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第五話「Yの死」


 前掲ぜんけいの通り、私は五歳の頃からずっとTのことが好きだった……。そしてTは……Yの事が好きだった……。


 だから私は告白出来なかった――

 振られると判りきっていて、どうして告白することができようか……。そんな勇気が私にあるはずもなく……。


 Yは鈍感な男であったが、恐らく私がTのことを好きだと気付いていたのだろう……。だからこそ予防線を張るようにYはTに対して妹みたいな存在と常々言っていたのだろう、と、今にしてそう思うことが出来る。


 その結果、私がTを好きでTがYを好きでYが私に気を使って、という不思議な三竦さんすくみが出来上がって、高校のあの瞬間まで私たち三人は仲のよい三人組として、誰が誰と付き合うということなく、なあなあなまま過ごせていたのだろう。


 だが当時はそれはそれで、もやもやとはしたが、どこか心地良くも感じていた。私は自分の恋が叶わぬことは分かりきっていたし、この恋が実ることがないことは、火を見るよりも明らかで、生きているものは必ず死ぬが如く、当然の結末として受け入れていた。


 だからこそ、TがバレンタインデーにYのついでに、義理も義理のチョコレートを私にも用意してくれたり、クリスマスを三人で過ごし贈り物交換をしたりすることが、義理だとわかり切っていても心から嬉しかったのだ……。不快感と愛憎あいぞうと安らぎをを伴った、死ぬほど惨めで嫌なのに、同時に心地良くもある、この奇妙な関係がどうしても私には捨てきれられなかったのだ。



 年を経るごとに、成長するにつれ、どんどんどんどんと留まることをしらず、綺麗になっていくTを近くで見られるだけで私はある意味幸せであったし、また同時に叶わぬ恋と分かっていながらも、泣きたくなる日も狂おしくなる日も数え切れないほどあった。


 だが、この三人の関係はYが私に気を使うのをやめれば瞬時に霧散むさんするような、所詮しょせん砂上さじょう楼閣ろうかくと理解してはいても、もしかしたら……もしかしたら私にも転機が……という未練で私はどうしてもTの恋路を応援することも、Yに気を使うなと強く言うことも出来なかったのだ。TのYに対する恋心をYの私に対する気遣いを、私は知らない振りをしていたのだ。





 だが、そんな熟れ腐った果実のような、甘酸っぱい腐臭ふしゅうに満ちた日々も、ある日を境に唐突な終わりを迎えることになってしまった。



それは高校三年生の冬のことだった。


 私とYが十八歳、Tが十七歳だった時の事、その日はYがバイトが延びたとのことで遅くなっていたので、私とTが二人で過ごしていた。


 私は久しぶりにTと長い時間二人きりということと、その日はTの顔がやけにいつもより大人っぽく色っぽく見えたことで、何かしら起こるのではないかと、そういった予感のようなものを一人で感じてドキドキと不埒ふらちに胸を躍らせていたが、Tは別段普段通りでこちらの緊張を察してるのか、察してないのか、それとも察しているが素知らぬ顔で受け流しているのか、よくわからない普段通りの穏やかな表情で私と雑談しながら編み物をしていた。


 確か青色のマフラーを編んでいたように思う。ちなみに青はYの好きな色だったので、きっとYへのクリスマスプレゼントなのだろうと私はあたりをつけていた。多分正解だったはずだ。私へのプレゼントは多分それが編み終わった後に、そのついでに、お情けで作ってくれるのだろう。


 この時Tは調子が悪かったのかやけに下っ腹のあたりを触ってた、というか擦っていたので「腹でも壊したのか?」と聞くと「そんなんじゃないわ」と笑って答えるTの様子から察した私は、それ以上深く追求せず、ああ、女の子は大変だなぁと思った記憶がある。



 その夜十時頃に家の電話が鳴ったので、私はまた両親の帰りが遅くなるのかと思いつつ、そうならばまだTと二人でいられる時間が増える。と、内心期待しながら電話に出てみたところ(今となってはその電話をかけてきたのが自分の両親なのだか、YもしくはTの両親なのだかすら忘れてしまったが)それは思いもし無かったYの訃報ふほうを知らせる電話だった。


 先ほど私が抱いていた何か起こるかもという予感は、ある種最悪な形で期待を裏切って訪れたのだ。その後の記憶は曖昧模糊あいまいもこ朦朧もうろうとしていて殆ど覚えていないが、私は受話器をもった腕を垂れ下げたまま、数分間宙を見つめて茫然自失ぼうぜんじしつとしていたらしい。その私の異様さに、電話をとりに行ってから帰ってこない私の様子を見に来たTが「どうしたの?」と不安そうに声をかけてくれたことで我に返ったことは覚えている。


 私はTにYが事故にあった、今から病院に行くから付いて来いとだけ言い放ち、すぐさま家を飛び出し、玄関の鍵すら閉めず、ヘルメットを乱暴に被って原付のエンジンをかけると、混乱して手が震えているTにヘルメットを被らせてやって後ろに乗せ「しっかり掴まれよ」と強く言い聞かせて病院に向かった。


 この時ばかりは私に背中から抱きつく形になっているTにドキドキしているような余裕はなく、激しく脈打つ心臓の音と、補整されていないでこぼこの土道の振動と、夜風を切る音だけが耳朶じだに深く響いていた。

 

 病院に付いた私たちはYの両親に迎えられ、対面を果たすことになる。


 Yの死因は脳挫傷だった――


 バイトの帰りに、見渡しの悪い交差点でYのバイクは車に跳ねられたらしい。跳ねられた直後のYは頭から血を流しながらもピンピンとしていたらしく「大丈夫っす」と言いながら帰ろうとしていたそうだ。が、加害者がそんなYをなんとか引きとめて、救急車を待っている間にバタンと倒れて、そのまま死んでしてしまったらしい。


 病院で対面したYの遺体は、ありふれた、至極在り来たりな表現だが、とても綺麗なものでまさかこれで死んでいるとは到底思えるようなものではなかった。あのYがこんなことで死ぬなんてありえない。悪童あくどうが早く起きろ、散々俺を苦しめたのだから最後まで見届けさせろ、今起きたらお前とTの結婚式で祝辞を読んでやるからと、頭の中では幾ら思えども、Yの死体と対面した私とTは何も言えず、ただ泣き崩れることしか出来なかった。私はTを慰めることもできずYの死体にすがってわんわんと泣きじゃくった。


 これほどの悲しみを超えるものは四十過ぎた今でも未だ無く、愛憎入り混じっていながらも、やはり私は、YのことがTと同じくらいに好きだったのだ――


 自身の半身が無くなってしまったように思えて、この時は心の底から悲く、この時だけは純粋にYの死を嘆き悲しんだ。そのことに偽りは無いと断言できる。


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