竜人の異形と蛮族と襲撃
勢いは増してゆく。
ルシハは前門付近の森の中で、すでに村から人間達が飛び出してくることに動揺していた。
まだ移動中で想定した配置までやって来ていないため、自軍のゴブリン達に襲撃開始の指示は出していない。
嫌味女と自分が指定の位置に辿り着いた所で、観測者側が襲撃開始の合図として空に火矢を放つ手筈になっていたはず。
しかし村人達が既に逃げ出しているということは、嫌味女が合図を待たず襲撃を開始したということだ。
「あの女…!」
内心、先を越されたことに焦るが、視線を横切ってゆく村人を襲う指示が出せない。
想定していなかったこの事態と先刻の男の言葉が判断力を鈍らせていた。
「ニンゲン!ニゲル!」
「ナゼ、オソワナイ!?」
指示を出さないボスにゴブリン達は疑問の声を上げ始める。
頭の整理をしたいのにガヤが煩く、溜まりっぱなしのイライラがさらに上昇する。
「だまれ!」
周囲に鈍い音が響き八つ当たりされた樹木に握り拳が貫通する。
妖魔群は上位者の恫喝に怖れ、静まり返った。
「村の外の人間を今更追っても遅い!まだ村の中にいる奴を襲うのだ!」
このまま逃げる村人を追えば村から離れ、その間に物資をリヴィア軍に奪われる。
また、大きな街に続くこの道を行けば襲撃を知った傭兵や冒険者と遭遇し更に時間を取られる。
あのいやらしい嫌味女なら力で勝てない分、そんな計算に頭を働かせるだろう。
生まれ落ちた頃から奴を知ってるからこそ、こんな卑怯な手を使うことが容易に想像できる。
「クソ蛇女…!打っ潰してやる…!」
駆け出すルシハを追う荒ただしい足並みにより、穴の開いた樹木が耐え切れず自壊した。
◇◇◇
同刻、ハインは負傷した左肩を押さえながら、追り来る3m程の人型の肉塊による大地を揺らすアームハンマーと、取り巻きゴブリンの矢の追撃から必死に逃げていた。
破壊された家屋の残骸や荒らされた畑を踏み越えなるべく人の少ない方へ走る。
大半の村人は村外に逃げ出したがまだ逃げ遅れた者も少なくない。
門番達はゴブリンやボガードを相手している。
『フラービィゴーレム(肉塊人形)』からの一撃の破壊力はボガードよりも大きいが確認したのは自身を追う一体のみだ、このまま自分に引き付けてさえいれば村への被害は最小限に留められる。
だが、ハインの体力はほとんど尽きかけていた。
興奮状態が続いたため時折意識に靄がかかる。
なぜ自分がこんな目にあっているのだろう。
突如、足が動かなくなる。
それを逃がすまいと振り下ろされた巨大な肉の塊が無慈悲にハインを大地に叩き付ける。
「~~~~~~ぁっ!!」
声にならない悲鳴を上げる。
一瞬何が起こったか理解できなかったが膝より下に違和感を感じる。
「猪口才な人間…いや、異形…?」
朦朧とする視界に先程見た白桃色が映る。
「よく見たら可愛らしいわねぇ…ペットに欲しいわぁ…」
先程まで黒い布に隠されていた翡翠のような瞳の舐める様な視線を感じると徐々に全身が強張ってゆく。
「けど私、今とても機嫌が悪いのよおぉ…惜しいけど…これ以上遊んでられないの。だから、さようなら」
ハイン絶体絶命
戦火はまだ燃え盛る。
次回:戦闘