竜人の異形と蛮族と哀歌
それぞれの心情に大きな進展があります。
ハインの脳内はもはや思考停止寸前だった。
目の前の蛮族から逃げることだけを考えていたのに、その蛮族は村を襲う筆頭だと自負している。
そんな位の高い蛮族に気に入られ側近で戦いに参加させられそうになっている。
村を滅ぼすことに加担したナイトメア(異形種)などと人族に知られたら、「本を読み歌を口遊む生活」などと気楽なことを言うことすらままならないだろう。
蛮族の群れの中、奴隷として生涯を終えるビジョンさえ否定できない。
(このままじゃ生きていても地獄を見ることになる…たとえ死ぬとしても今、逃げる他に希望はない…!)
もはや選択の余地はない。
決死の覚悟で掴まれた腕を振り払い、脇目も振らず蛮族の向かう方向の逆へと走り出す。
が、数歩も駆け出さないうちに背後から押し倒され、落ち葉で覆われた大地に顔を突っ込む。
「ハインどうした?忘れ物したか?」
一瞬の出来事で即座には理解できなかったが、背中に跨るルシハの無邪気な声が答えを出していた。
勝てない。
単純明快にして決して揺らぐことがない力関係を体感した。
地面に伏せられ動けない今、もはや望みは絶たれた。
今後一生地獄を見るくらいならここで生涯を終えて来世に望みを託そう。
覚悟を決め息を飲む。
「ボクは…人族だ、蛮族のもとで働くことはできない…」
こちらから女蛮族の顔色をうかがうことはできない。
殺される。
まだ読みかけの本や街で耳にした吟遊詩人の詩に想いを馳せる。
もう綴られた未知の世界を覗くことも喜びや冒険に満ちた言葉を聞くこともままならないのだろう。
ただ望みが叶わないことを悲しむ詩が彼の脳裏に流れ込んだ。
~ただ独り、この身は毒の果実、
陽射し届かぬ、深き森の底。
心を切り裂く、凍てつく風が、
虚ろな空の果て、吹き抜ける。
求める温もり、見えぬ幻影、
この掌に、何も掴めぬまま。~
ハインは自身が無自覚に「バラード(悲しみの詩)」を口にしていたことに気付くと同時に違和感を感じた。
雨が降ったのだろうか、首元に雫が滴ってくるのを感じる。
よく耳をすませば少女のすすり泣くような声も聞こえる。
「ルシハ、さん?」
まさかと思ったが他に思い当たることはなかった。
「なん、だよぉ、、」
鼻をすする音のあとに涙声が返ってくる。
ハインは不思議な温かさを感じた。
相手が蛮族であっても悲しみを感じる心は違わないということに感動していた。
「村を襲うことはやめれませんか?」
ハインはそんなことを言おうとは微塵も思っていなかった。
だがハインの潜在意識はそれを望んでいた。
それは見知らぬ村の民を憐れむ感情からではなく、自分の歌に涙を流した少女を想う言葉だった。
もはや彼は自分の命運が危うい状況にあることをすっかり忘れていた。
後半部分書きながら小学校の国語の教科書を思い出してた。
ハイン君の想いはルシハに通じるのか…?
次回:ルシハの心