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第八話「上京」


 Tと念願の恋人同士になれたが、私は進学のためそれからすぐに仕度をして上京せねばならなかったので、あまり恋人らしいこともできずに、すぐに遠距離恋愛をすることになった。


 上京までのあわただしい間に出来たことといえば、お互いの両親に恋人になったことを報告したことと、上京のための荷造りを一緒にしたことくらいだ。


 Tと付き合うことになった報告を聞いた私の両親は「おめでとう」「やっと報われたな」などと言って、酷く私を驚かせた。自分ではTへの恋心を誰からも隠し切っていたつもりだったが、両親には筒抜けであったらしい……。同時に、このことはこれ以上深く考えたくは無い。もしかしたら、やはりYもTも誰も彼も私の恋心を察していて、気付かれないと思っていたのは私ばかりであった……などという、最悪の可能性を考慮しなくてはならなくなるからだ。


 Tの父親は私の両肩を強く掴んで、目を真っ直ぐに見ながら「キミなら安心して娘を任せられる、娘を頼むよ」と、最大級の信頼の言葉をかけてもらい、私は「はい」と答えながら嬉しさで思わず涙ぐみ、声が震えた。Tの母親はなんだか複雑そうな笑顔を浮かべながら「娘のことを頼むわね」と言っていた。今思えば、やはり同じ女で、母であるだけに娘の気持ちが良くわかっていたのだろう……と考察することができる……。



 上京の日、駅のホームで別れるとき、Tは「来年は一緒に通おうね」と、同じ大学に行く約束をして、手作りの弁当を渡してくれた。私は「待ってるよ」と答えると電車が動き出して、すぐにTの姿が小さくなっていった。Tは瞳を潤ませながら手を振ってはくれたが、動く電車を……私を追いかけてホームの端まで走ってくれるようなことはしなかった。


(Tが見えなくなったとき、私は、多分……自分がYだったら、きっとTは涙を流しながら大声を上げて、ホームを走りながら自分を追いかけて、姿が見えなくなるまで手を振って声を上げていてくれたのだろうな……と、思った……。これはいけないことだろうか……? つまらない嫉妬……死んだ人間と生きた自分を比べ、死者に対して劣等感を自ら進んで味わう愚かな行為……だがそれはいけないことだろうか……)



 電車に揺られながら、これで十八年間生まれ育った故郷を離れるのか……十七年間一緒に育ったTと離れるのか……としみじみと想いながら、乗り継いだ新幹線の中で、Tが渡してくれた弁当を食べた。玉子焼きを一口食べると、しょっぱい味が口に広がって、ああ……本当に故郷から離れるのだと、Tと離れ離れになるのだという、寂しいような郷愁きょうしゅうのような気持ちが胸いっぱいに広がって、涙が一筋頬を伝った。


(最も、一番悲しくなったのは、玉子焼きの味がしょっぱかったことだ。これはYが好きだった味付けで、私の好みは甘い玉子焼きなのだ……)


 

 無事に上京して、新たな住居にも大学にも、持ち前の外面を使って割合早く馴れることができた。小学生の頃と違い、足が速くなくても喧嘩が強くなくても、本と勉強で得た知識と、口先と、見せかけの教養をもって空気を読んで立ち回れば、大体の人間関係が良好になるのが楽でよかった。


 大学で仲の良い友人のような存在もでき、付き合いで飲み会に行ったり遊びに行ったりもした。時には私に遠距離恋愛中の彼女がいると知っているのに、告白してくる女性が何人もいて非常に困った。断ればカドが立つし、かといって受ける気は毛頭無いのだから、どうすればよいのかと非常に悩んだ。


 勿論告白は全て断ったが、びっくりしたことは、誰に告白されても、振っても、私に告白して振られた女がすぐ次の男を見つけて付き合いだしたことを聞いても、何ら私の心が動くことはなかった、ということだ。その時に確信した……私の心を動かせるのはやはり、YとTだけなのだと――私は期せずして意外な所でこの二人の大きさを再確認することになった。



