竜人の異形と蛮族と不快
ルシハ視点回
闇に包まれた森の中でルシハは一人考えていた。
なぜあの男を殺さなかったのか。
なぜあの男の言葉に耳を傾けたのか。
なぜあの男が頭から離れないのか。
あの男のことで頭がいっぱいだった。
「ルシハ様」
名を呼ぶのは父から遣わされた剣を携えた堅物ドレイクの戦士『リンド』だった。
いつの間にか彷徨う自分を探しに来たゴブリンに連れられ、知らぬ間に蛮族の拠点の入り口に戻っていた。
「いかがされました?元気ばかりが取り柄のあなたがすっかり抜け殻のようですよ」
「…?いや、なにもない」
そんなに元気がなかったか?まあどうでもいい。
「左様ですか。しかし間も無く大事な襲撃の時間。リヴィア様は待てないとのことで先にお食事を始められています。至急お食事を取り襲撃の準備にお入りください。」
蛮族にしては丁寧なこいつは父への忠誠がとても強く真面目、更に魔法戦士としての才があることで父のお気に入りの戦士だ。
父から将来は「この男の子を宿せ」とまで言わせる男だが、言葉ばかりが丁寧でも父以外を見下しているのが態度でわかる。
数少ない自分に忠誠の姿勢を見せない部下だからとても気に入らない。
「ん」
視界から堅苦しいばかりでつまらない部下を排除し宴会場まで歩こうとする。
「…?ルシハ様、魔剣はいかがなされたのでしょう?」
ふと足を止める。
言われてみれば自身の片割れである魔剣『マインゴーシュ』がない。
あの男のいる場所に落としたまま忘れてきたのは明白ではあった…が。
「…襲撃前にゴブリンどもに手入れさせてるだけだが?」
「そうでしたか、しかしゴブリン風情に魔剣を預けるのはいささか軽率かと思います
我々ドレイクの半身、失ってしまえば下位の者共にさえ蔑ろに扱われるのはご理解されてると思います」
堅物のお説教はドレイクたちからすれば常識であり、あまりにも当たり前であることを言わしめるに、この部下が自分を未熟者だと遠巻きに言っているとわかる。
「だからお前は嫌いだ」と言いたいのを堪える。
「その時は“力”で従わせればいい」
冷たい目でそう言い切ると再び歩き出した。
宴会場で自身を迎えたのは先に引き続き気に入らない輩のオンパレードだった。
「ああらぁ、遅かったじゃないルシハ?あなたの食べる分とってあったかしらぁ?」
中でも一番気に入らない女が一番に口を開く。卓上にはまだ食料は並んでいる。
「育ち盛りのお子様にはもっと食べさせた方がよろしいんじゃなあい?」
蛇女が嫌味の様に自身のプロポーションを見せびらかしながらそういうと、その隣にいるおどおどした弱そうな従者がゴブリン達に食料を追加するように命令する。
その反対隣ではクソジジイがフォッフォとわざとらしい笑い声を上げている。
そして自分のために空けられてるであろう切り株の隣では、ルシハが来たにもかかわらず出迎えも挨拶もしないドレイクの軍師『ヴルム』が静かに酒を飲んでいる。
そんな輩共を無視して席にあぐらをかいて適当な肉に喰らい付く。
「きぃぃ…人を待たせておいて…このガキ…」
向かいの嫌味女はおもむろに無視をされて気に入らない様子だが、それが予想通りの反応の為またつまらなかった。
「まあまリヴィア様、きっと娘様はお遊びでお疲れになられてるのですよ。してルシハ様は大事な襲撃前に何を大事なことをなさってたのですかな?」
このジジイは相変わらず腹を立たせるのが上手い。
「つまらない人族の罠にゴブリンを嗾けてたのだガルグ爺。何か文句あるか?」
普段ならこの場で暴れるそうなところだが自分でも不思議なくらい冷静だ。
堅物が言ってたように元気がないのかもしれない。
周囲は静かだが自分が暴れ出さないことに微かながら意外そうな顔をしている。
「フォッフォ、流石のルシハ様も大事な日の晩酌には緊張をなさるようだ。」
「父上にあたしの無様な報告が出来なくて残念だったな。」
「何をおっしゃいますやら…」
互いに静かに敵意を見せる。
『ガルグ・イユ』は自分と嫌味女の専任の教育係であったが、あからさまなバジリスク贔屓をするため大嫌いだ。
この襲撃が終われば教育係など不要な成人になれると思うだけで肉が美味しく感じる。
「無様な報告はこのあとさせてあげるわよぉ」
嫌味女がまたつまらないことを言いだした。
「へぇ…今日はガルグ爺もそこの従者ちゃんも一緒に戦ってくれないのにねぇ」
今日の襲撃は自分と嫌味女以外はゴブリンとボガードしか参戦しない。
ここに同行しているメンバーは公平な審判を下すための各種族代表なのだ。
「未だに一人で寝れないリヴィアちゃんがひとりぼっちで戦えるわけないよね」
寂しがりなリヴィアちゃんの隣からクスりと声が漏れる。
「黙りなさいヴィヴ!」
「ひっ…」
嫌味女はバンッ!と机を叩き従者を威嚇すると、そのままガミガミと日頃の文句を言いだす。
自分が攻撃の対象から外れたのを確認すると酒を口に含み黙々と食事を続ける。
自身が沈黙する間、頭の中に思い出されるのはまたもハインのことだった。
「…バカが」
なぜか涙が出そうになりとっさに堪える。
その後宴会が終わるまでヴィヴだけ食事がのどを通らなかった様だった。
ルシハのイライラ度上昇中。
次回:襲撃前