プロローグ
はじめまして。初投稿です。
初めてこういうの書きます。
宜しくお願い致します。
窓から暖かく柔らかい日差しが射しこむ。
「もう朝かしら」
彼女はベッドから降り、多少の眠気を覚えながら着替えをする。
母親譲りの腰まで伸びた金色に輝く髪。
齢十四にして身長は平均より上回り、
そのスラっとした体形からは大人の色気さえ感じる。
わたくしの名前はエリーゼ。エリーゼ・マリア・イレーヌ・ステュアートですの。
お母様からはこの美貌を。お父様からは優れたこの頭脳を。
ああ、わたくしの人生はなんて素晴らしいのかしら?
わたくしの婚約者で最愛の殿方である修様と結ばれ、幸せな家庭を築いていく。
これは神の存在や運命と呼ばれるものを信じるしかありませんわね。
今日も上機嫌で身支度をととのえ、自室から出ていくところであった。
「――ッ!」
彼女の身体に電流が流れる。
後に人体の歩行に関して最重要である部位(小指)に局所的な激しい鈍痛が襲う。
「いったいわ――」
彼女の脳内に鋭い痛みと共に、覚えのない記憶が流れていく。
こことは少し違った世界、他者から見た彼女と同じ名前と容姿を持った存在、その者の運命、結末。
しばらくすると彼女は落ち着きを取り戻し、何故か鏡の前に立つ。
「わたくしは……エリーゼ? わたくしはエリーゼ・マリア・イレーヌ・ステュアート?」
鏡を凝視し、自らの顔や体に手をあててしつこく確認する。
彼女の手は止まらない。
瞳を大きく開き、瞳孔の色を確認。頭を軽く振り、髪の長さに驚愕する。
その他にも肌の状態、体の身軽さをひとしきり確認していく。
彼女は一つの結論に達する。
「もしかしてわたくし、転生してしまいましたの? いえ、お待ちになって?」
エリーゼはさっきまでの記憶をたどる。
確か俺はサラリーマンをやっていて、仕事から帰ったばっかりだったはず。
そして一日の疲れを取るために浴室に入り、
シャワーを浴びようとして……石鹸を踏んで転んだ。
残念ながらそこからの記憶はない。
つまり俺は石鹸に足を滑らせ、頭を打って死んだのだ。
そしてこの世界にエリーゼとして転生したのだ。我ながら凄い推理力である。
天才だ。
いや、まて。
俺が女だったらこの転生も分かる。しかし俺は男だ。
魔王を倒すために世界を救う勇者として転生するなら分かる。
何故このエリーゼという女性に転生してしまったのか? まったく納得できない。
そうだ。恐らくこれは夢なのだ。
俺は頭を打って気絶し、
現実と錯覚してしまうほど精巧にできた夢を見ているのだ。
ならば取るべき行動は明快だ。
鏡の前で堂々と仁王立ちをする。
鏡には先ほど着替えた制服と自信に満ちたエリーゼが映る。
「さあ、はじめましょう」
エリーゼの飴細工のように白く細い指がスカートを摘まむ。
ゴクリ、エリーゼは好奇心と恐怖で戦っている。
この子のパンツを見たい。
この体は自分が操っている、他に目撃者はいない。完全犯罪だ。
だが、このままスカートをめくっても良いのか?
なにかバチがあたるのでは?
しかし当然ながら好奇心が優勢である。
さらば理性。よろしく、ロマン。
スカートをミリ単位で上げていく。
決していっきに上げはしない。
ロマンにおいて焦らしは重要なファクターだ。
スカートは膝を通過し、もっちりとそれでいて程よく引き締まった太ももがあらわになる。
気づけば鏡に集中しすぎて体が前かがみになっている。
この体勢は腰に負担を強いるが好奇心の前では関係ない。
おパンツまでの距離は推定三ミリ、運が悪ければ鼻息で見えてしまう距離だ。
スカートの中には何がある?
蛇がでるか、鬼がでるか。
はたまた黒がでるか白がでるか?
