8.5
俺は薄暗い部屋にいた。
目の前に男が一人。
男は光るディスプレイを見ながら何かのコントローラーを操作していた。
あのー。
声を出してみたが音にならない。
あ、あのー。
声を発するのに必要な声帯の振動や息の流れを感じない。
さらに自分が息をしていない事に気づく。
俺は死んだのか?
男の肩に触れようとするが何故か通過してしまう。
目の前で手を振ってみるも無反応。
喋れず、触れず、見られず。
仕方なく俺は男の顔をのぞき込む。
なんだこいつ!?
そこにあったのは黒い砂嵐。
目や鼻などの器官は見当たらず、黒の粒子が不規則に蠢く。
顔だけでなく、体中も同様であった。
こいつは一体……。
俺はこの場から離れようとするが、出口らしきものや窓すら見当たらない。
ふとディスプレイに目を向ける。
俺はこれを見なければいけない。そんな気がした。
『あんたなんか死ねばいいのよ』
声がしたと思うと、画面が赤一色に染まる。
やがてGAMEOVERの文字が現れ、タイトル画面になる。
どうやらこの男はゲーム――いわゆる乙ゲーをしているらしい。
田舎から上京してきた女の子が主人公で、
イケメン男子と共に苦難を乗り越えていき、
最終的にはどちらかと結ばれるとHAPPYENDになるらしい。
しかし、そうはさせまいと一人のキャラクターがたちはだかる。
そいつはブロンドに輝く髪をなびかせ、
主人公に難癖をつけて恋路を妨げる。
処遇、悪役令嬢というものらしい。
最初は陰口や小物を隠すなどをしていたが、
怪我をしそうな行為など段々エスカレートしていく。
そしてついには……。
「フフ」
男は不気味に笑う。。
先ほどと同様にディスプレイが赤く染まる。
主人公が死んだのだろう。
あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。
少なくとも十時間は経過しているはず。
そろそろいい加減にして欲しい。
いつしか悪役令嬢の声を聞くだけでムカついてきた。
早く終わらせろよ。
場面は森の中に移り変わる。
画面に二つの選択肢が出現する。
男は迷わず選ぶ。
おい! そっちは選んだことがあるだろ!
俺は男に怒声を浴びせるが、声にならないので気づかない。
男が選んだ選択によって、森の中で独りになってしまう。
主人公は降り続く雨のせいで体温が奪われる。
彼女の気持ちや不安が文字として描写されていく。
ほれ見たことか!
どーせこのまま主人公が死ぬんだろ?
それでやり直しだろ? ふざけんな!
そして俺の予想通り主人公は腕を抱えながら一人、
小さく死んだ。
はあ。
俺がため息をつくと、男は突然俺の方に振り向いた。
「ジャアオマエガヤッテミロヨ」
男の顔に黒い粒子が口のようなものを形成し、ニヤリと笑う。
背中に冷たいものが走るのを感じながら、俺は全てを知覚する。
こいつは俺じゃないけど俺だったんだ。




