にある。
平常運転である。
あれから一時間ほど経った。
来た甲斐があったのか、
それぞれ良いペースで勉強が出来ている。
エリーゼは内心ホッとした。
すでに赤点圏内からは脱したと見ていいだろう。
「そういえば水谷様。
大層なお出迎えでしたが、ああいうのがお好みなんですの?」
「あ、あれは祖父の趣味で召使い達が勝手にやったことだ!」
「またまたぁ~。
俺達が来るのを楽しみにしてたんじゃないのかぁい?」
「そうですわそうですわ!」
「ち、違う。俺はそんなことしない」
ここぞとばかりに口端を上げる。
水谷家には及ばないものの、
ステュアート家はそれなりに財力を保有していますわ。
性癖丸出しのメイドに自慢したいがための高級家具。
わたくしの目から見ても度が過ぎていますわね。
貴方の腹の奥底溢れ出る承認欲求が手に取るように分かりますわ。
水谷修は自分を大きく見せたい醜悪な人間。
そしてそれをみた春香は彼に幻滅し、わたくしと将来を共にする作戦。
この勝負、わたくしの勝ちですわ。
オーホホホホホ!
横目で春香を盗み見る。
「えーと、この問題はこの公式を使って……」
あははぁ~聞いてないんですのぉ~。