 故郷を離れてからも、Tとはほぼ毎日電話などでこまめに連絡を取り合いお互いの近況を話した。Yが死んだこと、私がいなくなったことで、Tは不安になっているかもしれないと思ったが存外そうでもなかったらしく、電話に出るTの声は空元気ではないいつも通りの元気さでいつも電話に出るのだ。


(Yが死んだときはあんなに何ヶ月も死んだように落ち込んでいたくせに、ナンデこんなに元気なんだ? しかも空元気じゃないぞ? 私と離れ離れになったことはなんとも思っていないのか? などと邪推してしまうことも度々あったことを一応記しておく)

 

 長期の休みには渋るTを説得して私の住む都に遊びに来させたりした。


(Tは最初は渋っていたがその理由が判明したときに、私はまた、激しい懊悩おうのうに襲われた。Tの両親に聞いたのだが、Tはなんと、毎日欠かさずYの墓参りをしていたらしい。ということは、ここに遊びに着たくないという理由も、私と同じ大学を目指すことを最初は渋った理由も、全てはYと離れることがイヤだから、Yの墓参りをできなくなることがイヤだからということだったのだ! なんてことだ……私はまたYに負けたのだ……いや……一度とすら勝ったことがないのだ……。勝ち負け意外で表すなら優劣? TにとってはYが優で私が劣、Tが持つ全ての最優先権はYにあり、私はそのおこぼれに預かっているに過ぎないのだ…………)

 

 久しぶりに会うTはまた一段とキレイになっていて、私はときめきと共に、また誰かにとられやしないかと気が気ではなかった。Tを家に泊め、大学の案内したり友人に紹介すると、友人たちはTのあまりの美しさに言葉を失い、私はこれ以上ないほどに誇らしい気持ちになった。Tを連れ観光地を巡ったり、その足で共に帰郷して故郷を懐かしんだ。 


 Tの大学受験の時期が近付いてきたが、私はTが受かるか落ちるかというような不安は一切無かった。

 自慢するわけではないが、Tは在校生代表であったことから分かるように頭が良い。同学年の中なら成績は一位であったし、顔も性格も運動意外は何もかも一位だ。私はそんなTが誇らしくも、同時に釣り合いが取れていないのではないかといつも不安になって、Tに負けないように遊ぶ時間も投げ捨て努力を重ねた。


 私の予想通りTは大学に難なく合格し、高校を卒業後は両親公認の元Tと同棲することになった。

 そこからのTと同棲してキャンパスライフを過ごした三年間は、私の人生の中で何よりも幸せな時間だった。


 これ以上ないほどに幸せだった。悩みが無かったわけではない。Tのモテっぷりは筆舌に尽くしがたいほど凄まじいもので、外を歩けば必ず芸能事務所のスカウトやナンパの男に声をかけられ、学内では彼氏の私がいると皆知っていながら、皆私の目をかいぐくって口説き、ときには私の目の前で「お前じゃ釣り合いが取れない」などと言い放ってTを口説きだすような輩もいた。


 流石にそのときばかりは、産まれて始めて人を殴った。Yの見様見真似みようみまねで、無我夢中に闘った。結果はいうまでもなく私の負けであったが、それ以降私の目の前でTを口説きだすような不届き者はいなくなった。


 それでもTが他の男に盗られてしまわないかと気が気ではなくもあった。Tを信じていないわけではないが、それでも不安は止まらない。これは人のさがなのだと思う。それに、Y以上に良い男は世界広しといえど中々いないが、私より良い男など綺羅星きらぼしの如くいるからだ。だが私の心配は杞憂きゆうに終わり、Tは他の男に一切なびくことはなかった。

 

 このようにTが他の男に盗られるかも、Yと比べられているのかもという不安は常にあったが、こんな不安は、今抱いている妄執からすれば、本当に可愛いようなもので、大した悩みではなかったのだ。


 同じ家に住み同じ大学に通う。家に帰ればTが居て、ご飯を作って待ってくれている。私が家にいてTが帰ってくる、一年かけて覚えた不器用な手料理をTに振舞う。一緒に寝て一緒に起きて一緒に生活をする。そして、そこにYはいない……これがどれだけ素敵な時間だったか……本当に幸せだった……遠い……本当に遠い昔のように感じる…………。





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