いや、赤? 黄? 青ピンク紫水玉クマさん?
残り一ミリ。自然と指に力が入る。
俺は強気のGOでスカートをめくった。
パンドラの箱をご存知だろうか?
パンドラの箱とはその箱を開けると世界が絶望に包まれる、
というとんでもない代物だ。
しかしある説ではパンドラの箱には絶望などは入ってはなく、
この世の全ての知識が入っていたという。
その箱を開けた者は好奇心を奪われ世界に絶望してしまう、という話らしい。
俺は知ってしまった。いや、下着の色なんかではない。
エリーゼは服装を正し、鏡に映った愚かな姿を眺める。
「わたくしはなんて愚かなのかしら」
想像してほしい。ズボンのチャックを全開にして、
鏡に映る下着をエヘヘ、と興奮している変態の姿を。
俺はため息をつきながらかなり後悔した。
「しかし、よくもまぁ出来た夢ね」
頬をつねると痛みを感じる。
息を止めると苦しい。
頭の中にエリーゼの記憶と、死ぬ前からある俺の記憶が別々に存在している。
「これでは本当にてんせ……」
ふと違和感に気づく。
ここまでの独り言で一人称がわたくしに、
語尾が”~ね”などの女言葉になっている。
試しになにか言ってみる。
「わたくしは男ですわ(俺は男だ)」
まじかよ。
どんな夢であっても自分の意志とは別に一人称や語尾が変わるだろうか?
「やべーですわやべーですわやべーですわ(やべーわやべーわやべーわ)」
――コンコン。
「エリーゼ様、朝食のご用意ができています」
働き者の心臓が二拍ぐらい休んだ気がした。
「い、今まいりますわ」
どうやら召使が催促に来たらしい。
このタイミングで俺がエリーゼじゃない、
なんてバレたら恐らく大変なことになる、と思う。
エリーゼは自室を後にして、食堂に向かった。
「エリーゼ、勉学の方はどうなっている」
「はいお父様。テストではほぼ満点をキープし、とても順調に進んでおりますわ。来たる聖マリアンヌ学園への受験も余裕をもって合格出来ますわ」
「そうか」
今のところは大丈夫か?
現在、エリーゼは過度の緊張状態にさらされている。
ナイフやフォークの使い方、料理を食べる順番、姿勢。
前世の食事をほとんどファストフード店で済ませていたエリーゼにとって、
この朝食でさえ異世界に映ってしまう。
しかし幸いな事に転生後の補正なのか、エリーゼの身体に染み付いた習慣なのか分からないがスムーズに食事が出来ている。
やがて食事は終わり、
学校へ向かうために用意された黒塗りの高級車に乗り込んだ。
「エリーゼ様、おはようございます」
「ええ」
運転手はエリーゼが乗ったのを確認して発車する。
車の窓から街や木々など、色とりどりの景色が流れていく。
やっと落ち着ける時間ができた。
この時間を利用して現状についての整理をしたい。
俺は転生前に女友達からの強烈なすすめによって“海辺に立つ君へ”という乙ゲーをプレイしていた。攻略対象が二人しかいないということで手抜きゲーと酷評していたが、フタを開けてみてビックリ玉手箱。
ゲームの舞台は会社の社長や金持ちの子供たちが通う聖マリアンヌ学園。
主人公は弱小企業の社長の娘であり、
身分の違いや容姿などのせいでいじめられ、
虐げられるがイケメン男子二人に助けられ、
それをふまえた主人公の成長や葛藤などを描く作品。
エンディングも攻略対象が二人なのに二十通りも存在する。
ここまで聞けば“海辺に立つ君へ”は良ゲーかもしれない。
だが欠点が存在する。それはBADENDの多さとカタルシスの取り方である。
なんとBADENDは十五通りも存在し、
選択肢を誤れば速攻BADENDというのも少なくはない。
さらに一番問題なのがすべてのBADENDにエリーゼが関わっているという事。
プレイヤーは必ずと言っていいほどHAPPYENDまで何回もBADENDを経験する。
その度にエリーゼへのヘイトは高まっていく。
こうしてHAPPYENDのルートへ入り、
イケメン男子二人が成敗(死)することでエリーゼのヘイトはカタルシスへと昇華していく。
さらに頭を悩ませるのが転生先がエリーゼだという事。
「はぁ」
事の重大さに気づきたまらず息を吐く。
これからどうすればいいの……。
「エリーゼ様、どうかされましたか?」
「え!? な、なんでもありませんわ。お気遣いありがとうございますわ」
「なっ」
やっちまった。
エリーゼはこの運転手に対して一貫として無愛想に振る舞っている。
恐らくそのことで驚いたのだろう。
「なにか?」
「いえ、なんでもございません」
運転手は改めて運転に集中する。
上手くごまかせたか?
