竜人の異形と蛮族と惨状
戻った彼を待つモノは。
静かな時間が一変し、騒がしい空間へ戻った。
「ウジガキがぁ!早く起きなさいよこの!」
一番最初に聞こえたのは知らない女性の罵倒。
強く体を揺さぶられぼんやりと眼を開くと、白桃色の髪をした黒い目隠しの女性が目の前におり、その後ろに泥の人形『ロームパペット』が停止したまま立っていた。
「誰…?」
初対面じゃないと感じるが思い出せない。
他にも何かを忘れている気がする。
最後に思い出せたのは村へ向かっていたことだ。
「悠長なこと言ってないで!お前!あのガキをなんとかしなさいよ!!」
何のことを言ってるかわからなかったが、上体を起こして目にしたのは惨劇。
辺りは火の海。
禍々しく燃え盛る炎が、村の残骸と妖魔達の死体を灰へと変える。
その先で竜と思しき影と一つの人型が激しい攻防を繰り返している。
魔力を纏う剣と竜の鉤爪が周囲に空気の刃として無作為に放たれる。
人影が距離をとると魔力の球を打ち出す。
その球に竜が輝く息を吐くと爆風が発生し火の風が吹き、更に赤く燃える海が大きく森を侵食する。
あちらこちらから森の中に逃げた妖魔達の断末魔が上がる。
その景色に圧倒されているとなにかが手元に転がってくる。
それは胴から離された女性の頭部。
ほどけかけた包帯の隙間から絶望の表情を覗かせている。
「うわあああぁっ!!」
慌ててそれから手を引く。
指に付着した生温い体液が脳裏に惨状をこび付かせる。
「なんで…?」
「なんでもいいわよ!お前あのガキの特別なモノなんだろ?!早く止めろ!!」
女性が指差すのは今なお続く竜と人型の戦い。
「まさか…ルシハ…?」
人影は彼女ではなかった。
つまり村を焼くブレスを放つあの竜が。
ただ感情を剥き出しにして暴れるあの竜が。
間に合わなかった。
このまま彼女が暴れ続ければディザから来る冒険者や傭兵たちの討伐対象だ。
暴れる彼女を止められる自信なんてない。
「しょげてるんじゃないわよ!呪い殺すわよ!」
「え?」
女性が地団太を踏みながら発破をかける。
「こう何度も何度も思い通りに動いてくれないのはお前が初めてよ!」
この人物に何度も会っていただろうか。
「村の襲撃は遅れを取るし!散々殴られた上!こんな役立たずのために魔力を消耗するなんて…!!」
どうやらかなり憤慨しているが害意がある様子はない。
「ごめんなさいお姉さん…よく覚えてないのですが、悪いことをしてしまったみたいで…」
殴ったりするようなことがあった気はしないが、怒りをこちらに向けている以上、恐らく事実なのだろう。
申し訳ない気持ちでさらに気分が落ち込む。
「なっ!私のことはいいからルシハの奴を止めなさいよ!お前のせいでまだ暴れてるんだから!」
「ボクの…せい…?」
やはり彼女はボクに怒っている。
ボクが彼女を怒らせたならボクが今逃げるわけにはいかない。
目が覚める前、誓ったことを思い出す。
「行かなきゃ」
決意を固め立ち上がる。
「…やめてくれ!ルシハ!」
振り返らずに竜の下へ駆け出した。
『ロームパペット』はヴィヴ・ルーが使役してましたが、
命令を下す彼女が死んだため停止したまま。
その影にリヴィアとハインが隠れる形になってました。
ハインは彼女の下へ、最後の歩を進める
次回:一章完結