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第六話「葬式」


 私は通夜の日までにはなんとか落ち着きを取り戻し、悲しいながらも私以上に悲しいであろうTを支えなければと、下心の無い純粋な気持ちでそう思っていた。何故ならばTの傷心ぶりは本当に酷いもので、あの病院でYの遺体と対面したあと夜通し泣き尽くし、それ以来一切何も飲まず食わず、慟哭き続けた。両目は赤ボッタク腫れ上がり、何度も涙を拭う目尻はただれ、声はガラガラになり、咳き込んだ際に喀血かっけつするようになってしまった。


 だがTは血を吐きながらも泣き続け、一時はYの後を追ってしまうものではないかと、私もYの両親もTの両親も親しい友人たち含めた周りも皆そう思うほどに、悲痛な様子であった。


 が、TはそんなにボロボロになりながらもYの葬儀を手伝わせて欲しいと、Yの両親に頼み込んで私やYの両親親族と共に葬儀の手伝いをしていた。Yの両親もそんなTに心打たれてか、はたまたTの恋心を知っていてか、何故かTを親族席に座らせ葬儀に来る参列者に頭を下げるという手伝いなどをさせていた。その姿はまるで未亡人のようであった。 


 そんなTの姿を見た私は今まで必死で心の奥底に隠していた、どす黒い醜い心が体中に広がって、目が回りくらみ頭痛と共に全身へと広がる狂気的な怒りを抱いた。


 ――Yの両親も頭がおかしいだろ? いくら幼馴染で仲が良くて恋人のようであったとしても、Tはお前らの子供じゃないんだぞ? Yの嫁でもないんだぞ? 親族でも家族でもないんだぞ? 何で親族扱いで弔客ちょうきゃくに頭を下げさせるんだ? 馬鹿なのか?――



 ――息子を亡くして正気と常識まで失くしたか?――


 ――大体なんだTは? まだ付き合っていたわけでもないのに未亡人気取りか、と。そのボロボロに腫れた目も落ち込んで今にも死にそうな顔もガラガラの声も、役に立たないくせに手伝いなんてして、それではお前はまるでYの嫁じゃないか!?――


 と、今すぐでもTを怒りのまま殴り倒して顔の形を変えてやりたくなるほどの激情に駆られた。



 ――僕を見ろ僕を好きになれ! 僕の心配をしろ! 僕だって辛いんだ! お前よりも一年長いアイツとの付き合いだ! Yの死は友として悲しめ! どうしてそんな未亡人のような顔をするんだ!? 僕だってずっとお前を見てきたんだ! 一緒に育ってきた、ずっとお前を、お前だけが好きだったのに……! なんでお前は僕の前でばかりそんな顔を見せるんだ……っ! ああ恨めしい憎らしい! どうしてYが死んで僕が生き残ったのか!? Y! お前は死んでまで僕にこんな惨めな思いをさせるのか!!――



 ――Y、お前も僕が死んだほうがよかったと思っているんだろう!? 僕が死んだところでお前はこの百分の一も悲しまないだろうがな! どうして僕はいつも蚊帳かやの外なんだ! こんなことならお前達と出会わなければよかった!! 同じ世界に生まれねばよかった!! この遺影いえい位牌いはいを粉々にしてやりたい! 僕がこの棺に入って奴の死体を取り出せば奴が生き返って僕が代わりに死ねるんじゃないか?――



 自分でも抑えきれない程のTとYに対する醜すぎる嫉妬と憎悪のような感情が、己の中に渦巻いて溢れ出そうになった。口を開いたらこの妄執おもいを吐き出してしまいそうになった。私はその憎悪が自分でも受け入れられず怒りと理性がせめぎあった極限の果てに、拒否反応による吐き気をもよおし、口を押さえてトイレに駆け込んだ。今思えば、私もYが死んだ衝撃で色々と精神的におかしくなっていたのだと思う。



 ここまでお読みになられたのならば、お分かりになるだろう。私がどれほど性根の腐った人間かということを……。そして私の苦しみの根源と、未だ私をさいなめる病の正体を……。



 誰も、TもYも、両親ですらも、私がこんな醜い考えを持った腐った人間だとは露ほども思っていないだろう……私はそういう人間なのだ…………。外面そとづらが異様に良い。温厚で虫も殺せないような無害な人間に見られている……。




 だが内を見てみれば、ほら……こんなにも醜い……きっと世界の誰よりも醜い――




 TとYは、そんな私の内面を知っていたのだろうか? きっと知らないだろう……。何故なら、この妄執おもいは、真心だから――きっと誰も気付かない――真心なんて、口に出さなければ誰にも伝わらない――

 


 そう、これは単なる嫉妬だ。醜く哀れな感情。友の死ですら冒涜する不治の病。恋由来の病的な執着しゅうちゃく偏執へんしゅう妄執もうしゅう――

 

 これこそが、私の四十年来の病なのだ――


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