それ以降運転手は話しかけることはなかった。
とりあえずこれからの目標を明確にしていく。
1、主人公には可哀そうだがBADENDを目指す。
2、エリーゼが攻略対象と結ばれる。
3、聖マリアンヌ学園を受験しない。
まずは1、やはり一番可愛いのは自分だ。
BADENDの進み方はある程度把握しているし、これが一番安全。
対して2は中身が男の自分と男で恋愛しなければいけない。
しかも片方は幸福な未来が待っているが、もう片方は地獄のような未来だ。
まず男と付き合わなければいけないので生理的に無理。
そして残るは3。
聖マリアンヌ学園を受験しないとなると今後の流れが分からなく、受験しなかった時点で悲惨な結末が確定しまう可能性があるので論外。
以上から、1を目標にしていくのが妥当だろう。
そうと決まれば心持ちは軽い。
なぜなら原作通りに事を運べばいいからである。
聖マリアンヌ学園への入学は二年後である。
エリーゼにヘイトが集まる原因としてはその性格やそれを取り巻く環境である。
では入学までの二年間、何をすればいいのか?
答えは単純明快。
性格や環境を変えてしまえばいい。不安要素はあらかじめ取り除いた方がいい。
待ってろよ聖マリアンヌ学園。悲惨な結末は回避してやる!
エリーゼは意気揚々と車のドアを開けた。
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二年後。
「お父様、わたくしの制服姿はいかがでしょうか」
「ああ」
「ありがとうございます。それではわたくしは自室に戻り勉学に励みたいと思います」
軽くお辞儀をし、自室へと歩を進める。
花々は次々と色づき、草木は生い茂る。
このところキリリと冷え込んだ空気も暖かくなり、過ごしやすい陽気となった。
エリーゼはドアノブを握り部屋に入る。
「すぅー、はぁー」
やってしまいましたわぁぁぁああああああああ!
頭を抱え、声にならない声を最大音量で脳内に響かせる。
転生から早二年。
女言葉は魂の奥までに染み付き、もはや意識しなくても出てくる。
だが問題なのはそこではない。
二年間。二年間、時間はたっぷりありましたわ。
転生したあの日から不安要素を排除するために性格や、
環境を変えようと努力してまいりましたわ。
ですが現実はそう甘くはありませんでしたわ。
当時、わたくしは中学二年生。
二年生ならそれなりにヒエラルキーやグループなどがある程度でき上っている段階ですわ。
そのような時期に性格や環境を変えようなんて……。
ぬぁぁぁぁああああああああ!
エリーゼ・マリア・イレーヌ・ステュアート。齢十六にして初めての失敗である。
こうなったら仕方がありませんわ!
高校デビューならぬ学園デビューを果たすしかありませんわ! オーホホホホホ!
待っていなさい主人公! 貴方をBADENDに引きずり落としてあげますわ!
エリーゼは来たるべき日のために、
書き残しておいた“海辺に立つ君へ”のメモを引き出しから引っ張り出して食い入るように見るのだった。
果たしてエリーゼはハッピーエンドを迎える事なく幸せな人生を歩めるのだろうか。