竜人の異形と蛮族と異音
ハイン暴走中
夜の帳が下りた村でハインは思い付きの作戦を実行する。
不快な音を掻き鳴らし手近な壺や樽を壊しながら、村の深部へと駆ける。
『異貌』によって姿を変えたハインであったが、このことで自身の身体能力が上がるような恩恵はない。魔法を使えないハインには全くもって使用する必要のない力である。
ここで種族特性を行ったのは、村人達を怯えさせ避難を促すためで、異形が不快な音を鳴らし物を壊していたなら村人達も逃げ出すと考えたのだ。
だが、ハインの思惑は裏目になり大半の村人達は自宅に鍵をかけて引き籠ってしまう。
(逆効果…まずはなんとかして家から出て来てもらわないと…)
とは言え家屋を破壊するまで過激になれる自信はない。
(『ノイズ』を鳴らしながら一件一件扉を叩いて回るか…)
「ブンッ」
ハインの背後で何かが風を切る音。
とっさに振り返ると先程の門番と他に二名武装した男達がハインに武器を向けている。
「やはり怪しいと思った!この賊め!」
門番が手持ちのサーベルを振り下ろす。
「あっ、わっ‼」
とっさに回避はできたが慌てて『ノイズ』の詠唱を止めてしまった。
後続の男達の追撃がハインの身体を掠める。
「は、話を聞いてください‼」
「まだ言うか!」
今更、聞く耳を持ってはもらえない。
ハインは逃げに専念するが、男達の攻撃は止まない。
(こうなれば自棄だ!)
「蛮族だあああああああああ!逃げてえええええええええ!」
必死の大声がまた村に響く。すると。
「うわあああああああああああああああああああああああ」
何件かの家屋から村人達が飛び出す。先程までの『ノイズ』で恐怖を煽られ、今の叫びが恐怖に敏感な何人かの琴線に触れ、緊張の糸が切れたように決壊したのだ。
これが引き金になり次々と村人達が我が家を捨て逃げ出す。
逃げ出す者が増えるほど騒ぎが大きくなり更に村人達の混乱を呼び、門番達の注意が村人へ逸れる。
人の群れに乗じ『異貌』を解き、長い前髪に角を隠し、村の前門と対角へと駆け、村の端まで来たところで再度『ノイズ』を起こした。
村人達の悲鳴が徐々に前門へと向かって行く。
(なんとか避難は始まった…!)
蛮族が来る前に事を起こせたことに胸を撫で下ろす。
次の瞬間ハインの左肩を違和感が貫いた。
左肩を触って確認する。ぬめぬめとした液体の付着した鋭利な物体がそこにはあった。
「血…?」
手についた液体を確認したハインは恐る恐る背後を確認する。
森の奥に数えきれない眼光。
その正体は弓を構えたゴブリンの群れ。
そして群の中心に蠢く大きな肉の塊、それに腰かけた目元に黒い目隠しを巻き白桃色の長い髪を垂らした女性が歯を食いしばりながら苛立っている。
「先を越されるなんて…ゴブリン共!このまま負けたらただじゃおかないわよ‼」
怒涛のゴブリンの軍勢が村へ雪崩れ込んで来た。
本格的な襲撃が始まりました。
次回:蛮族の襲撃