竜人の異形と蛮族と混迷
今回ルシハの心情から始まります。
「なん、でだ?」
ルシハは感情に素直に生きてきた。
父親は一族の長でありその血を継いだ一人娘の自分は物心ついたときには力でモノを支配し、近しい血族達でさえ組み伏せられる自分は何をしても許され、同胞に認められてきた。
そして今回の襲撃は父の右腕たるバジリスク(邪眼蛇)のその子供、犬猿の仲であるあの女に勝てば成人として扱われると同時に次期族長としての地位を認められ、部族の中で絶対の権力を得られるのである、それをやめる理由などあるだろうか。
故にこの男が言うことが理解出来なかった。
普段なら迷わず切り捨てただろう、もしくは「つまらない」と吐き捨てて相手にもしなかったであろう。
だが、それが出来ない。
初めて感じる胸を締め付けるような苦しさが、腹の奥からこみ上げるような吐き気のような何かが、目の前の存在を強く認識させた。
何故かこの男の言葉を聞きたい。
今まで知らなかった感情がルシハの思考を振り回す。
「なんで、やめなきゃいけない…のだ?」
◇◇◇
ハインは自分が発した言葉が人族の常識によるものであり蛮族達に通用する交渉ではないこと思い出し、悪手を打ったと半ば後悔しかけていた。
だが、ルシハが放った言葉が自分に問いかけるものであることに驚いた、聞く耳を持たれることは無いと思い至ったばかりだったからだ。
自分の歌を聞き涙を流したことといい、この娘は話せば分かってくれるかもしれない。
「仲間や家族が死んだら悲しむでしょ?」
少女の涙を信じ言葉を投げかけた。
「そんなことはない」
返事は即座に返って来た。
(やっぱり蛮族にはお互いを想う感情はないか…)
元々失敗の目が見えていた訴えかけだったが少なからずショックを受ける。
「…人族は悲しむのか?」
続く予想外の質問にハインは耳を疑った。
「あっ?!えっ!?」
蛮族が人の心を知ろうとしていることに、慌てて次の言葉を紡ぐ。
「か、悲しむよ!」
もっと言い方があるだろうと考えようとしたが、混乱で頭が回らず、そう答えた。
「そうなのか…」
彼女は何かを考えている。
本や歌に心を動かされ考える楽しさを知っている為その現状に喜びを感じた。
「そう!」
反射的に声を上げてしまう。
「…例えば、」
彼女はまた何かを訊ねようとしている。
ハインはそれに胸を躍らせた。
この感覚は本を読むそれに近い。
期待を込め次項をめくる。
「もし…もしあたしが家族だったら人族を殺したら悲しいか?」
前回から引き続き両者の心情変化回。
ハイン君は今回ずっと地面と仲良しでした()
そろそろアクションがないとやばい(語彙力)
次回:解答